71 / 153
第十一章「星砂の子守り唄」
絶滅した妖精
しおりを挟む
「あ゛あ゛?んだてめえ...こいつらの兄か?!」
「そうです。弟達がご迷惑おかけしました」
二人の頭を持って共に頭を下げる。
「謝られても俺の服は元に戻らねえんだよ!弁償しろ!」
(ったく、めんどいのに絡まれた...!)
舌打ちしないよう必死に抑える。下を向いていたまま他の対応を考えていると、男の指が顎を掴んできた。そのまま上に向かされる。
「兄ちゃん可愛い顔しとるやん?いいぜ、あんたが弁償してくれるなら許すわ」
「弁償って…少ししか持ってませんが」
「おいおい、この服いくらしたと思ってんだ。兄ちゃんの財布の中身の三倍はするぜ?」
「…」
そのヨレヨレの服が?馬鹿らしい。そう言ってやりたいがなんとか耐える。ここで怒らせても良い事は一つもない。
「じゃあ他で支払えって?」
「ああ、そうだよ」
ニヤニヤとこちらを見てくる。その視線は何度も受けたものだ。
(またこのパターンか…)
後ろを見ると子供たちが心配そうに見ていた。この二人の前で喧嘩はしたくない。
「...わかりました」
「物分りのいい兄ちゃんだな!ほらいくぜ!」
首に腕を回されそのまま引っ張られる。この体勢じゃ逃げれない。この子達をなんとか送り届けたい所だがこの状況じゃ無理だろう。
(子供たちからこの男を引き離せれるならまだいいか…)
辺りを見れば遠目から見てる人達が何人かいるのが見えた。でも、俺と目が合うと足早に去っていく。そうだよ、人間ってこういう生き物だった。呆れて何も言えない。
「おにーちゃま、いかないで」
「!」
妹がこっちを見てる。兄は状況を察して何も言ってこない。だけど、妹はとてとてと近づいてくる。
「けんかしちゃったの?おにーちゃんおこられるの?」
「えっと、俺は」
俺が答えに困ってる間も、妹の目にはどんどん涙が溜まっていく。
『ルト!子守り唄を!』
「え」
『いいから子守り唄を歌ってっす!』
「!」
突然の指示に驚いたが俺は口を開いた。そして、さっきザントが歌ったものを思い出しながら歌う。かなりうろ覚えだけどメロディーと歌詞は真似できたはず。
「あ゛あ゛?」
「「え??」」
驚く男、兄妹たち。
「な、何歌いだして…なんだ、なにか降ってきた?」
ふと、空から砂が降ってきた。その砂は俺の周りにいた者全てにふりかかる。そして...
「くかーーzzzくかーーーzzz」
皆を眠らしてしまった。男達、広場を歩く人々、兄妹の二人まで。
「すっごてん」
俺だけ無事で、ぽかーんと立ち尽くしていた。不思議に思っていると、空からザントがおりてくる。
『無事っすかルト!』
「あ、ああ、俺は」
『よかったああ~!!』
感極まって抱きしめてくる。こいつ抱きぐせでもあるのか。
「おいザント!何を考えてるんだよ!こんな大量の人間を眠らせて…!ちょっとした事件だぞ!」
今は全員眠ってるからいいが、誰かがこの状況を見れば何が起きたのかと戸惑うだろう。
『大丈夫っす、すぐ起きるんで』
「そ、そうなのか?」
『大量の人間に使えばその量に合わせて睡眠時間も減るんす。つまりあと五分もすれば起きちゃうっすよ、だからそのうちに逃げちゃうっす!』
「なるほど五分あれば十分だな』
眠ってしまった兄妹を抱き上げ大通りに出る。ここまでくればあの男も絡んでこないだろう。近くの公園のベンチに二人を寝かすと同時に兄の方が目を開けた。
「...っ、あれ?ぼく」
「起きたか。気分はどうだ?」
「おにーさ、ん?ぶじなの?さっきの人たちは?」
「ああ、俺は大丈夫。あいつらもいなくなったよ。よく頑張ったな」
よしよし、と撫でてやると耐え切れなくなったのか涙をポロポロ流した。不安だったのは兄の方もだったのだ。
「ひっく、ひっく」
「...よしよし、お前もよく妹を守ったな、偉いぞ」
「う、んっあり、がとう…おにーさん」
やっと心を開いてくれたらしい。よかった、これで話が聞けそうだ。
「じゃあ妹が起きたらパパたちを探しにいこうな」
「うん!」
「…あれ?ルトじゃないか」
兄から話を聞いていた所で誰かが乱入してくる。振り返るとバンが誰かを連れて近寄ってくるのが見えた。
「バン!」
「よ!珍しいな、ルトがこんな街の中心部にいるなんて」
「色々あったんだ。それより」
「ーーあ!」
俺がバンに近寄ろうとしたとき、兄が声をあげた。その視線はバンの後ろの男に注がれている。兄はすぐに立ち上がり駆け寄った。
「パパ!」
「ルド!!」
バンの後ろの男に抱きつく。そしてまだ眠る妹の元に行った。どうやら二人の父のようだ。
(探す手間が省けたな)
見つかってよかったと安心する。バンが驚いた顔をしていた。
「なんだなんだルトが子供たちといてくれたのか」
「うん。そっちは親側といたんだな」
「ああ、子供を探してくれと依頼されてな。まさかこんな見つかり方をするとは情報屋でも予想できなかったぜ、ははっ」
「俺も驚いた」
「はは。でもよかった。この近くでゴロツキの情報が流れてたから心配してたんだよ」
「...」
ま、絡まれましたけども。それは割愛しよう。ザントの方を見る。子供と親が抱きあう姿を嬉しそうに眺めていた。その様子を見てるとザントが心優しい妖精なのだというのも頷けた。
(ザントのおかげで助かったんだしな)
やり方はどうあれ悪い妖精ではないのだろう。
「...手伝ってやるかな」
「ん?何がだ?」
「何でもない」
独り言に反応したバン。俺は首を振る。それから男性に依頼料を払ってもらい兄妹とも別れた。追記しておくと、今度またアイスを食べようと約束をさせられた。子供のくせにちゃっかりしてる。
「さーて!懐が温まったし飯でも行くかルト」
「…うーん」
昼にアリスの家でししゃもを食った以来何も口にしてない。お腹をさすると力なくきゅううと鳴く音が聞こえる。
「行く、バンもちな」
「はいはい、今回はルトのおかげでもあるしな」
「ふん」
バンとご飯か。ちょっと久しぶりだな、少し前まではザクの看病で手一杯だったし。バンとだと気まずくならないしすごく居心地がいい。内心ワクワクしていたが顔に出ないようなんとか耐えた。
(どの店行くのかな、美味しい店だといいな)
バンが少し考え込み、そして閃いた。俺は目を輝かせて答えを待つ。
「んー、じゃ近いし!シータんとこにするかー!」
「...」
俺の機嫌が一気に下がったのは言うまでもない。
***
「あっルトだ!リオ見てみて!ルトがいる~!」
「本当だ、偶然だなルト」
「双子じゃん」
店に着くと双子(リオとカプラ)が手を振ってきた。キメラ事件で色々あったけど今はラルクさんの家で落ち着いてる二人。なんだかこうして話すのは久しぶりな気がする。
「ここの店料理うめー!」
「口に入ってる時は喋るなカプラ」
「んむむう」
店の窓側の椅子で食事をしているようだ。ラルクさんも同席していた。ニコッと笑って軽く会釈してくる。ラルクさんの姿に気づいたバンが手を挙げて挨拶をした。
「お!先生じゃないか、隣いいか?」
「どうぞどうぞ、バン君。そしてルト君もこんにちは」
「…こんにちは」
流れで一緒に食べることに。まあこの三人は単独で会わない限りよっぽど心配いらないだろう。
(ああ、そうだ)
俺は用意された椅子ともう一つ追加を頼んだ。不思議そうにする店員。どう対応していいか困ってるようだ。そりゃそうか、人数分はすでにあるもんな。
(でも、ザントの分がない)
ザントが店の入口で立ったままこちらをじっと見ている。妖精の自分は入れないとでも思ってるのだろうか。俺は大丈夫、と頷いてみせた。そこで横を通りがかったシータ(店員の服きてる)が俺のもとに飛んでくる。
「あらら~どうしたの~!?...あーはいはい、椅子ね!OK!僕に任せて~!」
困ったままの店員と一緒に奥に消えて、しばらくしてシータだけ戻ってきた。その手には椅子がある。
「はいどうぞ♪」
「っやめろ!」
どさくさに紛れてキスしようとするので腕で突っぱねる。それからザントの方を向いた。ザントはおずおずと入ってくる。いや、何でそんなに申し訳なさそうなんだ。さっきまでの勢いはどうした。
「あれ珍しい妖精がいるな」
「ほんとだザントマンか」
リオとカプラがザントに気づいて俺の横から顔を出した。そっか、二人には見えるのか。
「なんですって?!妖精??!どこです!ザントマンというのは、あの砂を操る妖精のことですか?」
すかさず反応するラルクさん。
(ここまでくると仕事病だな…)
それしか考えてないのかと呆れてしまう。バンはキョトンとしてるがシータはザントの方をつまらなそうに見ている。という事はザントが見えてるのは俺と双子とシータの四人。こう見ると結構いるな。
(それぞれ悪魔にとりつかれてたり悪魔になったりしたから、気づきやすいのかな)
ザントは視線が自分に集まっていて戸惑っていた。
『る、ルトさん…みなさん、おれがわかるんすか?』
「ああ、そうみたいだ」
『本当っすか!みえる、んすね・・・おれが!』
「うん、そうだよ。見えてるし、お前の事もちゃんと認識できてる。だからもっと胸を張っていいんだよ、ザント」
『・・・っはい!』
ザントはぱーっと顔を輝かせた。椅子に座り、誇らしげに背筋を伸ばした。
「しかし、ルト君は本当によくそういう事のに絡まれますね」
「別にしたくてしてるわけじゃないんだけどな」
「え~本当かなあ?ルトっていっつもそうやってなんだかんだ助けちゃうからな~」
「うるさい」
シータが店員の立場を忘れて抱きついてくる。いつもならこの辺でザクに半殺しにされるのに、今日はいないためシータのやりたい放題だ。同じことを考えたのかシータが不思議そうにしてる。
「あれれ、そういえば番犬、いや猫さんは?そろそろ怒られるかなと思ったのに」
「今は...寝てる」
「えー昼寝?にしてはもう夜だけど」
「...」
「それよりルト君、質問をいいですか?ザントマンはどうしてここにいるのです?」
ラルクさんが口をはさんでくる。
(うーん、ザントが何故ここにいるのか、か…俺も詳しくは知らないんだよな)
俺か喋らないのを見てラルクさんが独り言のように話しだす。
「ザントマンというのは砂を使って人間を眠らせて困らせる妖精です。古来から人々にも親しまれている妖精です。しかし、私の調べでは彼らはもう絶滅したはずです」
「えっ!?」
『。。。』
驚いた拍子に立ち上がってしまう。隣のザントは項垂れていた。
「絶滅ってどういうことだよ。ザントはここにいるんだぞ...」
「ええ、だから私も驚きまして…どういう事かなとご本人にお聞きできればと」
「...ザント、どういうことだ」
俺が視線を向けるとザントは舌を向いたまま頷く。
『...ぜつめつ...そうっすね。おれらの種族は、ほとんどもういません。』
「ほとんどいないって...どうして…」
そこでアリスの寂しそうな顔がよぎった。アリスはどうしてあんな顔をしたのか。もしかしてザントマンが絶滅したという事を知っていたのだろうか。
『昔は電気もなく、太陽の光と共に人間は生きていたんす。だからおれらも、遅くまで起きていた子を見つけたらすぐ眠らせに行ったんす。寝かしつけたお礼で、夜ご飯の残り物とかお菓子を部屋に置いてくれたりして…その頃はまだ人間とぼくらが共存できてたんす』
「...」
『だけど人間は電気を発明して...』
そこでちらっと街の灯りを見た。夜で空は暗い。が、カラドリオス自体は街の灯りで昼間より明るいぐらいだった。
『おれらの存在意義がなくなったんす…』
電気が発明され人間が遅くまで起きるのが当たり前になった。ザントマンは寝かしつけする必要がなくなった。
『おれらがいなくても人間は困らなくなった。あの子守り唄も、いつのまにか忘れ去られて、もう誰もおれたちのことは話してくれない。思い出してくれない。誰も知らない存在になってしまった』
そこで口を閉じてしまう。俺も何も言えずそのまま黙ったままだ。アリスの寂しげな顔の意味が分かった。絶滅しかけている同族に何も言えなくて、せめて好きなようにさせてあげて欲しい、と俺に任せたのだ。なんとも重いものを任されてしまったなとため息をつく。
「人間と一緒に生きられないから絶滅しちゃったの?うさぎちゃんみたいに繊細な生き物なんだねえ、妖精って」
「シータ」
シータがからかう。肘でつつくがやめようとしなかった。何かが癇に障ったらしい。
「寂しくて死んじゃったのはそっちの都合でしょ?それを人間のせいにするのはちょっとおかしくな~い?」
『…その通りっす。絶滅といっても...ほんとに死んだわけじゃないんす。人間のいない妖精の世界に帰っただけっすから』
「なるほど、それなら一気に消えたことにも理由がつきますね。観測できなかっただけで別世界で生息していたと…これは新発見ですね」
カプラに通訳してもらいながらラルクさんが頷く。
「しかし、興味深いですね。妖精の世界があるのならそこにずっといればよかったのに、どうしてあなたたちザントマンは人間界に来たんですか?」
確かに。昔のザントマンはどうして人間の世界に来たのだろう。横にいるザントも、どうして今更訪れたんだろう。不思議に思ってると「そんなの当たり前だ」とザントはいった。
『人間が好きなんすよ』
「...」
『今も昔もずっと、たとえ自分の体が見えなくてもおれらは人間が好きなんす』
好き、という言葉に体が反応する。好きという感情は妖精も歪ませるのか。
『好きだから、少しでも役に立てたら嬉しい。傍にいてちょっかいを出したい。でも、好きだからこそ忘れられていくのを見るのは悲しくて、見ていられなくて...人間の街から去ったんす。じいじたちは』
「...ザント」
『だから、おれは、じいじたちの代わりに約束を果たしに来たんす!』
ガバッと立ち上がるザント。皆の目が上に行く。といってもバンとラルクさんは少し遅れてだが。ザントは決心をした、という顔で皆を見下ろした。
『夜更しする悪い子も良い子も!おれが!眠らせて!皆におれたちを思い出してもらうんす!!』
「はあ??」
『全員眠らせるぐらい大きな事をすれば記憶に刻まれるはず!』
「それは…そうかもだけど…」
「しかし、今のご時世だと色々と難しいのではありませんか?」
至極当たり前のことをラルクさんが突っ込む。そうだよな。他人の家に知らない奴が入ってきたら捕まるよな。いくら人間には見えないとはいえ、見える人には見えてしまうし。
『そうなんすよね...実は昨日から街にきてたんすけど、家に入ったところを捕まっちゃって。妖精の体でも縛れる網草の紐でぐるぐる巻きにされて海に落とされたんすよ~こわかったっす~』
「どんな所に侵入したんだお前は」
『あはは~』
俺が呆れてると、ふと、ザントの後ろに黒い影がかかった。
「そうです。弟達がご迷惑おかけしました」
二人の頭を持って共に頭を下げる。
「謝られても俺の服は元に戻らねえんだよ!弁償しろ!」
(ったく、めんどいのに絡まれた...!)
舌打ちしないよう必死に抑える。下を向いていたまま他の対応を考えていると、男の指が顎を掴んできた。そのまま上に向かされる。
「兄ちゃん可愛い顔しとるやん?いいぜ、あんたが弁償してくれるなら許すわ」
「弁償って…少ししか持ってませんが」
「おいおい、この服いくらしたと思ってんだ。兄ちゃんの財布の中身の三倍はするぜ?」
「…」
そのヨレヨレの服が?馬鹿らしい。そう言ってやりたいがなんとか耐える。ここで怒らせても良い事は一つもない。
「じゃあ他で支払えって?」
「ああ、そうだよ」
ニヤニヤとこちらを見てくる。その視線は何度も受けたものだ。
(またこのパターンか…)
後ろを見ると子供たちが心配そうに見ていた。この二人の前で喧嘩はしたくない。
「...わかりました」
「物分りのいい兄ちゃんだな!ほらいくぜ!」
首に腕を回されそのまま引っ張られる。この体勢じゃ逃げれない。この子達をなんとか送り届けたい所だがこの状況じゃ無理だろう。
(子供たちからこの男を引き離せれるならまだいいか…)
辺りを見れば遠目から見てる人達が何人かいるのが見えた。でも、俺と目が合うと足早に去っていく。そうだよ、人間ってこういう生き物だった。呆れて何も言えない。
「おにーちゃま、いかないで」
「!」
妹がこっちを見てる。兄は状況を察して何も言ってこない。だけど、妹はとてとてと近づいてくる。
「けんかしちゃったの?おにーちゃんおこられるの?」
「えっと、俺は」
俺が答えに困ってる間も、妹の目にはどんどん涙が溜まっていく。
『ルト!子守り唄を!』
「え」
『いいから子守り唄を歌ってっす!』
「!」
突然の指示に驚いたが俺は口を開いた。そして、さっきザントが歌ったものを思い出しながら歌う。かなりうろ覚えだけどメロディーと歌詞は真似できたはず。
「あ゛あ゛?」
「「え??」」
驚く男、兄妹たち。
「な、何歌いだして…なんだ、なにか降ってきた?」
ふと、空から砂が降ってきた。その砂は俺の周りにいた者全てにふりかかる。そして...
「くかーーzzzくかーーーzzz」
皆を眠らしてしまった。男達、広場を歩く人々、兄妹の二人まで。
「すっごてん」
俺だけ無事で、ぽかーんと立ち尽くしていた。不思議に思っていると、空からザントがおりてくる。
『無事っすかルト!』
「あ、ああ、俺は」
『よかったああ~!!』
感極まって抱きしめてくる。こいつ抱きぐせでもあるのか。
「おいザント!何を考えてるんだよ!こんな大量の人間を眠らせて…!ちょっとした事件だぞ!」
今は全員眠ってるからいいが、誰かがこの状況を見れば何が起きたのかと戸惑うだろう。
『大丈夫っす、すぐ起きるんで』
「そ、そうなのか?」
『大量の人間に使えばその量に合わせて睡眠時間も減るんす。つまりあと五分もすれば起きちゃうっすよ、だからそのうちに逃げちゃうっす!』
「なるほど五分あれば十分だな』
眠ってしまった兄妹を抱き上げ大通りに出る。ここまでくればあの男も絡んでこないだろう。近くの公園のベンチに二人を寝かすと同時に兄の方が目を開けた。
「...っ、あれ?ぼく」
「起きたか。気分はどうだ?」
「おにーさ、ん?ぶじなの?さっきの人たちは?」
「ああ、俺は大丈夫。あいつらもいなくなったよ。よく頑張ったな」
よしよし、と撫でてやると耐え切れなくなったのか涙をポロポロ流した。不安だったのは兄の方もだったのだ。
「ひっく、ひっく」
「...よしよし、お前もよく妹を守ったな、偉いぞ」
「う、んっあり、がとう…おにーさん」
やっと心を開いてくれたらしい。よかった、これで話が聞けそうだ。
「じゃあ妹が起きたらパパたちを探しにいこうな」
「うん!」
「…あれ?ルトじゃないか」
兄から話を聞いていた所で誰かが乱入してくる。振り返るとバンが誰かを連れて近寄ってくるのが見えた。
「バン!」
「よ!珍しいな、ルトがこんな街の中心部にいるなんて」
「色々あったんだ。それより」
「ーーあ!」
俺がバンに近寄ろうとしたとき、兄が声をあげた。その視線はバンの後ろの男に注がれている。兄はすぐに立ち上がり駆け寄った。
「パパ!」
「ルド!!」
バンの後ろの男に抱きつく。そしてまだ眠る妹の元に行った。どうやら二人の父のようだ。
(探す手間が省けたな)
見つかってよかったと安心する。バンが驚いた顔をしていた。
「なんだなんだルトが子供たちといてくれたのか」
「うん。そっちは親側といたんだな」
「ああ、子供を探してくれと依頼されてな。まさかこんな見つかり方をするとは情報屋でも予想できなかったぜ、ははっ」
「俺も驚いた」
「はは。でもよかった。この近くでゴロツキの情報が流れてたから心配してたんだよ」
「...」
ま、絡まれましたけども。それは割愛しよう。ザントの方を見る。子供と親が抱きあう姿を嬉しそうに眺めていた。その様子を見てるとザントが心優しい妖精なのだというのも頷けた。
(ザントのおかげで助かったんだしな)
やり方はどうあれ悪い妖精ではないのだろう。
「...手伝ってやるかな」
「ん?何がだ?」
「何でもない」
独り言に反応したバン。俺は首を振る。それから男性に依頼料を払ってもらい兄妹とも別れた。追記しておくと、今度またアイスを食べようと約束をさせられた。子供のくせにちゃっかりしてる。
「さーて!懐が温まったし飯でも行くかルト」
「…うーん」
昼にアリスの家でししゃもを食った以来何も口にしてない。お腹をさすると力なくきゅううと鳴く音が聞こえる。
「行く、バンもちな」
「はいはい、今回はルトのおかげでもあるしな」
「ふん」
バンとご飯か。ちょっと久しぶりだな、少し前まではザクの看病で手一杯だったし。バンとだと気まずくならないしすごく居心地がいい。内心ワクワクしていたが顔に出ないようなんとか耐えた。
(どの店行くのかな、美味しい店だといいな)
バンが少し考え込み、そして閃いた。俺は目を輝かせて答えを待つ。
「んー、じゃ近いし!シータんとこにするかー!」
「...」
俺の機嫌が一気に下がったのは言うまでもない。
***
「あっルトだ!リオ見てみて!ルトがいる~!」
「本当だ、偶然だなルト」
「双子じゃん」
店に着くと双子(リオとカプラ)が手を振ってきた。キメラ事件で色々あったけど今はラルクさんの家で落ち着いてる二人。なんだかこうして話すのは久しぶりな気がする。
「ここの店料理うめー!」
「口に入ってる時は喋るなカプラ」
「んむむう」
店の窓側の椅子で食事をしているようだ。ラルクさんも同席していた。ニコッと笑って軽く会釈してくる。ラルクさんの姿に気づいたバンが手を挙げて挨拶をした。
「お!先生じゃないか、隣いいか?」
「どうぞどうぞ、バン君。そしてルト君もこんにちは」
「…こんにちは」
流れで一緒に食べることに。まあこの三人は単独で会わない限りよっぽど心配いらないだろう。
(ああ、そうだ)
俺は用意された椅子ともう一つ追加を頼んだ。不思議そうにする店員。どう対応していいか困ってるようだ。そりゃそうか、人数分はすでにあるもんな。
(でも、ザントの分がない)
ザントが店の入口で立ったままこちらをじっと見ている。妖精の自分は入れないとでも思ってるのだろうか。俺は大丈夫、と頷いてみせた。そこで横を通りがかったシータ(店員の服きてる)が俺のもとに飛んでくる。
「あらら~どうしたの~!?...あーはいはい、椅子ね!OK!僕に任せて~!」
困ったままの店員と一緒に奥に消えて、しばらくしてシータだけ戻ってきた。その手には椅子がある。
「はいどうぞ♪」
「っやめろ!」
どさくさに紛れてキスしようとするので腕で突っぱねる。それからザントの方を向いた。ザントはおずおずと入ってくる。いや、何でそんなに申し訳なさそうなんだ。さっきまでの勢いはどうした。
「あれ珍しい妖精がいるな」
「ほんとだザントマンか」
リオとカプラがザントに気づいて俺の横から顔を出した。そっか、二人には見えるのか。
「なんですって?!妖精??!どこです!ザントマンというのは、あの砂を操る妖精のことですか?」
すかさず反応するラルクさん。
(ここまでくると仕事病だな…)
それしか考えてないのかと呆れてしまう。バンはキョトンとしてるがシータはザントの方をつまらなそうに見ている。という事はザントが見えてるのは俺と双子とシータの四人。こう見ると結構いるな。
(それぞれ悪魔にとりつかれてたり悪魔になったりしたから、気づきやすいのかな)
ザントは視線が自分に集まっていて戸惑っていた。
『る、ルトさん…みなさん、おれがわかるんすか?』
「ああ、そうみたいだ」
『本当っすか!みえる、んすね・・・おれが!』
「うん、そうだよ。見えてるし、お前の事もちゃんと認識できてる。だからもっと胸を張っていいんだよ、ザント」
『・・・っはい!』
ザントはぱーっと顔を輝かせた。椅子に座り、誇らしげに背筋を伸ばした。
「しかし、ルト君は本当によくそういう事のに絡まれますね」
「別にしたくてしてるわけじゃないんだけどな」
「え~本当かなあ?ルトっていっつもそうやってなんだかんだ助けちゃうからな~」
「うるさい」
シータが店員の立場を忘れて抱きついてくる。いつもならこの辺でザクに半殺しにされるのに、今日はいないためシータのやりたい放題だ。同じことを考えたのかシータが不思議そうにしてる。
「あれれ、そういえば番犬、いや猫さんは?そろそろ怒られるかなと思ったのに」
「今は...寝てる」
「えー昼寝?にしてはもう夜だけど」
「...」
「それよりルト君、質問をいいですか?ザントマンはどうしてここにいるのです?」
ラルクさんが口をはさんでくる。
(うーん、ザントが何故ここにいるのか、か…俺も詳しくは知らないんだよな)
俺か喋らないのを見てラルクさんが独り言のように話しだす。
「ザントマンというのは砂を使って人間を眠らせて困らせる妖精です。古来から人々にも親しまれている妖精です。しかし、私の調べでは彼らはもう絶滅したはずです」
「えっ!?」
『。。。』
驚いた拍子に立ち上がってしまう。隣のザントは項垂れていた。
「絶滅ってどういうことだよ。ザントはここにいるんだぞ...」
「ええ、だから私も驚きまして…どういう事かなとご本人にお聞きできればと」
「...ザント、どういうことだ」
俺が視線を向けるとザントは舌を向いたまま頷く。
『...ぜつめつ...そうっすね。おれらの種族は、ほとんどもういません。』
「ほとんどいないって...どうして…」
そこでアリスの寂しそうな顔がよぎった。アリスはどうしてあんな顔をしたのか。もしかしてザントマンが絶滅したという事を知っていたのだろうか。
『昔は電気もなく、太陽の光と共に人間は生きていたんす。だからおれらも、遅くまで起きていた子を見つけたらすぐ眠らせに行ったんす。寝かしつけたお礼で、夜ご飯の残り物とかお菓子を部屋に置いてくれたりして…その頃はまだ人間とぼくらが共存できてたんす』
「...」
『だけど人間は電気を発明して...』
そこでちらっと街の灯りを見た。夜で空は暗い。が、カラドリオス自体は街の灯りで昼間より明るいぐらいだった。
『おれらの存在意義がなくなったんす…』
電気が発明され人間が遅くまで起きるのが当たり前になった。ザントマンは寝かしつけする必要がなくなった。
『おれらがいなくても人間は困らなくなった。あの子守り唄も、いつのまにか忘れ去られて、もう誰もおれたちのことは話してくれない。思い出してくれない。誰も知らない存在になってしまった』
そこで口を閉じてしまう。俺も何も言えずそのまま黙ったままだ。アリスの寂しげな顔の意味が分かった。絶滅しかけている同族に何も言えなくて、せめて好きなようにさせてあげて欲しい、と俺に任せたのだ。なんとも重いものを任されてしまったなとため息をつく。
「人間と一緒に生きられないから絶滅しちゃったの?うさぎちゃんみたいに繊細な生き物なんだねえ、妖精って」
「シータ」
シータがからかう。肘でつつくがやめようとしなかった。何かが癇に障ったらしい。
「寂しくて死んじゃったのはそっちの都合でしょ?それを人間のせいにするのはちょっとおかしくな~い?」
『…その通りっす。絶滅といっても...ほんとに死んだわけじゃないんす。人間のいない妖精の世界に帰っただけっすから』
「なるほど、それなら一気に消えたことにも理由がつきますね。観測できなかっただけで別世界で生息していたと…これは新発見ですね」
カプラに通訳してもらいながらラルクさんが頷く。
「しかし、興味深いですね。妖精の世界があるのならそこにずっといればよかったのに、どうしてあなたたちザントマンは人間界に来たんですか?」
確かに。昔のザントマンはどうして人間の世界に来たのだろう。横にいるザントも、どうして今更訪れたんだろう。不思議に思ってると「そんなの当たり前だ」とザントはいった。
『人間が好きなんすよ』
「...」
『今も昔もずっと、たとえ自分の体が見えなくてもおれらは人間が好きなんす』
好き、という言葉に体が反応する。好きという感情は妖精も歪ませるのか。
『好きだから、少しでも役に立てたら嬉しい。傍にいてちょっかいを出したい。でも、好きだからこそ忘れられていくのを見るのは悲しくて、見ていられなくて...人間の街から去ったんす。じいじたちは』
「...ザント」
『だから、おれは、じいじたちの代わりに約束を果たしに来たんす!』
ガバッと立ち上がるザント。皆の目が上に行く。といってもバンとラルクさんは少し遅れてだが。ザントは決心をした、という顔で皆を見下ろした。
『夜更しする悪い子も良い子も!おれが!眠らせて!皆におれたちを思い出してもらうんす!!』
「はあ??」
『全員眠らせるぐらい大きな事をすれば記憶に刻まれるはず!』
「それは…そうかもだけど…」
「しかし、今のご時世だと色々と難しいのではありませんか?」
至極当たり前のことをラルクさんが突っ込む。そうだよな。他人の家に知らない奴が入ってきたら捕まるよな。いくら人間には見えないとはいえ、見える人には見えてしまうし。
『そうなんすよね...実は昨日から街にきてたんすけど、家に入ったところを捕まっちゃって。妖精の体でも縛れる網草の紐でぐるぐる巻きにされて海に落とされたんすよ~こわかったっす~』
「どんな所に侵入したんだお前は」
『あはは~』
俺が呆れてると、ふと、ザントの後ろに黒い影がかかった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?
甘塩ます☆
BL
裏社会で生きている本条翠の安らげる場所は路地裏の喫茶店、そこのホットココアと店主の笑顔だった。
だが店主には裏の顔が有り、実は異世界の元魔王だった。
魔王を追いかけて来た勇者に巻き込まれる形で異世界へと飛ばされてしまった翠は魔王と一緒に暮らすことになる。
みたいな話し。
孤独な魔王×孤独な人間
サブCPに人間の王×吸血鬼の従者
11/18.完結しました。
今後、番外編等考えてみようと思います。
こんな話が読みたい等有りましたら参考までに教えて頂けると嬉しいです(*´ω`*)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる