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第十五章「天使の歌とキラキラ悪魔様」
ミカエル合唱団
しおりを挟む「えっと、タオルは…いらないな、宿に置いてあるっていってたし、ブラシは…まあいいか。あとは…」
「ルト、これは?」
キラキライケメンモードのザクから石鹸を渡される。俺は肌が弱いから備え付けの石鹸だと肌が荒れてしまうのだ。
「あ、そっか」
いつも使っている自然由来の石鹸をザクから受け取った。
「ありがとう」
「いや」
いいってことさ、とキザに手を振られた。それを慣れない気持ちで眺めつつまた作業に戻る。
俺達は今教会に戻って荷造りをしていた。
何故なのかといえば、
「僕はこの宿以外に泊まることは許されてない、わかってると思うけど僕らは売れっ子の合唱団だからな。だから見張るならルトたちがこっちに泊まれ」
そう言われてしまったのだ。いくら口がしっかり(?)しててもララはまだ未成年の子供だ。しかもこの街の子じゃない。この場合は俺たちが動くしかないな、と半分諦めたように教会に戻り荷造りを始めたのである。
(早く準備して戻らないと。長く離れたらまたあいつがララを襲うかもしれないし…)
色々と鞄に詰め込みつつ不安が頭を焦らせる。
「この間にララが狙われていたら…」
「それはないぞルト。一応気にしてみているがララの方に変化はない」
「え、ここからでもわかるのか?」
「なんとなくだがな」
教会からあの宿まで街半分の距離ほど離れているのに。
(街半分の状況を把握できるんだ…普段はサボってるだけで実はすごい悪魔なのか?)
ってことは、やろうと思えばザクはこの街を支配したりできるのか。本人にその気がないから心配いらなそうだけど。
「よし」
用意の終えた鞄を持ち上げる。
「とりあえず、こんなものかな」
「…ルト」
「ん?って、うわっ!近っ!」
立ち上がり振り向くと、目の前にザクが立っていた。予想してなかったので後ろに倒れそうになる。
ぽすっ
すかさず腰にザクの腕がまわされ、ぐいっと抱き起こされる。再び近づいた真剣な顔に、ドキリと胸が高鳴るのを感じた。
「……っ、ざ、ざく…?」
「…」
赤い瞳がすぐそこにあった。その瞳の奥にある炎は静かに燃えていて、見ていると吸い込まれそうになる。
(…ち、直視できない…!)
ぷいっと目をそらすと、耳に口付けられた。
「っん、おい!やめっ」
「少しだけ」
「だ、ダメだって!ララが待ってる!行かなきゃ!」
「……わかった」
あっさりと身を引くザク。拒否しておいてあれだが、俺は拍子抜けしてしまう。来ないのか?と目をぱちくりとさせた。
「え……、ザク?」
「少し外の空気を吸ってくる」
「あ、う、うん」
(やっぱ…おかしい)
いつものザクなら絶対に言うこと聞かずに押し倒してくるのに。さっきから聞き分けがよすぎる。体はザクなのに、中身はまったくの別人だ。
(どうしちゃったんだろ…)
まるで悪魔の部分がごっそり落ちてしまったみたいな感じだけど。
(考えられる事と言えば、朝のララの歌声か?)
まさか歌声で浄化されちゃって、ザクの性格の悪い部分が消え去ったとか??それであんなキラキライケメンモードに??
「…ザク」
ザクは教会の窓から外を眺めていた。その横顔からは感情が読めず、知らない人が立っているみたいな感覚になる。俺の声に呼ばれこっちを向いた顔には先ほどまでと同じ爽やかな笑顔が浮かんでいた。
「行こうか、ルト」
「う、うん」
もしも、ザクがずっとこのままだったら。
そう考えて、頭を振る。
(こんなことを考えても仕方ない!…今はララのことをなんとかしないと)
ザクのことはその後でいい。…いいはずなのに。
俺の胸がモヤモヤとくすぶり続けるのだった。
***
宿に着くとすぐにララが飛び出してきた。
「遅いぞ!ルト!」
「ごめん。ちょっと用意に手間取ってて、そっちは問題なかったか」
「もちろん、と言いたいところだけど実はこいつが」
ララの手には見慣れた灰色の動物がいた。ぎょろっとした目に大きな耳。
「あ!さっきのグレムリン!」
「そうなんだ、部屋の片付けをしていたら、こいつが出てきて僕の邪魔ばかりしてくるんだ」
説明してる間もララの手から逃げ出したグレムリンは俺の服の中にもぐりこんできた。奥に入りきる前に尻尾をつかんで取り出す。
「こいつどうにかならないわけ?すごい鬱陶しいんだけど!」
「うーん、ララの部屋を気に入っちゃったのかも。だとしたら追い出すのは難しい気がする」
「えええ」
「仕方ない、窓に砂糖水の入ったコップをおいて、廊下にお菓子でも置いておこう。絵本とかの対策法だから効くかわからないけどやらないよりマシだろ」
「わかった、じゃあコップとお菓子もらってくる」
ララが勢いよく階段をおりていく。そして数秒もせずに戻ってきた。その手にあったコップを押し付けてきた後なぜかすぐにまた背中を向けて走り出すララ。
「はい、これ!あと、一分で支度して、出るから!」
「え?」
「今から合唱しにいくんだ。さっき依頼が入ったんだって。もう皆下で待ってるから僕は行くよ!」
「あ、っちょ!」
また走っていってしまいその背中はすぐに見えなくなった。隣に立っていたザクがくすりと笑う。
「忙しいな、子供は」
「…だな」
持っていた鞄をララの部屋に置いて、俺たちも階段を下りる。するともう合唱団の少年たちは全員揃っておりその中心に立っているララがこっち、と手を振ってきた。
ざわ
合唱団の目が俺とザクに向く。その目には好奇の色が映っていて、話しかけたそうにしてはいるが誰も近づいてこない。
(多分ザクが怖いんだろうな)
イケメンとはいえどう見てもかたぎじゃないし。半笑いしていると頬をつねられた。ザクの指だ。
「なっにするんだよ」
「今ルト変なこと考えてただろ」
「ヘンッ…なこと、ではないし!」
「どうだか?」
「なあルト達ってさ…」
ひょこっと現れたララが、俺たちの間で意味ありげな顔で見てくる。
「うわあ!ララ、急に現れるなよ!びっくりするじゃんか!」
「僕はずっといたよ、お前らが世界を作ってて気づかなかったんだろ」
「作って…た?」
「そりゃもうね」
「ご、ごめん(?)…で、なんだった?」
「あ、いや。やっぱいいや、もう出発するから行くよ」
ララが合唱団の群れに後ろからついていく。どうやら徒歩で行くらしい。俺たちも目立たないように少し距離をおいてそれを追いかけた。
そうして移動すること20分。お洒落なオープンカフェに着いた..そのカフェの店長らしき人物がこっちに気づいて駆け寄ってきた。
「待ってましたよ!合唱団の皆さーん!」
にこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべる。合唱団の少年ひとりひとりにジュースを、俺たちにもウェルカムドリンクを出してくれた。
「今回は突然の依頼を受けていただき、本当にありがとうございます!!ミカエル団のお噂はよくお聞きしておりました。そんな方たちに、自分の店のオープン記念で歌っていただけるなんて…!とても光栄です!」
嬉しそうに笑う店長。その笑顔には嘘偽りは全くなくて、心の底から感動していることがわかった。
(売れっ子って話本当だったんだな…)
まあ、確かに朝聞いた鼻歌でさえ天使の歌声だったもんな。ザクを浄化(仮)しちゃうぐらいだし。
「って!そうだ!ザク、歌のときは離れてた方がいいんじゃないのか?また浄化されちゃったら今度こそ消えたりして…!」
「浄化なら問題ない。それよりルトから離れるほうがずっと問題だ」
「そ、そうなのか?どうして??」
「精神衛生上、よろしくない」
つまり離れたくないだけと。
「…じ、冗談で言ってるんじゃないんだぞ、俺はお前を心配してっ」
「心配してくれて、嬉しい、ルト」
皆に見えないよう上着の背に隠し、ぎゅっと手を繋がれる。もう片方の手で頭を撫でられた。まるで恋人に向けるような、甘い笑顔を向けられる。
(いや、恋人なんだけども)
反応に困っていると、すっと手を離された。
「そろそろ歌が始まるようだな」
「!」
ザクと共に全体が見える位置に移動した。オープンカフェの前に数列になって並んだララ達。その中心にララの姿があった。
「?」
気のせいかもしれないがララの顔色があまりよくなかった。
(緊張してるのかな)
しかし次の瞬間にはもう、いつもの自信満々の顔に戻っていた。
(なんだ、気のせいか…)
「では、お聴きください」
ララがよく通る綺麗な声でそういった。すると近くを通りかかっていた人たちがこちらに目を向け、近寄ってくる。野次馬がある程度集まり静まったときを見計らい、ララの前にいた指揮者が手を上げた。
すうっ
合唱団の少年達が息を吸う。それは息が合うとかのレベルじゃなかった。まるでひとつの生物になってしまったかのような、そんな一体感があった。
♪~
その口から紡がれる歌声に、聴き惚れたのは言うまでもない。ここにいる全員が言葉を失い、合唱を聴いていた。
(これが、ミカエル合唱団…)
ぱちぱちぱち!!!
「すばらしい!素晴らしいっっ!!」
いつの間にかカフェの周りには100を超える人たちが集まっていた。店長は感動のあまり涙を流している。集まっていた人たちも割れんばかりの拍手を送っていた。中心にいた合唱団はすました顔でそれを受けとめ、頷いている。
「ほんと、綺麗だったな…」
そう呟くが隣のザクからは反応が返ってこなかった。おかしいと思い横を向くと、顔を手で隠すザクがいた。肩が震えてる。
(まさかまた吐き気か…?!)
「だっ大丈夫か?!ザクっ!」
「……て」
「え?」
「っなんて、美しい歌声なんだろう!!」
「え…??」
顔を引き攣らせザクを見つめる俺。正気かどうかを確かめるように細められた俺の目を全く気にもとめず、ザクはがばっと勢いよく立ち上がった。拳を握り締め、興奮気味に話し始める。
「あの歌声、まさに天使の歌声だ…!特にララの歌声は飛びぬけて響くな!大物になるぞ、あいつ!」
(な、なんかプロデューサーみたいなこと言ってる…ていうか、こんなに歌好きだったっけ…)
若干引きながら、ドリンクに口をつけた。ザクがあっという顔をする。
「あ、そっち、俺様の方」
「えっあっ悪い!」
「いや、いい。ルトが気付いてないようだから言っただけだ」
「う…そ、そっか、悪い。見てなかった」
「謝ることでもないだろ。同じ中身で隣においてあれば間違うこともある」
そのまま俺が口をつけたコップに、なんでもなく口をつけるザク。いつもならここで
『うわー間接チューだよなこれっ』
とか、からかいながら言ってくるはずなのに。目の前のザクは、淡々とコップの中身を飲み干し、合唱団に目を戻してしまう。その横顔を眺めて俺はなんとも言えないもどかしさを覚え、くしゃりと頭をかいた。
「……はあ」
「どうした、ルト?」
「…なんでもない、ちょっと」
「おい、どこへ行く?」
「悪いけど少しの間、ララを頼む」
「あっおい!ルト!」
(なんか…、なんか、)
ザクの声が背中を追いかけてくるが聞こえないふりをして俺はその場を後にした。
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