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「ひゃっ……!?」
エリアスの言葉に、ルーチェは仰天した。
「二人きりだろう? 海の上、部屋には鍵がかかっていて──誰も、僕たちがここにいることを知らないんだよ」
夜の密室で、男女が二人きり。しかも二人は成人した婚約者。──正しくは元婚約者。となると、することは一つだと言われたら、状況としてはその通りだった。
「ちょ……近い! 近いですってば!」
ルーチェはエリアスの足の間でつま先をばたばたとさせた。両の手首をしっかりと掴まれているので、身動きが取れないからだ。
「わ、私、そんなつもりでは……!」
「追い出されないから、僕が一緒にいることを許してくれたのかと」
「……~だ、だって、エリアス様を……王子を、追い出す訳には」
「言っただろう。君が王子としての僕を必要としないなら、王子をやめる。今のエリアスはただのその辺の男だ。そうして今、君を狙っている」
「ねら……」
ルーチェが呆然とつぶやいたその瞬間、エリアスの手がゆっくりと、けれど明確な意志を持って、ルーチェの頬に触れた。
「ま、待ってください! そ、その……嫁入り前なのでっ!」
状況についていけないのもそうだが、ルーチェにはもう一つ切迫した事情があった。
移動を優先するために、飾り気のない下着を身につけているのだ。それを見られるのは、とても恥ずかしい。
「先に『抱いてください』と言ったのは君の方だよ」
「っ……あ、あれはっ……!」
ルーチェの脳裏に舞踏会の夜でのことが蘇った。そう、前世の記憶を取り戻すまではルーチェは確かにエリアスに肉体関係を迫っていた。それがダメでもなんとかキスまでは奪ってやると意気込んでいた。
あの時の自分はエリアスのことが好きすぎて完全に暴走していたのだった、経験もないのに。
それを今になって引き合いに出されてしまって、ルーチェは顔を真っ赤にさせた。
「若気の至りというか、そのっ、勢いというかっ……!」
「僕はあの時、本気だった。このまま君と二人でいられたら──そう、強く願っていた」
「えっ」
いつもと同じ、私に表面的にしか優しくない塩なエリアス様に見えましたけれど。
とルーチェの心の声は、喉元に引っかかって出てこなかった。
「けれど君は、僕を捨てた」
「捨てたわけでは……辞退と言いますか」
「そんなの、認められないよ」
「ふえっ……」
しどろもどろになるルーチェの言葉を遮るように、エリアスはぐっと体を寄せてくる。ルーチェを見つめるエリアスの瞳はかつてないほどに真剣だった。
「だ、だめですっ……」
ルーチェはぎゅっと目をつぶった。確かに、最初に抱いてくれと言ったのは自分だが──それは記憶を取り戻す前のこと。捨てられる前提の思い出なんて、当て馬としての自覚を持ってしまったルーチェにはいらないのだ。
それなのに、どうしても強い口調で嫌だと言えない。それは理性と心が正反対の感情を持っていて、それに振り回されているからだとルーチェは自覚している。
「きゃっ……ちょっと、だめ、重っ……ひゃああ~っ!」
首筋にエリアスの唇が触れて、驚きと羞恥が一気に押し寄せ、全身がぐあっと熱くなった。
そんな彼女をからかうように、エリアスはルーチェの首すじに顔を埋めながら、くっくっと小さく笑った。
「……ルーチェの反応、やっぱり可愛い」
「かわ、って、なにをっ……!」
可愛い、とは何度も言われたことはあった。けれど、今までの言葉と二人きりになってから言葉はまったく違う熱を持っているようにルーチェには思えてならない。
──な、なぜ婚約破棄をしてからこんなことに。エリアス様はやっぱりバグって……。
「安心して。無理やり君の身体を奪うことはしないよ」
「へっ」
エリアスは顔を上げ、さらりとルーチェの髪の一房を取って弄んだ。
その言葉に、ようやく身体から力が抜ける。
「僕が本当に望んでるのはね。君の心を取り戻すこと。そしてもう一度、君に好きになってもらえるように頑張ることだ」
「……え」
思ってもみなかった事を言われて、ルーチェの胸がきゅっと苦しくなった。
「君の方から抱いてくれと言われるまでは、そばで頑張るつもり」
「……そ、それはもうやめてください~!」
あの日の夜の事を蒸し返されると、ルーチェは顔から火が出そうになる。
「……今夜は、もう寝よう。安心して。変なことはしないよ。たぶん」
「多分!?」
「冗談だよ。……おやすみ、ルーチェ」
エリアスはそう言って、ルーチェの頬に軽く口づけた。ほんの一瞬、軽くふれるだけなのに、エリアスの触れた箇所がほんのりと熱を持っているような感覚がある。
──こ、これが次の港に停泊するまで続くの!? だめよルーチェ、私は「元」婚約者なんだから、流されてはだめ。エリアス様も言ったでしょう、自分から言わなければ、手出しはされないのだから……!
と、ルーチェは必死で自分に言い聞かせるしかなかった。
エリアスの言葉に、ルーチェは仰天した。
「二人きりだろう? 海の上、部屋には鍵がかかっていて──誰も、僕たちがここにいることを知らないんだよ」
夜の密室で、男女が二人きり。しかも二人は成人した婚約者。──正しくは元婚約者。となると、することは一つだと言われたら、状況としてはその通りだった。
「ちょ……近い! 近いですってば!」
ルーチェはエリアスの足の間でつま先をばたばたとさせた。両の手首をしっかりと掴まれているので、身動きが取れないからだ。
「わ、私、そんなつもりでは……!」
「追い出されないから、僕が一緒にいることを許してくれたのかと」
「……~だ、だって、エリアス様を……王子を、追い出す訳には」
「言っただろう。君が王子としての僕を必要としないなら、王子をやめる。今のエリアスはただのその辺の男だ。そうして今、君を狙っている」
「ねら……」
ルーチェが呆然とつぶやいたその瞬間、エリアスの手がゆっくりと、けれど明確な意志を持って、ルーチェの頬に触れた。
「ま、待ってください! そ、その……嫁入り前なのでっ!」
状況についていけないのもそうだが、ルーチェにはもう一つ切迫した事情があった。
移動を優先するために、飾り気のない下着を身につけているのだ。それを見られるのは、とても恥ずかしい。
「先に『抱いてください』と言ったのは君の方だよ」
「っ……あ、あれはっ……!」
ルーチェの脳裏に舞踏会の夜でのことが蘇った。そう、前世の記憶を取り戻すまではルーチェは確かにエリアスに肉体関係を迫っていた。それがダメでもなんとかキスまでは奪ってやると意気込んでいた。
あの時の自分はエリアスのことが好きすぎて完全に暴走していたのだった、経験もないのに。
それを今になって引き合いに出されてしまって、ルーチェは顔を真っ赤にさせた。
「若気の至りというか、そのっ、勢いというかっ……!」
「僕はあの時、本気だった。このまま君と二人でいられたら──そう、強く願っていた」
「えっ」
いつもと同じ、私に表面的にしか優しくない塩なエリアス様に見えましたけれど。
とルーチェの心の声は、喉元に引っかかって出てこなかった。
「けれど君は、僕を捨てた」
「捨てたわけでは……辞退と言いますか」
「そんなの、認められないよ」
「ふえっ……」
しどろもどろになるルーチェの言葉を遮るように、エリアスはぐっと体を寄せてくる。ルーチェを見つめるエリアスの瞳はかつてないほどに真剣だった。
「だ、だめですっ……」
ルーチェはぎゅっと目をつぶった。確かに、最初に抱いてくれと言ったのは自分だが──それは記憶を取り戻す前のこと。捨てられる前提の思い出なんて、当て馬としての自覚を持ってしまったルーチェにはいらないのだ。
それなのに、どうしても強い口調で嫌だと言えない。それは理性と心が正反対の感情を持っていて、それに振り回されているからだとルーチェは自覚している。
「きゃっ……ちょっと、だめ、重っ……ひゃああ~っ!」
首筋にエリアスの唇が触れて、驚きと羞恥が一気に押し寄せ、全身がぐあっと熱くなった。
そんな彼女をからかうように、エリアスはルーチェの首すじに顔を埋めながら、くっくっと小さく笑った。
「……ルーチェの反応、やっぱり可愛い」
「かわ、って、なにをっ……!」
可愛い、とは何度も言われたことはあった。けれど、今までの言葉と二人きりになってから言葉はまったく違う熱を持っているようにルーチェには思えてならない。
──な、なぜ婚約破棄をしてからこんなことに。エリアス様はやっぱりバグって……。
「安心して。無理やり君の身体を奪うことはしないよ」
「へっ」
エリアスは顔を上げ、さらりとルーチェの髪の一房を取って弄んだ。
その言葉に、ようやく身体から力が抜ける。
「僕が本当に望んでるのはね。君の心を取り戻すこと。そしてもう一度、君に好きになってもらえるように頑張ることだ」
「……え」
思ってもみなかった事を言われて、ルーチェの胸がきゅっと苦しくなった。
「君の方から抱いてくれと言われるまでは、そばで頑張るつもり」
「……そ、それはもうやめてください~!」
あの日の夜の事を蒸し返されると、ルーチェは顔から火が出そうになる。
「……今夜は、もう寝よう。安心して。変なことはしないよ。たぶん」
「多分!?」
「冗談だよ。……おやすみ、ルーチェ」
エリアスはそう言って、ルーチェの頬に軽く口づけた。ほんの一瞬、軽くふれるだけなのに、エリアスの触れた箇所がほんのりと熱を持っているような感覚がある。
──こ、これが次の港に停泊するまで続くの!? だめよルーチェ、私は「元」婚約者なんだから、流されてはだめ。エリアス様も言ったでしょう、自分から言わなければ、手出しはされないのだから……!
と、ルーチェは必死で自分に言い聞かせるしかなかった。
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