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75 綺麗なティナ
しおりを挟むご主人様から貰った服を、井戸近くの木の根元に置いて来てしまった。
今から取りに行くか? 駄目だ、ご主人様の元を離れることはできない。
スーは悩む。
「まあ、スーさん、おててに持っているのはなあに?」
ティナの問いに、スーはギクリと触手にぶらさげたままのスライムを、そっと床に降ろす。
スライムは大人しくティナを仰ぎ見ている。
「まあ小さい。スライムかしら? 凄く汚れているわね……。でも困ったわ、ドレスは借り物だから、汚すわけにはいかないのよ」
スライムに手を差し伸べようとして、ティナは止まる。
ドレスを汚して、弁償にでもなれば、今のティナは何もできない。豆銅貨一枚持っていないのだから。
買い物に連れて行ってもらった時の支度金の残りはトリカに戻してしまった。
それに、支度金の残りで弁償できるような金額ではないだろう。
スーとちょうちょは、スライムのことなど、どうでもいい。
ご主人様が自分達に着せていた服のことを思い出さないか。そのことでヒヤヒヤしている。
元がブルースライムのスーだが、顔色が青くなっている(当社比)。
コンコンコン。
「ティナ、準備はできたかい。失礼するよ」
ノックの音と共に、ハロルドが部屋へと入って来た。
侍女から準備が出来たことを知らされたのだろう。
「ああ、見違えるように綺麗になったね。これだったら堂々とクライブ殿下の所に行けるよ」
「あ、ありがとうございます」
ハロルドの言葉に、ティナははにかむような笑顔を向ける。
ティナは王宮に上がるからと、徹底的に磨き上げられていた。
温かい湯船につからせてもらい、マッサージまで受けたのだ。おかげで凄く時間がかかってしまっていた。
その間、ペット達は色んなことをしていたのだが。
(何言ってんだこいつ。ご主人様が綺麗なのは元からじゃないか)
「ああ、今更だな」
スーとちょうちょは、ハロルドの言葉に納得がいかない。
自分のご主人様は、スーパーウルトラマーベラス美人なのだから。
綺麗になったねと言うこと自体が間違っている。元から唯一無二に綺麗なのだ。
魔獣のスーと妖精のちょうちょは、着飾るという意味が分かっていない。
服を着る習慣は無いし、化粧は言わずもがなだ。それに、ご主人様がどんなに変わろうと、ご主人様はご主人様だ。
スーが服を着せられて、自分のことを可愛いと思うのは、ご主人様が『似合うわぁ』『可愛いわぁ』と、言ってくれるから。自分は服が似合っていて可愛いのだ。
服を着ようと着まいと、どうでもいい。ご主人様がよろこんでくれるのが嬉しいのだ。
「ああ、従魔達もいるな。それじゃあクライブ殿下の所に行こうか」
「はい」
ハロルドはスー達に気づくと、何時の間に来たのかと、少し驚いているようだったが、ティナをエスコートして部屋を出る。
スライムのことは、スーの後ろにいたために、気づかなかったようだ。
生まれて初めてハイヒールを履いたティナは、歩くのがおぼつかない。何度も転びそうになっている。
ハロルドは、エスコートとは言っても、腕を組んでいるわけではないので、ティナの状態に気づいていない。
なんせ生まれも育ちも貴族のハロルドは、世の中の女性は生まれた時からハイヒールを履いていると思っているのかもしれない。
気配りのスーが、ご主人様がよろけるたびに触手を使い、そっと気づかれないように支えている。
「こいつ、使えねぇな」
ちょうちょがハロルドに文句を言っているが、言葉は通じていない。
長い廊下を延々と歩き、やっとクライブの部屋へと着いた。
ティナは疲労困憊だ。
「失礼いたします、ハロルドです。ティナを連れてきました」
「よく来てくれたね」
ハロルドの呼びかけに、クライブから応えがある。
ちょうちょはステルスを使った後遺症で、お腹が空いてしょうがない状態らしく、扉が開くと同時に、スーの頭の上から離れ、部屋へと飛び込んで行った。早く王宮シェフ作のサンドイッチが食べたいのだろう。
ティナは促されるままに、やっと椅子に座れると部屋へ入ろうとして、王子様の部屋の余りの豪華絢爛さに、思わず立ち尽くしてしまっている。
今回の目的はお茶会。それも “妖精を愛でる会” だから、テーブルがセッティングされている。
テーブルにはクライブの他にグリファスもいた。
まあ、毎回グリファスもお茶会に参加して、服を着せられているスーやちょうちょを見てはニヤニヤと、揶揄うのだ。
大人げない神獣だ。
「ああ、ティナ、可愛らしいね、見違えたよ」
「ありがとうございます」
ティナは頭を下げるが、褒められた気にならない。なぜならクライブは真顔だから。表情が少しも動いていない。
いつも王族たらんと心がけているクライブは、冷静を心がけているのか、感情を顔に出さない。
怒っているのか喜んでいるのか、その表情からは伺い知れない。
唯一クライブの表情が動くのは、カーバンクルと一緒の時だけだった。
「おい、また変なのを連れてきたな」
グリファスがスーの方を見ながら、ゆっくりと席を立つ。
今は人族になっているので、皆に分かるように人族の言葉を話している。
(変なの? このバッチイのか。洗ってやる暇がなくてな。泥で汚れているが、ただのスライムだ)
自分の後ろに隠れるようにしているスライムを振り返る。
そういえば、ちょうちょもスライムのステータスが見えないと言っていたな。
考えてみれば、この汚れたスライムには思考能力があるし、念話も使っている。おかしいといえばおかしい。
だが、スー自身も周りから、おかしなスライムと言われている。世の中には俺みたいなのが他にもいるってことだろう。
「これがただのスライムに見えるのか……」
グリファスは呆れたと言わんばかりだ。
(何だよ……。おい坊主、お前何者だ?)
「スライムだよ」
スーの問いかけに、スライムは即答する。
身体をプルプルと揺らしている様子は、いくら汚れていてもスライムにしか見えない。
そういえばちょうちょがステータスが見えないとか言っていたな。もう一度聞いてみるか。
スーは、ちょうちょに声をかけようとするが、食欲に取り憑かれたちょうちょは、テーブルの上に用意されていたサンドイッチに飛び付いてしまっている。返事は無理だ。
「汚れているから気づいていないのか。盥と水を用意してくれ。水は多めに」
グリファスが顎をしゃくると、周りに何人も控えている使用人達が動き出す。
あっという間に、スライムにすれば大きすぎる盥と水差しに入れられた水が何杯も用意された。
「おい、スー洗ってやれ」
(なんで俺が)
「たぶん、お前以外は、そのスライムを触ることはできないだろう」
(?)
グリファスが言うことは理解できないが、スライムを洗ってやることにする。
まあ、しょうがない。拾ったのは俺だし。
「うわぁっ」
ちょっとしり込みしているスライムを、再度つまむと問答無用で盥にポイと投げ入れる。
そのまま、水差しを触手で掴むと、スライムに水をかけてやるのだった。
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