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78 今日は授業を受けられるのか
しおりを挟む誰かが引っ張っている。
まだ眠いのに……。
「あら?」
目が覚めると目の前にちようちょさん。
余りに近すぎて目の焦点が合わない。
ちょうちょさんから、前髪を引っ張られていたようだ。
「朝だぞ、起きろティナ。腹が減った」
目を覚ましたのが分かったのか、今度は頬をペシペシと叩いてくる。
小さなちょうちょさんでは、どんなに叩かれても痛くはないけど、きっと本気で叩いてはいないのだろう。
「何だか懐かしい夢を見ていた気がするの……。でも思い出せないわ、夢ってすぐに忘れちゃうのよね」
独り言をいいながら、伸びをする。
「おはよう、ちょちょさん、スーさん、みかんちゃん」
ティナからの挨拶に、スーの頭から短い触手が出ている。まるで返事をするかのように、ブンブンと振っている様は、まるで尻尾のようだ。
みかんはティナの近くまで来ると、ティナの手に身体を擦り付ける。まるで『撫でて』と言っているようだ。
ティナが、そんなみかんに気づき、撫でようとした瞬間、みかんはいなくなっていた。
「あら、みかんちゃんはどこに行ったのかしら?」
スーの触手に吹き飛ばされ、部屋の隅まで飛ばされてしまっていた。
小さなみかんだが、さすがは神獣。そんなことをされても何ともないらしい。
(ご主人様に甘えるなんざ、百万年早いわっ)
「心せまーい、暴力反対!」
言い合いをしているペット達のことに、ティナは気づいていない。
昨日、新たな神獣の存在が明らかになったが、グリファスの一言で、内密になっている。
クライブとハロルドは、重大事を胸に秘めたまま、苦しい思いをしているだろうが、グリファスには何か思う所があるのだろう。
ティナ達は、通常通りに寮に帰って来ることができた。
みかんもスーと一緒にいるとダダをこねたために、ティナが連れて帰って来た。
ティナにすれば、前回カーバンクルもお泊りしていたから、みかんもスーのお友達感覚だ。
神獣と言われても、ただの色違いのスライムとしか思っていない。
「さあ、朝食をいただきましょう」
「待ってました!」
(ちょうちょは食べる気マンマン過ぎるぞ。お前絶対デブるって)
「僕も早く食べたい」
朝食の入ったバスケットを持ったティナにペット達が騒ぎ出す。
今までは、お弁当を貰いに共同棟まで行っていたのだが、なぜかこの頃は、お弁当を届けてくれるようになった。
朝と夕方、寮の扉の前に置かれている。
誰が持ってきてくれているのだろう?
頼んだわけではないので、どうしてなのかティナには分からないが、共同棟は少し離れているので、ティナにすれば、とてもありがたい。
お風呂に入るために、夕方には共同棟に行くことにはなるが。
今日は丸い白パンと肉を炒めたおかずが入っている。果実水もあって、ティナからすれば、毎食豪華だ。
いつも食べきれないほど入っており、少し量を減らしてもらおうかと思っていたが、みかんも小さい身体なのによく食べる。
丁度いい量になった。
昨日は王宮に呼ばれて授業にでることが出来なかったが、今日は学園に行ける。ティナは身支度を始めた。
入学式は途中で中止になったが、もう授業は始まっている。
午前中はティナの苦手な座学で、午後は実技になる。
放課後は、普通の生徒達は帰宅したり部活に励んだりしているが、ティナ達習熟組は勉強漬けだ。
この勉強漬けは、学期末ごとにあるテストの点数が基準点以上取れるようになるまで続く。
だが、ティナには基準点が取れる未来が見えない。
コンコンコン。
準備が整ったころ、木槌の音が聞こえた。
寮母のトリカが迎えに来たのだろうと思いティナは扉へと向かう。
トリカは色々とティナの世話を焼いてくれる。
買い物にも連れて行ってくれたし、この頃は登下校の送り迎えもしてくれる。
最初はティナも遠慮していたのだが、トリカから強く言われて押し負けてしまった。
ティナが暮らしているテイマー用の寮は、獣舎が併設されているため、どうしても騒音や臭いの問題が発生する。そのため他の学生寮よりも離れて建てられている。
習熟組の授業で帰りが遅くなるティナは、学園内とはいえ人気のない暗い場所を一人で寮に帰ることになる。
田舎から王都まで一人でやって来たティナにすれば、何ともないことだし、ペット達がいる。
だがトリカにはスー達はカウントされていない。夜道を女の子が一人で帰っているのだ。
その上、テイマー用の寮は従魔の大きさによって分けられているので、男女の区別が無い。
戸建てになっているので住む分には問題無いのだが、異性が簡単に訪れることができる。
トリカは寮母として、ティナの身の安全と倫理問題を懸念している。
自分のためにと心配してくれるトリカの申し出を、ティナは断り切れない。
なにしろトリカは、ティナの送迎だけではなく、夜には寮の周りの巡回までしてくれているのだから。
「お待たせしました。おはようございます」
ティナは扉を開ける。
扉の前に立つトリカは、壁と見間違うほどに立派な体格をしている。
いつものことに、ティナは顔を上へと向けて挨拶をしたのだが、そこには壁、もといトリカはいなかった。
「え?」
トリカの代わりに、目の前には見たこともない男性が立っていた。
ティナは驚いて、思わず一歩後ずさる。
男性は四十代? 五十代?
ティナは男性の年齢がよく分からない。
何だか偉そうな人だ。でも、誰かに似ている。
それも身近な……。
そうだ、グリファス様だ!
昨日、お茶をしたばかりのグリファス様に似ている。
年は少し離れているけど、もしかしたら年の離れた兄弟とか親子なのかもしれない。
グリファス様はいつもクライブ様と一緒にいる。そしてクライブ様は王子様だ。
そうなると、この人も王族?
ここまでをティナは一秒以内で考えた。
そして悩む。
男性に対して、習熟組の授業で習ったカーテシーをするべきか、百姓の娘らしく平伏するべきか。
結局は固まってしまったままだ。
「おはようティナ。いきなり押しかけて、すまない」
「クライブ様……」
男性の後ろにはクライブがいた。
クライブは王子様だが、何度も『妖精を愛でる会』のお茶を一緒にした仲だ。随分と親しくなったと思う。
ティナの緊張は少しほぐれた。
クライブの横にはグリファスもいた。
三人は本当によく似ている。神々しくて、目が潰れそうだ。
ティナはハタと思いつく。
これって世間的にどうなの? 田舎者だから都会の人付き合いなんて分からない。
もしかしてこの状態は、知り合いが訪ねてきた時に、家に招く場面なのではないだろうか?
『どうぞ、上がってお茶でも』って、言うやつでは?
でも、こんな偉そうな人達に社交辞令って必要なの?
(おいジジイ、朝っぱらから何しに来たんだ)
グルグルと考え込んでいるご主人様の足元から、スーはグリファスへと念話を飛ばす。
みかんのことだとは、うすうすは分かっている。昨日すんなり帰れたのには驚いたから。
「おい、このおっさん、見たことあるぞ」
ちょうちょが男性を指さす。
「30年? 40年? だったか前に、里に来たことがある」
(里に? 人族が妖精を捕まえに来たってやつか。こいつはその一味なのか? 殺された妖精の敵を討つなら手伝うぞ)
スーは妖精の里に行った時に長老から話を聞いていた。
40年前、妖精を捕らえようと人族が里を襲い、何匹もの妖精が捕まってしまったのだと。捕まった妖精は全てが衰弱して死んでしまったらしい。
そのことがあったから、ちょうちょは攻撃力を求めて里から出ることを決めたのだ。
その人族が、また現れたのか? ちょうちょを狙っているのなら許さない。
スーはご主人様に知られることなく、どうやって目の前の人族を始末するかを考える。
「違う違う、その後だ。妖精の里を護るために、目くらましの魔法をかけるから協力してくれって、学園に通っていた王子様が里にやって来たんだ。人族は老けるのが早いけど、そいつだと思う」
(当時の王子様か……。てっ、今の王様ってことか!)
目の前にいたのは、ザイバガイト王国の国王、シルベスト=ザイバガイトだったのだ。
ペット達は、目の前にいる男の正体を知ったのだが、固まったままのティナは、まだ知らないままだった。
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