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20 入学試験・一次試験③
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若い男性が試験官へと声をかけてきた。
制服を着ていることから、この学園の生徒なのかもしれない。
試験官はこの学園の職員、もしくは先生なのだろう。それなのに生徒と思われる男性の方が偉そうな態度だった。
そして試験官も生徒のことを咎めるどころか態度がいきなり変わった。へつらっているのだ。
「こっ、これはヴェルダート小公爵様。何かございましたでしょうか?」
「見ていたが、その受験生はゲートを通過したのに、なぜ失格扱いにしているのだ?」
「それはタイムオーバーのためです。一人二分の持ち時間を超えましたので」
「だが、受験生がゲートに頭を入れた時は、まだ時間内だっただろう」
「そうですが……。ですがそれからゲートを通り抜けるまでに、何分もかかっております」
「時間内にゲートを部分的にとはいえ通り抜けているのだから、それ以降の時間は関係ないはずだ」
「そ、それにあの受験生は、どう考えても従魔を使ってゲートを通過しました。他の力を借りるなど不正に他ありません」
試験官は、自分は間違っていないと言い募っている。
小公爵と呼ばれた生徒は自分のことをなぜ失格にしたのかと問うてくれている。
もしかしたら合格になれるかもしれない。
ティナは一縷の望みを持って二人のやり取りを見ている。
本来失格者は、すぐに退場しなければならないのだが、他にも試験官や係員は周りにいるが、移動するようにとティナに声をかける者はいない。
「何を言っているのだ。この受験生は従魔を連れたテイマーではないか。テイマーが従魔を使うことは許可されている。逆に従魔を使わない方がおかしいことだ」
「テイマー? ですが、スライムですよ。従魔がスライムだなんて、聞いたことがありません」
「聞いたことがなくても、目の前にいるではないか」
小公爵と試験官は揃ってスーへと視線を向ける。
スーはティナに抱かれたまま、人から向けられる視線など、まるで気にしていない。
ティナの方は、テイマーと言われて『テイマーではありません』と言うべきなのだろうが、合格したいから賢く口をつぐんでいる。
そもそもテイマー自体が何なのか分かっていない。
「君、名前は何て言うの?」
「あっ、えっと、ソノイ村のティナです」
いきなり小公爵から名前を聞かれ、慌てて背筋を伸ばす。
田舎の百姓の娘であるティナに苗字は無い。
村で自分を名乗る時は『テッドの娘、ティナです』になる。村から出ると(出たことはなかったが)『村名+ティナ』となる。
「そうか。私はハロルド=ヴェルダートと言う。ティナ嬢は合格だ」
「あっ、ありがとうございます。良かったね、スーさん」
ティナは頭を下げる。スーも嬉しそうに震えている。
そして一歩後退る。
合格できてホッとしたからなのか、ハロルドの容姿にやっと気がついたのだ。余りにも恐れ多くて、距離を取ってしまった。
キラキラだったのだ。まるで光り輝くように美しい。
艶っつやの金髪に整った顔立ち。スラリとしたスタイル。
小公爵と呼ばれていたから貴族なのだろう。貴族だから、こんなに美しいのだろうか?
田舎者のティナは領主様以外の身分の高い人を見たことがなかった。
領主様は、もの凄く高価そうな服を着ていたが、でっぷりと太った初老の男性で、美しいなんて思ったことはない。
王都には多くの貴族がいるという。こんなに綺麗な人が王都には沢山いるのだろうか?
「王都って凄い……」
ティナの正直な感想だった。
「君のスライムは普通のスライムよりも大きいのだね」
「はい、レベル2になった時に大きくなりました」
「え……。ほとんどのスライムはレベルが上がっても大きくはならないよ」
「スーさんは食いしん坊だからなのかしら?」
ティナは抱っこしたままのスーを無意識に撫でながら、不思議そうに首をかしげる。
本当なら重いスーを片手で抱えることはできないのだが、こっそりとスーは触手を出して自分の身体を支えている。細い触手のために、ティナどころか誰にも見えてはいないようだ。
スーは撫でられてご満悦と言わんばかりに、黒い瞳を細めている。
「私の知っているスライムとは随分と違うな……。興味深い」
ハロルドはスーに強い興味を持った。
いくら従魔になったとしても、本来のスライムならば、契約を交わしている主だろうと、食べようとするだろう。
スライムは食べるためだけに存在していると言っても過言ではない魔獣なのだから。
従魔になると、自分の主に危害を加えることはできなくなる。それを破ると死ぬほどの激痛が走るからだ。だが、スライムがそれを理解できとは思えない。
スライムの知能は本能だけと言っていい程に低いのだから。
だが、目の前のスライムはどうだ。主に抱き上げられた上に撫でられているのに、食べようとはしていない。それどころか嬉しがっているように見える。
主を食べ物ではないと認識しているのだ。
そしてなにより、このスライムは主のためにと自ら行動した。ティナが指示を出しているようには見えなかった。
主にゲートを通り抜けさせようと動き、結界を広げたのだ。
思考能力がある。
それも結界の隙間を広げるなど、自分達が今まで考えもつかなかったことを考え付くほどの知能が。
スライムとしてあり得ない。
スライムを従魔としたテイマーを自分は知らない。
スライムをテイムすれば、これほどスライムは変わるものだろうか?
それともティナという少女が、スライムの能力を飛躍的に伸ばすことができるテイマーなのか?
これほど珍しく貴重なスライムとそのテイマーを、一次試験で落とすわけにはいかない。
二次試験、続く本試験で、その能力と実力を見たい。
だからこそ試験官に口を出した。
王立ザイバガイト学園の入学条件は素質のある者だ。
その素質とは将来ザイバガイト王国を担っていくためのもの。将来有益な存在になるためものだ。
性別も年齢も家柄も、何一つ関係は無い。
目の前の少女は考えられない程の素質があるのかもしれない。
「さあ、次の試験を受けておいで」
ハロルドは二次試験の場所を指さす。
色々聞きたいことはある。だが次の試験の結果を見てみよう。
そうハロルドは考えたのだった。
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