最強スライムはぺットであって従魔ではない。ご主人様に仇なす奴は万死に値する。

棚から現ナマ

文字の大きさ
55 / 109

53 ワークス侯爵家

しおりを挟む


ワークス侯爵家は学園からそれほど離れてはいなかった。
仔どもの突飛な行動を危惧したスーは、カーバンクルの顔以外を飲み込んで移動していた。
一度食料(仮)にされていたカーバンクルは、慣れたものなので、顔をキョロキョロと動かしながら道案内をしている。

「さて、どこから入ろうか」
屋敷から少し離れた場所で一旦止まると、カーバンクルを吐き出す。
ワークス侯爵家は流石に高位貴族というだけあって、屋敷は大きいし、周りを騎士達が警備している。

(カーバンクル、どうする?)
「ここにいる奴ら全部嫌いだ。全員ぶち殺してやる!」
スーの問いに、カーバンクルの鼻息は荒い。

(それはいいが、まずはエリオットを確実に仕留めるべきだ。手前で騒いでいたら、その間に逃げられるぞ)
いくらカーバンクルがランクの高い魔獣だとしても、まだ幼い。
魔法特化型の魔獣だが、親離れを無理やりされられているから、魔法の使い方を親から習ってはいないようだ。
もう少し成長したら、おのずと魔法の使い方も分かってくるだろうが、まだ使うことはできない。今多くの人族に向かってこられたら、捕まってしまう。
それでもカーバンクルが自分で行動しなければならない。スーも手助けはするが、あくまで手助けだ。

ここが王都ではなかったら、魔獣除けの香や魔法陣が施されていたかもしれない。
だが、王都の中に魔獣が侵入してくることはないと、たかくくっているのだろう。何も無い。
スーとカーバンクルは闇に紛れて屋敷に簡単に入り込む。
いくら騎士達が警戒をしているといっても、屋敷を網羅もうらするなんてことは出来ない。
スーはやろうと思えば細長くなれるし、カーバンクルは頭さえ入る隙間があれば、そこから入ることができる。

カーバンクルの話では、屋敷の離れに獣舎があり、そこに閉じ込められていたから、エリオットの部屋は分からないとのことだった。

屋敷は広い。
エリオットの部屋を探すには、屋敷の中に入って探した方が早いだろうが、それだと人族に見つかりやすい。
外壁を伝って窓の中を覗き込むようにして探っていく。
警備をしている騎士達は、外から来るであろう敵に気を集中しているので、壁にへばりついている小さな影には気づかない。

今はとばりり、部屋の中の方が明るい。外から覗き込むと部屋の中を見ることができる。だが部屋は広く奥の方までは見えない。
それでも次々と部屋を移りながら探せているのは、カーバンクルが嫌でも憶えているエリオットの臭いだ。
それを頼りに探っていく。

部屋数は多いが、真っ暗な部屋は飛ばしていくから、案外早くエリオットの部屋を見つけることができた。
4階建ての屋敷の3階中央よりの部屋。
そこがエリオットの部屋だった。
換気のために開けられていたのだろう、少し開いた窓から二匹はスルリと入って行く。

そのままカーバンクルが部屋の奥へと進んで行こうとするのをスーが止める。
部屋の中にはエリオットだけではなく、何人かの人族の気配がしていた。
見つからないように注意しながら奥へと進んで行く。

「馬鹿者がっ。従魔がいなくなっただと、どういうことだ」
「わ、私が救護室に行っている間に、従属の首輪が壊れて、従魔が逃げてしまったのです」
「そんなことがあるわけがないだろう。従魔が逃げ出すなど、聞いたことがないわっ」
「あなた、エリオットは体調が悪いのですわ。もう少し気遣ってあげて」
部屋の中には、ベッドに上半身を起こしたエリオットと、ベッド脇に男と女がいる。
男は大声で怒鳴り、女はエリオットの手をにぎっている。

「私のせいじゃない。従属の首輪がインチキだったんだ。せっかくテイマーとして学園に入学できたと思ったのに」
「そうよあなた、エリオットの入学はどうなりましたの? まさか不合格ではありませんわよね。ワークス侯爵家の者を落とすなどありえませんわ」
「テイマーで試験を受けていたのに、従魔がいなくなったんだ。失格に決まっているだろう」
「そんなっ。私のせいじゃない。首輪が壊れていたんだっ」
「なんてことなの、可哀そうに。大丈夫よ、お父様が何とかしてくださるわ。もちろんお母様もよ、安心していなさい」
女がエリオットの肩を抱く。
どうやらこの二人はエリオットの父親と母親のようだ。

「まったく高い金を払ったというのに、闇ギルドの奴らは、どう責任を取るつもりだ」
父親であるワークス侯爵はイラついている。

エリオットは貴族の息子として生まれてきたが、極端に魔力が少なかった。このままだとザイバガイト学園に入学することはできない。
学園に入学できないと、貴族としては失格の烙印を押されることになる。
エリオットの将来もそうだが、息子が落ちこぼれだとワークス侯爵家の外聞も悪くなる。

どの貴族家でもそうだが、代々続く貴族家では、魔力の少ない子どもが生まれることはまれにある。
そういう時には裏技を使う。それがテイマーになることだ。
闇ギルドに依頼し、従属された魔獣を買いとる。
魔力を取り込まなければ生きていけない従魔は、魔力の無い者があるじになると、魔力の供給を受けることができなくて、弱って死んでしまう。
だが、学園に入学しさえすればいい。従魔が死んだとしても、退学になる前に外国にでも留学すればいいだけだ。

ワークス侯爵も闇ギルドから従魔を買った。決して安い金額ではなかったが、息子のためを思って払ったのだ。
それなのに、従属の首輪が壊れるなどあり得ないことが起こった。
闇ギルドに責任を取らせてやる。これが貴族の間に伝われば、信用問題に関わる。一番困るのは闇ギルドだ。貴族からの依頼は多いのだから。

「学園からは逃げ出した従魔を探し出せと言ってきた。従魔が何か問題を起こせば、それはテイマーの責任だからだと。だいたい魔獣を取り逃がしたのは学園ではないか。責任を押し付けやがって」
父親はいらいらが治まらないのか、声が大きくなるばかりだ。

「あいつらが連れてきた魔獣は不良品だった。だいたい仔どもの魔獣なんかを連れて来て、ちっとも言うことを聞かないし役に立たなかったじゃないか」
エリオットはテイマーになりさえすれば、従魔は自分のいいなりになると思い込んでいた。それなのに魔法特化型と聞いていた従魔は魔法を使わないし、自分に反抗的だった。

「まったくだ。仔どもの魔獣を連れてきた時に、突き返しておくべきだったな。親の魔獣を連れて来いと言ったら、殺してしまったとかほざいていた。死骸でも持って帰ってくれば、少しは金になっただろうに」
(あっ、カーバンクル!)
扉の影から話を聞いていた二匹だったが、ワークス侯爵の言葉に、激昂したカーバンクルはスーが止めるよりも先に飛び出していった。

「お前らがっ! お前らのせいで母さんは殺されたんだっ!!」
カーバンクルは叫びながら一番手前にいた母親に飛び付く。

「キャーッ、いやぁっ」
母親は何が起こったか分からないまま、痛みに悲鳴を上げる。

「魔獣だっ、魔獣が入って来たぞっ。騎士どもはどうしたっ!」
「うわぁ、こっちに来るなぁ」
ワークス侯爵とエリオットは襲われている女を助けるよりも先に逃げようと慌てて動き出した。

ドンドンドンッ!
「旦那様っ、どうされましたかっ」
「一体何がっ、開けてくださいっ」
「旦那様っ、ここを開けてください」
悲鳴を聞きつけた騎士や使用人達が扉の前に集まってきているようだ。

(立派な屋敷は扉も頑丈でいいねぇ)
扉が開かないように触手で押さえながら、スーは呑気に感想を述べている。
目の前では逃げ惑うワークス侯爵を追いつめて、カーバンクルが鋭い爪を突き立てている。

「ぐわぁぁっ」
いくら可愛らしい外見をしているとはいえ、カーバンクルは魔獣だ。
辺りにワークス侯爵の血が飛び散る。

「く、来るなぁっ。命令だっ、こっちに来るなぁ!!」
今まで命令を出し、散々カーバンクルを従えさせていたエリオットは、命令を出し続ける。
だが、従属の首輪が無いカーバンクルが従うはずはない。
ワークス侯爵が動かなくなり、ゆっくりとカーバンクルはエリオットへと向き直る。
小さな両の前足は、血でしとどに濡れている。

「ぎやぁぁぁ」
(案外、あっさりしているな。俺だったら、簡単には死なせないでネチネチいっちゃうね。まぁ、早く帰れるからいいか)
エリオットの悲鳴が響き渡る中、スーは扉を押さえながら、見守っていた。

エリオットの絶叫は一度きりだった。
目の前で母親を殺され、自分は奴隷にされた。その割にはカーバンクルの攻撃は鋭く、エリオットはすぐに絶命したようだ。

(おーい、そろそろ帰ろうか? それともまだりたいヤツが残っているか?)
血塗れの部屋の中で、まだ興奮が治まらない様子のカーバンクルへと声をかける。

「いや、もういい……」
(そうか。じゃあ窓の所に行け)
スーは扉を押さえながら、自分も窓まで移動すると、触手を放す。

「旦那様っ、どうされましたかっ」
「何があったんだっ」
「きゃあああ、奥様ぁ!」
何人もの人族が部屋へとなだれ込んでくる。
目の前の部屋の惨状に驚き、次に倒れている者達が血塗ちまみれで、既に事切こときれていることに気づく。

窓際にはカーバンクル。
その全身に血をまとっている。
魔獣が何をしたのかは、余りにも明白だ。

「あれは、坊ちゃんの従魔だっ!」
「なんてことだ、従魔が主を襲うなんて!」
「従魔がなぜこんなことを、信じられない……」
皆、従魔が主を襲ったことを知った。
エリオットの従魔への扱いが酷いものだったのは、屋敷の者達は知っていた。だが、従魔は主には絶対服従だと思っていた。まさか報復をするなんて。

カーバンクルは、そんな者達を馬鹿にしたように一瞥いちべつすると、窓から飛び降りた。
そこにスーはいない。
一足先に部屋から出ていたのだ。
皆に襲った魔獣は一匹だったと思わせるために。

従魔が何をしても、それはテイマーの責任となる。
だからカーバンクルが主を殺そうと、その家にどれ程の損害を与えようと、それはテイマーが負うべきものだ。
もし、スーが少しでも関わっていることがバレれば、ティナが責任を負わされることになる。それだけは避けなければならない。
スーは、決して姿を見られるわけにはいかなかったのだ。

闇に紛れたまま、スーとカーバンクルは学園の寮へと帰って行ったのだった。

しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

愛娘(水蛇)から迫られています。誰か助けて下さい!

棚から現ナマ
ファンタジー
農作業の帰り道、川岸に赤ちゃんが泣いているのを見つけてしまったトール18歳。 なんやかんやあって、赤ちゃんを育てることになってしまった。 義理とはいえ父親になった俺は愛情を込めて赤ちゃんを育てた。それからあっという間に14年が過ぎ、赤ちゃんは可愛らしい女の子に成長した。 だが、子どもは素直なだけじゃない。成長すれば反抗期も来る。 『反抗期の方が良かったのに……』俺は嘆く、可愛い娘リディアには、反抗期よりも先に発情期が来てしまったのだから。 娘に迫られ(それも人外)、どうする俺。 おっさんとおっさんを好きすぎる水蛇娘のほのぼの生活。 リディアはトールには甘えっ子ですが、他には残酷な水蛇です。 残念なことに、Hな場面は、ありません。

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

義妹がピンク色の髪をしています

ゆーぞー
ファンタジー
彼女を見て思い出した。私には前世の記憶がある。そしてピンク色の髪の少女が妹としてやって来た。ヤバい、うちは男爵。でも貧乏だから王族も通うような学校には行けないよね。

神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞 ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。 そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

処理中です...