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9― ウエンツの腹心ディダン
しおりを挟むウエンツの寝室の護衛に、自分子飼いの騎士を派遣したいのだと進言した。
ウエンツにすれば寝室には大切な番であるアイラがいる。護衛騎士が多くなることに異存はないようで、すぐに許可が下りた。
そんな行動に出たのは、自分の部下から、ウエンツの使用人達が使用人控室でアイラの悪口を言っていたと聞いたからだ。
いくらアイラが人族だとはいえ、自分の主の婚約者の悪口を言うなど考えられない。もしかしてアイラ本人にも危害を加えているのではないかと案じてのことだった。
取り越し苦労になればいいとの思いだったが、残念な結果になってしまった。
そして派遣していた騎士から、アイラが使用人達から虐めを受けていたと報告を受けたウエンツは、怒り狂った。
傍仕えの使用人達は、ウエンツと気心の知れた者達が選ばれていたのだった。信頼していた者達だからこそ視察に同行させ、アイラの世話を任せたというのに。
この世で一番大切な番を虐げていたなど、許せるはずが無い。
ウエンツは使用人達に、アイラを自分の婚約者だと明言していたし、国王である自分と同じ扱いをするようにと命じていた。
それなのに……。ウエンツの怒りは収まることがない。
ウエンツとアイラは閨を共にしていたから、アイラの身体に傷が無いことは分かっていた。身体に傷をつけないような虐めを行っていたということは、ウエンツに知られないようにという姑息な確信犯だ。
ウエンツは落ち込んだ。見ていられない程に。
アイラが虐められていたことに気づかなかった自分自身を責め、不甲斐なさに落ち込んだ。アイラのことを全身全霊で守るといっておきながら、この有様だ。
アイラにどれ程謝っても謝り足りない。土下座をしてでも許しを請うしかないと項垂れていた。
もちろんアイラに虐めをした使用人達、それを見てみぬふりをした者達全員を拘束し、牢屋へと入れている。どのような罰を与えるのかは、まだ決まってはいない。
ただウエンツの怒りの激しさから、温情は見込めないだろう。
おかげでウエンツを担当していた使用人達が、ほとんどいなくなってしまった。ウエンツの身の周りのことは、どうとでもなるが、寝込んでいるアイラの世話と看病をどうするかということになった。
やはり周りが全て獣人というのは行き届かないだろうし、アイラも気を使うだろう。いい環境とは言えない。
今までも獣人の使用人よりも人族がいいだろうと、王宮の使用人達にアイラの世話をするようにウエンツが命じたことがあった。だが、視察団に仕えるようにと王宮から送り込まれた使用人達は、アイラよりも身分の高い者がほとんどなのだそうで、恐れ多いとアイラが嫌がった。
どうしようもなくなり、体調が戻るまで、自宅に戻る方がいいという結論にいたったのだった。
ただ、ウエンツがアイラと離れることを嫌がり、さんざん駄々をこねるので、思わず殴ってしまった。
主であるウエンツを殴るなど、やっていいことではないが、余りにもウザかったのだ。
眠ったままのアイラから離れないウエンツを無理やり引き剥がし、なんとか実家へと送り届けた。
知らなかった。
視察団に選ばれると “お付き様” となり、お手付きになったら ”婚約者” と呼ばれるなど、自分もウエンツも、それどころか団員達も全員知らなかった。
ティーナダイ王国から連れてきた使用人達が、そんな話を広めたのか、シーシュ国の風習なのか。
だいたいティーナダイ王国側から接待係を出すように言ったことは無いし、そんな制度は無い
周りの者達に、アイラのことを婚約者と呼ばせていたことが、裏目に出ていたなど、知りようがなかった。
アイラの実家であるハウエル伯爵家へは、アイラをウエンツが連れ去った時に、王宮で預かると視察団から連絡を入れた。
このままウエンツがアイラと結婚する気だとか、国に連れて行こうと思っていることなど伝えてはいない。
ウエンツからハウエル伯爵家に正式な話をする方がいいだろうと思っていたからだ。
それにシーシュ国へはアイラをウエンツの妃としてティーナダイ王国へ連れて行くと、正式な文書を送っている。
ただ、文書を送ったのは昨日だったが……。遅れたのには理由がある。
ウエンツがレセプション会場からアイラを連れ去った時、使節団の者達は、ウエンツが気まぐれの遊び相手を見つけたのだろうと軽い気持ちを持っただけだった。
ウエンツが今まで人族の女性を連れ込むようなことをしたことは無かったから、珍しいこともあるなとは思ったが、その相手が番だなんて、分かるはずが無い。
番とは獣人同士がなるものだと言われていたから、皆そう信じていた。
何日経っても寝室から出てこないウエンツに、しびれを切らし、怒鳴って扉を開けさせたのだが、その時にやっとウエンツの口からアイラが番なのだと知らされたのだ。
ウエンツはアイラを自国に連れて帰れると思い込んでいるが、いくら宗主国とは言え、アイラをシーシュ国から連れ出すにためには手続きが必要だ。拉致する訳にはいかない。
そこから大慌てで書類を取り寄せ、手続きに取り掛かった。昨日やっと書類をシーシュ国に提出したのだった。
それにアイラ本人がハウエル伯爵に自らのことを連絡すると思っていた。
アイラは給餌を受け入れてくれていたから、両親にプロポーズを受け入れたと話すものだと思い込んでいた。
まさか使用人達からの嫌がらせで、アイラがウエンツの部屋から出ることが許されず、連絡も一切取ることができない状態だったなんて、気づいていなかった。
ハウエル伯爵はウエンツがアイラを妻に望んでいることを知っていると思い込んでいた。
だからアイラが熱を出し、ハウエル伯爵家に連れて行った時は、ハウエル伯爵にお見舞い金を渡し、アイラの体調を崩させてしまった詫びを述べただけだった。
次の日、さっそく見舞いに行くとウエンツが騒ぐ。
朝一から行くと言うウエンツを、病人のことを思いやれと殴って、午後から行くことにし、ハウエル伯爵家に先ぶれを出した。
しかしハウエルは王宮に呼ばれ不在とのことだった。
それでもウエンツがアイラに会いたいと駄々をこねる。それに午前中にいけなかったからと、アイラに贈る見舞いの品が馬車一台では足りなくなっている。これ以上増えるのも困る。
さて、どうしたものか。
騒ぐウエンツにウンザリしていると、ハウエル伯爵家に向かわせていた騎士から連絡が入った。
ウエンツの婚約者であるアイラは、ティーナダイ王国の準王族となる。その身を護るためにはハウエル伯爵家の護衛だけでは余りにも心もとない。そのため、護衛騎士を送っていた。
ただ、アイラにすれば獣人から虐めを受けたばかりなのに屋敷の中に獣人がいるのは嫌だろうと、屋敷の外に護衛騎士を配備することにした。
ハウエル伯爵が不在のため、事後報告だが。
その騎士が慌てて報告してきた。アイラがいなくなってしまったと。
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