田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第20章 秘密裏プロジェクト

11 50点

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 六時を過ぎても、保住が帰って来る気配はない。

 今晩は残業をして一緒に——という雰囲気でもないので、田口は一足先に帰途に就いた。

 ——早めに帰って夕飯でも作ろう。

 そう思ったからだ。

 保住と暮らすようになって『料理をする』ということを始めた。保住が上手だからと言って、全てお任せとは行かないからだ。彼は年々、忙しくしているように思える。「好きでやっている」と言っても、顔色も悪いし疲れがたまっていることは容易に想像できた。

 腰の調子はかなり元通りのようだが、時たま腰に手を当てているのを知っている。夏の最中で食欲もいまいちのようだし、熱中症にならないように彼を管理をするのは、自分の仕事だと思っていた。

 彼がいつ帰ってきてもすぐに食べられるようにと、今晩は肉じゃがだ。

 保住には「50点」と言われるメニューだが、温め返しも楽だし致し方ない。似合わないエプロンを付けて台所に立っていると、玄関のチャイムが鳴った。

「こんな時間に?」

 時計の針は七時半だ。保住だったらそのまま玄関を開けて入って来るはずだから、チャイムを鳴らすということは——来客。
 元々、仕事にばかり行っている保住だ。彼と一緒に住むようになって来客が来るのは初めてで、田口はドキドキしてしまった。

 ——出たほうがいいのだろうか。居留守を使う? いや。照明がついているのだ。居留守を決め込むのは困難だろう。

 しかも返答に困っていると、玄関を叩く音と、女性の声が聞こえた。

「お兄ちゃん、いるんでしょう? ちょっと、開けなさいよ」

 ——これは。

「みのりさん……」

 ——どうしたものか。

 そういえば、妹のみのりがたまに顔を出してくれると言っていた。これはまずいことになった。
 保住がいるところならまだしも、彼は不在で田口だけがいるというシチュエーションはかなりおかしい。

「ちょっと! 無視するなよ~。いつ寄ってもいないから心配していたんだからね! 電気ついているの見つけたから、いるのはわかっているからね!」

 おろおろとしてしまうが、このままだと近所迷惑でもある。

「ほら、開けろ~! 開けないなら合い鍵で不法侵入するぞ」

 これでは拒否しても入って来るということか——それは困る!
 田口はほとほと困って玄関をそっと開けた。

「あの、保住さん。まだ帰っていません」

「え? え? 誰!? 泥棒!?」

「ち、違います」

「え? ——田口さん?」

 みのりは目を丸くして田口を見る。それはそうだろう。田口はエプロン姿だ。彼女は開いた口が塞がらないという感じだ。

「あの。えっと」

 なんと説明したらいいのだろうか。顔色が青くなる。それを見てみのりは苦笑した。

「そんな困った顔しないでよ」

「でも」

「それより……なんかいい匂い。お腹すいちゃったし。私も食べて行こう」

「えっと、あの」

 彼女は自分よりも体の大きい田口を押しのけて、どんどんと入って来る。困ったものだ。大きくため息を吐いて、肩を落とした。

「田口さん、さっさとごちそうしてよ」

「は、はい!」

 リビングのテーブルに座り込んだ彼女は大きな声で田口に指示する。田口は慌ててキッチンに戻り、ご飯と肉じゃがをテーブルに並べた。彼女は他愛のない話しをして、手伝う素振りはない。

「どれ、いただきます! ……う~ん、50点くらい?」

 みのりとテーブルを挟んで向かい合って食事をすることになるなんて思ってもみなかった。彼女は肉じゃがをほおばって笑う。

「すみません。保住さんと同じ評価です」

「そうなんだ。おかしい」

 彼女は朗らかに笑う。

「一人で食べるなんて味気ないから。付き合いなさい」

 そう言われて田口もしぶしぶ、自分のごはんを口に含む。

「まったく。お兄ちゃんも人使いが荒いんだから。自分が遅くなるからって、田口さんに食事作らせるなんて。帰ってきたらぎゃふんと言わせてやるから大丈夫よ」

「いえ。あの。そういうのでは……」

 ——そう。好きでやっているだけ。

 そう言えないところが辛い。

「みのりさんは、今帰りですか」

「そうそう。銀行って、結構残業あるんだよ。これからボーナス時期でしょう? いろいろ忙しいの」

 彼女は遠慮と言う言葉もないくらい、がつがつと食事を摂る。年頃の女性はこんなものなのだろうか?

 それとも田口がまったくもっていろいろなものの対象外だから、こんな調子なのだろうか。

 そんなことを考えていると、ふと玄関で物音がする。物音の主は少し時間をおいて、それから嫌そうな顔をしながら顔を出した。

「やっぱり——」

「やっぱりじゃないでしょう? まったく。お兄ちゃん。田口さんに夕食作らせておくなんて、ひどくない?」

 もぐもぐしたまま、みのりは箸を振り回す。

「行儀悪いな。なんだよ。おれがいないのに。勝手に上がり込んで」

「勝手にじゃないわよ。ちゃんと田口さんに入れてもらったんだから」

「……」

 保住は大きくため息を吐いた。

「そういう問題か」

「そういう問題かって、逆に言いますけど。どういう問題な訳? そしてどうして田口さんをこき使っているのか説明してもらいましょうか」

「こき使っているわけではないだろう」

 そこで田口も口を挟む。

「そ、そうです。おれは好きでやっていて」

「好きで!?」

 みのりは目を見開く。信じられないという顔だ。

「田口さん、料理好きな訳? 50?」

 ひどい言いぐさだ。田口は言葉に詰まる。

「ぐ、あの……」

「おい。確かに、田口の肉じゃがは50点だが、お前が言うことはないだろう」

「保住さん……」

 50点、50点と言われても。田口は救われない。

「信じられない。お兄ちゃん。田口さんに強制的に好きとか言わせて。本当に。呆れるわ。それだから彼女の一つもできない訳よ」

「彼氏のいないお前には言われたくないな」

「うるさいな~」

 みのりと保住の会話はひどすぎる。田口はしょんぼりして黙り込んだ。

「って言うかさ。こんな遅くまで家政婦みたいにさせておいて、明日も仕事じゃん」

「仕方ないだろう。会議だったんだから」



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