田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第21章 自分の価値

02 そばで支えたい

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「今日は珍しいですね。田口が早く帰るなんて」

 残業をしていると、渡辺が保住に声をかけてきた。

「そうですね」

「いつも遅くまで頑張っているから、たまにはいいですね。仕事ばっかりの人生じゃ、つまらないものです」

 彼の言葉は自分に向けられているようで、なんだか居心地が悪い。保住は苦笑した。

「あ、係長のことを言っているのではないですよ」

「いや。気にしません」

 気にしているクセにと言う意味なのだろうか。渡辺はニヤニヤとしていた。保住は残っている三人を見渡した。

「そろそろ帰りませんか? それとも、急ぎのものがあるのでしょうか」

 渡辺は谷口を見る。彼は首を横に振った。

「今日中なんて仕事はそうありません。いつまでやっても終わらないのはいつものことです」

「ですね。十文字は?」

 保住の問いかけに、彼も頷く。

「帰ります。おれも」

「そう。じゃあ、帰りましょうか」

 一同は大きく頷いてパソコンを閉じて帰り支度を始める。書類を整え、バックの準備をしながら、谷口が思いついたかのように言い始めた。

「係長。たまには田口抜きで飲みに行きましょうよ」

「しかし」

「お! それいいアイデアだね~。いいじゃないですか。田口の悪口を言いたい放題ですよ。係長」

 渡辺は人差し指を立ててぶりっ子ポーズをとって見せた。田口の悪口大会と、そのポーズがミスマッチで笑える光景だ。

「それはいい」

 二人に押されると、「ノー」とは言えない。保住は苦笑いだ。今日は田口がいないから、久しぶりに一人でのんびり……そう思っていたところだったが。

「おれも参加します」

 十文字まで大きく頷く。

 ——そんなに田口の悪口が言いたいのか?
 
 保住は弱ってしまった。

「さあ、行きましょうよ」

「係長」

「消灯しますね」

 三人に背中を押されて、大きくため息を吐くしかなかった。


***


「大堀くんは本当に気が利くんだよね。そばで仕事をしてくれると重宝するんだよね」

 吉岡はほろ酔い気分らしい。終始笑顔である。

「止めてくださいよ。褒め殺しです。なんだか、そこまで言われると貶されている気がしますよ」

「そんなことないよ。素直な感想なんだけどな」

 入庁してから怒られて過ごすことが多い。だから褒められるとなんだかくすぐったいの気持ちは理解できるのだ。

「おれも係長に褒められると耳を疑います」

「保住は、滅多に褒めないの? だめだな~。ちゃんと言っておくね」

「いえ——そういうのでは。本当に褒められるようなことはできませんから。しかしたまに褒められると、とっても嬉しい気持ちになります」

 田口の言葉に吉岡は目を細めた。

「わかるな~。その気持ち。おれもそうだったな」

「え~。部長もそんな時代あったんですか?」

 大堀が口を挟んだ。

「おれだってあるよ。本当に出来損ないでね。いい先輩に出会ったから、ここまで来られたって感じかな?」

「そんなすごい先輩がいたんですか?」

「もういないけどね」

 ふと吉岡は表情が止まったのを田口は見逃さなかった。

 ——なにかあるのだろうか?

 吉岡の心中は計り知れないが、田口が保住へ抱いた最初の気持ちと一緒なのではないかと直感した。

 ——憧れもあり、恐れもあり……。だけど、ほんのちょっと。違う気持ちもある?

「いないって……」

 事情を知らない大堀はさらに質問を重ねようとするが、なぜかそんなことはしない方がいいと思って田口は話に割って入った。

「吉岡部長は後輩を育てるのが上手ですね」

「そうか? そんな風に思ってくれるの?」

「ええ。部長クラスでこんな気さくな方、そうそういません」

「そうかな~。好奇心旺盛なだけだよね。若い人と話をすると、すごく刺激的だよ」

「そうでしょうか」

「うんうん。これからの梅沢は若い世代が支えていくんだ。田口くんも大堀もすっごく貴重な人材だし。これからも、いろいろと世話になることがあると思うんだよね」

「はあ……」

 ——そんな機会が来るのだろうか。

 そんなことを考えていると、吉岡と視線が合った。彼の瞳はもの言いたげに田口を見据えている。田口はその視線に答えるかのように、まっすぐに吉岡を見た。

「今の若い人はどうなのだろうか。ねえ、二人は職場恋愛したことある?」

 田口は目を見張る。突然の話題の転換に、少々思考が追いついていない。しかし、大堀はすぐに笑い出した。

「吉岡さん、おれに彼女いないの知っているじゃないですか~」

「だから。例えばってことね。職場恋愛して、プライベートと仕事を切り離せるもの? やっぱり恋人だったら、同じ部署で一緒に仕事したいのかな?」

 吉岡の瞳は田口だけを見ていた。それはまるで、自分に対して聞いているのだということ。

 大堀はお茶らけて返答をしていたが、田口は違う。吉岡は本気だ。ふざけて終わらせるような内容ではないと理解した。

「吉岡さんはどうなのでしょうか」

 田口はまっすぐに返した。

「おれ? そうだな。おれはね。弱虫だからね。一緒にいすぎて、こじれたらどうしようって思うタイプかな?」

「弱腰じゃないですか」

「恋人がいない大堀には言われたくないな~」

 大堀は照れた。

「そうですね。すみません。おれもそういうタイプです。おれだったら当たらず触らずの距離感かも」

「田口くんは?」

 田口は少し呼吸をしてから、吉岡から視線を外さずに、しっかりとした口調で返答した。

「おれは、そばにいたいですね」

「え?」

 ——そうだ。自分は……そばにいたい。ずっと。叶うことなら、そばにいて支えたい。

「できる限りそばで支えたいんです。それに学びたい。その人と切磋琢磨できたらいいと思います」

「田口ってお堅い……」

 大堀は感嘆の言葉を漏らした。

「そうかな?」

「そうだよ。すごいね」

 大堀にからかわれて、なんだか気恥ずかしい。真剣な眼差しを田口に注いでいた吉岡は、そこでふと表情を緩めた。そして「ふふ」と微笑を浮かべる。

「君は……やっぱりいいね」

「え?」

「うん。いい。おれ田口くん。好きだよな~」

「ええ! 吉岡さん、おれは?」

「もちろん! 二人とも大好き! ゆくゆくは、本当。一緒に仕事していきたいね」

 二人は頭を下げる。

「ささ。もう少し時間、いいでしょう? 飲もう、飲もう」

 吉岡に日本酒を進められて、二人は顔を見合わせた。



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