【恋愛短編集】1万文字未満

あさぎかな@コミカライズ決定

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【短編】微睡みの中で皇妃は、魔王的な夫の重愛を知る

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 夢に誘われる前、彼は言った。
 必ず助けると、どんな手を使っても私を目覚めさせると。
 そんなことしないで、幸せになって。
 そう彼に告げたのに、馬鹿ね。
 私は貴方に幸せになってほしいのに。
 この病気は治らないと、お医者様も、神官様も言ったのに。

 寿命まで眠り続ける。
 眠り病。別名、眠り姫なんても呼ばれているんだっけ。
 身分の低い私を妃にしたから、罰が当たったのよ。分不相応だって、色んな人がいっていたもの。
 それでも貴方の傍で支えたくて、頑張ったのだけれど、幼い子と愛しい人を残してしまうのが心残りだわ。
 まだ法の改正や、騎士団長の引き継ぎとか、私のできることがあったのに──。
 貴方とあの子に寂しい思いをさせてしまう。

 ああ、瞼が──重い。
 もし可能なら、私の記憶が貴方とあの子から消えてしまえば、そうすれば苦しむことも、悲しむこともないのに──。


 ***


『ティナ。今日は少し顔色が良さそうだな。ああ、今にも目を覚ましそうだ。……ティナ、今、魔法術式の解析や、宝物庫から君が目覚めさせれないものがないか探している。もう少し待っていてくれ』
『かーさま。ねむっているの?』
『かーさま。とーさまがね、かーさまのそばにいてあげてって』

 愛しい人、愛しい我が子。
 ああ、声は聞こえるのに、体が動かない。
 私は二人を抱きしめることもできないのね。
 心配ばかりかけてしまうなんて、妻、母親、失格だわ。


 ***


 賑やかな曲が聞こえるわ。
 パーティー?
 花火の音、笑い声。
 ああ、もうどのぐらい月日が経ったのか分からない。
 でもあの人は毎日私の傍に来て、声を掛けてくれる。
 無理していないかしら? 

 息子も毎日見舞いに来てくれる。
 少しずつできることが増えたと報告してくれて──、どのぐらい成長したのかしら。男の子の成長はあっという間だって聞くもの。

 
 ***


『ティナ。ティナ、……ティナ』

 疲れた声。
 弱々しい声。
 貴方を抱きしめてあげたいのに、どうして指先一つ動かせないの?
 私は貴方の重荷にしかならないの?
 
『ティナ。俺は決めたよ……』

 いつか来ると思っていた。
 私を切り離すと。
 でもそれはしょうがないことだわ。

『ティナ。俺は魔王になる』

 …………………………はい?



 はいいいい!?
 なんでそんな結論が出たの!?
 そりゃあ、残虐皇子、暴君なんて陰口は叩かれていたけれど、あれは第二皇子が言いふらしただけで、本当は心優しい人だもの。

『ティナが助かるなら、民の百人や二百人……』

 いやいやいや!
 駄目でしょう。何考えているの!
 この人数って、まさか生け贄!?
 駄目よ。どうしてそんなことを考えたの。そんなの私は望んでいないのに!
 ああ、どうして私は今、目を覚ましていないの!?
 側近のハンスはどこに?
 侍女長のリンは?
 そうだわ、ブラッド。あの子の声なら──。
 
 誰かディークハルトを止めて。

『それで陛下のお心が満たされるのなら、目を瞑りましょう』
『ハンス、すまない』

 いやハンス、側近の貴方が目を瞑ってどうするの。こういう時は相手の首に腕を回して、頸動脈を塞ぐ形で首を絞めてでも止めなきゃ。あるいはドロップキックでも良いわ。とにかく、暴挙を止めて!

『……今日も結婚の報告をしに来た部下を、危うく斬りそうになった』

 何しているの!?
 おめでたいのに、血の惨劇にするつもり!?

『くっ……。これほどまでに他者の幸福が憎々しいと思わなかった。幸せそうに笑い合う姿、俺の前でいちゃつく二人に末代まで祟る呪いまで掛けそうになったんだぞ。……俺は、もう限界だ』

 そ、それはそれで、その夫婦は凄い度胸ね。心臓が鋼鉄なんじゃないかしら。もしかしてディークハルトってば、寝ていないのかしら。それとも食事をとっていない?
 それは駄目だわ。
 昔から気づくと仕事ばかりで、食事を抜いていたもの。

『何を食べても味がしない。世界を見ても色褪せて……寝るのも怖い。もし夢の中でティナが俺では無く別の誰かと一緒にいたら──その男を目が覚めた瞬間に殺してしまうかもしれない』

 なんて理不尽な。そもそも私はディークハルト一筋なのに、なんで夢の中で誰かと一緒にいるのよ。いるとしたら貴方だわ。まったく。 
 重傷だわ。
 本当にどうにかしないと、ディークハルトが魔王化してしまう。そうでなくても、すでに魔王的な貫禄はあるのだけれど。

 真っ黒な艶のある長い髪、赤紫の瞳、彫刻のような整った顔立ち。無愛想だと酷く冷たく見えるため魔王なんて言われてしまっている。あと威圧感が半端ないのよね。
 そんな彼に角とか翼とか生えて……ヴィジュアル的には受け入れられるけれど、そんな犠牲を払うのは良くないわ。うん。

『こちらのリストの百名は、元々死刑囚ですので問題ないかと。あと残りは国家転覆クーデターを目論んだ面々なので、こちらも大丈夫でしょう』

 ハンスは有能だったわ。
 うう、だからと言ってそんなの許されない。誰か、止めて!

『父上!』
『ブラッドか。どうした?』

 あ、ディークハルトの声が少し柔らかくなった。良かったわ。
 ディークハルトの暴走を止めて!

『父上。僕も色々調べたのですが、最も効果がある方法を見つけ出しました!』

 え、うちの子天才?
 まだあどけなさが残る声なのに、しっかりしているわ。ディークハルトに似たのね。

『天才か!? して、その方法とは?』
『愛する人のキッスです! この本に書いてありました!!』
『き……!?』

 まあ、ブラッドったら、可愛らしい。絵本も読めるようになったのかしら。

『これは禁書庫にあった、魔導書!? しかも神聖法文字を……ブラッド様、お読みになることができるのですか?』

 え。

『はい。僕も母上が目覚めるために、図書館の本を読みあさったら見つけたのです。父上、ぜひ試していただきたく!』
『……それはできない』
『何故ですか? ……ハッ、もしやすでに』
『いや。……試していない』

 ディークハルトが珍しく言い淀んでいるわ。何か他に問題があるのかしら。キスをして目覚めなかったら、と思っている?

『……俺がキスをして目覚めなかったら、運命の相手が俺ではない。そんな事実に耐えられない。なにより……!』
『『なにより?』』
『……眠っているティアにキスをするのが、恥ずかしいというか……緊張するというか……好きすぎて、それに普通のキスで収まるか……いや無理だな』
『『………………………………』』

 赤裸々に語り出した!
 最後のほうはちょっと聞きたくなかったような!?

 というか私が夢の中でディークハルトを探して会いに行ったのだけれど、溺愛ぶりが凄かったわよ!?
 夢の中ではキス魔だったし、私が眠り姫になる前までは、普通にキスをしていたじゃない!!
 それとも眠ってから、キスをすることがなくなって、キスへの免疫が? キスに照れて恥じらっている??

『眠っているティナが可愛くて、愛おしくて堪らないが……合意なしのキスなど……』
『父上、そんな場合ではありません。母上も父上なら気にしないでしょう』

 ブラッドが予想以上にドライな反応だわ。ディークハルトを反面教師にしたのかしら。

『そこは気にして欲しい』
『陛下、眠っているので、合意は後でなされば……』
『夫婦でも合意がなければダメだろう』

 いやそうだけれど、状況を考えて!
 合意ならするから、一思いにやっちゃって!

『あの方なら、一思いにとか言うのでは?』

 よく言ったわ、ハンス!

『ハンス! ティナがそんなこと……!』
『とにかく! キッスで目が覚めて、キッスだけで足りないのなら、目が覚めた母上と思う存分ラブラブすれば良いのです。母上が目覚めてくれるなら、あとで叱られるのも悪くないでしょう!』
『う、うむ……だが、久しぶりのキスは、照れるというか』
『乙女か』
『だ、黙れハンス!』
『父上、さっさとしてしまうのです!』
『お前には情緒というものが無いのか! もっと雰囲気的にだな!』

 ぎゃあぎゃあ賑やかだ。
 さっきまでの死にそうな声も、悲痛な声もない。


 ***


 それから。
 なんやかんやあり、ディークハルトが私の唇にキスをしたのは、騒ぎ出してから少し経ってからだった。
 というのもキスへの免疫力が云々と、まず手の甲、頬、額、唇にするまで時間が掛かったからだ。
 そんなことを思い出して、笑みが漏れる。

「ふふっ」
「ティナ?」
「あの日、目を覚ましたことを思い出したの」

 私が目覚めることができたのは、ディークハルトのキスだった。心から愛する者のキスは、どの魔法よりも強い。
 運命をねじ曲げるほど。
 そして正しく解除された呪いは、発動させた魔女に跳ね返る。私が眠ったことで新たな皇妃になろうと考えたらしい。しかしディークハルトは一向に、側室はおろか新しい皇妃を迎えることはしなかった。

 そのことに腹を立てて、暴君や魔王になるよう様々なことを企てたとか。その魔女の日記に書かれていた。今やその魔女は眠り続けたまま、封印されている。
 他の眠り姫となっていた人たちも、愛する人のキスで目覚めた。手の甲、頬、額、最後に唇の順番でがポイントだけれど。

 魔女は他の恋人や婚約者に同じようなことを、何度も繰り返していたらしい。
 それにしてもキスは偉大だわ。

「ティナ」
「んっ、……ディークハルト。キスをするのは恥ずかしいのでは?」
「それは眠っている時のティナだ。起きているのなら、幾らでもしたいし、してほしい」

 執務室に書類を渡しに行こうとしただけなのに、捕まってしまうなんて。膝の上に乗っているばかりではディークハルトの休憩にならないと、ソファに座り直す。
 離れただけで、不機嫌になるなんて。眼光の鋭さと腹黒さで今でも『魔王様』と影であだ名が付いているが、まったくもって怖くない。

「貴方の休憩なのですから、はいどうぞ」
「!」

 膝を軽く叩いて膝枕を提案してみた。
 ディークハルトは一瞬で機嫌が良くなり、寝転がる。今回も無理をしていて目に隈が見えた。そんな彼を労いたくて、頭を撫でる。

「ティナは私を甘やかす天才だな」
「ふふっ、貴方が甘え下手なだけですわ」
「……そう……だろうか」

 そう言いながらディークハルトは眠りにつく。

「母上、父上」
「ブラッド、お父様は眠ってしまったので静かにね」
「はい」

 今年で十歳になる我が子は非常に優秀で、完璧皇子と呼ばれている。けれど私に甘えん坊で、隣に座った。
 夫を反面教師にしているのか、甘え上手だ。

「父上がもし眠り病になっても、母上がいたらすぐに解決しますね」
「ふふっ、そうね」

 私が眠っていた間、意識があることは秘密にしている。
 辛いことや苦しいことも多かったけれど、今こうして愛しい者たちを抱きしめ、キスをして、愛していると口にできる──そんな些細なことが大事だと気づかせてくれた。その一点に関しては感謝している。

 愛しい人の眠る姿を見て、自然と口元が緩む。
 貴方に魔王なんて、やっぱり似合わないわ。


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