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第24章 異大陸を観光しながら生きていこう
幕間の物語255.元勇者の妻は実物を初めて見た
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アビゲイル・バンフィールドはウィズダム魔法王国のバンフィールド家に生まれた。
末っ子だった事もあり、蝶よ花よと育てられた彼女は、結婚適齢期になる頃に現れた知の勇者タカノリと結婚した。
政略結婚だったが、高位貴族の娘だった彼女はそういう物だと教育されていたため、相手が誰であれどうでもよかった。
だが、実際に結婚してみて日に日にタカノリへの愛情が募っていくのを実感する日々だった。
子どもができた時には内心とても喜んでいたが、お腹の中にいる子が育つにつれてある不安が増していた。
二人の子どもに神様から加護を授けられているのではないか。
加護を授かっているのであればそれはとても喜ばしい事だった。だが、授かった加護によってはタカノリを危険な旅路へと向かわせる事になってしまう。
アビゲイルはその不安を抱えたままではいられず、過去の【鑑定】の加護を授かった者たちについて調べあげた。そうして調べていく内に、彼女が望む未来は殆ど訪れないのだと悟った。
取り繕う事は高位貴族の娘の必須スキルだったため表に出す事はなかったが、一人になった時にふと頭をよぎる最悪の未来を悲観しては人知れず涙をこぼした。
だが、子どもが生まれ、【鑑定】の加護を授かっている事が判明した時には何とか取り繕う事ができた。
模範的な笑顔を浮かべ、殺される可能性が高い旅に出かけるタカノリを見送った彼女は、公爵家の援助を受けながら子どもを育て、子どもが言葉を話せる頃になると毎夜、彼の父について話をした。
子どもの字の練習としてタカノリ宛への手紙を毎日書かせ、自身も筆を執った。
いつタカノリが殺されてしまうかも分からず、自分と子どもが呪いの標的になるかもしれないと神経をとがらせて十年ほどの歳月が過ぎた頃、知識神の教会から知らせが届いた。
知の勇者タカノリは、複数の邪神の信奉者に襲われた際に神に加護の返還をした事と、加護を失ったため今後、邪教徒狩りに参加しなくていいという知らせだった。
呪われはしたものの、命に別状はないと聞いてアビゲイルは狂喜乱舞した。
「お父様、呪いを解くために秘蔵のエリクサーを今こそ出す時よ」
「勇者でなくなった者に貴重な霊薬を使うわけにはいかん」
父に直談判したが、すげなく断られた彼女はしばらく父と話す事を止めた。
子どものレイも母親を真似て祖父と顔を合わせる度にそっぽを向いた。
加護を返還してしまった勇者の事を調べていたアビゲイルは、父がそう判断した理由をはっきりと分かっていたが、それとこれとは話が別である。
気まずい空気が公爵家を包む中、一通の手紙が届いた。アビゲイル宛の手紙だった。
「父上からの手紙ですか!」
差出人を裏から覗いていたレイは飛び跳ねて喜んだが、手紙を読み進めていく内に母親の様子が変だと気づいたのか静かになった。
アビゲイルはわなわなと震えていた。優しく愛おしそうに持っていた手紙は力強く握られているため皺ができている。社交界では羨望の眼差しで見られる白くて綺麗な肌は真っ赤に染まり、形の良い眉は歪んでいた。
「こんな事、絶対に許すわけないでしょ!!!」
感情のままに手紙と共に送られてきた紙切れをびりびりに破いたがそれだけでは飽き足らず、魔法で塵も残さずに燃やし尽くした。
そして、真っ赤に染まった顔のまま父親に視線を向けた。
「お父様!」
「な、なんだ」
「転移陣のありかを教えてください。お父様ならご存じでしょう?」
「知っているが、どうするつもりだ」
「どうするも何も、決まっているじゃないですか。旦那様に会いに行くのよ!」
「し、しかしなぁ――」
「お父様、人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死ぬそうよ」
愛する娘からジト目で見られ、溺愛する孫からも頼まれたライアス・バンフィールドのすべき事は一つしかなかった。
アビゲイルは着の身着のまま転移陣を使って都市国家イルミンスールに訪れた。その後をちゃっかりレイがついて来ていたが、彼女は気づいた様子もなく驚いた様子のタカノリにその場で正座をさせ、マグマのように煮えたぎっていた怒りを内に秘めたまま淡々と叱った。
それからは今までよりもとても小さな家に住む事になったが、愛する男が毎日側にいるので不満はなかった。
自分たちの事は自分たちでしなければならなくなった生活は不便だと感じるものの、時々ライアスと共にやってくるメイドに家事を教わっているのでそのうち慣れるだろうと思っていた。
だが、彼女の家事は完璧ではない。家事に慣れたメイドたちと比べると部屋の隅っこの方に汚れが残ってしまっているし、料理も同じレベルには程遠かった。
(それなのに、どうしてやんごとないお方を我が家に招待するのよ!!)
内心ではふつふつと怒りが湧いていたが、笑顔は絶やさない。
タカノリとともにやってきた幼さが残る顔立ちの黒髪の男性に完璧な所作で挨拶をする。
「タカノリの妻、アビゲイルです。夫がいつもご迷惑をおかけしております」
「ご迷惑だなんてそんな事ないですよ! しっかり仕事をしてくれていて助かってます。あ、これつまらない物ですがどうぞ」
「………ありがとうございます」
ドラゴンフルーツを差し出された彼女は一瞬思考が固まったが、表情を取り繕って受け取るのだった。
末っ子だった事もあり、蝶よ花よと育てられた彼女は、結婚適齢期になる頃に現れた知の勇者タカノリと結婚した。
政略結婚だったが、高位貴族の娘だった彼女はそういう物だと教育されていたため、相手が誰であれどうでもよかった。
だが、実際に結婚してみて日に日にタカノリへの愛情が募っていくのを実感する日々だった。
子どもができた時には内心とても喜んでいたが、お腹の中にいる子が育つにつれてある不安が増していた。
二人の子どもに神様から加護を授けられているのではないか。
加護を授かっているのであればそれはとても喜ばしい事だった。だが、授かった加護によってはタカノリを危険な旅路へと向かわせる事になってしまう。
アビゲイルはその不安を抱えたままではいられず、過去の【鑑定】の加護を授かった者たちについて調べあげた。そうして調べていく内に、彼女が望む未来は殆ど訪れないのだと悟った。
取り繕う事は高位貴族の娘の必須スキルだったため表に出す事はなかったが、一人になった時にふと頭をよぎる最悪の未来を悲観しては人知れず涙をこぼした。
だが、子どもが生まれ、【鑑定】の加護を授かっている事が判明した時には何とか取り繕う事ができた。
模範的な笑顔を浮かべ、殺される可能性が高い旅に出かけるタカノリを見送った彼女は、公爵家の援助を受けながら子どもを育て、子どもが言葉を話せる頃になると毎夜、彼の父について話をした。
子どもの字の練習としてタカノリ宛への手紙を毎日書かせ、自身も筆を執った。
いつタカノリが殺されてしまうかも分からず、自分と子どもが呪いの標的になるかもしれないと神経をとがらせて十年ほどの歳月が過ぎた頃、知識神の教会から知らせが届いた。
知の勇者タカノリは、複数の邪神の信奉者に襲われた際に神に加護の返還をした事と、加護を失ったため今後、邪教徒狩りに参加しなくていいという知らせだった。
呪われはしたものの、命に別状はないと聞いてアビゲイルは狂喜乱舞した。
「お父様、呪いを解くために秘蔵のエリクサーを今こそ出す時よ」
「勇者でなくなった者に貴重な霊薬を使うわけにはいかん」
父に直談判したが、すげなく断られた彼女はしばらく父と話す事を止めた。
子どものレイも母親を真似て祖父と顔を合わせる度にそっぽを向いた。
加護を返還してしまった勇者の事を調べていたアビゲイルは、父がそう判断した理由をはっきりと分かっていたが、それとこれとは話が別である。
気まずい空気が公爵家を包む中、一通の手紙が届いた。アビゲイル宛の手紙だった。
「父上からの手紙ですか!」
差出人を裏から覗いていたレイは飛び跳ねて喜んだが、手紙を読み進めていく内に母親の様子が変だと気づいたのか静かになった。
アビゲイルはわなわなと震えていた。優しく愛おしそうに持っていた手紙は力強く握られているため皺ができている。社交界では羨望の眼差しで見られる白くて綺麗な肌は真っ赤に染まり、形の良い眉は歪んでいた。
「こんな事、絶対に許すわけないでしょ!!!」
感情のままに手紙と共に送られてきた紙切れをびりびりに破いたがそれだけでは飽き足らず、魔法で塵も残さずに燃やし尽くした。
そして、真っ赤に染まった顔のまま父親に視線を向けた。
「お父様!」
「な、なんだ」
「転移陣のありかを教えてください。お父様ならご存じでしょう?」
「知っているが、どうするつもりだ」
「どうするも何も、決まっているじゃないですか。旦那様に会いに行くのよ!」
「し、しかしなぁ――」
「お父様、人の恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死ぬそうよ」
愛する娘からジト目で見られ、溺愛する孫からも頼まれたライアス・バンフィールドのすべき事は一つしかなかった。
アビゲイルは着の身着のまま転移陣を使って都市国家イルミンスールに訪れた。その後をちゃっかりレイがついて来ていたが、彼女は気づいた様子もなく驚いた様子のタカノリにその場で正座をさせ、マグマのように煮えたぎっていた怒りを内に秘めたまま淡々と叱った。
それからは今までよりもとても小さな家に住む事になったが、愛する男が毎日側にいるので不満はなかった。
自分たちの事は自分たちでしなければならなくなった生活は不便だと感じるものの、時々ライアスと共にやってくるメイドに家事を教わっているのでそのうち慣れるだろうと思っていた。
だが、彼女の家事は完璧ではない。家事に慣れたメイドたちと比べると部屋の隅っこの方に汚れが残ってしまっているし、料理も同じレベルには程遠かった。
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「ご迷惑だなんてそんな事ないですよ! しっかり仕事をしてくれていて助かってます。あ、これつまらない物ですがどうぞ」
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