【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ

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後日譚

後日譚266.魔女と王妃と反省椅子

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 魔道具を求めるのは平民だけではない。王侯貴族もまた、珍しい魔道具を求めてやってくる事がある。だが、一部の者は魔道具店『サイレンス』に足を踏み入れる事は無く、欲しい物を手に入れる事があった。今がまさにその時だった。
 日が沈み、湯浴みも済ませたユキは、自室へと戻ろうと階段を上っていた。上階からは丁度、人が降りてくるところだった。

「あら、丁度いい所で会ったわね」
「王妃様が偶然を装って、どういうつもりだい?」

 相手がだれであろうとシズトでないのであればユキの態度は変わらない。その事を知っているからか、話しかけた人物は笑みを浮かべるだけだった。
 ユキがお風呂から上がり、階段を上ってくるのを幼子を抱いて待っていたのパール・フォン・ドラゴニア。この国の王妃であり、彼女が抱いている育生の祖母でもある人だった。
 動きやすさを重視しているのか、それとも幼子を抱くからか、シンプルな赤いドレスを着た彼女は、トレードマークである縦巻きロールを育生に引っ張られていても気にした様子もない。

「ちょっと相談に乗って欲しい事があるのよ」
「そういう事は営業中にしてほしいんだけれどねぇ」
「住宅街の中にひっそりとある店に王妃である私が直々に行くわけにはいかないでしょう?」
「どうだろうねぇ」

 口では否定的な事を言いつつも話を聞くつもりはあるようだ。ユキは二階に上がると近くの談話室の扉を開いた。中には誰もいない事は魔力探知で分かっていた彼女は、育生を抱いたパールに中に入るように促した。
 ユキは先に椅子に座ったパールの対面にあった椅子に腰かけると「それで?」と首を傾げた。

「知っての通り、私の夫はドラゴニアの王なのよ。王ともなると、それはもう色々な仕事があるわけだけど……それなのにあの人ったら、イクオを可愛がりたいからか仕事を後回しにする癖がついてしまったのよね。困ったものだわ」

 人の事は言えないのでは? とほぼ毎日一回は顔を見せるようになってきているパールに対して言いそうになったユキだったが、話が進まない気がしたので口にはしなかった。

「だから仕事が終わるまでは部屋の外に出れなくなるような魔道具があるといいんだけど、そういう物はないかしら?」
「あるにはあるけどね、部屋から出られなくしてしまうと不測の事態に対応できないからやめておいた方がいいわ」
「…………まあ、あんな人でも一国の王だからそうよね。じゃあ行動を制限する魔道具はないかしら? 誓文書はお互いの同意がないと結べないし、もっと手軽に使える物だといいわね」
「そうね。…………行動を制限したいだけならいい物があるわ」

 ユキはパールを談話室で待つように指示すると、階段を降りて一階にある厨房へと向かった。
 厨房はまだ明かりが点いていて、中にはモフモフの白い尻尾がトレードマークのエミリーがいた。彼女はユキに顔を向ける事もなく「何か用ですか?」と尋ねた。

「あの椅子は今も使っているのかしら?」

 ユキが指を差した先には、厨房の端っこの方にちょこんと置いてあった椅子だった。何の変哲もない椅子に見える金属製のその椅子は、座板に魔法陣が刻まれていた。

「ああ、それですか? 使ってないです。使った所で喧しくなるだけって分かりましたから。それに、悪戯するのはパメラだけじゃなくなったので、一個だけあっても意味がないので……」
「そう。それじゃあ、売ってしまってもいいかしら?」
「いいんじゃないでしょうか?」
「じゃあこれは持って行くわ」

 ひょいっと軽々と椅子を持ち上げたユキは、来た道を戻り、談話室の中に入った。
 談話室の窓の外は既に暗くなっていたので昼間活動をしているドライアドたちは窓に張り付いてはいなかったが、その代わりに肌の黒いドライアドが張り付いて中の様子を窺っていた。
 ただ見ているだけの彼女たちを育生もまた見ていたが、ユキが入ってきた事に反応した。正確に言うと、ユキが持ってきた椅子についた美味しそうな匂いに、だが。

「それはどんな魔道具なのかしら?」

 ユキが近くに持ってきたところで魔法陣が描かれている事に気が付いたパールが尋ねた。ユキは気だるそうな様子だったが、説明はするようだ。

「この魔道具の名前は……特にないわね。確か『反省椅子』とか呼ばれていたわ。この椅子は座った者のの体に一定時間くっつくようになっているの。椅子事動こうとしても椅子の脚の部分が床に固定されるようにもなっているから移動もままならないはずよ。拘束する事が目的ではないから壊せば動けるようにもなるし、もしもの事が起こっても問題ないはずだわ」
「…………これはどうやって使う物なのかしら?」
「背もたれ部分に魔石があるでしょう? その中に特定の魔石を入れれば魔道具として使えるわ。魔石のランクによって拘束できる時間が異なるわ」
「そう。……とりあえずこれで試してみるわ。支払いはいつも通りでいいかしら?」
「ええ、問題ないわ。……王妃様はそろそろお帰りの時間の様ね。育生は私が責任をもって部屋に戻しておくわ。こちらに渡してもらえるかしら?」
「渡したくはないけれど、迷惑をかけてしばらくの間出入り禁止にされるよりはマシね」

 名残惜しそうに育生を手放したパールは、その代わりに手に入れた魔道具『反省椅子』を持ち上げると部屋を出る。残されたユキは育生が寝付くまで一緒に外のドライアドとジッと見つめ合うのだった。
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