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第9話 気まずくて
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翌朝、これまで通り魔王討伐の旅が始まった。
ロランはいつも以上によそよそしい。気まずくて、アメリは最後尾をのろのろとついて行った。
「おい、聖剣の乙女、俺からあまり離れるな」
不機嫌そうに振り返ったロランのおでこは、昨日よりも腫れあがっている。
寝ぼけていたとはいえ、好きでもない女に手を出してしまった上、足蹴りにまでされたのだ。
怒っていても仕方ないと、アメリは小走りにロランへと駆け寄った。
「ロラン。もうちょっと言い方があるでしょう?」
「いいんです。それよりもサラさん、回復魔法で勇者の怪我を癒してもらえませんか?」
「ごめんなさい。前にも言ったけど、わたしにはロランの傷は治せないのよ」
「いえ、アレは魔物傷じゃないから……」
ごにょごにょ言うと、サラは先を行くロランの顔を覗き込んだ。
「あら、本当だわ。めずらしいですね、どこかにぶつけでもしたんですか?」
「ああ……まぁ、そんなところだ」
ロランの返事もごにょごにょだ。
なんとなくロランと目を合わせてしまったアメリは、ビクっとなってとっさに顔を背けた。
「ロランに癒しの風を!」
サラが長い杖を掲げると、ロランのおでこにまばゆい光が放たれる。
見る見るうちに赤みが引いて、アメリからようやく罪悪感が抜けていった。
「ちょっとぉ、あんたたち置いてくわよぉ」
「今行きます、マーサさん」
歩き出したサラとロランの後ろを、アメリも少し遅れて進みだす。
ロランからつかず離れずの距離を保っていると、横に並んだサラが気づかわしげな顔を向けてきた。
「アメリさん……さっきはロランがごめんなさいね。普段はあんなきつい言い方をする人じゃないんだけれど……」
「いえ、いいんです。勇者の言うことは間違ってないですし」
勇者の剣をその身に宿す聖剣の乙女は、ほかの誰よりも魔物の標的になりやすい。
非戦闘員でありながら、勇者のそばを離れられないのはそう言う理由からだった。
「それにしたってもうちょっと言い様が」
「本当にいいんです。わたし気にしてませんから」
勇者は何も悪くない。
アメリみたいに地味な女が、聖剣の乙女に選ばれたのが間違いだったのだ。
「ロランのアレはただの照れ隠しさ。ほんと、お子様で困っちゃうよね」
割って入ったヴィルジールが、やれやれと肩をすくめてきた。
「そんなことあるわけないじゃないですか」
「どうして? 昨日、アメリはちゃんとロランの傷を癒せたんでしょ?」
「ヴぃ、ヴィルジールさん!」
黒マントをむんずとつかみ、アメリはヴィルジールを脇道に引っ張り込んだ。
「わ、アメリってば大胆」
「ふざけないでください! サラさんの前であんな話するなんて!」
「あんな話って。聖剣の乙女の役割は周知のことだよ? 今さら隠してどうするのさ」
「そ、それでもみんなのいる場所でされたくないです」
「ふうん? アメリ、恥ずかしがりなんだ」
そういう問題じゃないと叫びそうになったとき、アメリの手首を誰かがつかみ取った。
「おい、こんなところで何をしてる。離れるなと言っただろう」
「ご、ごめんなさい……」
無表情のロランに、アメリの委縮に拍車がかかる。
そんなアメリを前に、ロランは舌打ちとともに手を離した。
「とにかく行くぞ」
「……はい」
小さく返事をして、とぼとぼロランを追っていく。
あれのどこが照れ隠しと言うのだろうか。嫌々な態度が丸見えとしか思えない。
「子供だな~。ロランってば、嫉妬心丸出しだし」
「いい加減なこと言わないでください」
「そんなことないさ。だってアメリはロランの乙女だよ? ほかの誰にも触らせたくないんだって」
「あり得ません。昨日だって、絶対に怪我しないようにするって勇者に言われましたから」
「えー、本当にぃ?」
むすっと頷いて、ヴィルジールのそばを離れた。
ロランが怪我をしないと誓ったのは、アメリに触れる機会など作りたくないからだろう。
何しろ傷を癒すには、アメリの体を喜ばせなくてはならない。ロランにしてみれば、屈辱以外の何物でもないはずだ。
アメリの気持ちを察したのか、サラが壁になってヴィルジールを遠ざけてくれた。
「ヴィルジールに何を言われたんですか?」
「いえ、大したことじゃありません」
これ以上は突っ込まれたくない。
話を逸らそうと、アメリは違う話題をサラに振った。
「この街道は魔物がまったくいないんですね。いつもならそろそろ襲われてそうなのに」
「今王都に引き返してますからね。城下町も近いですから、魔物が少ないのはそのせいです」
「え? どうして引き返してるんですか?」
勇者一行は遥か遠くの魔王城を目指していた。
魔物を倒しつつ地道に進んで来たはずなのに、逆戻りするなどまったく意味が分からない。
「王様がアメリに会いたいんだってさ」
ヴィルジールが再び割り込んでくる。
嫌な顔をするのも忘れ、アメリはぽかんと問い返した。
「は? 王様が? わたしに? は? ナゼ?」
「それが……聖剣の乙女が見つかったと報告をしたら、王様が一度顔を見せに来いと仰せになったらしくて……」
「はぁ!?」
パニックになったアメリの声が、のどかな街道に響き渡った。
ロランはいつも以上によそよそしい。気まずくて、アメリは最後尾をのろのろとついて行った。
「おい、聖剣の乙女、俺からあまり離れるな」
不機嫌そうに振り返ったロランのおでこは、昨日よりも腫れあがっている。
寝ぼけていたとはいえ、好きでもない女に手を出してしまった上、足蹴りにまでされたのだ。
怒っていても仕方ないと、アメリは小走りにロランへと駆け寄った。
「ロラン。もうちょっと言い方があるでしょう?」
「いいんです。それよりもサラさん、回復魔法で勇者の怪我を癒してもらえませんか?」
「ごめんなさい。前にも言ったけど、わたしにはロランの傷は治せないのよ」
「いえ、アレは魔物傷じゃないから……」
ごにょごにょ言うと、サラは先を行くロランの顔を覗き込んだ。
「あら、本当だわ。めずらしいですね、どこかにぶつけでもしたんですか?」
「ああ……まぁ、そんなところだ」
ロランの返事もごにょごにょだ。
なんとなくロランと目を合わせてしまったアメリは、ビクっとなってとっさに顔を背けた。
「ロランに癒しの風を!」
サラが長い杖を掲げると、ロランのおでこにまばゆい光が放たれる。
見る見るうちに赤みが引いて、アメリからようやく罪悪感が抜けていった。
「ちょっとぉ、あんたたち置いてくわよぉ」
「今行きます、マーサさん」
歩き出したサラとロランの後ろを、アメリも少し遅れて進みだす。
ロランからつかず離れずの距離を保っていると、横に並んだサラが気づかわしげな顔を向けてきた。
「アメリさん……さっきはロランがごめんなさいね。普段はあんなきつい言い方をする人じゃないんだけれど……」
「いえ、いいんです。勇者の言うことは間違ってないですし」
勇者の剣をその身に宿す聖剣の乙女は、ほかの誰よりも魔物の標的になりやすい。
非戦闘員でありながら、勇者のそばを離れられないのはそう言う理由からだった。
「それにしたってもうちょっと言い様が」
「本当にいいんです。わたし気にしてませんから」
勇者は何も悪くない。
アメリみたいに地味な女が、聖剣の乙女に選ばれたのが間違いだったのだ。
「ロランのアレはただの照れ隠しさ。ほんと、お子様で困っちゃうよね」
割って入ったヴィルジールが、やれやれと肩をすくめてきた。
「そんなことあるわけないじゃないですか」
「どうして? 昨日、アメリはちゃんとロランの傷を癒せたんでしょ?」
「ヴぃ、ヴィルジールさん!」
黒マントをむんずとつかみ、アメリはヴィルジールを脇道に引っ張り込んだ。
「わ、アメリってば大胆」
「ふざけないでください! サラさんの前であんな話するなんて!」
「あんな話って。聖剣の乙女の役割は周知のことだよ? 今さら隠してどうするのさ」
「そ、それでもみんなのいる場所でされたくないです」
「ふうん? アメリ、恥ずかしがりなんだ」
そういう問題じゃないと叫びそうになったとき、アメリの手首を誰かがつかみ取った。
「おい、こんなところで何をしてる。離れるなと言っただろう」
「ご、ごめんなさい……」
無表情のロランに、アメリの委縮に拍車がかかる。
そんなアメリを前に、ロランは舌打ちとともに手を離した。
「とにかく行くぞ」
「……はい」
小さく返事をして、とぼとぼロランを追っていく。
あれのどこが照れ隠しと言うのだろうか。嫌々な態度が丸見えとしか思えない。
「子供だな~。ロランってば、嫉妬心丸出しだし」
「いい加減なこと言わないでください」
「そんなことないさ。だってアメリはロランの乙女だよ? ほかの誰にも触らせたくないんだって」
「あり得ません。昨日だって、絶対に怪我しないようにするって勇者に言われましたから」
「えー、本当にぃ?」
むすっと頷いて、ヴィルジールのそばを離れた。
ロランが怪我をしないと誓ったのは、アメリに触れる機会など作りたくないからだろう。
何しろ傷を癒すには、アメリの体を喜ばせなくてはならない。ロランにしてみれば、屈辱以外の何物でもないはずだ。
アメリの気持ちを察したのか、サラが壁になってヴィルジールを遠ざけてくれた。
「ヴィルジールに何を言われたんですか?」
「いえ、大したことじゃありません」
これ以上は突っ込まれたくない。
話を逸らそうと、アメリは違う話題をサラに振った。
「この街道は魔物がまったくいないんですね。いつもならそろそろ襲われてそうなのに」
「今王都に引き返してますからね。城下町も近いですから、魔物が少ないのはそのせいです」
「え? どうして引き返してるんですか?」
勇者一行は遥か遠くの魔王城を目指していた。
魔物を倒しつつ地道に進んで来たはずなのに、逆戻りするなどまったく意味が分からない。
「王様がアメリに会いたいんだってさ」
ヴィルジールが再び割り込んでくる。
嫌な顔をするのも忘れ、アメリはぽかんと問い返した。
「は? 王様が? わたしに? は? ナゼ?」
「それが……聖剣の乙女が見つかったと報告をしたら、王様が一度顔を見せに来いと仰せになったらしくて……」
「はぁ!?」
パニックになったアメリの声が、のどかな街道に響き渡った。
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