【R18】恋を知らない聖剣の乙女は勇者の口づけに甘くほどける。

古堂 素央

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第9話 気まずくて

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 翌朝、これまで通り魔王討伐の旅が始まった。
 ロランはいつも以上によそよそしい。気まずくて、アメリは最後尾をのろのろとついて行った。

「おい、聖剣の乙女、俺からあまり離れるな」

 不機嫌そうに振り返ったロランのおでこは、昨日よりも腫れあがっている。
 寝ぼけていたとはいえ、好きでもない女に手を出してしまった上、足蹴りにまでされたのだ。
 怒っていても仕方ないと、アメリは小走りにロランへと駆け寄った。

「ロラン。もうちょっと言い方があるでしょう?」
「いいんです。それよりもサラさん、回復魔法で勇者の怪我を癒してもらえませんか?」
「ごめんなさい。前にも言ったけど、わたしにはロランの傷は治せないのよ」
「いえ、アレは魔物傷じゃないから……」

 ごにょごにょ言うと、サラは先を行くロランの顔を覗き込んだ。

「あら、本当だわ。めずらしいですね、どこかにぶつけでもしたんですか?」
「ああ……まぁ、そんなところだ」

 ロランの返事もごにょごにょだ。
 なんとなくロランと目を合わせてしまったアメリは、ビクっとなってとっさに顔を背けた。

「ロランに癒しの風を!」

 サラが長い杖を掲げると、ロランのおでこにまばゆい光が放たれる。
 見る見るうちに赤みが引いて、アメリからようやく罪悪感が抜けていった。

「ちょっとぉ、あんたたち置いてくわよぉ」
「今行きます、マーサさん」

 歩き出したサラとロランの後ろを、アメリも少し遅れて進みだす。
 ロランからつかず離れずの距離を保っていると、横に並んだサラが気づかわしげな顔を向けてきた。

「アメリさん……さっきはロランがごめんなさいね。普段はあんなきつい言い方をする人じゃないんだけれど……」
「いえ、いいんです。勇者の言うことは間違ってないですし」

 勇者の剣をその身に宿す聖剣の乙女は、ほかの誰よりも魔物の標的になりやすい。
 非戦闘員でありながら、勇者のそばを離れられないのはそう言う理由からだった。

「それにしたってもうちょっと言い様が」
「本当にいいんです。わたし気にしてませんから」

 勇者は何も悪くない。
 アメリみたいに地味な女が、聖剣の乙女に選ばれたのが間違いだったのだ。

「ロランのアレはただの照れ隠しさ。ほんと、お子様で困っちゃうよね」

 割って入ったヴィルジールが、やれやれと肩をすくめてきた。

「そんなことあるわけないじゃないですか」
「どうして? 昨日、アメリはちゃんとロランの傷を癒せたんでしょ?」
「ヴぃ、ヴィルジールさん!」

 黒マントをむんずとつかみ、アメリはヴィルジールを脇道に引っ張り込んだ。

「わ、アメリってば大胆」
「ふざけないでください! サラさんの前であんな話するなんて!」
「あんな話って。聖剣の乙女の役割は周知のことだよ? 今さら隠してどうするのさ」
「そ、それでもみんなのいる場所でされたくないです」
「ふうん? アメリ、恥ずかしがりなんだ」

 そういう問題じゃないと叫びそうになったとき、アメリの手首を誰かがつかみ取った。

「おい、こんなところで何をしてる。離れるなと言っただろう」
「ご、ごめんなさい……」

 無表情のロランに、アメリの委縮に拍車がかかる。
 そんなアメリを前に、ロランは舌打ちとともに手を離した。

「とにかく行くぞ」
「……はい」

 小さく返事をして、とぼとぼロランを追っていく。
 あれのどこが照れ隠しと言うのだろうか。嫌々な態度が丸見えとしか思えない。

「子供だな~。ロランってば、嫉妬心丸出しだし」
「いい加減なこと言わないでください」
「そんなことないさ。だってアメリはロランの乙女だよ? ほかの誰にも触らせたくないんだって」
「あり得ません。昨日だって、絶対に怪我しないようにするって勇者に言われましたから」
「えー、本当にぃ?」

 むすっと頷いて、ヴィルジールのそばを離れた。

 ロランが怪我をしないと誓ったのは、アメリに触れる機会など作りたくないからだろう。
 何しろ傷を癒すには、アメリの体を喜ばせなくてはならない。ロランにしてみれば、屈辱以外の何物でもないはずだ。

 アメリの気持ちを察したのか、サラが壁になってヴィルジールを遠ざけてくれた。

「ヴィルジールに何を言われたんですか?」
「いえ、大したことじゃありません」

 これ以上は突っ込まれたくない。
 話を逸らそうと、アメリは違う話題をサラに振った。

「この街道は魔物がまったくいないんですね。いつもならそろそろ襲われてそうなのに」
「今王都に引き返してますからね。城下町も近いですから、魔物が少ないのはそのせいです」
「え? どうして引き返してるんですか?」

 勇者一行は遥か遠くの魔王城を目指していた。
 魔物を倒しつつ地道に進んで来たはずなのに、逆戻りするなどまったく意味が分からない。

「王様がアメリに会いたいんだってさ」

 ヴィルジールが再び割り込んでくる。
 嫌な顔をするのも忘れ、アメリはぽかんと問い返した。

「は? 王様が? わたしに? は? ナゼ?」
「それが……聖剣の乙女が見つかったと報告をしたら、王様が一度顔を見せに来いと仰せになったらしくて……」
「はぁ!?」

 パニックになったアメリの声が、のどかな街道に響き渡った。

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