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30.水泳
しおりを挟む6月に入り、だんだんと暑くなってきた頃、体育の授業が水泳に変わった。
「今日から水泳の授業です。準備運動をしっかり行ってから入水してください」
体育教師の声が、プールサイドに響く。
更衣室で水着に着替える時、少し緊張していた。学園祭の時も注目を集めたけれど、水着姿となるとまた違った意味で恥ずかしい。
「凛音、準備できた?」
隣で着替えていた真白くんが声をかけてくる。
「うん、もうすぐ」
真白くんの水着姿を見ると、彼が中性的な美しさを持っていることに改めて気づいた。色白で華奢な体型が、とても綺麗だ。
「真白くん、泳ぐの得意?」
「まあまあかな。凛音は?」
「あまり得意じゃないんだ……」
実際、泳ぎはそれほど上手ではない。基本的な泳法はできるけれど、速く泳ぐのは苦手だった。
更衣室を出ると、プールサイドにクラスメイトが集まっていた。みんなの視線が一斉にこちらに向いたのを感じて、頬が熱くなった。
「うわ……」
「マジで可愛い……」
「あれは反則だろ」
小さくざわめく声が聞こえてくる。
「凛音、大丈夫?」
陽翔が心配そうに近づいてきた。陽翔の水着姿は、がっしりとした体型で男らしい。
「みんな見てるけど、気にしないで」
「ありがとう」
夏目くんも水着姿で現れた。普段は制服で隠れている体型が分かって、意外と筋肉質なことに驚いた。
「お前、泳げるのか?」
「一応……でも、あまり得意じゃない」
「なら、俺が教えてやる」
夏目くんのさりげない優しさに、心が温かくなった。
「それでは、まず泳力測定を行います。泳法は自由です」
体育教師の指示で、順番にプールに入ることになった。
ぼくの番が来て、プールサイドに立つ。冷たい水面を見下ろすと、少し緊張した。
「頑張って、凛音」
真白くんが応援してくれる。
「大丈夫だ」
夏目くんも励ましてくれた。
水に入ると、思ったより冷たかった。でも、だんだん慣れてきて、クロールで泳ぎ始める。
泳いでいる最中、プールサイドから視線を感じた。みんなが見守ってくれているのが分かって、なんとか最後まで泳ぎ切った。
「お疲れさま」
プールから上がると、陽翔がタオルを差し出してくれた。
「ありがとう」
「結構速かったじゃん」
「そうかな?」
「うん。フォームも綺麗だったよ」
陽翔の褒め言葉に、少し嬉しくなった。
授業の後半は、自由遊泳の時間になった。
「凛音、一緒に泳ごう」
真白くんが誘ってくれる。
「僕も平泳ぎしかできないから、ゆっくりでいいよ」
「うん」
真白くんと並んでゆっくり泳いでいると、とても気持ちが良かった。
「気持ちいいね」
「そうだね。水の中って、静かで落ち着く」
真白くんの表情も、いつもよりリラックスしているように見えた。
「凛音は、海で泳いだことある?」
「小さい頃に何度か。真白くんは?」
「僕も子供の頃に。今度、みんなで海に行けたらいいね」
「それいいね」
そんな会話をしながら泳いでいると、プールサイドに上級生の姿が見えた。
「あ、如月会長」
圭人先輩が、プールサイドに立っていた。こちらを見つめる表情が、いつもより真剣に見える。
「凛音くん」
プールから上がると、圭人先輩が近づいてきた。
「お疲れさまでした」
「圭人先輩、どうしてここに?」
「生徒会の用事で通りかかったのですが……」
圭人先輩の視線が、ぼくの水着姿をさりげなく見ている。
「とても美しいですね」
その言葉に、頬が熱くなった。
「そんな……」
「いえ、本当です。まるで水の精のようで」
圭人先輩の詩的な表現に、どきどきした。
「あまり見つめていると、他の生徒に迷惑をかけてしまいますね」
圭人先輩が苦笑いを浮かべる。
「みんな、あなたに見とれてしまって、授業に集中できないのではないでしょうか」
確かに、周りの生徒たちの視線を感じていた。
「すみません……」
「謝ることはありません。美しいものは美しいのですから」
圭人先輩が優しく微笑む。
「それでは、失礼します。風邪など引かないよう、気をつけてくださいね」
圭人先輩が去った後、真白くんが近づいてきた。
「如月会長、凛音のこと本当に好きなんだね」
「え?」
「だって、わざわざプールまで見に来るなんて」
真白くんの指摘に、はっとした。確かに、生徒会の用事でたまたま通りかかったにしては、時間をかけて話していた。
「そんなことないよ」
「そうかな……」
真白くんの表情が、少し複雑に見えた。
更衣室で着替えていると、陽翔が話しかけてきた。
「凛音、泳ぎ上手だったね」
「ありがとう。でも、みんなの方が速かったよ」
「速さだけじゃないよ。フォームが綺麗だった」
陽翔が嬉しそうに言う。
「小学校の時も、凛音は何をやっても綺麗だったもんな」
「そんなことないよ」
「いや、本当だって。俺、いつも見てたから分かる」
陽翔の言葉に、胸がきゅんとした。
「今度、個人的に一緒に泳がない?」
「個人的に?」
「うん。週末とか、プール開放の時間に」
陽翔の提案に、少し戸惑った。二人きりでプールに行くというのは、なんだか特別な意味があるような気がして。
「考えとくよ」
「うん、無理しなくていいから」
陽翔が優しく微笑んだ。
夕方、寮に戻ると、夏目くんが部屋で本を読んでいた。
「お疲れ」
「ただいま」
「水泳、どうだった?」
「楽しかったよ。夏目くんも泳ぎ上手だったね」
「まあ、人並み程度だ」
夏目くんは謙遜しているけれど、実際はとても上手だった。
「夏目くん、いつから泳げるようになったの?」
「小学校の頃からだ。兄に教わった」
「お兄さんに?」
「ああ。この学園の卒業生だった兄だ」
夏目くんが兄について話すのは珍しい。
「お兄さんも水泳が得意だったの?」
「得意というより、好きだったみたいだ」
夏目くんの表情が、少し柔らかくなった。
「兄は、この学園のプールをよく使っていたって言ってた」
「そうなんだ」
「だから、俺も同じプールで泳げて嬉しかった」
夏目くんの素直な気持ちに、心が温かくなった。
「今度、一緒に泳がないか」
「え?」
「プール開放の時間に。俺が、もう少し上手に泳げるよう教えてやる」
夏目くんの提案に、嬉しくなった。
「ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
「ああ」
その夜、夕食の時間に食堂に向かうと、水瀬先輩に会った。
「おう、凛音。今日は水泳の授業があったんだって?」
「はい。水瀬先輩はどうして?」
「噂になってるからさ」
水瀬先輩が苦笑いを浮かべる。
「『1年の柊が可愛すぎて、みんな泳ぎに集中できなかった』って」
「そんな……」
「まあ、予想通りだけどな」
水瀬先輩がぼくの肩に手を置いた。
「でも、無理しなくていいからな。疲れたら、私に言え」
「はい」
「それから」
水瀬先輩が声を小さくした。
「男子たちが変な気を起こさないよう、私も目を光らせてるから安心しろ」
水瀬先輩の頼もしい言葉に、安心した。
プールの授業で思った以上に疲れてしまった。慣れない水泳で体力を使ったのか、夕食を済ませた後、ぼんやりとした状態で一人寮の廊下を歩いていた。
「ふわあ……」
大きなあくびが出て、足取りも重い。みんなの視線を感じながらの授業は、精神的にも疲れたのかもしれない。
部屋はもうすぐだと思いながら廊下を歩いていると、足元がふらついた。
「あ……」
壁に手をついて体を支えようとしたけれど、バランスを崩してしまう。
「危ない」
突然、強い腕に支えられた。振り返ると、鳴海先輩が心配そうな表情でぼくを見つめていた。
「鳴海先輩……」
「大丈夫か、凛音?顔色が悪いぞ」
鳴海先輩の大きな手が、ぼくの額に触れる。その手の温かさが、とても心地よかった。
「熱はないようだが……疲れているのか?」
「はい……プールの授業で、思ったより疲れてしまって」
「そうか。無理をするな」
鳴海先輩がぼくの肩に手を置いて、ゆっくりと部屋まで付き添ってくれた。
「水泳は全身運動だからな。慣れないうちは疲れやすい」
「ありがとうございます」
部屋の前まで来ると、鳴海先輩が立ち止まった。
「今日はもう休んだ方がいい。宿題は明日でも構わないだろう」
「でも……」
「体調管理も大切な勉強の一つだ」
鳴海先輩の優しい言葉に、素直に頷いた。
「それから」
「はい?」
「何か困ったことがあったら、いつでも俺を呼べ。寮長として、君を守るのは当然のことだから」
鳴海先輩の真剣な表情に、胸が温かくなった。
「はい……ありがとうございます」
「ゆっくり休め」
鳴海先輩が去った後、部屋に入ると夏目くんが心配そうに迎えてくれた。
「遅かったな。大丈夫か?」
「うん。ちょっと疲れて、廊下でふらついちゃって」
「ふらついた?」
夏目くんの表情が心配そうになった。
「鳴海先輩が助けてくれたから大丈夫だよ」
「そうか……」
夏目くんの表情が、少し複雑になった。
「今日はもう寝た方がいい。明日に響く」
「うん、そうする」
ベッドに横になると、鳴海先輩の優しさを思い返した。
あの包容力のある雰囲気。大きくて温かい手。そして、寮生を守ろうとする責任感。
鳴海先輩もまた、ぼくにとって大切な人の一人だった。
でも、今日はそんなことを考える余裕もなく、すぐに深い眠りについた。
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