あとから正ヒロインが現れるタイプのヒーローが夫だけど、今は私を溺愛してるから本当に心変わりするわけがない。

柴田

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4話

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 久しぶりに実家に帰ると、ディートリヒの言っていたとおりフィーナの父、コルン公爵はアレクセイ及び皇家に対し激怒していた。

「皇太子め! 俺の可愛いフィーナを差し置いて、平民の娘を選ぶなど言語道断だ! そんな男、去勢してから処刑してしまえ!」
「お父さま、落ち着いてください……」
「落ち着いてなどいられるか! 俺は、俺は……っ」

 フィーナの心境を思ってか、コルン公爵はとうとう泣き出してしまった。
 めそめそと泣き出す悪役顔の父を見ていると、フィーナはなんとも変な気持ちになる。しかしそれほどまでに心配してくれたのだと考えると、胸があたたかくなった。
 小説の悪役をここまでコミカルに更生させた自分の努力の日々を思い返せば、感慨もひとしおだ。

 泣くコルン公爵を、公爵夫人が慰めている。彼女もまた小説の悪役の一人であり、コルン公爵が表立つ悪役なら、公爵夫人は裏でそれを操る悪役なのだ。

「それに、あのディートリヒがフィーナに結婚を迫ったらしいな!?」
「迫っただなんて、無理強いはありませんでしたわ。ちゃんとわたくしにも考える時間を与えてくださいました」
「ええい! 皇帝が望んだのならそれはもう無理強いと同じだ!!」

 コルン公爵は、昔からディートリヒに対し勝手にライバル心を抱いていたのだ。
 年は少し離れているが、アカデミーに同じ時期に在籍していた期間がある。入学してきたディートリヒは非の打ち所がないほど優秀で、人格も優れ、教師からも生徒からも素晴らしく評判がよかった。
 いわゆるやっかみというやつである。

「俺とそんなに年の変わらない男が! フィーナに結婚を迫るなど! けしからん!!」

 血管が切れそうになるほど怒りが頂点に達しているらしいコルン公爵に、フィーナはたじたじだ。今はフィーナが何を言おうと、聞き入れようとはしないだろう。
 しかしそんなところへ口を挟んだのは、公爵夫人だった。

「あら、私は案外悪くないと思うわ」
「な、なぜだアンジェリカ!」
「彼ハンサムだもの」
「アンジェリカ!!!」

 ショックを受けたコルン公爵が硬直しているうちに、公爵夫人によって、フィーナが結婚前に使っていた部屋に連れて行かれる。

 騒がしい公爵がいないと、部屋はシンと静まり返っていた。フィーナはあなどれないと常々思っている母を、紅茶を飲みながら盗み見る。

 先ほど母はああ言っていたけれど、本心ではないかもしれない。それに、アレクセイに捨てられ皇太子妃という座を失ったフィーナに失望したかもしれない、と少しだけ不安だった。
 四方八方から愛をぶつけてくる父とは違い、母はあまり感情を表に出さない人だ。愛されていないなんて思ったことはないけれど、此度のことを母がどう思っているのか気になった。

「ふふ、もっと暗い顔をして帰ってくると思っていたのに、いつもと変わりなくて少し安心したわ。皇帝陛下のおかげかしら?」
「……! そうかも、しれないです。ふふ、アレクセイに裏切られた悲しみが吹っ飛ぶほど、陛下からの告白は衝撃的でしたから」

 ニッと笑った公爵夫人は持っていたティーカップを置いて、脚を組み直す。

「それでは、あなたの気持ちを聞かせてちょうだい」
「……正直、困惑しています。皇后になってくれと言われて、少しも嫌な気持ちにならなかったことに。あんなにアレクセイを愛していたのに、わたくしの気持ちも本当は軽かったのかと思ってしまって……そんな自分に困惑しているのです」

 アレクセイ以外の男性の妻になることを、想像したこともなかった。それがディートリヒともなると尚更だ。ディートリヒを男として見たことはない。そうだったはずなのに――。

「わたくし、あの方の言葉を聞いて、あの方の笑顔を見て、胸がドキドキしてしまったのです」
「当たり前じゃない。彼ハンサムだもの」

 公爵夫人にとって、ディートリヒは相当ハンサムらしい。愛妻家のコルン公爵が聞いていたら、今度こそ卒倒していただろう。

「皇帝陛下は誠実なお人よ。皇帝としては潔癖なくらいだけれどね。だからこそ信じられる。そうでしょう? 私も母として、あの人にならあなたを任せられるわ。年齢差はあるけれど、彼ハンサムだからあまり気にならないでしょう?」
「ふ、ふふ……! お母さま、皇帝陛下のことそんなにお好きだったんですね」
「あら、私くらいの年代であの方に恋をしなかった女は帝国中どこを探してもいないのよ。未だに後妻の座を狙っている人も多いわ。見た目ももちろん素敵だけれど、あの方は皇帝としても男としても完璧じゃない? あなたと皇太子が婚約したとき、私は皇帝陛下がフィーナを嫁にもらってくれたらよかったのにと思っていたのよ」
「お、お母さま……!」

 とんでもないことを言い出す母のせいで、フィーナは紅茶を噴き出しそうになってしまう。アレクセイと婚約したときなんて、フィーナはまだ10歳だ。

「とにかく、私は反対しないってことよ。あとはあなたの気持ち次第ね」
「お父さまは反対するのではないでしょうか?」
「あの人は皇帝陛下に対して劣等感を抱いているだけよ。裏を返せば、それくらいあの方を認めているってことでしょう?」
「そうなのですか? それなら、本当に……」

 あとはフィーナの気持ち次第だ。

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