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【拾参】百合ノ蝕
③
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「ドレスを着る事は、竹子さんにとっては、梅子さんに勝つ、もしくは、見下す、という心境も、あったのではと思います。
竹子さんは、着物を着る事を当たり前に強要される事に、強い不満をお持ちだったようです。うら若い乙女にとっては、やはりドレスは憧れの的ですから。梅子さんの化身であるそれを穢す事で、嫉妬心を満足させていたのではないでしょうか」
百々目が険しい表情をする。真っ当な感覚で生きてきた者には、この感覚は理解し得ないかもしれない。
「一方、梅子さんはというと、こちらも激しい嫉妬心のやり場に身を悶えさせていました。……彼女もまた、不知火清弥さんに恋をしていたのです。彼女のドレスを着て、竹子さんが彼との付き合いをしている事に、腸が煮えくり返る思いでした。
しかし、彼女には竹子さんのような事はできません。彼女は次第に、自分の体を呪うようになります」
そこへ手を差し伸べたのが、姉の松子だった。彼女は鬱屈する梅子に寄り添った。しかし梅子は、天狗の鼻の秘密は明かさなかった。不知火清弥への恋心をどうしたらいいかと、妻である彼女に相談したのである。
「俗世間から隔離された彼女は、妻帯者を愛する事は罪である、との認識すらなかったのです。あったのは、竹子さんに対する激しい嫉妬、そして、自己嫌悪。
――あなたは、自分が母である事ばかりか、妻にとって夫がどういう存在か、梅子さんが彼に恋する事にどのような意味があるのかを、教えませんでした。――教えたのは、梅子さんの置かれた状況が、いかに異常なものであるか、それだけです」
「自分の子ではありませんか。なぜそのような事を……」
百々目の疑問に、松子は唾を吐いた。
「真っ当に育ったお坊ちゃまは、一生考えてりゃいいんだよ!」
零はひとつ息を吐いた。
「――それが、あなたの考えた、復讐への筋書き、その書き出し、だったんですね」
松子はニッと笑った。
梅子は、松子に親身に助言を受けるほど、心が傷付いた。可愛く装い、従順に男を立てる。……そのどれもが、竹子が清弥に対して行っている行為だからだ。この体がそれを許さないから、梅子は辛いのだ。しかし、その秘密を、松子に打ち明ける訳にはいかない。そのジレンマに、彼女がどれほど苦しんだだろう。
さらには、自分がこれまで置かれてきた状況が間違ったものであると知ると、自分の体にまで疑問を持ち始めた。――私は、本当に女の子なんだろうか?
そんな葛藤の中でも、父親を受け入れなければならない。そうしなければ、天狗の生贄にされてしまうのだ。
その苦悶は、松子以上のものだったに違いない。
松子はそれを知りながら、彼女を言葉巧みに追い込んでいく。
「梅子さんは、一切、あなたの言動に疑問を持ちませんでした。あなたの言葉は全て彼女のためを思ってのもの、あなたの与えるものは全て彼女にとって良い結果をもたらすもの、そう心から信じていました。
……恐らく、この頃にあなたは、彼女に睡眠薬を与えましたね? 煩悶して眠れぬ彼女を救いたいと称して」
「そうよ。私自身、睡眠薬に助けられたからね。あの子もすぐにハマったわ」
「依存症。……それは、彼女を操る絶好の操り糸になったでしょう」
松子は白い歯をニヤリと見せた。
「あなたは同時に、同じ事を、竹子さんに対しても行いました。お互いに、自分だけが親身に相談に乗って貰っていると思わせるように、細心の注意を払って」
「そうよ。あいつ、人の夫を寝盗っておいて、自覚が全くないのよ。だから逆に、その恋を応援してやったわ。うちに見せびらかしに来るくらいまでにね!」
「しかし、それではあなたも傷付いたでしょう」
「関係ないわ。そんな事より、私の目的の方が大事だもの。それに、あの男が死ぬ時に、心が痛くなくなるし」
「……愛していらしたんですね」
零が言うと、松子は目を見開いた。頬を震わせながらも、否定できないでいる。
――松子によって、極限まで敵対心を高められた姉妹は、やがて決定的な出来事で、それを殺意へと変化させる。
「天狗の使い」を名乗る老婆の出現である。
「不知火清弥氏には、どう協力させたんですか?」
松子はゆったりを身を起こした。
「あの阿婆擦れが、妊娠したと教えてやったのよ!」
「……なるほど。相談を受けていたあなたは、既に知っていたんですか」
「誰の子だかは知らないわ。あいつも分かってなかった。でもあの男、竹子とヤッてるのは自分だけだと思ってたから、慌てたわぁ。アハハ。そんなのが父にバレたら、この屋敷にいられなくなるものねぇ」
「――つまり、最初からあなたの標的は、竹子さんだったんですね?」
「そうよ。私の筋書きじゃ、あの子、必要ないもの」
「いや、竹子さんでは、あなたの描く筋書きの、最後を彩る事ができなかったから、ではないですか?」
零が反論すると、松子は満足気に目を細めた。
「……善浄寺のご住職は?」
「老婆が消える演出に、あの小屋がちょうど良かったから。――子供の頃、あそこに肥溜めがあったのよ。調べたら、案の定残ってたわ」
「小屋の鍵をお持ちの久芳住職を、二人目の黒子に選んだ理由は分かりました。……しかし、仮にも僧侶を……」
「だからよ。あいつ、真面目にクソが付くような奴だから、一回寝たら、何でも言う事を聞いたわ」
零は思い起こした。――狂乱するピアノの音色。並の男なら、あの誘惑に抗えないだろう。
「……もしかして、水川夢子さんによる、梅子さんの拉致計画もご存知でしたか?」
「えぇ。あの生臭坊主、全部喋ったもの。まぁ、誰が殺っても同じだから、放っておいたけど」
零は首を振る。――こんなに恐ろしい女を、見た事がない。
視界の端で、亀乃の姿がゆらりと揺れた。桜子がすかさず支える。……しっかり者とはいえ、たかが十二歳の少女に聞かせるには、酷すぎる内容だった。
零が目配せをすると、桜子は亀乃を支えて、広間を出て行った。
二人減った広間には、ガランとした空間が広がった。しかし、松子の狂気がその場を息苦しいまでに圧迫していた。
百々目はその毒気に飲まれ、言葉を失っている。
――それを真っ向から受けるには、「無」になるしかないのだ。彼にはまだ、それだけの空虚が足りなかったのだ。
零は一呼吸した後、光のない目で松子を見据え、再び口を開いた。
「ここからは、事件の推移を、梅子さんの手紙に沿ってご説明します。訂正があれば、お教えください」
――梅子は恐れ戦いた。
「村人が殺しに来る」と、松子に教えられたのだ。村との関りのない梅子は、村人たちが彼女の事をどう考えているのか、知る由もなかったため、それを信じた。
十四郎にも相談した。だが彼は、「おまえは俺が守ってやる」と言うだけで、まともに取り合おうともしない。それもそのはず、彼は、二人が十五歳の誕生日を過ぎてしまえば、村人たちは黙るに違いないと考えていたからだ。――それに、体が大きくなった娘たちは、彼の興味の対象でなくなりつつあったのだ。そろそろ次の使い道をと、考え出すほどであった。彼にとって、天狗伝説とは、幼い娘たちをいい子にさせるための寓話でしかなかったのだ。
それに比べ、松子は親身になって梅子の話を聞いた。梅子がどちらを信用したかは、一目瞭然である。
一方で、恐怖に震え、松子に縋りながらも、梅子はどこかで諦めていた。
このおぞましい体を捨てられるのであれば、天狗の生贄になるのも、悪くはない。
一度、自らを差し出せと、父に進言した事すらあった。しかし父は激怒し、全く取り合ってくれなかった。
恐怖と絶望の中で、次第に彼女の生きる気力が失われていった。
そんな時である。松子は「少女画報」を彼女に見せた。
「『妖怪、天狗、なんでもごされ。困り事のご相談は、是非、当探偵社に』だって。一度、相談してみるのもいいんじゃないかしら」
だが彼女の目は、釣り文句ではなく、その横に写る人物に据えられていた。
――彼女は一目で、恋に落ちた。
写真に写る、探偵らしからぬ風貌の美青年。彼に会うためになら、危険を冒しても構わない。
彼女は皮肉にも、ここで「生きる」希望を取り戻したのだ。
梅子は松子と相談し、母の実家の盆供養の際に、抜け出す算段を立てた。
――そして、実物を目にした瞬間、彼女は泣き崩れた。
天狗の鼻さえなければ、女の子として、彼に想いを打ち明けられただろうに。私が普通の女の子なら、もしかしたら、それを受け入れてくれたかもしれないのに。
松子との打ち合わせ通り、村へ呼ぶ事には成功したのだが、彼女の心は引き裂かれんばかりに打ち震えた。
「…………」
この一節は、零は口にしなかった。この鬼女に相対するには、自分の心に、さざ波程度でも揺れがあってはならない。
いつしか広間は、稀代の悪女と探偵の、命懸けの睨み合いの様相を呈していた。他の者は観客、あるいは背景となり、二人の間には、誰も入れない異様な空気があった。
松子は悠然と笑みを浮かべている。彼女の心の内を一字一句全て解き明かさなければ、事件の真相は闇に沈むだろう。それを阻止し、真実を全て拾い上げる事こそ、二人の被害者、そして梅子への贖罪である。零はそう考えていた。
キーンと音を立てるような緊張感の中、零は再び口を開いた。
「……そして、竹子さんもまた、我々に依頼にやって来ました。竹子さんはこう言っておられました。――梅子さんに殺される、と。
あなたは、互いに最も恐怖心を抱く方法を選んだのです。梅子さんに、竹子さんが殺そうとしていると言っても、彼女は自己犠牲の選択を取る可能性があった。村人が相手ならば、もしかしたら説得が可能かもしれないと希望を持つだろうと考えた。
逆に、竹子さんの場合、村人が相手なら、相手の懐へ斬り込んでいく恐れがあった。だから、梅子さんが殺そうとしていると吹き込んで、梅子さんに対しての殺意を高めたのです」
松子は満足そうに首を傾げた。
「正解。……やっぱりあなた、私に似て闇を持ってるわね。空っぽの闇を」
竹子さんは、着物を着る事を当たり前に強要される事に、強い不満をお持ちだったようです。うら若い乙女にとっては、やはりドレスは憧れの的ですから。梅子さんの化身であるそれを穢す事で、嫉妬心を満足させていたのではないでしょうか」
百々目が険しい表情をする。真っ当な感覚で生きてきた者には、この感覚は理解し得ないかもしれない。
「一方、梅子さんはというと、こちらも激しい嫉妬心のやり場に身を悶えさせていました。……彼女もまた、不知火清弥さんに恋をしていたのです。彼女のドレスを着て、竹子さんが彼との付き合いをしている事に、腸が煮えくり返る思いでした。
しかし、彼女には竹子さんのような事はできません。彼女は次第に、自分の体を呪うようになります」
そこへ手を差し伸べたのが、姉の松子だった。彼女は鬱屈する梅子に寄り添った。しかし梅子は、天狗の鼻の秘密は明かさなかった。不知火清弥への恋心をどうしたらいいかと、妻である彼女に相談したのである。
「俗世間から隔離された彼女は、妻帯者を愛する事は罪である、との認識すらなかったのです。あったのは、竹子さんに対する激しい嫉妬、そして、自己嫌悪。
――あなたは、自分が母である事ばかりか、妻にとって夫がどういう存在か、梅子さんが彼に恋する事にどのような意味があるのかを、教えませんでした。――教えたのは、梅子さんの置かれた状況が、いかに異常なものであるか、それだけです」
「自分の子ではありませんか。なぜそのような事を……」
百々目の疑問に、松子は唾を吐いた。
「真っ当に育ったお坊ちゃまは、一生考えてりゃいいんだよ!」
零はひとつ息を吐いた。
「――それが、あなたの考えた、復讐への筋書き、その書き出し、だったんですね」
松子はニッと笑った。
梅子は、松子に親身に助言を受けるほど、心が傷付いた。可愛く装い、従順に男を立てる。……そのどれもが、竹子が清弥に対して行っている行為だからだ。この体がそれを許さないから、梅子は辛いのだ。しかし、その秘密を、松子に打ち明ける訳にはいかない。そのジレンマに、彼女がどれほど苦しんだだろう。
さらには、自分がこれまで置かれてきた状況が間違ったものであると知ると、自分の体にまで疑問を持ち始めた。――私は、本当に女の子なんだろうか?
そんな葛藤の中でも、父親を受け入れなければならない。そうしなければ、天狗の生贄にされてしまうのだ。
その苦悶は、松子以上のものだったに違いない。
松子はそれを知りながら、彼女を言葉巧みに追い込んでいく。
「梅子さんは、一切、あなたの言動に疑問を持ちませんでした。あなたの言葉は全て彼女のためを思ってのもの、あなたの与えるものは全て彼女にとって良い結果をもたらすもの、そう心から信じていました。
……恐らく、この頃にあなたは、彼女に睡眠薬を与えましたね? 煩悶して眠れぬ彼女を救いたいと称して」
「そうよ。私自身、睡眠薬に助けられたからね。あの子もすぐにハマったわ」
「依存症。……それは、彼女を操る絶好の操り糸になったでしょう」
松子は白い歯をニヤリと見せた。
「あなたは同時に、同じ事を、竹子さんに対しても行いました。お互いに、自分だけが親身に相談に乗って貰っていると思わせるように、細心の注意を払って」
「そうよ。あいつ、人の夫を寝盗っておいて、自覚が全くないのよ。だから逆に、その恋を応援してやったわ。うちに見せびらかしに来るくらいまでにね!」
「しかし、それではあなたも傷付いたでしょう」
「関係ないわ。そんな事より、私の目的の方が大事だもの。それに、あの男が死ぬ時に、心が痛くなくなるし」
「……愛していらしたんですね」
零が言うと、松子は目を見開いた。頬を震わせながらも、否定できないでいる。
――松子によって、極限まで敵対心を高められた姉妹は、やがて決定的な出来事で、それを殺意へと変化させる。
「天狗の使い」を名乗る老婆の出現である。
「不知火清弥氏には、どう協力させたんですか?」
松子はゆったりを身を起こした。
「あの阿婆擦れが、妊娠したと教えてやったのよ!」
「……なるほど。相談を受けていたあなたは、既に知っていたんですか」
「誰の子だかは知らないわ。あいつも分かってなかった。でもあの男、竹子とヤッてるのは自分だけだと思ってたから、慌てたわぁ。アハハ。そんなのが父にバレたら、この屋敷にいられなくなるものねぇ」
「――つまり、最初からあなたの標的は、竹子さんだったんですね?」
「そうよ。私の筋書きじゃ、あの子、必要ないもの」
「いや、竹子さんでは、あなたの描く筋書きの、最後を彩る事ができなかったから、ではないですか?」
零が反論すると、松子は満足気に目を細めた。
「……善浄寺のご住職は?」
「老婆が消える演出に、あの小屋がちょうど良かったから。――子供の頃、あそこに肥溜めがあったのよ。調べたら、案の定残ってたわ」
「小屋の鍵をお持ちの久芳住職を、二人目の黒子に選んだ理由は分かりました。……しかし、仮にも僧侶を……」
「だからよ。あいつ、真面目にクソが付くような奴だから、一回寝たら、何でも言う事を聞いたわ」
零は思い起こした。――狂乱するピアノの音色。並の男なら、あの誘惑に抗えないだろう。
「……もしかして、水川夢子さんによる、梅子さんの拉致計画もご存知でしたか?」
「えぇ。あの生臭坊主、全部喋ったもの。まぁ、誰が殺っても同じだから、放っておいたけど」
零は首を振る。――こんなに恐ろしい女を、見た事がない。
視界の端で、亀乃の姿がゆらりと揺れた。桜子がすかさず支える。……しっかり者とはいえ、たかが十二歳の少女に聞かせるには、酷すぎる内容だった。
零が目配せをすると、桜子は亀乃を支えて、広間を出て行った。
二人減った広間には、ガランとした空間が広がった。しかし、松子の狂気がその場を息苦しいまでに圧迫していた。
百々目はその毒気に飲まれ、言葉を失っている。
――それを真っ向から受けるには、「無」になるしかないのだ。彼にはまだ、それだけの空虚が足りなかったのだ。
零は一呼吸した後、光のない目で松子を見据え、再び口を開いた。
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「村人が殺しに来る」と、松子に教えられたのだ。村との関りのない梅子は、村人たちが彼女の事をどう考えているのか、知る由もなかったため、それを信じた。
十四郎にも相談した。だが彼は、「おまえは俺が守ってやる」と言うだけで、まともに取り合おうともしない。それもそのはず、彼は、二人が十五歳の誕生日を過ぎてしまえば、村人たちは黙るに違いないと考えていたからだ。――それに、体が大きくなった娘たちは、彼の興味の対象でなくなりつつあったのだ。そろそろ次の使い道をと、考え出すほどであった。彼にとって、天狗伝説とは、幼い娘たちをいい子にさせるための寓話でしかなかったのだ。
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一方で、恐怖に震え、松子に縋りながらも、梅子はどこかで諦めていた。
このおぞましい体を捨てられるのであれば、天狗の生贄になるのも、悪くはない。
一度、自らを差し出せと、父に進言した事すらあった。しかし父は激怒し、全く取り合ってくれなかった。
恐怖と絶望の中で、次第に彼女の生きる気力が失われていった。
そんな時である。松子は「少女画報」を彼女に見せた。
「『妖怪、天狗、なんでもごされ。困り事のご相談は、是非、当探偵社に』だって。一度、相談してみるのもいいんじゃないかしら」
だが彼女の目は、釣り文句ではなく、その横に写る人物に据えられていた。
――彼女は一目で、恋に落ちた。
写真に写る、探偵らしからぬ風貌の美青年。彼に会うためになら、危険を冒しても構わない。
彼女は皮肉にも、ここで「生きる」希望を取り戻したのだ。
梅子は松子と相談し、母の実家の盆供養の際に、抜け出す算段を立てた。
――そして、実物を目にした瞬間、彼女は泣き崩れた。
天狗の鼻さえなければ、女の子として、彼に想いを打ち明けられただろうに。私が普通の女の子なら、もしかしたら、それを受け入れてくれたかもしれないのに。
松子との打ち合わせ通り、村へ呼ぶ事には成功したのだが、彼女の心は引き裂かれんばかりに打ち震えた。
「…………」
この一節は、零は口にしなかった。この鬼女に相対するには、自分の心に、さざ波程度でも揺れがあってはならない。
いつしか広間は、稀代の悪女と探偵の、命懸けの睨み合いの様相を呈していた。他の者は観客、あるいは背景となり、二人の間には、誰も入れない異様な空気があった。
松子は悠然と笑みを浮かべている。彼女の心の内を一字一句全て解き明かさなければ、事件の真相は闇に沈むだろう。それを阻止し、真実を全て拾い上げる事こそ、二人の被害者、そして梅子への贖罪である。零はそう考えていた。
キーンと音を立てるような緊張感の中、零は再び口を開いた。
「……そして、竹子さんもまた、我々に依頼にやって来ました。竹子さんはこう言っておられました。――梅子さんに殺される、と。
あなたは、互いに最も恐怖心を抱く方法を選んだのです。梅子さんに、竹子さんが殺そうとしていると言っても、彼女は自己犠牲の選択を取る可能性があった。村人が相手ならば、もしかしたら説得が可能かもしれないと希望を持つだろうと考えた。
逆に、竹子さんの場合、村人が相手なら、相手の懐へ斬り込んでいく恐れがあった。だから、梅子さんが殺そうとしていると吹き込んで、梅子さんに対しての殺意を高めたのです」
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