どうやら異世界の歪みに落ちた様ですっ!

伊織愁

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11話

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 火山に辿り着いた綾は、レベルの低い魔物を狩っていた。 綾の炎の弓はレベル3だった。 三本の火矢を同時に放てる。

 目の前を走る三匹の角ウサギに火矢を命中させた。 肩の上で、綺麗が楽しそうな声が響いた。

 「流石、マスター。 もう、三本の火矢は簡単に出せるね」
 「うん」
 「もう直ぐレベルが上がるんじゃない?」

 綺麗が無条件で褒めるので、綾は上機嫌だった。 だから油断していた。

 平和な世界で暮らし、V Rゲームだと思っている為、死亡しても始まりの街に戻るだけだと思っている。

 薄々はおかしいと気づいていても、認める事が出来なかった。

 もう一匹、魔物を倒せばレベルが上がりそうだね。

 背後で草むらが揺れる音を聞きつけ、綾は炎の弓を構える。 炎の弓は、赤から黄色のグラデーションで流れた。

 「ふふんっ」

 綾は得意気に頬を緩める。 密かにとても気に入っている。

 何処まで変化するのか、楽しみだなぁ。

 「さぁ、いらっしゃい! 今ならどんな魔物も倒せそう、って、えっ!」

 草叢から出て来たのは、サーベルタイガーだった。 二本の牙が顎の下まで伸びている。

 「き、綺麗っ……あれは、あれだよねっ」
 「ん?、あれって?」
 
 大きく唾を飲み込み、恐る恐る口にする。

 「ほら、ここはチィーガルだし、虎の精霊だよね!」
 「あんな凶悪な顔した精霊はいないよ」
 「…….そっか、じゃ、私のレベルで勝てると思う?」
 
 一泊の無言の後、綺麗は小さい声で言った。

 「……無理かなっ」
 「だよね!」

 敵前逃亡、獣に背中を見せては駄目だが、二本の牙が恐ろしい。 いくら始まりの街に戻るとしても、痛くないかも知れない。 でも、噛まれる恐怖心は我慢出来そうにない。 脱兎の如く、綾は逃げ出した。

 逃げるのも戦略の内、恥じゃないっ!

 心の奥底では、ゲームの世界ではないかも知れないと疑う気持ちが晴れない。

 噛まれたら確実に死が待っている。

 嫌だっ! 死にたくないっ! 死にたくないよっ!

 「あっ!」

 草地に隠れていた小石につまづき、無様に転んでしまった。 綺麗が元の大きさに戻り、庇う様に綾の前へ立つ。 綺麗から魔力が放たれ、威嚇の圧が放たれた。

 一瞬だけ、サーベルタイガーは足を止めたが、倒れた綾と視線が合うと、嫌な笑みを浮かべた。

 ◇

 圭一朗は朝から山の散策をしていた。

 改めて考えると、ちゃんと山の中を散策していなかった。 レベルも上がり、炎の剣も大分と格好良くなった。

 剣を振る姿も、様になってきたと思っている。

 「さて、今日は麓まで行ってみようか」
 「珍しいですね。 あまり人間の近くには行かれませんのに」

 黄色地に黒と紫の縞模様、琥珀色の瞳の紫月が首を傾げた。

 「ああ、何となくな。 麓に行った方がいい様な気がしたんだ」
 「そうなんですね、お付き合いします」
 「ありがとう、紫月」

 紫月を先頭に、皆が圭一朗に着いて来た。 大人しく着いて来る精霊達を眺め、虹色に光る瞳を細めた。

 麓近くになると、人の気配が多く感じる。 森深くや山頂までは足場が悪く、険しい為、あまり人は入って来ない。

 森の浅い場所や、三合目位までなら人も森の恵みを求めてやって来る。

 若い女性の悲鳴が森の中で響く。

 「若い女性の悲鳴? いや、少女か」

 何も言わず、直ぐに様子を見に行った白夜、白地に黒の縞模様で、額と足元に紋様がある成獣。

 白夜は焦茶色の瞳に、焦りの色を滲ませて戻って来た。

 「大変だ、サーベルタイガーに女の子が襲われている。 援護しようかと思ったが、森の奥の方へ入って行ってしまった」
 「分かった、直ぐに追いかけよう!」
 
 何故か圭一朗の胸が騒ぐ。 早く追いつかないと取り返しのつかない事になりそうだと、圭一朗の第六感が働いていた。

 一際、大きな悲鳴が森の中で響いた。

 草むらを掻き分け、辿り着いた場所に金髪と青い瞳の少女、おそらく16歳くらいだと思われる少女がサーベルタイガーに襲われていた。

 少女を視界に捉えた瞬間、圭一朗の胸の奥で何かが弾けた。 素早い動きで少女とサーベルタイガーの間に入ると、炎の剣を構える。 纏った炎の色は白に近かった。

 一刀両断。 圭一朗の炎の剣がサーベルタイガーを一撃で真っ二つに斬り倒した。

 縦に斬り倒されたサーベルタイガーは、断末魔も上げられずに絶命した。 

 そして、圭一朗の口から自然と言葉が紡がれる。

 「大丈夫か、猪俣。 怪我はないか?」

 少女は、自身を襲っていたサーベルタイガーが一撃で斬り倒され、あまりの出来事に青い瞳を見開き、口も大きく開けられていた。

 綾の肩に乗っている猪の精霊も固まって動かなかった。

 あ、これはやってしまったか?

 「あ、猪俣、あのな……」
 「圭一朗様、大丈夫ですか?」
 「圭一朗様」

 背後で草むらが大きく揺れた後、紫月と亜麻音の声が聞こえて来た。 紫月と亜麻音は直ぐに圭一朗の側へやって来た。

 「……圭一朗?……」
 「お? 猪俣、正気に戻ったか?」

 綾の顔が歪み、青い瞳から大粒の涙が溢れ出た。 勢いよく圭一朗に抱きつくと、綾は大きな声で泣き出した。

 「うわっ、え?」

 慌てている圭一朗の側に、残りの精霊たちもやって来た。 草むらが大きくなり、草地を踏み締める獣の足音が聞こえる。

 精霊たちは視界に入って来た光景に固まっている。

 綾が実体のない圭一朗に抱きついた事に、圭一朗だけで無く、紫月たち12体の精霊も驚いた。

 高い魔力が無いと圭一朗の姿は見えない。 勿論、触れる事も出来ないはずなのだ。

 圭一朗と12体の精霊の驚きの叫び声が森の中で響いた。

 綾だけが圭一朗の胸の中で泣いていた。

 ◇

 綾にとっては思いがけない再会だった。

 誰も知人が居ない世界。 確かにVRゲームをしていた。 自身の部屋で、少し体調は悪かったが、ずっと楽しみにしていた新エリアだったのだ。

 ステータス画面も出ず、ログアウトも出来なかった。 母親も綾の様子を心配していない様で、おかしな世界に入ったのでは無いかと、綾はずっと不安だった。

 口に出せば、不安が現実になるのでは無いかと怖くて、認めたくなかった。

 「落ち着いたか」

 思いっきり泣いて気持ちが落ち着いたのか、聞き慣れた声が落ちて来る。

 そして、気づく。 抱きついている人物が透明な事に。

 「えっ! 先生、身体が透明っ! そういう仕様のアバターですか?」

 まだ、綾の中でVRゲームを引き摺っている。 顔を左右に振り、綾の現実逃避を否定した。

 「違う」

 綾の両肩を優しく掴んだ圭一朗が真剣な表情で、重々しく口を開いた。

 圭一朗から聞いた内容は、綾にとってはとても信じられない出来事だった。

 しかし、ログアウトが出来ない事や、ステータス画面が出ない事。 綾の話す内容が誰にも伝わらなかった事。 色々な出来事を思い出し、綾はやっと理解出来た。

 「マスターって、違う世界から来た人なの?!」

 肩で綺麗が信じられないと、小刻みに震えていた。

 「そうかっ! だから、死んでも大丈夫とか、後が面倒くさいって言ってたんだ」
 「あっ、綺麗、その話はちょっと……」
 
 目の前で丸太に座る圭一朗は、虹色の瞳を細めて見つめてくる。 そして、呆れた様に溜め息を吐かれた。

 「やっぱりな、無茶してるんじゃ無いかと思っていた。 死ぬ前に現実を教えられて良かったよ」
 「すみません」

 再度、圭一朗に溜め息を吐かれ、小さくなる綾。

 危なかった! 本当に死ぬところだったんだ。 始まりの街に戻るだけだと思ってたし、あ、でも現実では亡くなったんだよね?

 「あの、本当に元の世界で私は死んだんですか?」
 
 眉尻を悲しげに下げた圭一朗が頷く。

 「……そうなんだ。 もう、元の世界には帰れないんですね。 お母さんにも、友達にも……もう、会えないんだ」

 視界が歪み、再び綾の青い瞳から涙が溢れた。 声を上げず静かに泣いた。

 圭一朗は、ずっと黙って綾が泣き止むまで待っていた。 暫く泣いて落ち着いた後、気づいた。

 顔を上げて目の前で丸太に座る圭一朗を見つめる。

 「ごめんなさい! 私が先生を巻き込んで……」

 深く頭を下げた綾は、先に続く言葉を言えなかった。 綾の後頭部を見つめる圭一朗が穏やかに笑う。

 「いいんだ。 猪俣を助けられて良かったよ。 俺が居なかったら、また猪俣はあの世行きだったしな」
 「うっ……」

 肩に乗った綺麗も瞳を細めて見つめて来た。 そっと二人の視線から逸らす。

 二人からの攻める様な視線に、圭一朗の周囲に居る精霊たちの残念な子を見る眼差しが足されていく。 

 綾は素早く話を逸らす事にした。

 「先生、この子達は?」
 「あぁ、俺の眷属だよ」
 「眷属?」
 
 眷属って? 先生って何に転生したの?

 綾の表情に疑問符が浮かび、察した圭一朗が説明補足をする。

 「あぁ、まだ話してなかったな」
 「マスター、この人はアレだよ」
 「アレって?」
 「マスターがずっと探してた契約精霊だよ!」
 「えっ?!」

 綺麗の焦る声に、じっと圭一朗を見つめた後、存在自体に神々しさを感じる。

 やっと理解した綾は、驚きの叫び声を上げ、森中にこだました。

 「ほ、本当にっ?」
 
 無意識に身体が震えてしまい、口から出た声が震える。 綾の反応に、圭一朗は何度目かの溜め息を吐いた。

 「本当だ。 俺もまさか精霊に生まれ変わるとか、思ってもなかったけどな」
 「あれ? でも悪どい貴族に捕まってるはずじゃ?」
 「悪どい貴族? 何だそれは? 俺は猪俣と会うまで人と会った事はないぞ。 遠くから人を見た事はあるけどな」
 「……そうなんだ」

 おかしいな、公式サイトでは……っあ、そうか、この世界はゲームの世界に似ているだけで、ゲームではないんだっけ?

 「じゃ、あの情報はガセネタ? それか、先生以外にも契約精霊がいる?!」
 「何の話か分からないが、俺は山を降りられないんだ。 貴族に捕まる事も出来ない」
 「山を降りられない?」
 「ああ、そうだ。 俺はこの山に契約で縛られてる。 誰かに解除してもらわないと、下山出来ないし、街へ行けないんだ」
 「あぁ、なんかそんなの公式サイトにあった」

 圭一朗の話で思い出し、納得した様に頷く。
 
 そうだよ、契約精霊だから。 捕まった精霊を助けるのに、契約解除をするんだった。 でも、どうやってするんだっけ?

 目の前の圭一朗は、綾の次の言葉を待って、首を傾げている。

 先生は私が巻き込んだんだよね。 ゲームなんてしないで大人しく寝てれば良かった。 責任を取らないと駄目だ。

 「決めた! 私が先生を精霊王にする!」
 「……猪俣」
 「先生、私と契約して下さい。 絶対に精霊王にしてみせるからっ」

 柔らかい笑みを見せる圭一朗に、綾の心は一瞬で鷲掴みにされた。

 「宜しく頼む」

 差し出した圭一朗の手を取ると、二人が光りに包まれた。

 二人の脳内でアナウンスがされる。

 『契約が成立されました。 圭一朗がソルティ・サルトゥの契約精霊になりました。 圭一朗を精霊王に育てて下さい』

 「「えっ」」

 二人から間抜けな声が出された。

 こんな簡単に契約出来るの?!

 混乱している二人の耳に、紫月の落ち着いた声が届く。

 「圭一朗様、おめでとうございます。 私たち眷属一同、お二人を支えます」

 12体の精霊が並び、二人に頭を下げる。 そして、何故か13体目として綺麗も一緒に頭を下げていた。

 ◇

 何とか落ち着いてくれて良かった。

 ずっと泣かれたらどうすればいいか、困ってた。 まぁ、現状を伝えられただけでも良かったな。 何も知らないままだと、確実に死んでただろうしな、猪俣。

 柔らかい肉球が圭一朗のカーゴパンツ越しに感じられた。 

 足を軽く叩くのは紫月だ。

 「圭一朗様、こちらのレディを私たちに紹介して下さい」
 「あぁ、そうだな。 猪俣」
 「待ってました!」

 圭一朗の声に綾の笑顔がパッと明るくなる。 声も弾んでいた。

 「実はずっと気にってました。 私の精霊も紹介したいです」

 あんなに泣いてたのに、紫月たちに気づいていたのか。

 「分かった……先ず、黄色地に黒と紫の縞模様で、琥珀の瞳の子が紫月だ。 精霊の中ではリーダー的存在かな」
 「宜しく紫月……さん」

 和かに笑った綾だったが、紫月の迫力に頬を引き攣らせた。 何故かさん付けだ。

 「えと、次は、白地に黒の縞模様で額と足元に紋様のある子が白夜だ」
 「宜しくお願いします、白夜さん」

 白夜は綾をじっと見つめた後、頷いた。

 「次が、茶色地に黒と黄色の縞模様で、薄茶色の瞳が亜麻音だ」
 「宜しくお願いします!」

 亜麻音が元気良く挨拶をしたので、綾も驚いた様だが、元気に挨拶を返した。

 「亜麻音さん、こちらこそ宜しくお願いします」

 「で、次が……」

 じっとクロガネを見ると、嫌な笑みを浮かべてくる。

 いや、その笑い方、怖いからな。

 「黒地に金の縞模様、金の瞳、額に短い2本の角と、額と足元に白の紋様。 一番、派手な子がクロガネだ」
 「宜しく」
 「よ、よろしくお願いします、クロガネさん」

 「成獣の子は皆、話せるからな。 後は子虎たちだ」

 子虎達が前へ出て来ると、綾は「可愛い」と叫び声を上げた。 若干、綾の肩に乗っている猪の精霊が不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 「黄色地に黒と青の縞模様で、眉間から額にかけて紋様がある子が青葉だ」
 「宜しく、青葉ちゃん。 瞳は淡い青なんだね。 サファイアみたい!」
 
 青葉は照れ臭いのか、圭一朗の背後へ隠れてしまった。

 「黄色地に黒と赤の縞模様で、背中に赤い羽の模様がある子が赤羽だ」
 「緋色の瞳だ。 本当に羽の模様がある! よろしくお願いします。 赤羽ちゃん」
 「黄色地に黒と水色の縞模様で、濃紺の瞳の子が水姫。 黄色地に黒と黄緑の縞模様で、深緑の瞳の子が萌葱。 黄色地に黒と橙色の縞模様で、オレンジ色の瞳の子が伊吹だ」
 
 三匹はお行儀良くお辞儀をした。

 「宜しくお願いします、水姫ちゃん、萌葱ちゃん、伊吹ちゃん」
 「そして、黄色地に黒と緑の縞模様で、エメラルドの瞳の子がリョク。 黄色地に黒とピンクの縞模様で、濃いピンクの瞳の子が桜花。 灰色地に黒と黄色の縞模様で、白銀の瞳の子がシンザだ」

 にっこりと三匹が笑ったので、綾も釣られてにっこりと笑った。

 「よろしくお願いします、リョクちゃん、桜花ちゃん、シンザちゃん」

 「じゃ、次は僕の番だねっ!」

 綾の肩にから飛び降りると、猪の精霊は大きくなった。 ウリ坊サイズだが。

 ウリ坊か、可愛いな。

 「私の精霊は一体だけなんだけど、茶色の縞模様が可愛いウリ坊、綺麗です」
 「宜しく!」
 
 可愛くウインクする綺麗に、皆が少しだけ引いている。 一部からは騒がしいのが来たと、あからさまに顔に出していた。
 
 白夜、クロガネ! 溜め息を吐くな。

 「宜しくお願いします、綺麗殿」

 紫月が挨拶すると、じっと綾を見つめている。 綾が自分の紹介を忘れている事に気づいた。

 「あっ、自分の紹介を忘れてた。 私は猪俣綾です。 元の世界では、先生の教え子です。 後は、私の今の名前は……ソルティ・サルトゥで……」

 黙ってしまった綾の心情を察した。 

 突然、別の名前での人生が始まるんだ、戸惑うのは当然だな。

 「猪俣はなんて呼ばれたい? ただ、この世界ではソルティ・サルトゥなのは変えられないけどな……」

 顔を上げた綾の瞳が期待に満ちて輝く。

 「じゃ、私、先生に綾って呼ばれたい」
 「……っ」

 ぐいっと迫って来る綾に、一歩引いたが、迫力に負けて頷いた。

 「わ、分かった」
 「先生の事はなんて呼べばいい?」
 「そうだな、もう先生でもないしな」

 またも現実を突きつけられ、空気が沈む。 直ぐに顔を上げた綾は笑顔だった。

 「じゃ、圭一朗さんって呼んでいい?」

 自然と圭一朗の頬も緩んだ。

 「ああ、いいぞ、綾」

 目の前の綾の表情が明るく、嬉しそうに微笑んだ。
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