どうやら異世界の歪みに落ちた様ですっ!

伊織愁

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13話

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 目の前で繰り広げられた光景に、綾たち一行は開いた口が閉じられなかった。

 低く唸る声が綾と圭一朗の耳に届く。

 「自身の主人となる者を契約精霊が攻撃するとはっ」
 「今までの契約精霊からしたら考えられませんね」

 紫月と亜麻音だ。 身を潜めて眺めていると、契約精霊がイェルカとケビンを馬車へ詰め込み、馬車が走り出した。

 何処へ行くのか移動する先を見つめると、街の中央へ向かって走り出していた。

 「あれじゃない? 彼女が泊まってる宿」

 肩に乗っていた綺麗の言葉に『あぁ、なるほど』と納得した。

 しかし、契約精霊は気を失いそうになっていたイェルカとまともに会話をしていた様には見えなかった。 何故、宿屋が分かったのか。

 「……良かった。 私、あの精霊と契約しないで」
 「だな、性格が悪そうだ」

 圭一朗の意見に皆が同意と、深く頷いた。 馬車が見えなくなってから、綾たちは緊張を解き、息が出来るようになった。

 「う~ん、一応、確認なんだけど」

 綾の視線を受けた精霊たちの眼差しが、察してますという表情をした。

 表情が豊かな虎とイノシシだな、と思った事は口にしなかった。

 「全部の契約精霊があんな感じじゃないよね?」

 イェルカと契約した精霊は、少し邪悪な感じがした。 代表で紫月が答える。

 「ええ、違いますね。 個々で性格は違いますが、あんな邪悪な感じでは無かったかと」
 「何にしても、彼が精霊王を目指すなら、俺たちとはライバルになるな」
 「……先生っ」
 「大丈夫だ。 取り敢えず、火魔法を最大限にあげておくか」

 圭一朗がレベル上げをすると聞き、クロガネの顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 クロガネの恐ろしげな笑みに、綾の身体か大きく跳ねた。

 こわっ!

 「き、気のせい? さっきの契約精霊よりも背中に悪寒が走ったんですけど!」

 綾がクロガネに怯える横で、圭一朗の乾いた笑い声が吐き出された。

 ◇

 サルトゥ家に戻って来た綾を待っていたのは、母親シオからのお説教だった。

 もう冒険者になった綾が長期的に出掛ける事は、サルトゥ家の皆も理解している。 
 
 だが、何も言わないで何日も居なくなった事にとても怒られた。

 「ごめんなさい」
 「ごめんなさい」

 綾と綺麗がシュンと肩を落とす。

 姿が見えないだろうが、圭一朗や12体の精霊たちも謝罪した。

 そして、心配させたお詫びとして、家の手伝いをして、数日は冒険者はお休みにしたなさいと、母親から沙汰が下された。

 暫くはクエストが受けられないと、ゲーム脳の綾は思ってしまった。

 ◇

 数日は、お店の手伝いで忙しく過ごしていた。 綾が忙しく働いている間、圭一朗はレベル上げと、イェルカと契約した精霊の事を調べていた。

 場所はサングリエの街を出て、初心者が良く来る森の中、しかし、見つからない様に、奥深くに分け入った場所だ。

 開けた草原の中心で炎の剣を取り出す。

 炎の剣を薙ぎ払うと、圭一朗の足元、半径1メートルの範囲に、円形を作り出して等間隔に炎が灯った。

 炎は圭一朗の思う通りに大きくなったり、小さくなったり、草地から離れて圭一朗の腰の高さにも移動できる。

 腰の高さに炎を移動させた時、クロガネから攻撃が来た。 

 伸ばした黒い影が圭一朗を襲う。

 圭一朗の正面にある数個の炎が大きく揺らぐと、黒い影を弾く。 序でに炎の球を数個、飛ばす。

 サッと軽く避けられ、数個の炎が草地に落ちた。 素早く、紫月と亜麻音、白夜が踏み付けて炎を消した。 

 他の子虎たち、リョク、シンザ、桜花の三体は、圭一朗の周囲で浮いている炎が気になるのか、ジャンプして前足を伸ばしている。 慌てて子虎たちを止める。

 「おいっ、お前たち! 危ないから炎に戯れるな」

 子虎たちを気にしてい間に、クロガネの黒い影、圭一朗を模している影が黒い炎の剣を振るい、数個の炎を消した。

 「あっ!」

 集中力が切れたのか、全ての炎が消えた。 クロガネが小さく笑う。

 「集中力が足りませんぞ、圭一朗様」
 「すまん、ちょっと休憩なっ」

 クロガネに片手を上げると、彼は小さく頷いた。 少し、子虎たちに躾をしないといけない。

 「リョク、シンザ、桜花、ちょっとこちらに来なさい」

 彼ら三体は、大人しく圭一朗に従った。

 三体は幼生から子虎に成長したばかりで、中身はまだ幼生よりだ。 炎を遊び道具として見えたのかもしれないが、肉球が火傷したら可哀想だ。

 「いいか、お前たち。 あの炎は高温何だ。 お前たちの肉球なんて、直ぐに燃えてしまうんだぞ。 火傷したら痛いんだぞ」

 彼ら三体は同じ方向に顔を傾げて、可愛い仕草をして見せる。 分かっているのか、いないのか、中々、あざと可愛い。

 ぐっ、うちの子虎たち可愛すぎるっ。

 成獣姿の大人な精霊たちは、圭一朗に呆れた表情を見せる。

 全く練習にならないなと、思っている中、頭の中でアナウンスが聞こえる。

 『炎のレベルが1上がり、レベルが7になりました』

 無事にレベルが上がり、喜びの声を上げる。

 子虎たちの騒ぐ声が聞こえ、またリョクたちかと思ったが、別行動をしていた子虎たちが戻って来た。

 「赤羽、伊吹、萌葱、水姫、青葉、お帰り。 皆、彼らはどうだった?」

 子虎たちはまだ言葉を話せないが、彼らが先日の契約精霊を調べたいと、言い張ったので、任せる事にしたのだ。

 紫月が近づき、子虎たちから詳細に聞き出した。 紫月が頷きながら、子虎たちの話を聞いている。

 圭一朗には、子虎たちが『ガウガウ』と鳴き声を上げている様にしか聞こえなかった。

 「圭一朗様、青葉たちから報告を受けました。 契約精霊は今、眷属を作る為、虎の精霊を集めている様です」
 「そうか……」
 
 少し考える素振りをし、紫月に疑問をぶつけた。

 「精霊と契約した女の子の属性は何だっけ?」
 「兎の精霊を連れてましたので、森の国シルウァの民でしょう。 彼らは土属性ですね。 大地の力を借りて魔法を行使します」
 「……契約精霊は炎属性だから、あちらは2属性か。 土と炎か……」

 圭一朗の脳内で、どんな魔法が繰り出されるのか想像が出来なかった。

 亜麻音が詳しく補足する。

 「炎と相性がいいのは風属性でしょう。 ある程度の炎属性の眷属を得られたら、風の国ヴァンへ移動するかもしれません」
 「成程、そうか」

 こちらは両方が炎属性だ。 充分、強いとは思うが、風と炎が一緒になった炎に勝つには難しそうだ。

 圭一朗の考えを察した紫月が口を吐く。

 「そろそろ、別の属性が必要ですね」
 「ああ」
 
 紫月に頷き、戻ったら綾と相談しようと決めた。 話し合いが終わった頃合いで、クロガネの金色の瞳が怪しく光った。

 ◇

 帰って来たら説教をすると言っていた兄のソールは、無言の圧で綾を馬車馬の様に働かせた。

 元の世界ならば、パワハラだと内心で呟く。 しかし、とても心配させた事を反省し、兄の手足となって働いた。

 へとへとになって部屋へ戻って来た。 

 「ただいま……疲れたっ」

 何時も、お帰りと返してくれる圭一朗の声がしない。 俯いていた顔を上げる。

 圭一朗は、精霊たちと何やら話し込んでいた。
 
 ベッドとクローゼット、机やキャビネットが置いてあるあまり広くない綾の部屋。

 ベッドとキャビネットの間に、綾にしか見えないが、一人の成人男性、12体の虎の精霊がいる姿は、とてもせせこましい。

 圭一朗は、紫月、亜麻音、五体の子虎たちと輪になって話していた。

 リョクとシンザ、桜花の三体は綾のクッションで遊んでいる。 白夜とクロガネは綾のベッドの上で、自身の寝床の様に寛いでいた。 身を寄せ合っていたので、仲良く見える。
 
 二人が話してるところ、見た事ないけど、仲良いのかな? しかし、困った。

 不意に二人と視線が合った。 にちゃっと笑うクロガネが怖い。 無感情な白夜の瞳も怖いと、少しだけ後ずさった。

 座る場所がないかと、広くない部屋を見渡す。

 私の座る所がない……。

 取り敢えず、圭一朗の隣に座ろうと、自然な感じでクッションを持って行って座る。 勿論、子虎たちが遊んでいない別のクッションだ。

 「先生、どうしたんですか? そんな、難しい顔して」

 突然、綾の声が近くで聞こえて驚いたのか、圭一朗の肩が跳ねた。

 隣に座った事にも気付かないほど、どんな話をしていたのか。 慌てて取り繕う圭一朗も少しだけ面白いと思ったのは内緒だ。

 「……綾、戻ってたのか」
 「はい、今、戻りました。 声も掛けたんですけど、何の話をしたんですか?」
 「そうか、すまない。 今、精霊を増やそうと話していたんだ」
 「精霊ですか?」
 「ああ」
 
 圭一朗の話では、先日、見かけた契約精霊が自身の眷属を作る為に精霊を集めているらしい。 魔法の属性も二属性なので、もし、今、戦闘になったとしたら勝てないと言う。

 「成程、それで増やそうと」
 「ああ、だから属性を何にするか、向こうと同じ風属性にするか、話し合っていたんだ」
 「……戦闘っ」

 そうか、精霊王になれるのは一体だけだから……。

 先日のヤバい感じの契約精霊を思い出し、綾の背筋に悪寒が走った。

 勝てる気がしないっ。

 しかし、やらなければ圭一朗が精霊王になれず、実体も持てない。

 それでは、綾に巻き込まれて転生してしまった圭一朗に申し訳ない。

 「分かりました。 私も参加していいですか?」
 「ああ、勿論だ。 綾はどんな精霊がいい?」
 「えと、そうですね……」

 正直、自身の守護精霊と契約精霊を何にするかしか考えていなかった。

 う~ん、どうしよ。

 「俺は、出来れば風がいいと思うんだ。 だから、風の国ヴァンへ行かないか? 火の魔法石も充分あるし、フィアンマを出ても大丈夫だと思うんだ」
 「風の国ですか? 風の国だと、丑、午、未ですね」
 
 肩に乗っていた綺麗がこちらでの名前を教えてくれる。

 「クラーヴァ、クーニュ、オワイエだね」

 再び、亜麻音が補足する。

 「風のヴァンは森に囲まれた国で、大陸の東に位置しています。 三つの街が正三角形の位置にあって、三角形を作っている国ですね。 頂点がクーニュで、左がクラーヴァ、右がオワイエです」

 白夜とクロガネは、ベッドの上でじっと成り行きを見守り、五体の子虎たちは、言葉を発せない為、真剣な眼差しで話を聞いている。

 三体の子虎は皆の雰囲気を感じ取り、遊ぶのを止めて耳をピクリと動かした。

 紫月が綾と圭一朗と視線を合わせ、問うて来た。

 「では、どちらの街へ行かれますか?」

 暫し、二人は考えた。

 羊なんか、イノシシと似てないけど、同じ感じするしなぁ、私だけかもだけど。

 隣の圭一朗が紫月に訊ねる。

 「風って言えば、どの街なんだ?」
 「クーニュですね。 風属性の魔法で足が速くなりますから、移動が楽になります」
 「成程、じゃ、あの契約精霊もクーニュに行くかもな」
 「ええ、まだこちらの事を知られるのは得策ではありません」
 
 圭一朗が頷くと、綾の方へ視線を向けてくる。

 「どっちがいい? クラーヴァとオワイエ」
 「えっ」
 
 皆の視線が綾に集中し、採決が綾に委ねられた。

 えと、どうしよう。 その二択だと、クラーヴァになるね。 牛が風魔法か……どんな魔法なのか想像出来ないな。

 「あの、全く関係ない事を聞いてもいい?」

 重要な事実を思い出し、綾は紫月に視線をやる。

 「はい、宜しいですよ」
 「今の精霊王は、どの精霊ですか?」
 「あっ、そう言えば、俺も聞いてなかった」
 「……クラーヴァですね」
 
 これはクラーヴァだ。 だって会いに行くよね? いつかは……。

 「そうか、じゃ、クラーヴァだな」

 圭一朗が採決した。 採決の結果に賛成し、綾は想像する。

 虎と牛が綾の部屋で寛いでいる様子を。

 絶対的に部屋の広さが足りないと、泣きたくなる綾だった。
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