1 / 3
01 つまらない
しおりを挟む
「つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらないっ!」
アタシは自室でテーブルを叩き、何度も叫んだ。
なぜなら、つまらないから。
退屈で退屈で耐えられないから。
「ゾーイ様、いったい何ごとですか?」
「何ごともないの。
ないから困ってんのよ」
驚いて見にきた侍女に、無気力な声で返答する。
テーブルにだらんと上半身をもたれかけ、手の先でシッシッと追い払う。
失礼しました、と謝って侍女は去った。
その態度もつまらない。
カチンときたならちゃんと挑みかかってくればいいのに、身分だかなんだか知らないけど、気にしすぎて心根の底から侍女根性が染みついている。
つまらないことで顔を出さないでほしい。
つまらなくないことを持ち込めるときだけ、アタシのまえに現れることを許すわ。
「あーもー。
伯爵の婚約者がこんな退屈だったとは。
もっとなにかあるって期待してたんだけどな~」
アタシは変人で有名なヴィクター卿と婚約した。
人嫌いで女嫌い。
辺境の屋敷でなにをしているのか一切不明。
そんな彼が、珍しくクリスマスパーティに顔をだしていたから、壁際でじーっとなにかを見つめているところに声をかけて、なかば無理やり婚約させた。
普通じゃない人生を送りたいから、普通じゃない相手と婚約をしたというのに。
「なんで押しかけてきて住み着いたアタシを、こんなにも放っておけるのかしら」
迷惑なら迷惑そうにするとか、じつは嬉しいなら嬉しそうにするとか、なにかあるでしょうに。
無反応はだいぶひどい。
朝晩の食事は食堂で顔を合わせるから、いちど、アタシはごく薄いネグリジェだけで夕食をともにした。
下着もなにもなく、透け透けで。
胸の先をぴんと立てて、期待に胸膨らませて。
さすがに、欲情するとか怒るとか、なにかしら反応があると思ったのだけど。
「ごちそうさま」
「あ、眼福ってこと?」
「……」
ただの、食事を終えた「ごちそうさま」だった。
アタシのほうを見ることもなく、ヴィクター卿は自室へと戻っていった。
つらすぎる……。
つらすぎるので、それから毎日、彼の見えないところで工作活動をした。
しょうもないイタズラから、人を巻き込んだ迷惑なことまで、本当にいろいろ。
それらの結果はまだわからない。
やれることはやりきったつもりで、こうして再びだらんと無気力に過ごしているのだ。
と、そこへ。
「おい、ゾーイ!」
「はあい」
彼が、ヴィクター卿が勢い込んで部屋に飛び込んできた。
アタシの名前をちゃんと呼んでくれたのはこれが初めてかもしれない。
思わず甘い声で返事をした。
そんなアタシを、彼はぎろりとにらむ。
これはお怒りだわ。
どれかしら?
どのイタズラが彼の逆鱗に触れたのかしら?
わくわくするアタシに、彼が告げた。
「ゾーイ、もうワシのまえから消えろ。
婚約破棄だ」
「あ、すてき」
思わずキュンときた。
ワシの・まえから・消えろ・婚約破棄だ。
音節ひとつひとつが宝石のようにアタシの退屈を照らしてくれる。
ていうか、ワシだって!
まだ42歳なのに。
最高に変人じゃない?
まだ髪も黒々としているのに、自己イメージは白髪のおじいちゃんかなにかなわけ?
「ゔ~、ヴィクターあなた、やればできるじゃないの。
すごい濡れちゃった。
婚約破棄? なんでなんで?」
「気でも触れているのか貴様は。
あんなことをしでかして、ここにいられると思うな」
えー、どれかな?
本気でわからないから教えてほしい。
「心当たりがないとでも言うのか?」
「ううん、ありすぎて。
お・し・え・て、ヴィクターおじいちゃんっ」
うん、楽しくなってきたわ。
アタシは自室でテーブルを叩き、何度も叫んだ。
なぜなら、つまらないから。
退屈で退屈で耐えられないから。
「ゾーイ様、いったい何ごとですか?」
「何ごともないの。
ないから困ってんのよ」
驚いて見にきた侍女に、無気力な声で返答する。
テーブルにだらんと上半身をもたれかけ、手の先でシッシッと追い払う。
失礼しました、と謝って侍女は去った。
その態度もつまらない。
カチンときたならちゃんと挑みかかってくればいいのに、身分だかなんだか知らないけど、気にしすぎて心根の底から侍女根性が染みついている。
つまらないことで顔を出さないでほしい。
つまらなくないことを持ち込めるときだけ、アタシのまえに現れることを許すわ。
「あーもー。
伯爵の婚約者がこんな退屈だったとは。
もっとなにかあるって期待してたんだけどな~」
アタシは変人で有名なヴィクター卿と婚約した。
人嫌いで女嫌い。
辺境の屋敷でなにをしているのか一切不明。
そんな彼が、珍しくクリスマスパーティに顔をだしていたから、壁際でじーっとなにかを見つめているところに声をかけて、なかば無理やり婚約させた。
普通じゃない人生を送りたいから、普通じゃない相手と婚約をしたというのに。
「なんで押しかけてきて住み着いたアタシを、こんなにも放っておけるのかしら」
迷惑なら迷惑そうにするとか、じつは嬉しいなら嬉しそうにするとか、なにかあるでしょうに。
無反応はだいぶひどい。
朝晩の食事は食堂で顔を合わせるから、いちど、アタシはごく薄いネグリジェだけで夕食をともにした。
下着もなにもなく、透け透けで。
胸の先をぴんと立てて、期待に胸膨らませて。
さすがに、欲情するとか怒るとか、なにかしら反応があると思ったのだけど。
「ごちそうさま」
「あ、眼福ってこと?」
「……」
ただの、食事を終えた「ごちそうさま」だった。
アタシのほうを見ることもなく、ヴィクター卿は自室へと戻っていった。
つらすぎる……。
つらすぎるので、それから毎日、彼の見えないところで工作活動をした。
しょうもないイタズラから、人を巻き込んだ迷惑なことまで、本当にいろいろ。
それらの結果はまだわからない。
やれることはやりきったつもりで、こうして再びだらんと無気力に過ごしているのだ。
と、そこへ。
「おい、ゾーイ!」
「はあい」
彼が、ヴィクター卿が勢い込んで部屋に飛び込んできた。
アタシの名前をちゃんと呼んでくれたのはこれが初めてかもしれない。
思わず甘い声で返事をした。
そんなアタシを、彼はぎろりとにらむ。
これはお怒りだわ。
どれかしら?
どのイタズラが彼の逆鱗に触れたのかしら?
わくわくするアタシに、彼が告げた。
「ゾーイ、もうワシのまえから消えろ。
婚約破棄だ」
「あ、すてき」
思わずキュンときた。
ワシの・まえから・消えろ・婚約破棄だ。
音節ひとつひとつが宝石のようにアタシの退屈を照らしてくれる。
ていうか、ワシだって!
まだ42歳なのに。
最高に変人じゃない?
まだ髪も黒々としているのに、自己イメージは白髪のおじいちゃんかなにかなわけ?
「ゔ~、ヴィクターあなた、やればできるじゃないの。
すごい濡れちゃった。
婚約破棄? なんでなんで?」
「気でも触れているのか貴様は。
あんなことをしでかして、ここにいられると思うな」
えー、どれかな?
本気でわからないから教えてほしい。
「心当たりがないとでも言うのか?」
「ううん、ありすぎて。
お・し・え・て、ヴィクターおじいちゃんっ」
うん、楽しくなってきたわ。
0
あなたにおすすめの小説
平民ですが何か?私、貴族の令嬢ではありません…
クロユキ
恋愛
「イライザお前と婚約破棄をする」
学園の朝の登校時間にルーカス・ロアン子息子爵から婚約破棄を言われたイライザ。
彼の側には彼女のロザンヌ男爵令嬢がいた。
ルーカスから一方的に婚約破棄を言われたイライザ、彼とは婚約はしていないのに「先に言っておく」と婚約破棄を言われたイライザ、その理由がルーカスの母親が腹痛で動けない時イライザと出会いイライザは持っていた自分の薬をルーカスの母親に渡し名前も言わずにその場を離れた。
ルーカスの母親は、イライザの優しさに感動して息子のルーカスに婚約を考えていた。
誤字脱字があります更新が不定期です。
よろしくお願いします。
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました
ゆっこ
恋愛
――あの日、私は確かに笑われた。
「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」
王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。
その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。
――婚約破棄。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる