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彼女は騎士の妻
しおりを挟むジークの母親が首を振り、リーストファー様が箱に戻そうとした時だった。
「待って!それ…、父ちゃんのだ……」
ジークの大きな声にリーストファー様の動きが止まり、リーストファー様は手に持っている剣を見つめる。
ジークはリーストファー様に駆け寄り、ジークの母親はきょとんとした顔をしている。
「よく見せて!」
ジークはリーストファー様の向かいに跪きまじまじと剣を見ている。
「やっぱり、そうだ…。父ちゃんのだ……、父ちゃんの、剣だ……」
ジークの声はだんだん小さくなっていった。
「ジーク何を言っているの?お父さんの剣はこれではないわ」
ジークの母親も剣をまじまじと見つめている。
「……父ちゃん、母ちゃんには内緒にしてたんだ。俺にだけこっそり教えてくれた…」
ジークの言葉に剣を見ていた母親は勢いよく顔をジークに向けた。
「あの人は、何を!何を内緒にしていたの!」
大きな声を上げた母親をジークは真っ直ぐ見つめる。
今にもジークに詰め寄りそうな雰囲気を醸し出すジークの母親。
ジークは言い難そうに唇を一度ぎゅっと強く噛みしめ、重い口を開いた。
「父ちゃんの剣、母ちゃんが内職を増やして新しい剣を買っただろ?」
「ええ、そうよ」
「……父ちゃんがよく面倒みてた兄ちゃんがいただろ?よく家にも連れてきてた」
「ああ、あの見習いの子ね」
「父ちゃん、新しい剣を兄ちゃんにあげたんだ。母ちゃんも知ってるだろ?兄ちゃんは孤児院育ちで、ただでさえ見習いは給金が少ないのに、その少ない給金もその孤児院に渡してた。これから戦だって、まだ見習いの兄ちゃんも戦に行かないといけなくて、でも、兄ちゃんの剣はボロボロで、でも、兄ちゃん買えなくて……」
ジークは真っすぐ見ていた母親から視線を下にさげた。
「父ちゃん……」
ジークはまた、泣きそうな顔で母親を真っすぐ見つめた。
「そんなボロボロの剣じゃ戦えないって。そんなボロボロの剣じゃ死ににいくようなものだって。少しでも生き残れるようにって。お前にはお前の帰りを待つ弟や妹達が大勢いるだろって。必ず生きて帰らないといけないって。……父ちゃん、新しい剣、これを使えって兄ちゃんに渡したって、そう言ってた」
ジークは申し訳なさそうな顔をした。
ジークが悪いわけじゃない。それでも父親の意思を伝えるジークは母親に悪いと思ったのだろう。
ジークも父親が帰ってこないとは思ってもいなかった。いつものように『今帰ったぞ』と帰ってくると信じていた。
きっと父親も帰ってきたら妻に説明しただろう。妻なら許してくれると、そう信じて……。
「言ってくれれば……」
「母ちゃんには言えなかったんだよ。新しい剣を買う為に母ちゃんが寝る間も惜しんで内職してたのを知ってたから……。剣を買った後も母ちゃんは内職をずっと続けてた。だから父ちゃんは言えなかったんだ。無理をして剣を新しくしたのに、それを人にあげたって言えなかったんだ…」
ジークの母親はもう一度剣をまじまじと見つめている。
まじまじと見つめる母親に話しかけるようにジークは話しだした。
「自分にはこれがあるって。昔からの俺の相棒だって。父ちゃんそう言ってた」
「……確かに、あの人が以前使っていた剣に似ているわ……。……似ているけど……」
ジークの母親はどこか泣きそうな、どこか懐かしむような顔をしている。
「フフッ…、これは…、……紛れもなくあの人の剣ね……」
ジークの母親は今にも泣き出しそうな顔で笑った。
「父ちゃん言ってたよ。この剣を持ってるだけで力が湧いてくるって。この剣を持ってれば無敵だって。自分だけのお守りがあるからって」
「そう……」
ジークの母親はどこか懐かしむような、どこか幸せそうな顔をした。
「この剣ね、母さんと結婚した時に新調した剣なの。母さん、柄に付けるお守りを作って…、あの人、こんなの恥ずかしくて付けられないって。ふふっ、柄に巻き付けて、いつの間にか柄の一部に馴染んでいったわ」
夫婦にしか分からないものがある。夫婦だから分かるものがある。
「そう……、そう……」
ジークの母親は静かに涙を流した。
時々顔を上に上げ、体を震わせ、ただ静かに涙を流していた。
大声で泣き叫んでもいい。泣き崩れてもいい。リーストファー様にでも私にでも、汚い言葉で罵ろうが、怒りをぶつけようが構わない。今はエーネ国の国民でも、彼女は元バーチェル国の国民。エーネ国との戦いで愛しい夫を亡くした。
取り乱すこともせず、ただひたすらに耐える。
貴女は騎士の妻なのね。
もし私なら耐えられるだろうか。
リーストファー様の生死も分からず、手元にあるのは愛しい人が片時も離さない大切な物。皆はそれを遺品と呼んでも、私はそれを遺品と思えるだろうか。
まだまだ私は未熟な騎士の妻。
私は貴女を尊敬する。
静かに涙を流す貴女を……。
私は心から尊敬する……。
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