君は淫らなシンデレラ~ちびっ子天才デザイナーは初恋ノッポちゃんを離さない~

真波トウカ

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 室内にいた数人のスタッフが唖然として花奈実を見つめる。部屋には沈黙が流れた。

「っ、花奈実さん入られましたー!」

 スタッフの一人が上げた声によって、他のスタッフもはっと我に返る。奥のメイクルームからは勢い込んでララが出てきた。

「ララさん、ごめんなさい。本当にごめ――」
「そんなの後にしなさい。着替えとヘアメイク同時進行で行くわよ。まずはブライダルインナーに着替えて。ちょっとー! 誰か目隠しになるついたて持ってきて!」
「いえ、いりません!」

 花奈実はその場でさっさとカラフルな制服を脱ぎ捨て、純白のインナーを慣れた手つきで身につけた。
 ララが片方の口の端をにっと上げて笑う。

「とびきり可愛くしてあげるわ」

 ふわりと広がったパニエを身につけ、スタッフが持ってきたままにドレスを着る。立ちながらその動きをする花奈実に、ララは器用にヘアメイクをほどこしていった。

「ビューラーするわよ。下を見て」

 目に飛び込んできたのは大きく広がったスカート部分だ。ドレスの全容は着ている花奈実自身にはわからないが、そのスカートにはなぜか見覚えがあった。

 ――蜜也くんは新作って言ってたのになんで見たことあるドレスが?

 どこで見たのだろうかと疑問が頭をよぎるが、そんなことを気にしている場合ではない。

「出来たわよ。最高にかわいいわ。行ってきなさい」

 背中をぽんと押されて、花奈実はステージ裏を目指して部屋を飛び出した。







 むき出しの骨組みの間を縫って、ショーの登場口へ向かう。
 女の子たちの歓声とかわいらしい音楽がいっそう大きく聞こえてくる。

 ステージではすでにサンドリヨンのプログラムが始まっていた。
 本当にギリギリだったと、花奈実は胸をなで下ろした。

「おせえよ」

 暗がりから聞こえた声にはっとしてそちらを向く。
 そこにはセットにもたれ、まっすぐステージの方を向いている蜜也がいた。

 とげのある言葉の中に、少しの安堵の色を感じて花奈実は泣きたくなる。
 蜜也だって不安だったに違いない。

「ごめん、ごめんね。蜜也くん……」
「そんな顔すんな。ほら、この音楽が変わったら出番だ」

 蜜也がステージから視線を外し、花奈実を見つめる。ざっと全身を見回して、ふっと表情を緩めた。

「安心しろよ。お前が一番綺麗だよ」
「……蜜也くんが言うならそうなんだろうね」

 蜜也は自分がつらいときほど優しい。その優しさに今は甘えてしまおうと思った。
 まともに鏡も見ていない着姿だけれど、天才・小野蜜也が言うならそうだと思うようにしよう。
 だってこのドレスはその蜜也が自分に着せるために作ったドレスなのだから。

 音楽が一度止み、会場の照明が落とされた。

「行けっ」

 力強く背中を押されて花奈実はランウェイへ一歩踏み出した。
 バラード調の曲が流れる中を花奈実はまっすぐに歩く。一歩一歩と進む度に、うっとりとしたため息があがった。

 ――きっとこれで最後になる。

 サンドリヨンにはやっぱり戻れない。散々迷惑をかけてこれ以上続けられるとは思っていない。だから蜜也と会うのもきっとこれが最後になる。

 ランウェイの先端でくるりと回転する。
 目の端に、何重にも重ねられたチュールのスカートが映る。それは妖精の羽のように美しかった。

 ――悔いはない。

 最後にこんな素敵なドレスを着ることができたのだから。
 客の方をまっすぐに向くとスポットライトが消え、代わりに会場全体が明るくなった。

「それではここでサンドリヨンのデザイナー、小野蜜也さんに登場していただきましょう!」

 司会の明るい声に、会場からは悲鳴じみた歓声が上がる。
 その中をコツコツと靴音を鳴らして蜜也が歩いてくる。

 ――そっか。挨拶とかあるもんね。

 蜜也は花奈実の真横で止まった。まさかランウェイで蜜也と並ぶことになるとは思いもせず、花奈実は身体を硬くする。照れくさいやら、でかい自分が立っているのが申し訳ないやらだ。

「では最後に登場した新作のドレスについて伺っていきましょう! 小野さん、こちらのドレスのコンセプトはなんでしょう」
「あー、まず最初に……本当はこのドレス、今日出す予定じゃなかったんです」

 蜜也のしゃべり出しに、盗作のことを言うのだろうかと花奈実は内心驚く。

「本当は別のドレスで行こうって社内でも決まっていたんですが、そのデザインはちょっとした事情で使えなくなりまして。でもせっかくの機会に僕はどうしても新作を出したかった。まだ誰も見たことのない最高のドレスを持ってきたかったんです」

 会場の全ての視線が蜜也に集中している。なにを話し出すつもりだろうかと期待し、奇妙に静まりかえっている。そんな中を蜜也は緊張した様子も見せず淡々と話し続けていた。

「ただの新作じゃだめで、東京ブライダルショーという大きなイベントのラストを飾るにふさわしいドレスをと考えたんですが、正直大変でした。元々採用していたデザインは相当時間をかけて作ったものだったので、なかなかそれを超えるデザインが描けなかった。ちょっとノイローゼ気味にもなってました。そんな中で唯一以前のデザインを超えると思えたのがこのドレスでした」

 蜜也を向いていた視線が、一斉に花奈実に移る。正確には花奈実の着ているドレスに、だ。

 なんだかすごいものを見ているらしいという客の好奇心溢れる視線が刺さるが、花奈実自身もそんな話はもちろん初耳で、信じられない気持ちで蜜也を見つめる。

「このドレスは一応仮縫いまで終わらせた状態にしてありました。今回ショーに出すにあたって細かく変えてはいるんですが、基本的にはずっと前に完成していたデザインなんです」

 花奈実はそこではっと思い出す。

 ――そうだ、このドレス、蜜也くんの家で見たドレスだ。

 トルソーに上から布を掛けて見えなくしてあったが、裾の部分ははみ出していた。それでスカートに見覚えがあったのだ。

「じゃあどうしてもっと早く皆さんの前に出さなかったのかというと――これは自分の結婚式で花嫁に来てもらおうと思っていたドレスだからなんです」

 ざわめきがさざなみのように広がる中で、蜜也はおもむろに花奈実の方を向いて跪く。
 花奈実はなにが起こったのかわからずその光景を呆然と見つめた。

 蜜也がスラックスのポケットから出したのはビロード張りの小箱だ。ぱかんと開くと、中のダイヤが照明を受けてキラリと光った。

「俺と結婚してください」
「……は、い?」

 ざわめきが割れんばかりの歓声に変わる。
 司会が狼狽えながらも祝福の言葉を述べる。

 花奈実には全て遠くの世界で起こっていることのように思えた。水の中に入ったかのように、音が遠くに感じる。

 ――な、な、なにこれ。

 全く事情が飲み込めないまま、気づけば花奈実はランウェイからセットの裏に戻ってきていた。隣には蜜也もいる。信じられない気持ちで蜜也を見つめるが、澄ました顔の蜜也は決してこちらを向かない。

 ――夢?

 自分は訳のわからない白昼夢を見ていたのだろうか。
 そうでないと意味がわからない。

「もお~、花奈実チャン蜜也クンおめでとう~!」
「うわっ」

 涙ぐみながらララに勢いよく抱きしめられ、その周りをスタッフに取り囲まれる。
 口々に言われる「おめでとう」という言葉の意味が飲み込めない。

「いつからそういう話になってたんですか」
「それ聞きたいです! 打ち上げ行きましょう」

 スタッフたちにもみくちゃにされながら、その輪の少し後ろに田中の姿を見つける。田中は眼鏡を外して片手で顔を覆っていた。

「おめでとう、ございます……」

 目にゴミでも入ったんですかと言おうとしてすんでのところでその言葉を飲み込む。田中の声が震えていたからだ。

「田中さん男泣きしてるじゃないですか」

 スタッフの一人に肩を抱かれた田中を信じられないものを見る目で見つめた。
 輪の中心にいる自分だけが取り残されているような奇妙な感覚だった。

「……面倒くせえな。逃げるぞ、花奈実」

 ぐん、と手を引かれ無理矢理輪の中から走り出す。
 会場裏から通りへ出て、蜜也はすぐにタクシーを拾った。
 運転手がドレス姿の花奈実を見て一瞬驚いたような表情をする。

 蜜也がサンドリヨンの住所を告げると、車は走り出した。

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