ときどき甘やかして~欲しいのは匠さん、あなたです~

ぐるもり

文字の大きさ
20 / 42

汗ばむ肌、白いシャツ、あなたの広い胸

しおりを挟む

 ビルの中は空調がきいていた。冷たい風が剥き出しの肌から熱を奪っていく。けれども、奪われた熱を感じる暇もなく熱い体に抱きしめられる。汗ばんだ肌に、清潔な白いシャツ。七海の肌に馴染むよく知った体。

「っ、たくみさ、」
「待って……ちょっと色々……落ち着けてるから……」

 強く抱きしめられて、身動きひとつ取れない。何度か顔を擦り付けられたあと、匠は何かに耐えるように声を絞り出した。
 七海は言われた通りじっと次の言葉を待つ。静寂が二人を包み、匠の熱を全身で感じる。
 時間にすると、ほんの数秒だった。自分の場所だと大きな声で宣言してしまいたい。そのくらい七海にとって匠の側は当たり前の場所だった。

(ずっとここにいたい)

 この時が永遠に続けばいいと七海は思ってしまう。すると頭の上で大きなため息が聞こえて来る。

「はぁ……忙しかったら仕方ないって言い聞かせてたけど、実際やっぱり期待してた」
「……期待?」
「うん。約束するとお互い大変だからって言ってたけど、実際七海ちゃんが出てこなかったからすごい落ち込んだ」

 それって期待してたってことだろ? と耳元で囁かれる。その声の甘さに、七海はこくりと喉を鳴らした。早く仕事に戻らなければと思いながらも体が動かない。

「追いかけてきてくれてありがとう」
「簡単に諦めちゃったのかと思った」
「うん。ごめん……余裕を持って大人の対応と思ってたけど、結局七海ちゃんを悲しませてたら意味ないね」

 ちゅ、と額に唇が落ちてくる。誰か来るかもしれないのに、と思いながらも伝わる熱に喜んでしまう。
 匠の動く気配を感じて、七海がそろりと顔をあげようとするがそのまま胸の中に閉じ込められた。
 ため息混じりの小さな声が鼓膜を揺らす。

「会いたかった。すごく」
「はい……私も」

「許されるなら、このまま……」

 その続きを知りたいが、匠は口にするのを我慢しているのだろう。くっ、と息を飲む音を肌を通して感じた。

「七海……」

 ため息混じりの吐息が首をくすぐる。背の高い匠に全身包まれており、逃げ場がない。腕を回してしまえば、離れられなくなってしまうと七海は知っていた。

 忙しくなってほとんど会えず、夜の情事からも遠ざかっていた。匠の声にそのかけらが含まれているような気がする。どきどきと胸が高鳴り、何かを期待してしまう。空調が効いていて涼しいが、汗が首を伝って流れていく。

「っ、あ」

 ひたりとした、生ぬるい感触が首を這う。まさかの行為に思わず声が漏れ出てしまう。

「七海」
「ぁ……」
 
 執拗に首を舐め取られ、隠せないあえぎが断続的に出てしまう。くすぐったさの奥に潜む快楽に目覚めてしまいそうだ。視界の端に映る匠を見ると、なぜか彼はビルの入口だけを見つめていく。誰か来ないか見張っているのかと思っていたが、匠の視線が鋭さを孕んでいる。
 見たこともない匠に、驚きつつも、なぜかときめきが止まらない。 就業前でまだ結んでいなかった髪を横に流され、隠されていたうなじが顕になる。顕になった部分に息が吹きかけられる。
 
「たく、みさ……」

 強く唇を押し当てられ、七海は堪らず名前を呼ぶ。すると熱情を含んだ唇がゆっくり離れていく。

「……知らない虫がついているようだ」
「むし……?」
「ん? もう追い払ったよ」

  先程の鋭さはもう無い。何だったんだろうと思っていたらゆっくり匠が離れていく。ヒヤリとした風が七海を包み、心細さを感じた。

「もう行かないと」
「……っ、そうですね」
「七海ちゃんも頑張ってるから、俺も頑張る」
「はい」

 手渡した保冷バッグを軽く持ち上げて、匠が少しだけ寂しそうに笑みを浮かべる。自分に会えないことでそんな顔をさせていると思うと、ギュッと胸の奥が締め付けられる。

「あの、匠さん」
「ん?」
「今日、そのお弁当は匠さんのことだけを思って作ったんで……」

 七海は離れた距離を詰める。そして、驚いて目を丸くしている匠を視界の端に入れながらそっと唇を重ねた。

「感想、聞かせてください」

 互いの残り香を堪能する暇もなく、そっと距離を取る。航大を置いてきてしまったし、ランチの準備もしなければならない。七海は名残惜しさを隠せずに、ゆっくりと背中を向ける。

「次の約束、楽しみにしていますね」
「七海!」

 駆け出そうとしていた背中に、叫ぶような声が飛んでくる。首だけ振り返ると、先程の寂しさなどなかったかのように匠が優しい笑みを見せていた。

「電話する。あと、これ」

 匠から手渡されたのは一枚の封筒。急いでいたせいか、少しだけ皺が寄っていた。何だろうと理解するよりも、匠の熱を感じていたかった。

「メールも、電話もいいけど、こうして誰かを思って何かを作るのは命が吹き込まれるような気がして……気づいたら手紙を書いてた」
「手紙……」
「恥ずかしいから一人で読んで」

 分かりましたと返事をして、今度こそまた別れがやってくる。今生の別れでもなく、きっとまたすぐ会えるだろうと思いながらもやはり離れ難い。
 しかし、七海は今自分がすべきことを思い出し、泣く泣く匠とは反対方向に向かって歩き出す。

「七海ちゃん」
「っ」
「暑いから体調に気をつけてね」

 どんなときでも優しさを忘れない匠に、胸がまた締め付けられた。泣きそうになるのをグッとこらえる。

「匠さんも!」

 彼が百点満点と褒めてくれた笑顔を浮かべて、七海は真っ直ぐ駆け出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

苺の誘惑 ~御曹司副社長の甘い計略~

泉南佳那
恋愛
来栖エリカ26歳✖️芹澤宗太27歳 売れないタレントのエリカのもとに 破格のギャラの依頼が…… ちょっと怪しげな黒の高級国産車に乗せられて ついた先は、巷で話題のニュースポット サニーヒルズビレッジ! そこでエリカを待ちうけていたのは 極上イケメン御曹司の副社長。 彼からの依頼はなんと『偽装恋人』! そして、これから2カ月あまり サニーヒルズレジデンスの彼の家で ルームシェアをしてほしいというものだった! 一緒に暮らすうちに、エリカは本気で彼に恋をしてしまい とうとう苦しい胸の内を告げることに…… *** ラグジュアリーな再開発都市を舞台に繰り広げられる 御曹司と売れないタレントの恋 はたして、その結末は⁉︎

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

処理中です...