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モテない女の人生はつらい
しおりを挟むモテない女の人生はつらい。
ブリアナの前で別れた元恋人のことが忘れられないと泣く恋人のセスに「つらかったね」となぐさめている自分が情けない。
モテないので男性からやさしくされ付き合おうといわれ舞い上がり、恋人になれたことをよろこんだ自分が馬鹿みたいだ。
「忘れたと思ってたけど忘れられない。悔しい」
元恋人から結婚するという手紙でも届いたのか、馬具をつくる革や縫い針、ハンマーなどの道具にまじり開封された手紙がおかれているのが見えた。
恋人のセスは馬具職人で、王都で馬具工房をいとなんでいるセスの伯父に頼まれ応援要員として三年伯父の工房で働き、一年前に実家の工房に戻った。
王都にいた時に付き合っていた元恋人にプロポーズしたが、王都で生まれ育った彼女に家族や友人と遠くはなれてしまう場所へは嫁げないといわれ断られたらしい。
「初めて結婚したいと思うほど好きになった人だったのに」
ブリアナがセスの背中をなでているとセスが元恋人への気持ちを吐き出した。
彼にとって自分はいったい何なのだろう? という気持ちになった。失恋の痛みを忘れようと誰でもよかったのかもしれない。
セスと元恋人のことはブリアナと知り合う前の過去のことだからと思っていたが、彼女の結婚を知り泣くほど未練があったと分かりブリアナはショックを受けていた。
セスは元恋人の話をわざとすることはなかったが、王都での話をしている時に元恋人のことについて何度か口を滑らせたので、ブリアナはセスと元恋人が別れた事情について聞いていたが気持ちを残していたことは知らなかった。
セスが泣き止んだようなので「今日はもう休んだ方がいい。何も考えずに寝た方がいいよ」工房から自宅部分へセスを移動させた。
セスの父が馬具工房の親方で工房は自宅のすぐとなりにあった。
セスが「ありがとう」と言いブリアナを抱きしめたあと家の中へはいっていった。
「幸せなんて浮かれてたけど、私の人生って簡単お気楽にできてないの忘れてた。
かわいくもなければ、性格がいいわけでもない。お金持ちのお嬢様といった条件の良さもない。私なんて男の人から好かれる要素なんてないのに何を勘違いしてたんだろう。
売れ残りなんだから結婚できる可能性を逃すなとお母さんにいわれてすっかり結婚する気になってたけど、彼にしたら次の本命までのつなぎと思ってたのかも。
というよりもつなぎという意識もなくて、寂しさをまぎらわせるのにちょうどいいぐらいの気持ちだったんだろうなあ」独り言がこぼれた。
ブリアナは家に帰ろうとしたが、出かけてすぐに家に戻ればどうしたのかと聞かれると思うと気が重くなった。
あたりさわりのない返事をすればよいだけだが、いつも通りの態度をよそおうことは出来そうになかった。
友人に話を聞いてもらいたいが皆結婚している。週に一度の休息日を邪魔するわけにはいかない。
行くあてもなく歩いていると教会の前に来ていた。すべての礼拝が終わったようでひっそりとしている。
教会に入りベンチに腰かけた。前列のベンチの背もたれに肘をのせ手を組み合わせ祈る姿勢をつくったが祈りの言葉がうかばない。
「好きなのは私だけだったんだ」
セスが自分の黒ずんだ手を見ながら、どれだけ洗っても落ちない職人らしい手だろうと言った時に見せた誇らしげな姿がまぶたに浮かんだ。
愛想がよいとはいえないセスが馬具や馬について話す時に見せる楽しそうな顔は、自分よりも年上で大人の男性なのに小さな男の子のようでかわいかった。
赤面するような甘い言葉はいわれないが、さりげなくほめられたり、好きだといわれるのがとてもうれしかった。
繁忙期には会いに行っても作業の手を止める暇もないほどなのに、ブリアナが差し入れをすると忙しいなか差し入れに使ったバスケットにありがとうのメモをいれブリアナの家まで返しに来てくれた。
手をつないで歩くのが普通になり、挨拶のキスだけでなく唇にキスをされるようになり、お互いの距離がすこしづつ近付いていくのがとてもうれしかった。
歯を見せて楽しそうに笑う顔が大好きだった。
だからセスが王都の話をする時にまじる元恋人の名前を聞くと心がざわめいた。
もしかしたらブリアナと一緒にいても楽しくないのでは、つまらないと思っているので元恋人のことを思い出し話してしまうのではという考えが浮かぶたびに、そのように考え暗くなってしまえば悪循環になると必死に気持ちを切り替えた。
セスの近所で行われていた結婚を祝う宴に引きずりこまれ、祝い酒だとたくさん飲まされ酔ったセスが突然歌い出したが、ひどく音程がはずれていて大爆笑になったことを思い出し涙がこぼれそうだった。
「私のことを好きになってほしかったなあ」
ブリアナは祈りの姿勢のまま祈ることなくベンチに座りつづけた。
「昨日はごめんな」
ブリアナが仕事を終え家に帰ろうと子爵家の使用人勝手口を出るとセスに声をかけられ頬に挨拶のキスをされた。
子爵家でお嬢さま付きのメイドとして働いているブリアナに会うためセスがブリアナの仕事が終わる時間に勝手口で待っていることはこれまで何度もあったが、元恋人の結婚を知り泣いていたセスが昨日の今日でブリアナに会いに来るとは思わず動揺した。できればしばらく会いたくなかった。
「大丈夫なの?」普段どおりに言ったつもりが、かすかに声がふるえているのを自覚する。
「大丈夫だ。お腹すいてるだろう? 食べに行こう」
セスはいつもと同じ調子でブリアナと手をつなぐと仕事の話しをしていた。
昨日のことが嘘のようにセスは機嫌がよかった。
元恋人から結婚の話が駄目になったのでやり直したいという手紙を受けとったのではと思うほどだ。
「元気ないけど大丈夫か?」
ブリアナは苦笑いしそうになるのをぐっとこらえた。「別れた恋人のことを忘れられない」と言われても傷つかないと思っているようだ。彼にとってブリアナの感情はどうでもよいのだろう。
「今日はちょっと仕事が忙しかったから」
ここでセスに別れを切り出せない自分の弱さに泣きたくなる。
私のことが好きでないなら別れましょうと言いたい。
あなたの失恋の傷を癒やすために都合よく使われるのはもう嫌だと言いたい。
でもセスの元恋人は結婚するので二人が復縁する可能性はない。このままセスのそばにいればブリアナと結婚しようと考えるかもしれない。
周りはセスとブリアナが恋人だと知っているので結婚はしないのかとすでに言われるようになっている。このまま付き合っていれば周りからの声でセスはブリアナとの結婚を決めそうな気がする。
男性の方が女性よりも結婚する年齢が遅いとはいえ、ブリアナより四歳年上のセスは周りから結婚しろと何かといわれているようだ。
どうしても打算がはたらいてしまう。
二十四歳という行き遅れの年齢になり結婚できなかった場合のことを考えはじめた頃にセスと出会った。
いまは通いのメイドとして子爵家で働いているが、結婚できなければ住み込みにしてもらい家を出ようと思っていた。
両親や家を継ぐ兄は結婚できなければ面倒をみると言ってくれるが兄嫁が同じ考えとは思えない。周りから姑だけでなく小姑についての愚痴を嫌になるほど聞かされている。
このチャンスを逃せばもう結婚できないかもしれない。
セス以外の男性とデートをしたことはあっても恋人になるまではいかなかった。そのようなモテない女に結婚するチャンスがまた来るとは思えない。
いまの状況に目をつぶればセスと結婚できるかもしれない。結婚してしまえばもう誰もブリアナのことを行き遅れと見下したりしなくなる。
元恋人を忘れられないといわれセスを好きだと思う気持ちはぐらついているが、セスへの気持ちが完全に冷めたわけではない。好きだからこそ苦しい。
やさしくされたことや好きだといわれたことすべてが嘘だと思いたくなかった。
セスはブリアナに恋をすることはなくても、ブリアナのことを人として好ましいと思う気持ちはあったはずだ。
「こんな風にずっと一緒にいられたらいいな」
セスの言葉におどろき皿から視線を上げるとセスがあわてたように目をそらした。
このままセスと一緒にいれば穏やかな関係がつづき結婚という流れになるはずだ。
「男は女を口説くときに歯の浮くようなほめ言葉をいうし、プレゼントを贈ったりを当たり前のようにするの。
いい格好をしようと出来もしないことをいったり、やるつもりのないこと言ったり、結婚をちらつかせたりするから簡単に信じちゃだめよ」
母だけでなく親戚、知り合い、友人などありとあらゆる女性がそのようにいった。
おかげですっかり男性への警戒心が強い行き遅れになってしまったが、なぜかセスには警戒心を持つことなく仲良くなれた。
初めて会った時にお互い好きな歌手が同じことから歌や歌手について話がはずみ友人として関係がはじまったことが大きいだろう。
都合のよい女であっても自分のそばにいてくれるならそれでよい。結婚できるならそれでよいのではとブリアナは自分に言い聞かせた。
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