フォギーシティ

淺木 朝咲

文字の大きさ
10 / 59
二章 人間と異形の街

カイカ

しおりを挟む
「あ……」
「どしたの?」
 リーエイと買い物に行った帰り、家の前で猫が死んでいた。
「……死んじゃってるね、可哀想に」
 リーエイは食品が傷むから、と先に家に入ろうとしていた。僕はどうしても猫が気になって動けなかった。
「……猫ちゃん」
 見たところ病気ではないようだ。首がねじ切れて、足の関節があらぬ方向に曲がっている。お腹からは内臓が見え隠れしており、非常に痛ましい。腐った異形ゴミに八つ当たりされたのだろうか。
「……ユーイオ?」
「………『君は死ぬべきじゃなかった。まだ今からでも遅くない、もう一度やり直してみようよ』」
「!!」
 ユーイオが猫の亡骸を抱えてそう呟くと、猫の傷が塞がっていくのがリーエイには確かに見えた。傷が塞がり、血まみれの毛は元の毛色に戻っていく。おかしな方向へ曲がっていた足は正常な曲がり方に戻り、内臓はお腹に綺麗に収まっていく。最終的には、血まみれでぴくりとも動かなかった、息絶えていた猫が「みゃあ」と鳴いた。
「……なんだ、ぎりぎり生きてたんだね?」
「いやいやいやいや違うよ!?」
「………やっぱり?」
 俺が全力でツッコミを入れると、ユーイオは「やらかした」と言わんばかりの表情で言った。
「──で、この猫をうちで飼うって?」
 リールは激怒していた。幼い頃から動物が苦手で、犬もろくに撫でることが出来なかった彼は、今、ユーイオの膝で「みゃあ!」と元気いっぱいに鳴く子猫を睨みつけていた。地球儀の顔ではなめられると謎の発言をかまし、パッシブスペルで元の強面の顔で睨んでいるためかなり怖い。
「ま、まあまあ部屋ならまだ余ってるし、猫ちゃん用の部屋を作ってリールには近付けないようにするから、それでいいでしょ?」
「…………しかも死んでた猫だろ? 有り得ない。何故こうして動いているんだ……」
「ユーイオの異能発動しちゃったみたい」
「はぁ!?」
 普段落ち着いているリールが珍しく腹から声を出した。リールは僕の方をじっくり見る。
「……人間だよな」
「うん」
「何の異能だ?」
「……名前はわからない、でもこの子は
 子猫の頭を撫でると子猫は嬉しそうに僕に懐く。とりあえず猫は飼うことにして、名前をみゃあと鳴くので「ミア」にした。
「「蘇生リシュシテ」の異能持ちはメアルのとこにいるでしょ、「再生リジェネ」もいるし……同じ異能を持った人が二人存在するのはこの街で絶対あってはいけないことだからってか街がから それらじゃないってことはわかるね?」
「だとしたら今までになかった新しい異能か、異形が死んでいるから持つことを許された新しい異能持ちなのかだ」
 二人は異能全覧の「生命」のインデックスふせんが貼られているページから先を見る。「蘇生」、「再生」、「超回復エクストラトリートメント」、「神癒調合パラレルアルケミー」……どれでもない。「転生リンカーネイション」は似ているが違う。
「……改訂版出したばかりなんだが」
 全覧作者のリールがぼそっと呟く。製本や出版を図書館司書の異形に任せているとはいえあまり改定する頻度が多いと嫌そうな顔をされるのだ。
「毎年一回は改定してるんでしょ? 来年でいいじゃん」
「そう、なんだが……この子の異能の名前はどうするんだ?」
「そうだね……俺たち異形は自分が持つ異能ユニークスペルの名前は自然とわかるものだからね、親の俺が名付けよう」
「………別にいいか、それで」
 初めての事例ということもあって、かなり適当な方法でユーイオの異能の名前は決まってしまった。
「ユーイオ、異能の名前俺が決めていい?」
「え、別に決めなきゃいけないって言うならいいよ」
 本当に適当だ。何せ異能を持っているのは人間で、異能の名前すらわからない状態なのだ。誰もわからない異能の名前は親のリーエイのネーミングセンスにかかっている。
「そうだね、ミアは生き返った。でもそれはユーイオが「やり直し」をさせてあげたからなんだ。「転生」はやり直せるのが自分の命だけだから、ユーイオのそれは「転生」より融通が効く……というより死を生に逆転させたようにも感じるね。そういえば仏教には輪廻転生という考えがあるんだったね。命は巡るものと考えられているってアレ。もしかしたら、今生きているミアは元のなのかもしれないね。そうなると名前は……そうだ、「輪廻サムサラ」とかどうかな!」
「「……じゃあそれで」」
 僕とリールはリーエイの饒舌さに呆気に取られて何も考えずに異能の名前が決まった。



「リーエイって」
「何~?」
 ミアの部屋で子猫と遊びながらユーイオは訊く。
「宗教にも詳しいの?」
「うーん、少しだけ。俺は戦争のせいで神様ってものを信じなくなったからそこからもうあまり宗教……聖書なんか全然開いてないね。仏教はご先祖さまの国で昔信仰されていたからね、ある程度の知識は頭に入ってるよ」
 リーエイは神を信じない。僕もそうだ。神様なんて本当に居たならこんな貧富の差は生じるわけがないし、戦争なんて悲惨なことも起きるわけがないからだ。
「輪廻転生について聞きたい?」
「……少しだけ。飽きたらミアと遊ぶから」
「うん、いいよ。六道輪廻って言葉もあるんだけれど、六道っていうのは……」
 ミアがユーイオの前でじっとしている。どうしたんだと思ってユーイオを見るとユーイオは眠っていた。人の身で初めて異能を使ったのだ、無理もない。リーエイはミアに「ご飯とお水は後であげるから大人しくしててね」と言って、寝室にユーイオを運んだ。
「………」
 顔も知らないユーイオの親について知りたくなった。人間と異形の間に生まれた子なら親の異能を継ぐことがあるのだろうか。
「ユーイオ……」
 すぅすぅ眠る十歳の人間の子供が生死を逆転させる異能を使った。人間が自分の異能を持って、それを使ったのはおそらく史上初。
「俺は、君を……」
 親として守ってやれるのだろうか。そんな自信、異能を見た今ではほとんど失せてしまっていた。いくら自分が代償の力での状態にあるからといって、それがこの子を守りきれることに繋がる訳ではない。命を巡らせる異能を持っていたとしてもこの子は人間。人としての身体を持ち、心はまだ綺麗な子供だ。
「何かあってからでは遅いんだ……わかってるさリーエイ・チアン。我が子を守る為ならどんなこともやってみせるさ」
 ユーイオの手を握る。改めて、十歳でよく喋る口とら物事を素早く理解できる聡い頭を持っているとはいえ手の小ささ──身体はやはり子供のそれだ。
「……ユーイオは?」
「寝ちゃった。異能を使って疲れたんだろうね」
「そうか」
 一階のリビングに戻ると、リールは俺たちが二階に上がる前と変わらない姿勢で本を読んでいた。
「リール。君はユーイオをどう思う?」
「どう思う、そうだな……不思議な子だと思う。最下層民で学校にもろくに通えなかった十歳の子供の割に頭の回転が速く物覚えも早い。なにか生きることに不便があったとしてもそれを対処する方法を聡明さがある……ように見える」
 リールは本をぱたんと閉じて言った。
「リールも? 俺もユーイオは賢すぎる子だと思ってたんだ。生きられるかどうかぎりぎりの環境で親の手も借りず、仲間も居なかった子供が十年も生き延びるなんて奇跡なんだよ」
 最下層はわかりやすくいえばスラム街だ。スラム街は殺人なんかよりも病気や栄養失調が原因で死亡する方が遥かに重い問題であるとさえ言われるほどには不衛生で、スラム街の住人にとってゴミだらけの地面とそこから放たれる悪臭、食事も満足にとれないこと、伝染病は普通のことなのだ。親がいる子供でさえ食を犠牲に学校に行くか、教養を犠牲に食を繋ぐかの選択肢がある。どちらも、とはいかない。どちらも手に出来たなら、最下層はスラムにはなっていないはずだ。それを親がいないユーイオは教養はおろか食さえまともにありつけることが出来ない状態で十年も生き延びてきた。明らかに異常で、何か生き延びる為の知識が無ければ、いやあったとしても不可能に近いことだ。
「……前世」
「は?」
「前世の記憶があったら?」
「前世か……」
「そう、前世の記憶があったら、過去の生き方からどうしたら自分が過酷な状況でも生き延びられるか知っていたかもしれない。じゃないとあの環境で親も仲間もなしに十年も生き延びられるはずがないんだ」
「それもそうか、最下層は俺たちが経験した塹壕と同じかそれ以上に不衛生だったか」
「うん、俺たちはまだ戦車を先に作っておいたから……まあ六十両造って五両しか戦場に着かないとかいうポンコツ兵器だったわけだけれど。だからまぁ、ドイツとかその辺よりはまだ塹壕の苦労を知らないつもりだよ」
 リーエイとリールがパッシブスペルで顔を戻す時、リールは二回目の戦争を終えた時の年齢の顔に戻しているが、リーエイは一回目の戦争が終わった時の顔に戻している。年齢でいうと、リールは四十九歳の頃の顔、リーエイは二十二歳の頃の顔に戻している。そのため、パッシブスペルで顔を戻した時にふたりはかなり年の差があるように見られるが実際は同い歳で幼なじみの友人なのである。
「そうだな。……あの国は少し調子に乗りすぎたんだ」
「まぁね。それには否定しないよ」
 リーエイは軽く笑いながら、食卓の横の戸棚からショートブレッドの箱を出した。
「懐かしいな」
「小さい頃のおやつって言ったらこれだったもんね」
 1898年の創業から愛されてきたイギリスのメーカーのショートブレッドは、新鮮なバターをたっぷり使って焼き上げられる。ふたりは子供の頃からこの味が大好きだ。
「今でも有名なんだって。この前迷い込んできた人が不安そうにしてたから、一袋あげたら「ここにも売ってるの!?」って喜んでたよ」
「そうか、今でも愛されるなんて流石だな」
 ──こんなに誇らしげにしているが、勿論ふたりが作った訳ではない。そして、この街に今でも世界的に有名なショートブレッドが売られているわけがない。霧の街は世界の不要物が集まる街だからだ。



「……」
 寝てしまっていた。リーエイから仏教を話を聞こうとして、そこからの記憶が無いから多分そこで寝てしまったのだと思う。ミアの部屋にいたはずが寝室にいて、リーエイが運んでくれたとすぐにわかった。リールは寝れたらそれで十分の人だから、僕やリーエイがどこで寝ようがそこから寝室へ運ばずに毛布を持ってきて、風邪をひかないようにしてくれる。──いやいや今整理したいのはそんなことじゃない。
「リーエイ」
「おはよう」
「え、あ、おはよう……じゃなくて変な夢見た」
「どんな?」
 ユーイオは話す。昼寝の一時間半程度で見た不思議な夢を。明らかにこれからのことではない夢を。
 見たことのない服装の人が沢山いた。使われている文字は漢字だったけれど、読み方がリーエイのそれとは違っていた。夢だからか、不思議とどう読むのかはわかるところがあった。その中にひとつの表札があった。「宮嶋」と書かれた家に入ってみると、汚くはないが貧しさは感じられた。調理場らしき場所に女の人が居た。その奥には少し広い部屋が続いていて、掛け軸の字は読めないし、床の素材もこことは違うもので少し植物の香りがした。その先に狭い部屋があって、そこに一人の男の子がいた。最初に見た女の人はこの子のお母さんだとわかった。男の子は体調があまり良くなさそうで、ひたすら咳をしていた。そういえば、彼のお母さんも軽く咳をしていた気がする。風邪かと思っていたら男の子は血を吐いた。
まどか
「お母さん……」
 円と呼ばれた男の子は、お母さんに血で汚れた口元を拭いてもらっている。
「僕……死ぬ? 美代子……美代子は?」
「みよちゃんは学校よ」
「………そう。ねえ、美代子だけでもどこか健康で居続けられるところに移さないの?」
「そうしたいけれど………みよちゃんは円が居ないと寂しいみたいで」
 美代子、とはおそらく円のきょうだいだ。この夢の中で美代子は現れなかった。
「産まれる前からずっと一緒にいたから、一緒じゃないのが嫌なのね。本当はひとりで行く学校も好きじゃないみたいなのよ」
 産まれる前から、ということはお腹の中から、ということだろう。どうやら円と美代子は双子らしい。
 二人の話を聞き続けていると、色々なことがわかった。この家には父親が居たが結核で亡くなったこと、父親が生きていた頃はまだ財もあり比較的裕福だったこと。父親が亡くなり、円が父親と同じ病に倒れてからは姉の美代子ひとりだけを学校に通わせていること。母親もおそらく円から病気が感染して、母親はまともに働ける状態にないこと。
「……僕のことはいいから」
 円が何か言い続けようとした時に、電話が鳴った。
「もしもし宮嶋です」
 電話は数分で終わったが、母親は慌てている様子だった。
「どうしたの?」
「円………どうしよう、みよちゃんが階段から足を滑らせて落ちて死んじゃった……!!」
「えっ!?」
 美代子は学校の階段を下りていたところ、運悪く足を滑らせ落っこちて、頭を打ってしまったらしい。
「美代子が居ないなら僕ももう居なくていいよね、お母さん」
「え?」
「僕、もう苦しくて苦しくてとてもじゃないけど生きたくないんだ」
 円は泣いていた。美代子は円の生きる糧にもなっていたらしい。
「こんな病気で血を吐いてお母さんに苦労をかける僕なんて嫌いだ」
「円」
「次はもっと病気が簡単に治せる世界に生まれたい。こんな苦しい病気がないか、かからない身体に生まれるかして今よりずっと楽に生きたいんだ。別にお母さんとの生活が嫌なわけじゃないよ。ただ、もうこれ以上はいいかなって」
「!」
 僕ははっとした。無理やり笑った男の子の顔は──最上層者に似ていた。
「…………って夢」
「変だね」
「変だな」
 ふたりは僕の見た夢の話を聞いて、互いの顔を見て同時に言った。
「まずわかることは予知夢じゃない。僕たちが人間だった頃の時代の話だろうね」
「ああ。それと……彼らの服装は?」
「なんかこう……言葉にしにくいんだけど、お母さんはシャツにダボッとした感じの……パンツとは違うんだけど」
「うんうん」
「男の子の方は………和装? って言ったら良いのかわかんないんだけど」
 美代子の学生服姿は見ていない。だから、どれくらい古いのかが二人にもわからない。二人は二回目の戦争が始まる少し前まで仲が良かった国があった。
「に、日本っぽい……ぽくない?」
「ああ………多分」
「……円くんが、最上層者あいつそっくりだったんだ」
「「あいつに?」」
 それではあいつは後天性異形の可能性が高くなる。あの頃、結核は不治の病だった。俺より歳上の可能性はない。「吸収」が異能を使えばなんでも学習できる代わりに、異能を使わなければ何も学べないことや異能を使って学んだとしても完璧に学習できるわけではないことは、学校にまともに通えず病床に臥していた過去があれば納得がいく。
「ユーイオ、円くんは何歳くらいかわかった?」
「……僕より歳下ってことは絶対にない。でも、僕より身体が細くて弱そうだった」
 双子の美代子については円と離れるのは寂しいこと、学校で死んでしまったことぐらいしかわからない。
「美代子さんについてはほとんど何もわからないのがな」
「そうなんだよねぇ」
 ふたりは腕を組んで似たような姿勢でものを考える。
「「……」」
 そして、顔を見合わせて僕を二階へ戻らせた。
「……前世かな」
「流石にそう思うのも無理はないな」
「円くんが最上層者に似ていたってことは美代子さんがユーイオの……?」
「前世って説が本当ならそうなるだろうな」
 リールはペンを走らせる。
 ・円と美代子は双子の姉弟
 ・円は最上層者に顔が似ている
 ・美代子は学校の階段で転落死
 ・ふたりは十歳ほどと思われる
 ・円は結核患者(おそらく末期)
「……こんなところか」
「だね」
 美代子が学校の怪談で足を滑らせたのは災難だったが。
「本当にユーイオの前世が美代子さんならさ、もしかしたらあいつを止められるかもしれないよね」
「………ユーイオが全部思い出したらそうなるんじゃないか」
「そうかもね」
「なあ」
「うん?」
 リールはずっと気になっていたことを訊いた。
「ユーイオは何て言ったんだ」
「異能発動の時? えーとね、『君は死ぬべきじゃなかった。まだ今からでも遅くない、もう一度やり直してみようよ』だったかな」
「ふむ……『死ぬべきじゃなかった』と『今からでも遅くない』はどこか円の思いも感じるな。かけがえのない片割れであり姉の美代子の突然の死に、少年ならきっと「どうして死んだ」「実は生きているのではないか」といった感情が出てくるのは不思議ではないだろうし」
 リールは腕を組み、顎に手を当てる。リーエイは腕を組んで足も組んで、更に組んで上になった左足の爪先をぷらぷらと揺らしている。
「そうだね。俺も弟たちが死んだって聞いた時は「なんであの子たちが死ななきゃいけないんだ」って気持ちでいっぱいだった」
「代わってやりたかったか?」
「勿論。俺一人であの子たちの命が救われるなら、俺は迷いなく確実に死を選ぶよ」
 兄弟のいないリールにあまりその気持ちは共感し難いものだったが、同じように母親や父親が殺されてしまったなら、きっと似たような気持ちを抱くのだろう。
「だからきっと、誰よりも大切な姉が死んだとなった円くんは美代子さんじゃなくて自分が死ぬべきだった、美代子さんは死ぬべきじゃなかったと思っただろうね」
「ユーイオの前世が美代子で、最上層者あいつの人間時代が円という少年なら、ユーイオの異能発動の『死ぬべきじゃなかった』『今からでも遅くない』『やり直してみよう』の言葉はある種の呪いのようにも思えるな……」
「円くんの美代子さんに対する執着が強いってこと?」
「ああ」



「………シルフィ」
「はい」
「僕は時々、子供の頃を思い出すんだ」
「……はい」
 最上層、唯一年中霧の薄いそこで最上層者は言った。従者のシルフィは先天性異形だから、「子供」の頃というのは存在しない。
「僕には双子の姉がいて、病気の僕とは違って健康だった。病気はとても辛いし、お母さんにもうつって、父さんは僕たちが五歳の頃に死ぬし。それでも姉さんがいたからまだ生きよう、もう少し生きようって思えてた」
「…………貴方様にも御家族がいらしたのですね」
「そりゃあ僕だって元はただの人間だからね。でもある日、姉さんが学校で階段から落ちて死んだ。突然のことで僕はパニックになった。咳が止まらなくなって、血反吐も吐いて、訳がわからなくなったんだ。三日経って、目が覚めると病気がさらに進行して、それで最初に見たのは憔悴しきったお母さんだった。今すぐ死んでしまいそうなお母さんを僕一人がどうにか出来るわけもない。姉さんは? って僕が訊いてもお母さんは何も答えてくれない。ああダメだなって思って、僕は仏間に行ったんだよ。勿論起き上がるのも疲れるし、それだけで咳が出たけど。でも、行かないとダメだと思ったんだ。だから仏間に行ったら、父さんの遺影の横に姉さんの写真があった。それでやぁっと「姉さんはこの世から居なくなってしまった」って実感できた。理解もできた。頭の中にすっと入ったんだ」
 シルフィは黙って主の話を聞く。主が好きだという日本茶を持ってきたのに、主はそれに手をつけることもなく延々と話し続ける。そして、一瞬口が止まった後、最上層者は小さく、本当に小さく呟いた。
「……………………死ぬべきなのは、僕の方なのにって遺影の前で泣いたよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...