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三章 記憶と人間の街
街
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「「……え?」」
「異能の持ち主はとっくに死んでいるが……「停滞」の異能が効いてるから、この街はずっと在り続けてるんだ」
リールは淡々と話す。
「「停滞」の異能の持ち主は自分が死んだ後もこの街が続くようにと異能の効果時間そのものさえ異能でいじってしまってる。……「停滞」を詳しく言うと、同じ時間を繰り返す──ループのようなものだ。つまり、この街──異能にこの異能を使えば、効果時間が永久に近くなるってことだ」
「じ、じゃあこの街の霧を晴らすことは無理ってこと?」
「………」
「なんとか言ってよ、リール」
ユーイオがそう言うと、リールは部屋の奥へと歩き出す。わけもわからないままついて行くと、部屋の最奥に薄紫色の石がショーケースに入れられていた。
「「停滞」の力が込められた石だ。ケース自体にも「停滞」の力が巡らされていて、簡単に壊せないようになってる。最下層から最上層までの各層に似たようなものがあるはずだ」
「……リール、「停滞」って異能を使ったものや相手の中で流れる時間を繰り返させる力、なんだよね」
「? ああ」
ユーイオは閃いてしまった。そんな永久の力を打ち破れる力があることに気付いてしまったのだ。
「ショーケースは触っても問題ないよね」
「ああ」
──時間の流れを意識して、そこに巡る命を手繰り寄せる。
「………『君の役目はもうとっくに終わってる。もう休もう』」
「「!」」
ユーイオがショーケースに手をかざしてそう言うと、ショーケースは粉々に割れてしまった。今ならこの薄紫の「魔法」は無防備に晒されている。
「あっ」
しかし、そう簡単に「停滞」の力が破られるわけにはいかない。薄紫の石から滲み出た「停滞」の力が再びショーケースになって薄紫の石を守るように佇んだ。
「まぁ……一発で上手くいかれても困るからな」
「えっユーイオ今の何!? パパ感激なんだけど!!」
「お前の異能は恐ろしいな……ユーイオ」
異形ふたりに関心を向けられたユーイオは少し照れ臭そうにしてから話す。
「これも「輪廻」の力。僕の異能は簡単に言うと生きてるものは死なせ、死んでるものは生かす力だから」
勿論、それ以外にも使いようはあるのだが。「輪廻」は循環させるもの、つまり応用すれば状態を逆転させることだって容易い。
「取り敢えず出来なくはないってことがわかっただけでも嬉しいよ」
ユーイオは満足していた。自分は何も出来ない無力な子供じゃない。それが実感出来て安心したのだ。
「ユーイオ……」
「あっはは、リーエイ酷い顔」
文字盤の顔は、ユーイオには歪んで見えていた。リーエイが不安でいっぱいになっている証だ。
「大丈夫だって、僕は死なない。何回でもやり直せるんだから」
「………そう、だね」
リーエイが不安でたくさんだったのは、ユーイオが死ぬかもしれないからとか、そんな理由ではない。霧の街の霧が晴れた後、異形が生きられなかった時にユーイオを置いて死んでしまうことになる。その時にユーイオがユーイオとして生きているかは別として、ユーイオの命を持った人を置いていくのがひどく辛い。
「さ、「停滞」の石はもう見せたから次はいつから、誰がそうしたかだ」
石から少し離れた場所にあるのは石碑のようなものだった。
「これは?」
「読めるなら読んでみたらいい」
──同じ人間から蔑まれ疎まれついには存在しないモノ扱いをされた。私の何がそんなに彼らを怒らせることになったかは分からないが、どうせ生きたとしても誰も関わってくれないのならこんな気持ちも存在も隠してしまえばいい。
「隠す……存在を?」
「ああ、これは霧の街の異能の主の一言だ」
「待ってよリール、隠すってどういうこと?」
リーエイが訊くと、リールは少し間をあけて話し始める。
「この街は世界から不要とされたものが集まる場所ってのは知ってるだろ。ただ、集められただけじゃ世界も困るんだ。どうしたか。初めて世界に不要とされたヒトは不要物を隠そうとした。隠せば無かったことにできる。無かったことにできるなら不要とされたものは初めからいなかったことにもできる」
「………」
「それがこの街──「秘匿」の異能だ」
「秘匿」に「停滞」がかけられたことによってこの街は何百何千もの年月を過ごしているという。それだけ「停滞」の力が強いということだ。
「世界から不要とされた理由はもちろん人様々だ。俺たちなら、戦争という不毛で悲惨なことはもう必要ないから。メアルたちなら数百年前のその願い──「もっと医療が発展していれば」なんてたらればはとっくに叶っているから。じゃあこの街で生まれたユーイオ、君みたいな子供たちはどうか。君みたいな人は不要物の末裔だから、必要かどうかの概念がまずない」
「?」
ユーイオがよくわからないと言わんばかりに首を傾げると、リーエイがつまり、と付け足す。
「不要物から生まれた子だから、世界に要るかどうか聞くまでもない……残酷だけど、でも、この異能はそういうことなんだよ」
「僕が………生まれた時点で世界そのものから必要とされていない……?」
ユーイオの目からすっと光が消えたのをリーエイは見逃さなかった。焦りながらもリーエイはフォローを入れる。
「せ、せせせ世界にはね! 俺たちは死ぬまでユーイオ必要だからね! ね!! リール!」
「ああ」
リールはリーエイと違って冷静に頷いた。
「そもそも俺にとってはこの異能自体存在することに意味が無いと思ってる」
「というと?」
リールは言った。
「本当に必要がないなら必要が無いものを集める場所もまた必要が無いだろう」
「──霧の街が世界から不要とされたものが集まる場所って知った時、僕はなんだかすごく安心したんだよ」
百四十六センチ、その小柄な背にはあまりにも似合わない、背の高すぎる玉座に座る少年は言った。「吸収」で能力を吸っても外見は完全にコピーしきれなかった。身長と顔つきと声。それらはどうやっても変えられないままだった。
「病気で……結核で身動きもろくに出来ずに、周りに迷惑をかけて生きることしか出来なかった僕は、やっぱり必要なかったんだって突きつけられて安心したんだ。変だと思う?」
「…………いいえ」
最上層。ふたりだけの空間。最上層者とその従者シルフィは時々こうやって、何もすることがない時に会話をする。その会話は大抵最上層者からの一方的なものなのだが。
「ですが一言だけ申し上げたいことが」
「?」
「少なくとも今の主様は私にとって必要不可欠ですので不要な存在ではありません」
「………」
従者の少女は物怖じすることなくきっぱりと言った。最上層者にはそれが珍しく思えて、しばらく黙って彼女を見たあと、
「っはははは!! シルフィもたまにはいいこと言うね」
と、高らかに笑った。
「………姉さん」
だが、数秒してすぐにその顔から笑顔は消えた。
「姉さんは、僕が結核を患っても態度を変えなかった。誰よりも僕に寄り添ってくれていた……と思う。正直、母さんは父さんを亡くしてから少し様子が変なことがあったから」
「……」
シルフィはそれを黙って聞く。今は主のターンだと理解しているからだ。
「姉さんさえ生きていれば、僕がここに来ることもなかったのかもしれない」
「……主様」
「ま、こんなたらればなんて言い出したらキリがない。僕が病気にならなかったら、父さんと姉さんが生きていれば、戦争なんてなかったら。僕は家という箱庭に閉じ込められた人生を送っただけだったけど、それでも外から伝わる音でこの世がどう動いてるのか、ちょっとはわかってたんだ」
戦争が起きたこと。今回も短期決戦でと踏み込んだその戦いは長期に渡り、物資が枯渇し、それでもラジオからの音声はひたすらに「我が国は勝っている」みたいなふざけたことしか言わなかったこと。物資が枯渇したのがどうしてわかったかって? ──簡単だよ。物を得るのにお金を使わなくなって、その代わりに切符を使い始めたのを母さんの手元から見て訊いたんだ。「それは何? お金じゃないよね?」って。
今の祖国がどうなっているのかは知らない、いや、知るつもりもない。きっと知ったところで僕は国の最新の状態を理解できない。
「僕が最上層に居るのも、全部姉さんの為。姉さんに会える可能性が一番高いのは……ううん、あらゆる可能性の幅を広げられるのは、一番偉い奴だろ?」
シルフィは小さく頷く。
「僕は姉さんに会えたら死んでもいい。もうこの世に生まれ変われなくてもいい」
だが、少年は知らなかった。死んだからと言って世界から不要とみなされたわけではないこと。つまり、ここが死後の世界と似たようなものではないということを。
「異能の持ち主はとっくに死んでいるが……「停滞」の異能が効いてるから、この街はずっと在り続けてるんだ」
リールは淡々と話す。
「「停滞」の異能の持ち主は自分が死んだ後もこの街が続くようにと異能の効果時間そのものさえ異能でいじってしまってる。……「停滞」を詳しく言うと、同じ時間を繰り返す──ループのようなものだ。つまり、この街──異能にこの異能を使えば、効果時間が永久に近くなるってことだ」
「じ、じゃあこの街の霧を晴らすことは無理ってこと?」
「………」
「なんとか言ってよ、リール」
ユーイオがそう言うと、リールは部屋の奥へと歩き出す。わけもわからないままついて行くと、部屋の最奥に薄紫色の石がショーケースに入れられていた。
「「停滞」の力が込められた石だ。ケース自体にも「停滞」の力が巡らされていて、簡単に壊せないようになってる。最下層から最上層までの各層に似たようなものがあるはずだ」
「……リール、「停滞」って異能を使ったものや相手の中で流れる時間を繰り返させる力、なんだよね」
「? ああ」
ユーイオは閃いてしまった。そんな永久の力を打ち破れる力があることに気付いてしまったのだ。
「ショーケースは触っても問題ないよね」
「ああ」
──時間の流れを意識して、そこに巡る命を手繰り寄せる。
「………『君の役目はもうとっくに終わってる。もう休もう』」
「「!」」
ユーイオがショーケースに手をかざしてそう言うと、ショーケースは粉々に割れてしまった。今ならこの薄紫の「魔法」は無防備に晒されている。
「あっ」
しかし、そう簡単に「停滞」の力が破られるわけにはいかない。薄紫の石から滲み出た「停滞」の力が再びショーケースになって薄紫の石を守るように佇んだ。
「まぁ……一発で上手くいかれても困るからな」
「えっユーイオ今の何!? パパ感激なんだけど!!」
「お前の異能は恐ろしいな……ユーイオ」
異形ふたりに関心を向けられたユーイオは少し照れ臭そうにしてから話す。
「これも「輪廻」の力。僕の異能は簡単に言うと生きてるものは死なせ、死んでるものは生かす力だから」
勿論、それ以外にも使いようはあるのだが。「輪廻」は循環させるもの、つまり応用すれば状態を逆転させることだって容易い。
「取り敢えず出来なくはないってことがわかっただけでも嬉しいよ」
ユーイオは満足していた。自分は何も出来ない無力な子供じゃない。それが実感出来て安心したのだ。
「ユーイオ……」
「あっはは、リーエイ酷い顔」
文字盤の顔は、ユーイオには歪んで見えていた。リーエイが不安でいっぱいになっている証だ。
「大丈夫だって、僕は死なない。何回でもやり直せるんだから」
「………そう、だね」
リーエイが不安でたくさんだったのは、ユーイオが死ぬかもしれないからとか、そんな理由ではない。霧の街の霧が晴れた後、異形が生きられなかった時にユーイオを置いて死んでしまうことになる。その時にユーイオがユーイオとして生きているかは別として、ユーイオの命を持った人を置いていくのがひどく辛い。
「さ、「停滞」の石はもう見せたから次はいつから、誰がそうしたかだ」
石から少し離れた場所にあるのは石碑のようなものだった。
「これは?」
「読めるなら読んでみたらいい」
──同じ人間から蔑まれ疎まれついには存在しないモノ扱いをされた。私の何がそんなに彼らを怒らせることになったかは分からないが、どうせ生きたとしても誰も関わってくれないのならこんな気持ちも存在も隠してしまえばいい。
「隠す……存在を?」
「ああ、これは霧の街の異能の主の一言だ」
「待ってよリール、隠すってどういうこと?」
リーエイが訊くと、リールは少し間をあけて話し始める。
「この街は世界から不要とされたものが集まる場所ってのは知ってるだろ。ただ、集められただけじゃ世界も困るんだ。どうしたか。初めて世界に不要とされたヒトは不要物を隠そうとした。隠せば無かったことにできる。無かったことにできるなら不要とされたものは初めからいなかったことにもできる」
「………」
「それがこの街──「秘匿」の異能だ」
「秘匿」に「停滞」がかけられたことによってこの街は何百何千もの年月を過ごしているという。それだけ「停滞」の力が強いということだ。
「世界から不要とされた理由はもちろん人様々だ。俺たちなら、戦争という不毛で悲惨なことはもう必要ないから。メアルたちなら数百年前のその願い──「もっと医療が発展していれば」なんてたらればはとっくに叶っているから。じゃあこの街で生まれたユーイオ、君みたいな子供たちはどうか。君みたいな人は不要物の末裔だから、必要かどうかの概念がまずない」
「?」
ユーイオがよくわからないと言わんばかりに首を傾げると、リーエイがつまり、と付け足す。
「不要物から生まれた子だから、世界に要るかどうか聞くまでもない……残酷だけど、でも、この異能はそういうことなんだよ」
「僕が………生まれた時点で世界そのものから必要とされていない……?」
ユーイオの目からすっと光が消えたのをリーエイは見逃さなかった。焦りながらもリーエイはフォローを入れる。
「せ、せせせ世界にはね! 俺たちは死ぬまでユーイオ必要だからね! ね!! リール!」
「ああ」
リールはリーエイと違って冷静に頷いた。
「そもそも俺にとってはこの異能自体存在することに意味が無いと思ってる」
「というと?」
リールは言った。
「本当に必要がないなら必要が無いものを集める場所もまた必要が無いだろう」
「──霧の街が世界から不要とされたものが集まる場所って知った時、僕はなんだかすごく安心したんだよ」
百四十六センチ、その小柄な背にはあまりにも似合わない、背の高すぎる玉座に座る少年は言った。「吸収」で能力を吸っても外見は完全にコピーしきれなかった。身長と顔つきと声。それらはどうやっても変えられないままだった。
「病気で……結核で身動きもろくに出来ずに、周りに迷惑をかけて生きることしか出来なかった僕は、やっぱり必要なかったんだって突きつけられて安心したんだ。変だと思う?」
「…………いいえ」
最上層。ふたりだけの空間。最上層者とその従者シルフィは時々こうやって、何もすることがない時に会話をする。その会話は大抵最上層者からの一方的なものなのだが。
「ですが一言だけ申し上げたいことが」
「?」
「少なくとも今の主様は私にとって必要不可欠ですので不要な存在ではありません」
「………」
従者の少女は物怖じすることなくきっぱりと言った。最上層者にはそれが珍しく思えて、しばらく黙って彼女を見たあと、
「っはははは!! シルフィもたまにはいいこと言うね」
と、高らかに笑った。
「………姉さん」
だが、数秒してすぐにその顔から笑顔は消えた。
「姉さんは、僕が結核を患っても態度を変えなかった。誰よりも僕に寄り添ってくれていた……と思う。正直、母さんは父さんを亡くしてから少し様子が変なことがあったから」
「……」
シルフィはそれを黙って聞く。今は主のターンだと理解しているからだ。
「姉さんさえ生きていれば、僕がここに来ることもなかったのかもしれない」
「……主様」
「ま、こんなたらればなんて言い出したらキリがない。僕が病気にならなかったら、父さんと姉さんが生きていれば、戦争なんてなかったら。僕は家という箱庭に閉じ込められた人生を送っただけだったけど、それでも外から伝わる音でこの世がどう動いてるのか、ちょっとはわかってたんだ」
戦争が起きたこと。今回も短期決戦でと踏み込んだその戦いは長期に渡り、物資が枯渇し、それでもラジオからの音声はひたすらに「我が国は勝っている」みたいなふざけたことしか言わなかったこと。物資が枯渇したのがどうしてわかったかって? ──簡単だよ。物を得るのにお金を使わなくなって、その代わりに切符を使い始めたのを母さんの手元から見て訊いたんだ。「それは何? お金じゃないよね?」って。
今の祖国がどうなっているのかは知らない、いや、知るつもりもない。きっと知ったところで僕は国の最新の状態を理解できない。
「僕が最上層に居るのも、全部姉さんの為。姉さんに会える可能性が一番高いのは……ううん、あらゆる可能性の幅を広げられるのは、一番偉い奴だろ?」
シルフィは小さく頷く。
「僕は姉さんに会えたら死んでもいい。もうこの世に生まれ変われなくてもいい」
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