フォギーシティ

淺木 朝咲

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九章 破邪と夢幻の街

思惑

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「……ふぅん、厄介そうだね」
「あの人たち……生きてるの? てか………あそこから出れるの?」
 ゲームの最終地点にふたりは居た。楽しそうにユーイオたちの行動を見守るヒトと、ユーイオたちのことをどこか不安そうに見ているヒト。楽しそうにしているヒトは、不安げなヒトを膝の上に抱え、常に笑みを浮かべていた。
「サージュもシャーマも居なくなった。俺とお前でなんとかこいつらを食い止めないとな?」
「そう……だね。サージュ居なくなったの……すごく寂しいから、リアもこの人たちのこと許せない……」
 リアと自称する少女の見た目をしたヒトは、ぎりぎりと服の裾を強く掴んで俯く。そんな彼女をもう一人のヒトが慰める。
「落ち着いて。お前は「破邪フリスタ」のだ。この力が破れることは絶対にない。だろ?」
「当たり前………でも、今日はなんだか嫌な予感がする」
「次は俺たちの番って?」
 リアはこくこくと頷く。
「俺の「夢幻レーヴ」を「破邪フリスタ」で護ってるのに、どうやってあいつらがこの空間ゲームから抜け出すんだよ」
 彼はゲラゲラと笑いながら言った。その笑みは余裕そのものだ。だが、リアはそうじゃなくて、と否定する。
「無理難題を押し付けても………何かしらの方法で彼らは絶対やってくる………で、リアたちはおしまい。リアは……まだ生きたいのに」
 くるくると指先で自分の紫紺の髪をいじりながらリアは言った。どうやら機嫌は良くないようだ。
「リアちゃんは自信持って。リアちゃんだけは俺が何とか生かしてみせるから」
 よしよしとそんなリアの頭を撫でて機嫌を取ろうとする。リアが「サージュたちを殺した人たちに仕返ししたい」と言えば自身の異能を惜しみなく使い、リアが死にたくないと言ったらリアを何がなんでも生かす。彼はそういう人だった。
にい……でも」
「俺の異能は究極の死んだフリが出来るから、俺自身が死ぬなんてそんな簡単には起きないよ」
「……」
「今まで何回も俺が人を騙してこれたからこうやって生き続けてるんだろ?」
「………うん」
 ふたりは極貧の家で生まれ、捨てられた兄妹だった。五歳差のふたりは、リアが三歳の時にとうとう育てるのが嫌だと捨てられ、当時八歳の兄・ジンはゴミ箱漁りと喧嘩が日課になった。すべては何よりも愛らしく綺麗な妹を死なせないためだった。自分がどれだけ殴られて血が出ても、食べ物があって、リアが生きていればそれで良かった。その為なら嘘も殺しも厭わなかった。
「大丈夫。お前が俺の無事を祈ってくれてるのは、お前の異能で充分伝わってる」
 リアは毎日自分の為に出かけに行っては傷だらけで帰ってくるジンが心配でたまらなかった。「にいを邪魔する奴が居なくなればいいのに」──その思いで、数年後リアはシスターになった。正直教会のマナーや宗教学は一切知らないが、せめて汚い路地の一角で祈るよりも祈るべき場所で祈る方が良いと考えた結果だった。力で負ける分、リアはシスターになることで働き、金を得る上に正しく祈ることが出来た。
 だが、ふたりの住む国で死の病が大流行した。リアもその病に苦しむことになった。ジンが良い食べ物を奪ってきても、どんな病にも効くと当時謳われた高価な薬を騙し取ってきても、リアの病状が和らぐことはなかった。本来、この死の病は感染病なのだが、どれだけリアに寄り添ってもジンがその病に罹ることはなかった。リアの日々の祈りは届いていたのだ。
「お前がたとえを望んでいなかったとしても………俺は生きるならまだふたりで居たいからな」
「………」
「安心しろって! あぁほら、セカンドステージに着いたらしいから、アナウンスかけるぞ!」
 がちゃ、とジンは乱雑にアナウンス用のマイクを手に持った。



「……変な部屋」
 ユーイオたちは溶岩だったものを登りきり、火山の頂上に着いたと思ったらまた変な部屋に飛ばされていた。
「今度は何だろうな。僕はこんな目に遭う必要ないだろうに」
 ヴァクターが早く帰らせろと言わんばかりに愚痴を吐き捨てていると、ぶつ、と音がした。
「あー、あー。これよりセカンドステージに入る。セカンドステージは見ての通り何も無い部屋だ。このドアも食料もない部屋から出てみろ」
 ぶつっ、と音声は途切れた。短い指示だった。
「──「輪廻サムサラ」」
 部屋から出る、と言うより部屋そのものを無くせばいいのでは? とユーイオが異能を仕掛けるがやはり部屋は消えない。異能で消せないのは相性が悪く厄介な異能だけ……。
「ああそうか」
 わかった。どうして部屋も空間も消せないのか。厄介な異能──僕が夢で見て一番対峙したくないと思ったあの異能だ。
「ユーイオ?」
 ヴァクターとリーエイがユーイオを見る。リールはぺたぺたと壁を触っている。
「なんでもないよ。ただ僕の異能はこの空間じゃ使い物にならないことがよくわかっただけ」
 最初の部屋でもそうだったんだ。溶岩の岩場も、ここでも。僕たちは一見様々な空間へ飛ばされ続けていると思えるが、実際はひとつの空間の中で空間の情報を再構築していると考えられる。
「リーエイ」
「ん?」
「ちょっと適当に壁を殴ってみてくれない?」
「……は?」
 何言ってんの、とリーエイは首を傾げる。
「いいから」
「えー……」
「なるべく殺意込めてね」
「はいはい」
 僕に言われた通りに、嫌々リーエイは壁を強く殴った。
「っつぁ!?」
 リーエイは壁を殴った直後に腹を抑えて蹲る。
「大丈夫?」
「ユーイオがやれって言ったんじゃん……殴った後同じくらいの力がお腹に来たよ」
 ああ、やっぱりそうだ。力をただ反射するのではなく、悪しきものを弾き受け入れない力。
「「破邪フリスタ」……!」
 ユーイオが恨めしそうに呟くと、リーエイたちがそれに反応した。
「これ全部その異能の仕業?」
「ううん、「破邪フリスタ」は悪を弾き己を護るだけの異能だから、こんな大掛かりなことは出来ないはず、なんだけど……」
「それだとまるでもう一人異能持ちがいるみたいだよ」
 ヴァクターが言った。ユーイオも正直そうとしか思えなかったことだった。
「じゃあもしかしたら二人いっぺんに相手しなきゃいけないってことか」
 面倒だとリールは顔で語る。「破邪フリスタ」だけでもかなり厄介だというのに、それと何が組み合わさって一体こんな空間が作れるのか。僕たちにはまるで想像出来なかった。
「取り敢えず今はこの部屋から出る方法を探すか」
「そうだね」
 それにしても何も無い部屋、なのか。何も無いならどうして壁があるのだろう。何も無いなら部屋そのものとして機能はしていないはずだ。それなら「箱」と呼んでもおかしくないだろう。
「………ああ、だから」
「?」
 ユーイオは天井に向かって呟く。
「多分これが出口」
「え?」
「ここは確かにだし何も無い空間だけど──だからこそ箱詰めにされたって考える方が正しい」
 しかし、天井は百九十センチを超えるリーエイやリールですら届かない高さだ。
「そうだとしたら届かないから出るに出れないね……」
「…………多分さっきの溶岩が動かせたのは溶岩自体は自然に存在するものだから……なら」
 ──「輪廻サムサラ」。
「おっ?」
 ふわり、とリーエイたちの体が浮く。
重力これも自然にあるよね?」
 どや、と言わんばかりのキメ顔でユーイオは言った。ヴァクターはげんなりとした顔で、リールは少し引いた様子でユーイオを見る。
「親子って怖いな……」
 そして、この一言だ。それに対しリーエイが、
「俺に似てカッコよくなったって? リールもわかってるね!」
 と満面の笑みで返す。うん、こういうところ。ともあれ、天井に届いてしまえばこちらのものだ。リーエイが天井をゆっくり押すと、ギイ、と天井は軋みながらも少しずつ開いていく。
「……なんかここまであっさりすぎない?」
「お前らが有能すぎるな」
 特にお前、とヴァクターはユーイオを指す。
「僕?」
「重力消すとか反則ものだろ」
「厳密に言うと消してはないんだけどね。一時的に無くしてるだけ。だから──」
「っ!」
 ふっ、とヴァクターの身体だけが地面に近づく。
「こうやって僕が異能をコントロールすれば、重力はいつだってすぐに戻ってくるよ」
「……何か恨みでもあるのか?」
「さぁ?」
 無事に四人で空間から抜け出し、天井だったそこに足をつけて重力を戻す。そうして次のアナウンスと、空間ステージを待つ。
「これだけあっさりってことは、本人と戦うのかも」
 なーんて、とリーエイが冗談混じりな言い方をする。
「……どうだろうな、否定は出来ない」
 だが、リールはそれに冷静な返しをする。そう、実際次がどうなるかなんて予知はこの四人には出来ないのだ。つまり、本当にそうなるかもしれないし、ならないかもしれない。未だ掌の上で転がされている四人にその結末を知る由などないのだ。
「戦うなら戦うで一対四で頼む」
 ヴァクターは割と真剣そうな顔で言った。よっぽど「破邪フリスタ」を警戒しているのだろう。その時、待っていた声が響いた。
「──サードステージだ。空間を移す」
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