200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第5章

第144話 東正面

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 ブリッドモア辺境伯を捕らえたことは、半田千早たちは知らない。
 しかし、辺境伯軍は自軍の総司令官が敵手に落ちたことを知っていた。
 全軍の指揮は次男カリーが掌握したが、この状況下で、方針が決まるまで辺境伯軍の行動は停止した。
 ココワの東正面において、ココワの義勇軍と辺境伯軍はにらみ合ったまま、どちらも動かない。

 車輌班には、いくつかの戦車開発計画があった。戦女神はロイヤルオードナンス105ミリL7ライフル砲を搭載する主力戦車を要求しているが、一定数を揃えることは用意できる資源の量から不可能だ。 車輌班には再生不能だが、複数の主力戦車がある。旧ソ連製T-55、ドイツ製レオパルド1、フランス製AMX-30、イスラエル製メルカバ初期型、イギリス製センチュリオン後期型、アメリカ製M48パットン、イギリス製チーフテンなど。
 約300年間分の遺物だ。
 遺物の中にイギリス製FV433アボット105ミリ自走砲があった。250年以上前にこの世界に持ち込まれたと推測されている。
 FV433アボットの車体を基本にした、プランGの開発が進んでいた。
 センチュリオンやチーフテンのホルストマン式サスペンションを取り入れ、メルカバに習ってエンジンを車体前方に置く25トン級の戦車の開発計画だ。
 主砲はANX-13と同じ、揺動砲塔に決まった。これでないと搭載できないのだ。駐退復座機の能力を向上させ、砲身長51口径105ミリL7砲準拠の搭載を可能にした。
 砲塔は完成していたが、車体は試行錯誤が続いている。
 特に車体長6メートル以下、車体幅3メートル以下、車体重量25トンという設定は、設計の余裕を狭めていた。
 そのために、ノイリンにとって必要な新型戦車はなかなか道筋が見出せなかった。西アフリカに送り込んだプランFでも満足ではなく、現在進行中のプランGに至っていた。

 クマン共和国で鉄道オタクぶりを発揮していた金沢壮一は、プランGの試作3号車と4号車を西アフリカに送らせ、これをニジェール川経由でバルカネルビに送り出した。
 ロワール川の河川輸送、海上輸送、鉄道輸送、ニジェール川の河川輸送によって、戦車を展開する可能性の実証実験でもあった。
 輸送船はコーカレイやバンジェル島には立ち寄らず、直接クマン旧王都北辺の港に入港した。
 強欲な2人の戦女神に奪取されることを恐れたからだ。

 旧王都南辺付近は、ヒトとセロ(手長族)の事実上の境界になっている。
 ヒトにとっての戦略輸送路となる鉄道が、敵対的異種の生息域からわずか20キロ北にあるのだ。
 しかも、セロは戦力を増強しつつある。
 大西洋は、セロの“庭の池”だった。
 ヒトの船は外洋を避け、ユーラシア西端沿岸からアフリカ西岸の大陸直近を航行している。無武装の貨物船は船団を組み、護衛船によって守られる。
 単独で航行できるのは、武装輸送船だけだ。
 護衛船や武装輸送船が搭載する対空砲は、76.2ミリ高射砲改造の対艦対空両用砲か、L7戦車砲にルーツがある105ミリ高射砲のどちらか。
 どちらにも、揺動砲塔由来の自動装填装置が使われている。
 ロイヤルオードナンスL7砲は、戦車用としては限定生産だが、艦砲としてはすでに量産されていた。

 砲と砲塔と砲弾はあるのだ。
 残るは車体だけだった。

 プランGの車体は、全幅3メートル、全長6メートル、車体重量25トン、全備重量30トンに達する。
 車体の最前部にトランスミッション、その後方にエンジン、機械室の後方に操縦席、最後部に戦闘室と砲塔がある。
 車体後部にはエスケープハッチがあり、このハッチは常用できた。また、戦車としては特殊なメカニズム配置のため、戦闘室に乗員とは別に4人ほどを乗せることができた。
 コンセプトとしては、メルカバ戦車をコピーしている。
 同じ車体で、155ミリ自走砲や歩兵戦闘車を開発する計画も進行中だ。

 バンジェル島は、ノイリンとの距離があることから、ある程度の自助努力による資材調達が必要だった。
 食料や建設資材などの物資調達、武器弾薬の現地製造。
 航空機は、ターボアイランダー双発輸送機の独自改良型を製造しているし、古い装甲車輌の車台を利用した自走迫撃砲を製造している。
 もちろん、基本的な資材はノイリンから送られてくるのだが、利用できる資材が局限されるため、多くのキメラ兵器が造られている。

 バンジェル島はバルカネルビ支援のため、古い戦闘車の車台を利用した120ミリ自走迫撃砲10輌を隊員とともに送り込んできた。
 この投入でも海上輸送、鉄道輸送、ニジェール川の河川輸送を利用した。
 バンジェル島では、旧王都とバンジェル島対岸を結ぶ鉄道建設の可能性が議論されている。
 単なる議論だけだが、これを知ったクマン政府が実現へ向けての協議を申し入れてきた。
 バンジェル島だけで判断できる事業規模ではなく、ノイリンに“伝える”とだけ答えたが、クマン政府はノイリンに特使派遣を考えているようだ。
 西ユーラシアと西アフリカは、急速に接近しており、これに赤道以北アフリカ内陸が加われば、確実にセロとの戦いが有利になる。
 それだけじゃない。
 苦戦している北アフリカ戦線への支援にもなる。

 セロは全長15メートルほどの小型飛行船を増強している。250キロ級爆弾を1発か2発しか搭載できないが、機動性が高い。
 明らかにヒトの補給線を狙っている。

 ヒトには、救世主を相手に遊んでいる余裕はない。
 バンジェル島は“ケリを付ける”ために、貴重な砲兵戦力を湖水地帯に派遣してきたのだ。

 ココワに上陸した試作戦車プランGの2輌は、大きな注目を集めていた。
 現用のプランFはリアエンジンリアドライブだが、プランGはフロントエンジンフロントドライブに転換し、車体長と幅がともに50センチほど大きくなった。誰の目にも精強に見えた。
 須崎金吾が「決定版だな」との感想を述べると、ブーカは「これが100あれば、無敵!」と興奮気味に発した。
 航空機戦力も拡充された。バンジェル島はターボアイランダーのガンシップ2機を送り込んできたし、コーカレイは同地で試作中のベルP-36エアラコブラのレプリカを4機送ってきた。
 エアラコブラは1930年代に設計された戦闘機だが、当時としてもかなり変わっていた。
 エンジンが操縦席の後方にあり、機首のプロペラをドライブシャフトで回転させる。オリジナルはプロペラの中心軸に37ミリ機関砲を搭載しているが、レプリカは20ミリ機関砲に変えられた。
 機首に12.7ミリ機関銃を2挺装備し、両翼下にはハードポイント(懸吊架)が2カ所ずつある。胴体下にも大型の懸吊架がある。
 エンジンがレシプロV型12気筒1350馬力からターボシャフト1600軸馬力に変わり、機体最後部にジェットの噴射口がある。
 骨董機然とした機体形状だが、構造的に1930年代から1950年代頃に開発された航空機はコピーしやすいことがわかっている。
 21世紀の技術で開発された航空機は、構造や素材が高度で、コピーするには多くの代替技術が要求される。
 ここで躓き、開発に失敗する。
 このことが、最近、ようやくわかってきた。

 対地攻撃機4機の派遣は、ララの負担を下げ、彼女を勇気付けた。

 ブリッドモア辺境伯は、自軍の他の捕虜と一緒に拘束されていることが不満に感じ始めていた。
 当初、野生のヒトは乱暴で、何をされるかわからないため、身分を隠していた。
 だが、不要な暴力や恫喝を目的とした処刑がないため、身分を明かせば、貴族にふさわしい“特別待遇”が得られると考えた。
 そして、警護の隊員に告げる。
「余はブリッドモア辺境伯である。
 ここにいる将校たちに確認するとよい。
 このこと、しかるべきものに伝えよ」
 警護の隊員は、ニヤリと笑う。かねてから、ただの高級将校ではないとにらんでいたからだ。

 ブリッドモア辺境伯は、彼が望んだ通り“特別待遇”になった。
 オレンジ色のつなぎ服を着せられ、両手と両足は鎖でつながれ、走れないように裸足にさせられて、バルカネルビに送られる。
 現在、商館地下にあった娼婦の折檻部屋に閉じ込められている。
 彼には、1日16時間に及ぶ暴力的でない過酷尋問が続けられている。
 最初は「何も答えぬ」と拒否したが、ミルシェが投与したチオペンタールの麻酔効果から、以後は怯えたただの中年男に成り下がっていた。
 救世主の科学技術は兵器にのみ特化していて、それ以外は中世の域を出ていないことがわかっている。
 彼らに戦車や戦闘機を製造する技術を具体的に誰がいつ頃伝授したのかはわかっていないが、捕虜の尋問などから、少なくとも200年以上前のことと推測している。
 それ以後、技術は進歩していない。
 この点は、白魔族と同じだ。

 須崎金吾の「デカイな……」の言葉に、その場の誰もが無言だ。
 砲塔が角張って大型化され、外装は固定に、内部が揺動するようになった。メカニズムは異なるが、外見はメルカバによく似ている。メルカバと比べると、一回り小さい。
 それでも、この世界では空前の巨大戦車だ。

 辺境伯軍の戦車は、最大でも20輌まで減じていると推測している。
 ブリッドモア辺境伯は捕虜となり、次女は戦死した。
 だが、辺境伯軍は次男カリーを総帥として、弱体化してはいない。偵察によれば、辺境伯軍の統制はまったく緩んでいない。

 油断は禁物だ。

 須崎金吾は、辺境伯軍の指揮官となったカリーの人となりを知りたかった。捕虜からは彼に対する賞賛の言葉を聞いたが、どういう人物なのかはよくわからなかった。
 また、湖水地域において、カリーと会ったヒトが非常に少ないので、味方からの情報もわずかだった。

 ヨランダの父シラーニは、須崎金吾の前で怯えていた。彼の部隊が辺境伯軍を退け、ブリッドモア辺境伯を捕らえ、彼の娘を戦死させたからだ。
 コの字型に並べられた長テーブルに15人ほどが座る。
 大政商シラーニは粗末な椅子に座るよう指示される。場所は天幕の下。心地よい風が吹いているが、シラーニは嫌な汗を流している。
 15人の中に娘がいる。
 ヨランダだ。
 シラーニには、須崎金吾はただの若造に見えた。商談なら見下して終わりだが、この場の誰もが須崎金吾に敬意を示している。老練そうな軍服の男までも……。
「シラーニさん、情報によれば、あなたはトンブクトゥの救世主側施設でカリーに会ったとか」
 須崎金吾の問いに、どう答えるべきか考える。娘は彼の政商としての工作を知っているが、不利になることは言うはずがない。親子だし、ヨランダは父親の精神的支配下にある。
「司令官閣下……。
 商談で救世主様のお屋敷に何度かうかがっております。
 面識がありますのは、ウィーデン公爵家のエフレン様だけです。
 エフレン様は、事実上の大使閣下です」
 須崎金吾は、少し笑った。微笑んだのだが、その微笑みを見てシラーニはゾッとした。この男は、何もかも見通している……、そう思わせた。
「シラーニさん、エフレンと会ったことはあるのですね。
 どういうお話をされました」
「商談です。
 単なる商談です」
「輸入ですか?
 それとも輸出?」
「輸出です」
「どのような商品を?」
「コムギです」
 須崎金吾がヨランダを見る。
「ヨランダさん?」
 ヨランダの声音は揺らぎがなかった。
「まず、救世主はコムギを欲していますが、交易によって得る意思はないでしょう。
 奪えばいいことですし、実際にそうしています。
 我々が持っているもので、彼らが欲するものがあれば、彼らは銃を突き付けて奪います。
 輸出はあり得ません」
 シラーニは娘をにらみつけたが、娘は動じなかった。
 須崎金吾が少しイラついた様子を見せる。
「シラーニさん、時間は限られています。
 あなたが嘘を並べるなら、ブリッドモア辺境伯に対して行った尋問と同じことをしますよ」
 シラーニは、辺境伯がされたことを具体的には知らない。だが、あの傲慢不遜な救世主貴族が、一切合切聞かれたことのすべてをしゃべったのだという噂は聞いていた。
 彼は尿意を必死で堪えた。
「石油です。
 石油を輸入しようと……」
「石油ですか。
 奪われた湖水地域の油田から、この湖水地域に輸入しようと考えたのですね」
「そうです。
 石油がなければ船が動かず、誰もが困りますから……」
「ヒト助けで?」
「はい……」
 場に失笑が漏れる。
「シラーニさん、石油の輸入交渉の席で、エフレン同席のもと、カリーと会っていますね」
「はい……」
「何を命じられましたか?」
「……」
「答えなければ、拘束することになります」
「西にある油田の在処を探せと……」
 場がざわつく。
 彼が救世主のスパイだったことがはっきりする。誰かが「裏切り者」と小声を発したが、誰もがそう思っていることは明らかだった。
「シラーニさん。
 私たちから提案があります。
 もう一度、カリーと会い、彼の思惑を探って欲しい。あなたに石油100樽(20キロリットル)を預けます。
 これを手土産に、カリーと面会してください。彼らは燃料の補給に困っています。
 我々が補給路を断っていますから。
 きっと、喜んで受け取るでしょう。
 もう、退席されてかまいませんよ」
 シラーニはヨロヨロと立ち上がった。救世主からは「西のヒトの油田の在処を探れ」と命じられ、西のヒトからは「救世主の考えを探れ」と命じられた。
 どちらを裏切っても殺される。両方裏切っても殺される。両方を裏切らなくても、たぶん殺される。
 機を見るに敏な政商は、使い捨ての使い走りにされてしまった。

 数時間後、シラーニは街角で、ヨランダが現れるのを待った。
「ヨランダ……」
 突然、見知らぬ男から街中で声をかけられ、ヨランダは慌てた。その男が自分の父親であることを認識するまで、かなりの時間を要した。それほど、声音と顔立ちが変わっていた。
 娘が振り向くと、父は言葉をつなげた。
「母さんと姉妹のために、私の命乞いをしてもらえないだろうか?」
「父上、この地のために精一杯働かれよ。
 さすれば、道も開かれましょう」
 ヨランダは、元首パウラが公式の場で使う口調を真似た。
 父親が聞く娘の声音は、彼が知る娘のものとは異なっていた。そして、悪意に満ちていた。

 ブリッドモア辺境伯は、航空機に対して否定的で、軍は航空戦力を保有していない。航空機を整備するなら、戦車の増強のほうが意味があると判断していた。
 実権を握ったカリーは父親の見識を疑ってはいなかったが、対峙している敵が航空機を投入し始めたことから不安に感じていた。
 そこで、ヴィルヘルム選帝侯に援軍を要請する。戦闘機1個分隊2機の派遣を要請したが、チャド湖南岸を発した選帝侯軍は、戦闘機2個隊8機、戦車30輌、車輌多数、歩兵3000の増援を決定する。
 この時点で、ココワ東正面での戦いは、選帝侯が実権を握ることとなった。

 救世主側の主役が交代した。

 辺境伯と選帝侯は、ともに黒羊ではない。銀羊であり、正確には貴族待遇だ。貴族の血を引くと自称しているが、判然としない。
 貴族は、公爵家、伯爵家、男爵家、子爵家の4家とだけ婚姻関係を結んできた。民衆との混血を嫌い、貴族以外との性交渉を固く禁じてきた。
 だが、庶子がいないと断じることはできず、各家の軍が行う組織的強姦に貴族が参加したことはない、と決めつけることはできない。
 貴族4家は、辺境伯と選帝侯を“貴族に準じる”扱いにしているが、内心では見下している。
 辺境伯と選帝侯は、貴族4家との婚姻関係はない。辺境伯の由来は山賊であり、選帝侯は武装に成功した土豪だとされる。
 貴族4家は生殖能力に問題があり、家系の維持が難しくなっている。当然、軍事的弱体化はゆっくりと進んでおり、彼らの階級社会を維持するためには、貴族の真似をする辺境伯と選帝侯は、貴族4家にとって都合がよかった。
 これらは、捕虜の尋問でわかっていた。

 選帝侯軍が到着するまで、辺境伯軍総帥カリーの行動は規制されない。カリーは、自身ではヴィルヘルム選帝侯に抗えないことを知っていた。
 何とかして父ブリッドモア辺境伯を救出したい。
 そのためには、敵将に会わなければならない。

 カリーは驚いていた。
 眼前の敵将は、どう見ても30歳に達していない。年齢よりも若く見えるとしても、30歳代前半だ。
「ノイリンのスザキだ」
「ブリッドモア辺境伯次男カリーである」
 2人は、野戦司令部近くの大型テント内で会った。
 カリーは飾緒を付けた黒ずくめの軍服、須崎金吾は迷彩服を着ている。
「カリーさん、ご用向きは?」
 時候の挨拶もなく、いきなり本題に斬り込んできた須崎金吾に対して、カリーは無礼だと感じた。だが、それを表に出すほど幼くない。
「貴殿が総司令官か?」
「一応、そういうことになっている」
「ならば言おう。
 我が父、ブリッドモア辺境伯の解放を要求する」
「捕虜を釈放しろ……か。
 捕虜はいずれ解放する。殺害はもちろん、虐待もしていない。
 だが、条件がある。
 過去、この一帯から拉致したヒトすべてを帰還させろ」
「バカな……。
 そのようなこと、できようはずがない。
 そもそも、この一帯のヒト狩りは公爵家と男爵家が行ってきた。
 我らが他家に命ずる権限はない」
「同じ救世主だろう?」
「我らは貴族の連合体だ。
 それぞれが所領を持ち、それぞれが統治している」
「それは、そちらの事情だ。
 我々には関係ない」
「まもなく、援軍が到着する。
 さすれば、ひねり潰されるぞ。
 我が父を解放すれば、撤退の機会を与えよう」
「ヴィルヘルム選帝侯軍のことか?
 戦車の保有数約40、航空機12機、歩兵総数約5000、車輌多数。
 きみの父親が教えてくれた。
 自軍の戦力もね
 あっ、それと戦車の中に多砲塔の大型が複数あるようだね。
 きみたちの創造主から奪ったとか」
 カリーは、父親がすでに恭順していることに驚いた。曾祖父の代までは山賊だったが、それ以後は南西の広大な領地を守り続けてきた。
 祖父の代に首都に向けて進軍し上洛。貴族と同列の領主となった。しかし、盤石の体制を築いたのは、彼の父だ。
 その父が、簡単に屈した。
「我が父を拷問したのか?」
 須崎金吾が微笑む。
「我々は拷問などしない。
 拷問しなくても、ヒトは聞かれたことに答える」
 須崎金吾が話題を変える。
「シラーニさんからの贈り物は届いたか?」
 確かにシラーニが“西のヒト”の燃料だとして、油樽20を届けてきた。燃料の不足に喘いでいたことから、疑いもせず受け取った。
「あれは……」
「我々からのプレゼントだ。
 貴軍が我が軍から補給を受けていると、他の貴族が知ったらどう思うかな?」
「……!」
「父親は捕虜となり、息子は敵から補給を受けている。
 この事実を知れば、誰もが裏切りを考える。
 そして、きみはいま、ここにいる」
 カリーは呆然とした。
 嵌〈は〉められたのだ。
 呆然とするカリーに、同行していた副官が耳打ちする。
 カリーが頷く。
「我らは所領に帰る。
 明朝、陣をたたみ、帰路につく。
 我が父をよしなに……」
 副官がずしりと重いビロード製の袋をテーブルに置く。
「了解した。
 追撃はしないが、監視はさせてもらう」

 カリーは父親の扶持代として、多額の粒金を置いていった。また、毎月父親の扶持代を届けるという。
 その際に、父親と使者との面会を認めるよう要求した。
 どうも、こういったことは救世主間の争いの中での決まり事のようだ。

 ブーカは眉間に皺を寄せて激怒した。
「捕虜となった部下のことは、何も言わなかったぞ。
 あの若造!
 父親のことばかりで、胸くそ悪いわ!
 父親の食い扶持まで用意しておきながら、捕虜となった将兵のことは一顧だにしない。
 我が元首様と比べたら、ヒトの出来は天地ほどの差がある!」
 ブーカは旧王家家臣であることも影響しているのだろうが、パウラに心酔している。

 カリー指揮下の部隊は、大きく北に迂回してチャド湖南岸に向かって撤退を開始した。不足している燃料は、全域燃料販売組合が有償で供給した。

 数日後、シラーニは東地区における元老院議員を辞任する。
 救世主へ地域の秘密を漏洩したとの疑いをかけられ、辞任せざるを得なかった。
 一方、ブリッドモア辺境伯軍を撤退に導く一助を担ったと評価されたヨランダは、英雄視されている。
 彼女が起こしたタフーリ家は、一躍、東地区における主要商家の一画に躍り出る。

 父と娘の地位は逆転した。

 須崎金吾は、ヴィルヘルム選帝侯軍を野戦で撃破する作戦を立案する。
 だが、ココワ東辺で迎え撃ちたい中部地区の商人や、延びきった補給線を心配するクマンが、消極的だった。
 作戦会議は、重い沈黙が支配していた。
 須崎金吾は話題を変える。
「現在、ヒト、精霊族、鬼神族の連合軍は、北アフリカの総距離2500キロに達する狭い海岸線に沿って戦っている。
 連合軍は東から攻め、白魔族は西を守る。大森林が南にあり、海岸の狭い回廊以外に道はない。
 白魔族の拠点は、かつてチュニスと呼ばれた街の近くにある。
 かつてのチュニスは、ヒトが築いた古い街だ。
 現在は白魔族の最大拠点の1つになっている。ここが、なかなか落とせない。
 チャド湖の北にも白魔族がいる。ここが最大拠点だ。チャド湖の北を攻めるだけで、北サハラ戦線の側面支援になる。
 救世主なんかにかまっている時間は、ヒトにはない。
 焦りは禁物だが、さっさと潰して、次に行こう」

 ブリッドモア辺境伯はバマコに移送され、ノイリン、クフラック、カラバッシュ、クマンなどから事情聴取されている。
 彼はすでに恭順しており、知っていることならすべての質問に答えていた。
 街は彼の領地の寒村よりもみすぼらしいが、とてつもない活気に圧倒される。
 飛行機は間断なく離発着し、船着き場は増強したばかりだが、対岸に新港の建設が始まっている。飛行場では滑走路が新設工事中だ。
 車輌は驚くべき数で、救世主が保有する全車輌の数倍はある。これでも、ごく一部と聞いて、到底戦〈いくさ〉にはならないと判断した。
 さらに、戦車は巨大で、4発の飛行機まで保有している。
 戦えば、彼の領地は蹂躙され、一族は皆殺しだ。
 いや、そうはならない。誰1人殺さず、社会全体を変えていく。創造主よりも恐ろしい連中だ。

 決して、戦ってはいけない。
 次男カリーが撤退を決めたことは、賢明な判断だ。彼は次男を高く評価していた。

 クマンがニジェール川経由で戦車隊を送り込んできた。
 ブリッドモア辺境伯はクマン軍を見たが、戦い慣れしている精強な部隊だ。
 こんな連中がたくさんいるらしい。自分が狭い世界に閉じこもっていたことを、彼は初めて知った。

 ブーカは、クマン国湖水地域派遣軍筆頭参謀に任命された。
 ココワには、湖水地域全域から義勇兵が集まり始めている。ココワ軍とクマン軍は、ニジェール川に沿って東へと進軍を始める。
 ノイリン、クフラック、カラバッシュの航空兵力は、ココワの西に設営した急造滑走路に集結する。
 ノイリン装甲部隊の一部は、北に迂回しながら選帝侯軍の背後に回り込んでいく。

 壮絶な戦いの始まりは近い。

 半田千早は、独立遊撃隊に配属される。少数の車輌で、複数隊が編制され、選帝侯軍の補給線を攪乱する。
 彼女のバギーLは、他のバギーLとともに東へ向かう。

 救世主軍共通の欠点は、兵站補給を重視していないことだ。救世主は、ごく狭い地域で、ごく少数の権力者が争っていた。
 近傍の他領を侵略する場合、攻勢は長くても数日。短ければ数時間だ。そうであれば、数日程度の食料と弾薬を個々の兵が携行すればいい。
 1000キロの彼方まで部隊を送ることは希で、こういった場合の食料は現地調達を原則としていた。
 現地で調達できない、つまり略奪できる物資がない場合はどうすうるか、それは考えていなかった。
 信じられないが、彼らのロジスティクスはその程度なのだ。

 この傾向はヴィルヘルム選帝侯も同じだった。

「どうみても、軍の部隊じゃないね」
 カルロッタの感想に、半田千早も同意している。
 1号車の車長が「あれを襲うのか?」と当惑し、3号車の車長が「勘弁してくれ。あれは、難民だぞ」と答えた。
 半田千早たちは4号車。彼女たちも、ヴィルヘルム選帝侯の輸送部隊を見ていて、とても攻撃する気持ちにはなれなかった。
 1号車の車長が決断する。
「1号車から3号車で接近し、事情を聴取する。4号車は、バックアップとしてここに残る。
 チハヤ、俺たちに何かあれば、掩護してくれ」

 1頭立てか2頭立ての馬車が30輌ほど。荷は食料のようだ。穀物を入れているのであろう布製の袋をたくさん積んでいる。
 救世主の貴族はコムギのパンが主食だが、民衆は違う。救世主軍の将校はコムギのパンを食べるが、下士官・兵はソルガムのパンが主食だ。
 湖水地域でもソルガムを栽培していて、いろいろな調理方法があるが、救世主はごく単純だ。粉にして、パンを焼く。
 チャド湖は、全体的に浅い水深であることがわかっている。だが巨大な湖であり、最大水深は20メートルに達すると推定している。
 そのため、漁業が発達しており、救世主はあまり家畜家禽を食べない。動物性タンパク源は、魚類と草食性ドラゴンに頼っている。
 選帝侯軍の輸送隊の荷は、こういった物資であることがわかってはいるが、その輸送隊の要員が問題なのだ。

 老人、子供、女性ばかり。
 護衛はいない。

 公爵軍、男爵軍、辺境伯軍は、2線級、3線級、それ以下であっても軍が物資を輸送していた。
 軍としての輜重〈しちょう〉隊の体裁があった。だから、襲撃することに躊躇いは感じなかった。
 しかし、辺境伯軍は違う。どう見ても、働き手を失った貧しい農民の逃亡にしか見えないのだ。
 一時は“擬装”を疑ったが、疑いの眼差しでいくら観察しても祖父母と妻と子の集団にしか見えない。年長の子、若者と父親の姿がない。

 1号車と3号車が馬車の車列に近付いていく。だが、1発の迎撃もない。逃げることもしない。殺生与奪を握られたかのように、何も反応しないのだ。
 馬車の車列が止まり、1号車から3号車まで、2人ずつ計6人がクルマから降りている。輸送隊の何人かと会話している。
 半田千早たちは、それをモニターしていた。
「みなさんは、どこから来て、どこに向かっているのですか?」
 1号車車長の丁寧な質問から始まる。
 男性の老人が答える。
「あの“西の貴族”様、私たちはヴィルヘルム侯爵様の領民でございます。
 侯爵様のご命令で、食べ物を運んでおります」
 1号車車長は、全員が痩せていることに気付いていた。特に子供の栄養状態が悪いことも……。
 2号車車長に目配せする。
 彼女は正確に察し、ポーチからフルーツバーを出して、近くの馬車に乗る女の子に見せる。
「これ、美味しいよ」
 女の子は母親にしがみついて怯えるが、2号車車長が、袋を破りフルーツバーを出して、差し出す。
 女の子は奪うように取り、貪り食べる。明らかに空腹だったのだ。
 1号車車長が男性老人に問う。
「空腹なんですね。
 なぜ、馬車の食料を食べないのですか?」
「そんなことをしたら……。
 ご領地に残してきた息子が殺されます。
 1粒欠けることなく、西に運べと命じられておりますので……」
 3号車の通信手が怒鳴る。彼は車内でモニターしていた。
「許せん!
 ヴィルヘルムのクソ野郎、ぶっ殺してやる」

 独立遊撃隊は、この時期は3隊が編制されていた。半田千早たちは最も東に進出していて、他にクマンの4輪駆動車隊が2隊あった。
 彼らも疲れ、飢えている、農民主体の輸送隊と接触し、かなり混乱している。
 各隊は取りあえず、東に向かわないよう輸送隊を拘束し、ニジェール川北岸の平原に集結させることにした。

 輸送隊の農民は、強権により支配されていた。
 荷馬車は、短時間の間に300輌を超えた。1輌に2人から4人が乗っており、捕虜は1000人を超える。武器は包丁以上のものはない。
 これではドラゴンに襲われたら、全滅だ。荒野にヒトが1000も集まれば、肉食のドラゴンを呼んでしまう。
 独立遊撃隊は増援を呼んだが、日没までにやって来たのは装輪装甲車4輌と食料を積んだトラックが2輌だけ。
 輸送隊の農民は、自分たちが運んでいる食料が接収されることを恐れており、同時に自分たちの腹を満たそうとは考えていない。
 この輸送に、人質となった家族の生命がかかっているからだ。

 ヴィルヘルム選帝侯とブリッドモア辺境伯とでは、ずいぶんと違うらしい。
 辺境伯領では、同じ民でも兵と農民や商人は明確に分離されていた。農業従事者が兵になることはあっても、それは徴兵ではないらしい。
 志願制をとっており、基本的な自由が民にある。
 選帝侯領は真逆で、民を強圧している。婚姻を含むあらゆる自由が与えられていない。
 奴隷と同じだ。
 商行為は貴族だけに認められ、兵士階級は貴族と民の中間に置かれる。工業従事者には、民ではあるが特権が与えられている。
 とにかく、農民は虐げられている。

 日没をだいぶ過ぎてから、水路でココワの部隊がやって来た。
 指揮官が「どうして敵にパンを与えなきゃならないんだ、って思いながらここに来たんだけれど、いやぁ。俺も農民だけどね。いやぁ、こりゃひどい」と言った。
 その思いは、誰もが同じだった。

 その夜、半田千早はヨランダと無線で話すことができた。
 ヨランダから聞いた話は、驚くようなことだった。彼女は、須崎金吾がカリーから聞いた言葉を半田千早に伝えた。
「カリーがスザキとの会談で、最後のほうに言ったことなんだけど……。
 ブリッドモア辺境伯が生きている限り、ヴィルヘルム選帝侯は辺境伯領には攻め込まない……。
 でも、もし死んだとわかったら、すぐに攻め込んでくる……。当然、全力で戦うが、もし負ければ父の領民は不幸になる、って。
 そのときは意味がわからなかったけど、6人の貴族は似ているようで、かなり違うみたいだね」

 夜明け前、半田千早は目を覚まし、そのまま眠れなかった。
 歩哨をしている見知らぬ隊員と並んで立ち、彼と少し話した。
 彼は「ヴィルヘルムは殺さなければならない」と言った。
 続けて、「ヴィルヘルムを殺して、ブリッドモアを味方にする。カリーに選帝侯領を攻めさせて併合させれば、他の貴族がどう出るか。それを試す価値がある」と言った。
 半田千早も同じことを考えていた。

 戦争は鉄砲玉を撃つだけじゃダメ。調略が大事。そのことは知っていたが、これほどまでに重要だとは考えていなかった。
 彼女は、自分の認識を改め始めていた。
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