200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚

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第10章

10-236 ガウゼの法則Part.1

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 生物には、生存に関する根源的な法則がある。
 競争排除則。別名「ガウゼの法則」と呼ばれる群集生態学における極めて重要な法則だ。
 つまり、同じニッチ(生態的地位)にある複数の種は安定的に共存できない、のだ。
 生物は通常、まったく同じニッチには位置しない。例えば、同じ川に棲むザリガニがいたとする。種Aは流れが速く清らかな水質の上流を好み、種Bは流れが緩くある程度の水質汚濁にも耐えられる性質から下流を好む。
 これならば、ニッチは重複しない。当然、競争排除則は発生しない。
 南北アメリカが陸続きになる以前、300万年以上前のこと。
 北アメリカにはネコ科動物で長い上顎犬歯を持つスミロドンがいた。別名サーベルタイガー。
 南アメリカには姿はサーベルタイガーに似ているが、有袋類の捕食動物であるティラコスミルスがいた。
 スミロドンの体重は300キロから350キロ、ティラコスミルスは80キロから150キロほどだとされている。
 推測だが、スミロドンとティラコスミルスのニッチは重複していた。パナマ地峡が形成され、南北大交差が起こると、ティラコスミルスは姿を消した。

 ヒト属動物とセロのニッチは、完全に重複する。どちらも文明を有する霊長類だが、生物の基本法則に抗えるわけではない。
 当然、競争排除則が発動する。

 現在、ヒト属動物はセロから一方的に攻撃されている。
 ヒトは個体数が少ないためか、人命を大切にする。一方、セロは個体数に余裕があるのか、犠牲を顧みず攻撃を仕掛けてくる。
 セロは、アゾレス諸島に250メートル級飛行船を集結させている。
 偵察衛星がないので、航空機による強行偵察で推定300隻が集結中との報告がある。

 いまから6カ月前、遭難した飛行艇US-1綾波の乗員・乗客は、不死の軍団と始めて接触する。
 これは、人類史上初のことだった。

 軽過荷状態の飛行艇US-1綾波は、3基のエンジンでさして広くない沼から自力で離水。中部レムリアには降りず、一気にマハジャンガまで飛んだ。
 この回収飛行は、萱場隆太郎によって実行された。
 エリシアとカプランは、状況を住民委員会に報告するため、一足早く帰還する。
 問題はここから、地理学者の畠山省吾と歴史学者の佐成真結が現地に残ったのだ。
 2人の残留理由ははっきりしていた。
 不死の軍団から情報を得ること。
 2人に協力するため、学術調査会は人類学者の諸見麗羅と考古学者の諏訪勝孝を派遣する。
 交通の便が悪い場所で、4人の活動を支える物資補給は簡単ではなかった。
 ここまで飛べるヘリは、チヌークとスーパースタリオンしかなく、固定翼機が降りられる滑走路の設営は不可能。
 セスナやポーターⅡの水上機では、航続距離が足りない。
 そこで、賀村桃華に何度も依頼があって、物資の輸送を行った。
 この飛行にエリシアが数回同行し、桃華は彼女と彼女の仲間たちと親交を持った。

 桃華は自宅で、ライブニュースを見ていた。
 内容は彼女が知っていること。
 不死の軍団は、3000年から2000年ほど前に滅んだ文明のメモリであること。
 近距離対空ミサイル、対戦車誘導弾、対物ライフルで武装していること。
 ヒトはおらず、記憶媒体とドローンがAIにより制御されていること。
 何もしなければ、何もされないこと。
 オーク(白魔族、創造主)との戦闘は事実であること。オークは壊滅的打撃を受け、緑の地獄、サハラ森林帯のどこかに逃れたこと。
 そして、この先史文明絶滅の原因が重要だった。
 セロに滅ぼされた。

 200万年後への移住者は、多くが世代を重ねることができなかった。
 この世界に定着できなかった。
 しかし、例外があり、何組かは世代を重ね人口を増やすことができた。古い移住者の子孫は、数十万年以上かけて、鬼神族、精霊族、丸耳族に進化する。
 新しい移住者の中にも定着に成功するグループがあった。
 だが、その多くはアフリカではなく、北アメリカ西岸、カリフォルニア湾付近だったらしい。
 北アメリカ東海岸を拠点にするセロは、ニッチが競合するヒトを攻撃する。
 これは、本能そのもの。
 ヒトが世代を重ねていくことに成功しだすと、セロに探知され攻撃を受け滅んでいった。
 赤道以北アフリカと西ユーラシアのヒトは、セロの影響を受けなかった。
 存在を知られていなかったからだ。

 西ユーラシアから北アフリカおよび西アフリカに移住したヒトは、ヒトの存在を知ったセロから激しい攻撃を受けることになる。
 この戦争は何十年も続いているし、今後何千年も続く。
 競争排除則が解除されるまで続く。この法則が解除させるには、ヒトかセロのどちらかが滅ばなくてはならない。

 マハジャンガが航空機を製造する以上、クフラックとバンジェル島は「ヒトとしての義務を果たせ」と言ってくる。
 マハジャンガの世論はセロとの戦争を他人事としているが、議会たる住民委員会と行政はそのようには判断していなかった。
 セロの飛行船は、湖水地域を何度か爆撃している。もし、西アフリカ戦争が終われば、北アフリカやサハラ以南アフリカに攻め込んでくる。
 実際、リベリア半島や西アフリカでは、セロとの地上戦があった。

 不死の軍団の元となった文明は、バハカリフォルニアに拠点があった。
 セロの攻撃に耐えきれず、船に乗って多くが逃れた。一部は太平洋に出てニュージーランドを目指し、一部はパナマ海峡を渡って南アメリカに上陸し、一部はパナマ海峡から大西洋に入ってアフリカに向かう。
 アフリカに向かったグループは、ジブラルタル海峡を越えて、かつての地中海を航行し、東西に裂けたアフリカの間にある東アフリカ内陸海路に至った。
 ここでアフリカ側に上陸し、ささやかなテリトリーを作るのだが、長くは続かなかった。
 数世代後に膨大な記憶を残して、滅んでしまう。

 住民委員会と行政は苦悩していた。
 オークとの戦いなら、住民は否を言わない。
 だが、セロはどうか?
 セロと戦う理由を解せる住民は少ない。

 クフラックとバンジェル島は、マハジャンガに対して「対飛行船攻撃機8機と、航空機を支援する地上部隊を派遣すべきだ」と要求している。
 この要求を伝えたのは、住民委員会外交部副部長の鏑木健介で、この要求を押し付けられたのが代表特別補佐の萱場隆太郎だった。

 鏑木健介と萱場隆太郎の密談は、仁井田鉄工所航空機部が開発中の双発輸送機の機内だった。
「こんなもん、作ってんのかぁ!」
「いやぁ、驚きです。
 ドルニエ228のデッドコピーらしいですよ」
「ったく、厄介なことばかりしやがって」
「鏑木さん、仕方ないですよ。
 売れるのは飛行機だけなんだから。
 外貨を稼がないと、飢え死にします」
「わかっているけどさぁ、次から次へと飛行機を開発してくるなんて、どれだけ暇なんだよ」
「それだけ、開発のリソースがあるんですよ。70年間、地道に努力してきたんです。
 誰もが……」
「で、あれは戦闘に使えるの?」
「MU-2の開発と製造は、紆余曲折があって、最終的に仁井田鉄工所が受け持つことになったみたいです。
 民間同士の話し合いの詳細はわかりません。
 結局、短胴型、長胴型とも仁井田鉄工所が製造権を獲得したわけです」
「本当に軍用型は作れるの?」
「機体の構造強化は必要なんですが、オークとの戦闘を考慮して開発されていた経緯があって、この点は十分です。
 だいぶ過大なほど」
「で、本当に40ミリ機関砲が積めるの?」
「積めます。
 固定武装は40ミリ機関砲1門と20ミリ機関砲2門。
 空飛ぶ高射機関砲ですよ。
 それと76.2ミリロケット弾2発」
「8機を用意できるの?」
「2機を飛行訓練に使い、2機を整備訓練に使っています。
 残り4機は来月初旬には」
「萱場さん、部隊の編制は?」
「軍隊のことは何も知らないんですけど、パイロットが16人、整備が40人、警備が50人。
 計96人態勢と聞いています」
「補給は?」
「2機のオライオンを使います。
 クマンの協力を得て、航空機の整備工場に隣接した前進基地を設営しましたけど、それでどうにかなるのかわかりません」
「セロの飛行船って、航続距離が長いんでしょ」
「そうなんです、鏑木さん。
 地球を一周できるようです」
「そんなに?」
「えぇ。
 一応、クマンの防空を任されています」
「カナリア諸島には進出させない?」
「その気のようです。
 イヤなんでしょう。いろいろと知られることが」
「バンジェル島は?」
「クマンの防空には加わらず、大西洋上でセロの船団を迎え撃つ作戦らしいです」
「クフラックとバンジェル島の目的は……?」
「我々に長距離進出をさせてリソースを使わせることと、クマンが爆撃されれば同国の国力を削ぐことができる……」
「やはり、そういううことなんだろうねぇ」
「まぁ、確実でしょう」

 マハジャンガでは、周辺の防空強化のために海上移動砲台的な防空専門船の建造を計画していた。
 ディーゼル・エレクトリック船で、船体は80メートル級標準商船。鋼材をマハジャンガに運んで建造するよりも、船体だけをブルマンで造るほうが安上がりなので、完成したどんがらの船体をマハジャンガに曳航してもらった。
 これに、機関と武装を施す。
 主砲は戦車砲を転用した105ミリライフル砲。2基の砲塔に各1門を搭載する。
 船体後部には、40ミリ連装機関砲塔がある。
 これが2隻。
 マハジャンガの防空用だったが、西アフリカ前進基地に送ることになった。
 基地の近くに繋留して、浮き砲台として使う。

 隆太郎は、西アフリカ派遣部隊には直接関係していなかった。しかし、機体の空輸や物資の補給ルートに関しては、隆太郎が主導していた。

 正規8機の空輸が完了してから、補用2機の追加空輸が隆太郎に打診される。
 依頼はほぼ没交渉の防衛隊からだった。
 防衛隊司令部に出向くと、司令が単刀直入に切り出してきた。
「萱場代表特別補佐、お願いがあるんです」
「はぁ?」
「短胴型2機を空輸していただけませんか?」
「司令、空輸ルートは確立しているし、このルートは民間機も飛んでいます。
 私が飛ばなくても……」
「パイロット不足は、我々も同じでして……。
 その点、特別補佐の配下には優秀なパイロットが揃っていらっしゃる」
「私の配下?」
「いや、正確ではないですね。
 特別補佐の影響下にある若いパイロットたち、でしょうか」
「例えば?」
「奥様とか?」
「……?」
「いや、失礼。
 どちらにしても、我々が空輸する余力がないんです。
 ついででいいので、2機を空輸していただけませんか?
 機をお預けするので……」
「ですが、司令、なぜ短胴型なんです?
 長胴型でないと40ミリ機関砲を搭載できませんよね」
「えぇ、おっしゃる通りで。
 搭載弾数の少ない40ミリ機関砲の効果に疑問を提示する意見がありまして……」
「はぁ?」
「そこで、20ミリ機関砲2門に減じたタイプを試験的に投入することにしたんです」
「それを運べと?」
「はい……。
 ダメですかね」
 このとき、隆太郎はある計画について相談してみようと考える。
「ダッシュ8の貨物機型の計画があります。
 正確には、胴体を貨物用に改設計します。
 燃料満載時で4.5トンの物資が運べます。このときの航続距離は2800キロ」
「いやぁ~、防衛隊では無理です。
 戦術輸送機の開発なんて、予算的に無理なんです」
「ですけど、あれば購入を検討いただけるものですかね」
「もちろん、ほしいですよ。
 優秀な戦術輸送機は……。
 物資輸送のやりくりに苦労していますから……」
「では、司令、完成時にはぜひ真剣な検討をお願いします」

 ボックスカー双発輸送機の機体購入ができないことから、マハジャンガでは自前で中型貨物輸送機を開発しようという機運がメーカー間で高まっていた。
 国策機である20人乗り級のエンペラーエア、50人乗り級のエンジェルエアとは別に、民間主導で20人乗り級ドルニエ228、50人乗り級ダッシュ8が開発中だった。
 拡大の限界に達しているエンジェルエアとは異なり、ダッシュ8は胴体をストレッチして70人乗り以上にまで拡大できる余裕がある。
 国策機との競合を避けるため、ダッシュ8をベースにした貨物輸送機の開発が計画されている。
 この時期、官営の航空機工場はダッシュ8に比べて商品性の劣るエンジェルエアの製造を中止し、キングエアとエンペラーエアの製造に専念しようとしていた。
 キングエアを拡大改良したエンペラーエアは、哨戒機としては優秀で国内需要を満たすだけで手一杯の状況だった。

 湖水地域やクマンの主要空港にダッシュ8が飛来するようになると、否応なく両国の関心を集める。
 ブルマンは、正確にはエリシアの兄がマハジャンガ製航空機のブルマン、フルギア、東方フルギア、北方人への独占販売権を握った。
 また、ポーターⅡのノックダウン製造も始める。
 だが、その中にドルニエ228とダッシュ8は含まれない。
 そこで、フルギアが強烈な巻き返しに出てきた。
 エリシアは兄から「ダッシュ8の商権をフルギアに渡すな」と厳命されていて、公選領主の使者からは「もし、フルギアに後れを取ることがあれば、そなたはミエリキ様の御名を汚すことになる」と詰められている。
 無茶苦茶な言い分だが、エリシアも何とかしたいと真剣に考えていた。
 この頃には、エリシアがブルマンの英雄ミエリキの孫であることが知られており、ブルマン、フルギア、東方フルギア、北方人の商人たちからは一目置かれる存在になっていた。

 マハジャンガの存在を無視し続ける北部レムリアは、花山海斗とサリューの訪問に狼狽えた。
 まさか、花山健昭の甥がマハジャンガの使者として訪れるとは想像さえしていないことだった。
 花山健昭の名を出されて追い返すわけにも行かず、マハジャンガの代表からの親書を受け取ることになってしまった。
 はなはだ歪ではあるが、北部レムリアとの交渉が可能になった。
 ズラ湾のバンジェル島勢力がどう出るのか、そこが問題だった。武力行使はしないだろうが、今後、陰湿で陰険で狡猾な妨害工作がある、と推測されている。

 アラセリは、かねてからアルベルティーナ妃と縁があるのではないかと仲間たちから推測されていた。
 ただ、まさか直系の孫だとは誰も考えてはいない。救世主の選帝侯と辺境伯の爵位を持つなど、誰も想像していない。

 半田辰也は、完全に自分の出自を隠し通していた。だが、時折訪れるバンジェル島の商船乗りたちが「マハジャンガにクマン王家の直系がいる」と噂していた。
 辰也の顔を知る誰かに見られた可能性がある。
 この噂はマハジャンガの行政も知っており、それはいったい誰なのかを突き止めようとしていた。

 短胴型MU-2は、隆太郎、辰也、カプラン、海斗によって、クマン領内のマハジャンガが管理する基地に輸送される。

 空輸を完了した翌日、明日はクマンの首都に移動という日。
 サイレンがけたたましく鳴る。

 隆太郎たちには、何が起きたのかわからなかった。
「萱場さん、みなさん!
 セロの空襲です。
 空中退避に協力してください!」
 ピスト(待機所)の近くで、基地司令から直接伝えられた隆太郎たち4人は、慌てて運んできた2機に向かって走る。

 このとき、基地にはハーキュリーズ輸送機とスーパーYSが在地していた。
 2機が最初に緊急離陸し、8機の迎撃用長胴型MU-2が離陸、最後が短胴型MU-2の2機となった。

 2機の輸送機が基地の上空で旋回を始めたことから、隆太郎たちはクマンの首都に向かった。
 防空が目的ではなく、偵察を意図している。対オーク戦において、空中での迎撃よりも対空砲による阻止のほうが効果があることがわかっている。
 防空船が到着していることから、首都に向かう。

 飛べる航空機は、首都の空港から離陸し、飛べない機は掩体に引き込む作業が続いていた。
 この地域の防空を担うバンジェル島は、迎撃機を1機も派遣していない。
 隆太郎が隣に座る海斗に不審を言葉にする。
「バンジェル島は、クマンの防空を担当しているんじゃないの?」
 海斗には心当たりがある。
「洋上で迎撃するんじゃないですか?
 首都の直上では、対空砲の邪魔になるから……」
 だが、現状、多くの航空機が空中退避のために離陸している最中で、対空砲が使える状況ではない。
「空中退避機は内陸に向かっている。
 俺たちは海岸に行こう」

「海斗さん、機関銃弾は?」
「マハジャンガを発つときと同じ、満載状態です。
 あの葉巻が、セロの飛行船か?」
「しばらくぶりに見ますが、間違いないです。
 簡単には落とせませんよ」

 マハジャンガの20ミリ機関砲は、台湾からもたらされたポンティアックM39が原形だった。
 弾種はマハジャンガのオリジナルで、破口榴弾、榴弾、焼夷弾を発射する。弾頭の系譜をたどると、第二次世界大戦時の日本陸軍制式20ミリ機関砲であるホ5に行き着く。
 この組み合わせが、オークの飛行体に効果的だった。

「爆弾を外装しているのか?
 爆弾倉はないのか?」
「リュウさん、250メートル級だと、搭載弾量は最大6トン。200キロクラスの無誘導爆弾を30発搭載しています。
 1個の爆弾架には8発または7発。
 最近は、200キロ爆弾が主流みたいです」
「投弾前に阻止しないと」
「戦うんですか?」
「それしかないだろ!」
「俺たちの任務じゃない」
「ことの成り行きだよ」

 海斗と辰也は、かねてからマハジャンガの好戦性を気にしていた。
 オークと戦い続けていたマハジャンガのヒトたちは、戦いを忌避しない。逃げても、結局は戦うことになる、と。
 いま戦えば、次の戦いがなくなる、と。

 海斗は後方から辰也機が追及していることを確認する。
 辰也は隆太郎の命令に従っているが、海斗同様、戸惑いがあるはず。

 隆太郎は、飛行船の下部に取り付けられたゴンドラに20ミリ弾を撃ち込む。
 飛行船の舷側に多くの兵が並んでいる。登舷の敬礼のように。
 彼らの手には大口径の銃が握られている。ヒトの銃とは異なり、射程が短いとされる。

 隆太郎が20ミリ機関砲を発射。飛行船の下方を降下離脱する。
「やはりな。
 オークの飛行体と同じで、装甲がない。榴弾で破壊できる」

 何度攻撃を仕掛けても、飛行船の行き足は止まらない。
 オークは犠牲を厭う。だが、セロにその指向はない。ヒトを駆除する本能がすべてに勝る。

 3回の攻撃で、2個の爆弾架を破壊し、右舷の推進機を停止させた。
 だが、飛行船はまったく怯まない。炎を発し、煙を引きながら、首都に向かって突進していく。

 隆太郎は相当な焦りを感じていた。セロは好戦的だと聞いてはいたが、これほどとは考えていなかった。
 どれだけ攻撃しても、まったく怯まない。
 隆太郎は空中特攻まで考えていた。しかし、飛行船に馬乗りになった程度では、到底落とせそうにない。

 海斗が「14時の方向、友軍機!」と叫ぶ。
 長胴型のMU-2だ。
 隆太郎機を追い抜いて、セロの飛行船に肉迫していく。
 無誘導の76.2ミリロケット弾は、とんでもなく安価な兵器で、安価だが威力がある。落としにくいオークの飛行体を何度も撃墜している。
 ただ、命中精度が悪く、危険なほど接近する必要がある。

 長胴型MU-2の攻撃は、教科書通りの肉迫攻撃だった。
 彼我の距離150メートルまで接近し、両翼端の76.2ミリロケット弾を投下発射する。
 炸薬量200キロの弾頭を備え、時速500キロで突進する。
 2発が同時に爆発し、ゴンドラが完全に崩壊する。当然、ゴンドラの付属物である爆弾架・投弾機も海上に落ちていく。

 ゴンドラを失った飛行船は、風船と同じ。漂うだけ。邪魔だが、無害な存在になる。

 バンジェル島の防御線を突破し、クマンに向かっていた8隻の250メートル級飛行船のうち、6隻がマハジャンガ航空隊の奮戦で陸上に近付く前に阻止できた。
 2隻は陸上の直近で阻止できた。
 5隻は無誘導の76.2ミリロケット弾で無力化したが、3隻は20ミリと40ミリの機関砲によるものだった。

「萱場さん、お願いがあるんですが……」
「なんです、司令。
 私にできることですか?」
「明日、帰るのですよね」
「首都に2日間滞在します。
 クマンの要人との打ち合わせがあります」
「マハジャンガに戻ったら、40ミリ機関砲は不向きだと行政の上の方に伝えていただけませんか?
 萱場さんの体験として……」
「ウソをつけと?」
「はい……、ダメですか?」
「40ミリはダメ?」
「えぇ、発射速度が遅いんです。
 たぶん、30ミリのブッシュマスターのほうがいいと……」
「35ミリでなくて?」
「えぇ、30ミリのほうが80キロ近く軽いでしょ」
「司令、確かにパイロットのみなさんから、いろいろと聞いています。
 40ミリは重いから機動性が下がる、威力はあるけど多くの弾を命中させるには発射速度が低い……。
 それと、携行弾数が少なすぎる……。
 ですけど、40ミリ機関砲の搭載は、まったく同じ理由で開発側が反対意見を述べていたはず。
 それを、押し切ったのが防衛隊側ですよ」
「特別補佐……。
 そこが問題なんです。
 我々が何を言っても、巨砲主義の隊上層部は聞く耳を持ちません。
 報告はすべて握り潰されるでしょう」
「で、私から?」
「えぇ、代表特別補佐の発言は、誰も無視できませんから……。
 防衛隊の制服組でも背広組でもないし……」

 クマン領土直近の上空で繰り広げられたマハジャンガ航空隊による空戦は、クマン国民とクマン軍に深い感銘を与えた。
 浮体は狙わず、徹底してゴンドラを攻めたマハジャンガ航空隊。とんでもない威力があるロケット弾と、大口径機関砲による攻撃はバンジェル島やクフラックの戦い方とは明らかに違っていた。

 隆太郎たちがハーキュリーズのランプドアから降りると、出迎えるようにクマン陸軍の高官が待っていた。
「カヤバ代表特別補佐ですね」
「はい……」
「クマン軍参謀本部参謀長補佐のケンデです」
「参謀長補佐閣下、私に何か?」
「クマンに空軍を設立したいのです。
 あなたの戦い方、地上から見ていました。
 どうかご尽力ください」
 隆太郎はこの場から逃げ出したかった。だから、適当に答えた。
「閣下のご意見、我が代表に伝えます」
「どうか、よしなに」

 隆太郎は腹の中で毒づいていた。
「クソ、どいつもこいつも俺に難題を持ち込んでくる」
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