【第一章】きみの柩になりたかった−死ねない己と死を拒む獣へ−

続セ廻(つづくせかい)

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Ⅴ.銀の糸

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 イオとメロス、そして気を失った同期の男の三人が無事に詰所にたどり着いたのは、泉の傍を出発した朝からたっぷり時間をかけて、月も高く昇り門が閉ざされた後の時刻だった。
 自作自演とはいえ暴行のダメージを負ったイオは森の中を魔法を使いながら歩くだけで消耗した。隣に並ぶメロスは気を失った人間を抱えながら森を進んだ。二人共普段以上の緊張と疲労に、たどり着いた途端気を失うように倒れてしまうほどだった。
「いやー……強い魔物や魔族に遭わなくてよかったねえ…メロス」
「まったくだろ…お前……無謀にもほどが有る」
 打撲や足の裏の怪我――もっともこれは歩き慣れていないが故の怪我が殆どだが――を理由に雑魚寝ではなく寝台で休む時間を得たイオが携帯のインク壺にペン先を浸しながらへらりと笑う。
「彼は、意識戻ったのかな」
「らしい。何故持ち場を離れたか、これから問いただすそうだ」
 メロスは干し葡萄を口に放り込み、イオの口元にも差し出した。
「さんきゅ」
 メロスの指ごと干し葡萄を食べて報告書を書き上げるイオ。まだインクの乾ききっていない茶色い紙をつまみひらひらと扇いだ。
「これメロスの分の報告書ね。ほら、君正騎士だしさ、僕が報告書あげちゃったけど」
ぱっとイオの手から紙を受け取り、メロスがそれに目を落とす。
「何があったかこの内容通りに報告してるから。ほら、君が僕の事助けた英雄にしておいたからさあ」
 イオの軽い言葉とは裏腹に、読み進めるほどにメロスの表情は険しくなっていった。
「……どういうことだ」
 顔を上げたオルメロスが赤い瞳を細めて頭を抱えた。
「考え直せイオ」
「あははー……もう出しちゃったからさあ」
「……ッ……冒涜だ…それにこれでは…お前も」
 膝の上にオルメロスが置いた報告書の要点は掻い摘むと次のような内容だった。


 イオギオス=ガラニスは瘴気の森で不慣れさから本体から徐々に遅れてしまい、殿を務めたオルメロス=アンディーノと共に森の中で迷ってしまった。
 そこで一体の魔物に遭遇しこれを排除。イオギオスはその場に待機し、オルメロスは周囲の見回りにそばを離れた。
 その場で地面に座り休息を取っていると後ろから口を塞がれ引き倒された。視界が悪く、相手は複数人でイオギオスの手足をおさえつけ防具を外し数発殴打や蹴りを加え着衣を剥ぎ取り暴行を加えようとした。
 イオギオスは盗賊の類と判断し光の魔法で目を眩ませ、炎の魔法で三名を無力化したところ、彼らははぐれた調査班の本隊の面々であった。
 更にそこに本隊の背後から魔族と思われる存在が一体現れ交戦。奮戦虚しく隊員八名が殺害される。そこにオルメロスが戻り魔族を撃退。亡くなった班員から遺髪を回収し埋葬、森の中を迷う途中で茫然自失状態の隊員を発見し共に詰所へ帰還した。


「首謀者が誰だかわからないけど従わされてる感じでした、とでも言っておくよ」
 頭が痛くなってきたよと目を瞑るイオ。メロスが体調を案じると枕に頭を沈めて呟いた。
「あんなのを見たせいかな。自分が酷い目に遭う夢をみる……」
 メロスが目を瞬かせて、それから幼馴染の頭を撫でた。
「はぁ……マリーの焼いたスコーンでお茶がしたいねえ」
「まったくだ」
「あれ、今のツッコミ待ちだったんだけどなぁ」
 マリーレナ、それがオルメロスの婚約者の名であり、イオとメロス二人の共通の幼馴染でもある。
「今更お前がマリーに何かすることはないと信じているだけだが、違うのか。……まさか」
「ははは、違わない違わない」
 イオは雑魚寝部屋の枕と違った柔らかい病人用の枕を堪能する。その栗色の髪の上でメロスはポンポンと手を弾ませた。
「色々と自業自得なのは間違いないが、ゆっくり休めよ」
「はぁい」
 滞在している医官によると、イオの怪我はともかく上質な魔力薬ポーションの連続服用を強く咎められた。副作用の危険性が有るのであと三日は魔法の使用も、あらゆるポーションの使用も禁止された。
 メロスがその場から立ち去った後、イオはメガネを外し天井へ視線を彷徨わせてぼんやり考える。
 ――実のところ、イオは自分が飲んだ魔力薬ポーションがそれほど純度の高いものだと口にするまで知らなかった。物資を融通し、今回の話を教えてくれた教授には改めて礼を言わねばならないだろう。
 そして目撃した様々なもの。
 けだものの様に理性を失った仲間の姿。死ねない体を持つ青年とその付き人。まるで聖域のように瘴気のない空間。古い石の建築物。その裏に作られた無数の墓標。

「思ってるより面倒くさいことにメロスを巻き込んじゃったよなぁ……」

 そうして医務室で過ごした後、通常の詰所での作業にイオも加わり冬を過ごす――筈だったのだが。
 内部告発じみたイオの報告書が回覧されたと思しき十数日後、イオとメロス、そして同期の男の三名は本来の任期を中断して、教会へ帰るように指示されたのだった。

 物資を積み込んだ馬車の中に乗り込んだ二人に告げられた言葉にメロスは怒りを顕にした。
「どういうことだ! こんな事をするぐらいなら歩いて帰還したほうがマシだ」
「黙れオルメロス。これも上からの指示だ」
「しかし……」
「俺とお前でこいつら二人を監視、ということだ。それよりこいつらがゲロを詰まらせて死なないように気を付けないといかん」
 メロスと上官の前で、イオと、もうひとりの男が手を拘束され目隠しをされていた。馬車の荷台には詰所から持ち帰る様々な物資が積まれており、まるで荷物のように二人は向かい合い座っていた。私語は禁じられているのか目隠しをされてから二人共何も喋らない。
「まるで脱走兵か罪人のような扱いではないですか……」
「俺達が抗議した所で意味はない」
 メロスがイオに視線を向けると、彼は落ち着き払って膝を抱えていた。
 隣の同期はしょんぼりと項垂れている。
「さあ、出発するぞ」
 馬車には他に御者ぎょしゃが。そしてイオ達と交代で引き上げていく隊が同行した。
 冬の冷え込みが本格的になる前に、一行は詰所を発ち連峰を迂回しなければならない。
 上流階級が乗るようなサスペンションなど期待すべくもない荷台はよく揺れた。よくよく揺れた。
「う…え、げっ……」
 二人は時折馬車に酔い込み上げる吐き気に手を上げた。メロス達がそれに気づくと荷台から顔を出させて楽になるまで世話をする。
「歩いた方が楽だろう……」
 イオの背中を撫でながらメロスが独り言のように呟くと、イオは普段と変わらない緩い笑みを浮かべた。
 馬車での旅路も数日すれば慣れてくる。彼らは拠点となる地方の教会支部へ途中途中街に寄りながら進むのであった。

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