燃ゆる生命

辻堂安古市

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8月6日・閃光堕ちる

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 空襲警報が鳴り響く夜が明け、運命の朝が来る。


 
 この日が雲一つない晴天だったことを、後から様々なことを知った広島の人たちは、恨めしく思っただろうか。事実、8月9日の第一目標は小倉であったが、煙により目標地点が視認できなかったために長崎に変更されたのだから。
 
 戦争が激化、というよりも太平洋における相次ぐ敗戦のために、前年1944年11月より日本本土は焼夷弾攻撃を受けるようになっており、各都市部では集団疎開が行われた。広島でも1945年4月から7月にかけて、約2万3,500人の学童が県北部へ疎開した。このような強制疎開などにより人口が激減し、市内では多くの疎開対象外の中・高校生や女性たちが様々な活動や労務に従事していた。

 この日、廣明は軍務ではなく語学教育のために近隣の学校へ赴くことになっており、少し遅い時間に朝食を摂っていた。外ではシズ子が今日も洗濯物を干しており、その足元では晴夫が地面い棒きれで何かを描いている。特になんて事はない、見慣れたいつもの光景である。しかし、この変哲もない日常は、二度と見られない光景と化すことになる。



 「エノラ・ゲイ号」が、広島上空に達し、まず観測機器を搭載したパラシュートを3機投下した。その様子は市民からも見えていたことが証言として残っている。中には日本機が攻撃したために脱出したパイロットだと思っていた人もいたようだ。このようなある意味では「呑気な観測」がなされていたのは、当時「広島は空襲されない」という見方が広まっていたせいもあったと思われる。実際に各地の大都市が軒並み句集を受けている中、終戦直前まで日本でも有数の大都市であったのにも関わらず、空襲は受けていなかったのだから、そう思うのも致し方ないことではある。しかし、それは既に原子爆弾の攻撃目標都市として「温存」されていただけのことだった。

MkⅠ「リトルボーイ」
全長3.05 m、最大直径0.71 m、総質量4,400 kg。
積載されたウラン63.5 kgのうち、僅か1.38 %(876.3 g) が核分裂反応を起こしたと推定されている。
この質量1㎏にも満たない物質が、この数分後広島に斯くも甚大な被害をもたらした。



◆◆◆
8月6日午前8時15分17秒 高度9632M
「リトルボーイ」が投下される。


「おそら、キラキラ~」

 出かけようとしていた廣明は、晴夫の声を聴いて空を見上げた。通常の空襲からすれば何かがおかしい。

 それは何か説明がつくものではなく、今まで見聞きしたものから導き出された勘のようなものだった。養父は海軍航空隊の礎を作った人間であり、様々な事を聞いてもいた。その中には、詳細は不明だが何やら恐ろしい「新型爆弾」が開発されているようだ、というものもあった。

(まさか……いや!念のため…!)

「シズ子!晴夫!何か嫌な予感がする!建物の陰に来い!」
「え?なんです?」
「いいから早く!」

腕を引っ張り、できるだけ柱の多いところに身を隠す。



その直後。 






◆◆◆

「リトルボーイ」がその鎖を解かれ、廣島市街上空へと落ちてゆく。

そして投下43秒後、それは上空約600m地点で炸裂した。

爆発と同時に「火球」が発生する。
それは1万分の1秒後には半径約14mまで広がり、温度は約30万℃近くにもなった。
太陽の表面温度は6000℃と言われてる。地表の温度は3000℃以上となり、半径500m以内にいた人間は瞬時に大量の熱戦と放射能を浴び、ほとんどが即死した。直下にいた人間は一瞬にして消し炭となり、地面にはその「影」や「燃えカス」が焼きついた。




爆発後1秒
閃光が辺りを包み、周辺温度が一気に上昇する

2秒
雷が何百も合わさったような轟音が鳴り響く

3秒
熱せられた大気が膨張し、爆心地から音速の暴風が吹き抜ける。

4秒
轟音と共にガラスが割れ、瓦が飛び、木々が倒れ、家が塀が倒壊していく

5秒

6秒
いったんは収まった暴風は、今度は爆心地へと向かい吹き荒れ、様々な塵や放射線を巻き込んでキノコ雲を形成していく。その高さは10000mにも及び、広範囲に放射能物質をまき散らすことになる。


7秒



8秒




9秒




10秒………









 どの位の時間が経ったのだろうか。もうもうと沸き立つ埃の中、瓦礫を押し分け廣明は自分が「生きている」事を確認する。


(助かった……のか?)


 廣明たち山瀬家が住んでいた借家は、コンクリート製のビルの隣であったためか、運よく熱戦と爆風の直撃からは難を逃れていた。しかしシズ子と晴夫は気絶してままであり、晴夫の足には吹き飛んできたガラス片が数辺ささっているのが見える。早く非難して治療をしなければと思い、廣明は家の外に目を向けた。

 しかし、そこに見えたのは、この世のものとは思えない光景だった。
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