元オペラ歌手の転生吟遊詩人

狸田 真 (たぬきだ まこと)

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第二幕 幼少期

13.誕生日には花束を 〜アントニオの不安

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 聖女メアリーの生誕を祝う、晩餐会がはじまり、次々とメアリーの元にプレゼントが届けられた。

 アントニオも、ジュゼッペも、リュシアンも屋敷の皆が、正装に着替えて晩餐会に出席している。

 アントニオは焦茶の髪色に似合う、同じ茶色のズボンと革靴、白いリボンタイとサスペンダー、グリーンのフリルブラウスと靴下という装いだ。

 メアリーはグリーンのフリルカラーのついたシフォンドレスで、アントニオのブラウスと、似た系統のデザインだ。グリエルモもアントニオのズボンと同じ生地でできた茶色の燕尾、グリーンのベストとタイ、白いウィングカラーシャツを着ている。

 ジュゼッペは黒い燕尾服に、金のベスト、金のチーフを刺している。

 リュシアンは軍の正装である青生地に金の刺繍が入った軍服だ。

 アントニオは、聖女メアリー、ジーンシャン領主の勇者グリエルモと並ぶ形で、来賓客に挨拶をしている。

 さっきまでの自信は何処へやら、アントニオの顔はニコニコと笑っている形をとっているが、若干顔が引きつり、小さく震えていた。白百合の乙女を崇拝する信者たちからのプレゼントは、どれも一級品で素晴らしい。アントニオは自分のプレゼントが本当に花束なんかで良かったのか、不安になってしまったのだ。

 思えば、家族にプレゼントなんて贈ったことがなかった。もし、母上がプレゼントを気に入らなかったらどうしようか。あれだけ大きな花束なら、来賓客からは、貧相なプレゼントだとは思われないはず。だって、自分は2歳児だし! だけど、母上が気に入らずに、その日のうちに、ゴミ箱に花束が捨てられてしまったらどうしよう。心が折れそうだ。手伝ってくれた、バルド、ジュゼッペやリュシアンにも申し訳ない。あの優しい母上なら、気に入らないからといって、俺を殴ったりはしないと思うけど....気に入らないという事は、大いにあり得る。ゴミ箱ではなく、せめて、花が好きなメイドに横流しするに留めて欲しい。でも、でも、もし、気に入ってくれて、部屋や広間の花瓶に飾ってくれて、長持ちするように手入れしてくれたら...いや、期待し過ぎるのは良くない。あとでガッカリしたくない...あぁ、俺のプレゼントの順番はまだなのか? 気が遠くなってきたんだけど!? こんなに緊張するのは久しぶりだ。オペラ初日の公演直前に舞台袖で待機している時間に似ている。ウジウジしたくはないが、初めて経験することというものは、いくつになっても緊張するものだ。

 屋敷のものではない来賓客達は、そんなアントニオの様子を見て、幼子が初めての晩餐会に緊張しているように見えたに違いない。

 しかし、リュシアンは、そんなアントニオの様子を見て、ひたすらにびっくりしていた。飛竜での飛行や、オルソの丘での戦闘ですら、恐れることなく、むしろ勇敢に振舞っていた主が、いつも笑顔で、鼻歌交じりに何でもこなしていた主が、何故か異様にオドオドしている。

 ジュゼッペに目をやると、目があった。ジュゼッペもどうやら、トニー様のご様子を気にしているらしい。

 そんなアントニオの様子を心配していたのは、2人だけではなかった。

 グリエルモもメアリーも、魔王の封印を知るネハも、アントニオの様子がおかしい事に気が付いていた。魔王復活の可能性という、恐ろしい事態を想像したのである。

 グリエルモは、アントニオの肩にそっと手を添えて、「トニー、ちょっとこっちへ」と言ってその場から連れ出した。

 パーティー会場になっている広間から、控室へ移ると、ジュゼッペ、リュシアン、ネハも移動してきた。

グリエルモ 
「トニー、どうしたんだい? 具合が悪いの? お腹が痛い?」

アントニオ
「いえ? 何でもありせんけど? 何かおかしいですか?」

 アントニオは引きつった笑顔のまま、とぼけている。

グリエルモ 
「顔色が悪いし、さっきから少し震えているようだよ?」

アントニオ
「え?」

 グリエルモの指摘に、アントニオは驚いた顔をした。そして、その瞳から突然ボロボロと涙がこぼれてしまった。

アントニオ
「あれ? ...なんで? ...あ、いえ、も、申し訳ございませ...ぐすっ...ひ...ふっ...」

 いやはや、幼子の身体というものは、大人の身体のように思い通りにならないものだ。頭では結構冷静なつもりでいるのに、とんでもない失態だ。

 そう思った瞬間に、感情が溢れて、涙と混乱したまま発せられる言葉が止まらなくなってしまった。

アントニオ
「は、母上の...誕生日にっ...なんて...ぐっ...ご迷惑を...お、くりもの...も...つ、つまらない...もので...あ、...いらないって...すてっ...すてられて...わ...たしも...すてっ...すてられっ...ヒック...しまう...」

 とうとう訳のわからない事を言い出してしまった。

 あぁ、でも、そうか...自分の不安は、きっと、そういう事だったのだ。前世と同じ様に、母親から捨てられることを、自分でも気が付かないうちに恐れていたのか...捨てられたくないだなんて感情が、こんなにも心に根付いてしまっている。2度目の人生を迎えて初めて、母親が子供を抱く時の優しい腕の感触を知った。あんなに温かくて良い匂いのするものを知ってしまったからだ。だけど、人間は飽きやすく、大人は新しいことに興味を抱き難い。...捨てられたくないと願っても、去る者は去るし、縋っても無駄だと、勉強した100年は何だったんだろうか? 100歳で死んだじじいの癖に、学べないとは、人間とは、かくも愚かな生き物だ。
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