元オペラ歌手の転生吟遊詩人

狸田 真 (たぬきだ まこと)

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第二幕 幼少期

41.剣術の稽古

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 剣術の授業はグリエルモとユニコーン騎兵長のキール・ツヴァインツィガーが教えてくれている。

 キールには、ヤンというアントニオより2歳年上の息子がおり、一緒に剣術の訓練を受ける事になった。キールとヤンは金髪で、水色に茶色が混じった瞳をしている。グリエルモほどではないらしいが、キールの剣術は素晴らしくて、アントニオには太刀筋が見えない事が多々あり、その度に、アントニオは「もっとゆっくりお願いします」と頼むのだった。ヤンには、太刀筋見えているらしく、その度に呆れられてしまう。

キール
「ですから、怖いからといって、目をつぶってはいけません」

 訓練で、キールに剣を打ち込まれると、アントニオは反射的に目をつぶって固まってしまう。
こんなところにも、前世で家庭内暴力を経験したことの弊害が出てしまうのである。

アントニオ
「も、申し訳ありません...」

キール
「謝られても、どうしようもありません! 出来なければ、戦場で死ぬだけです」

アントニオ
「...はい」

 キールに怒られると、萎縮して、余計に動きが鈍くなる。

キール
「やる気があるんですか? そんなに、ゆっくり剣を振っていたら、相手に避けてくれと言っているのと同じです!」

アントニオ
「...はい」

 また、人を傷付けることに恐怖心のあるアントニオは、相手に強く打ち込むことも出来なかった。

キール
「はぁ~。もういいです。アントニオ様は、素振りでもしていて下さい」

 トニー様は素振りでは、素早く力強い太刀筋を描いているに、どうして人を相手にすると出来ないんだ!

 キールは、イライラしていた。意地悪をしたくてしているわけではない。次期領主のアントニオを立派に育てあげないといけないという思いから、つい、強い口調で怒鳴ってしまうのだ。


 一方で、グリエルモが教える時は、いつも優しい口調で、重心の移動や、足の運び方、相手が打ち込んで来た時の返し方をパターンとして、ゆっくりと教えてくれるので、アントニオも落ち着いて練習する事が出来た。

 そんな時は、前世、オペラで舞台用の剣術の殺陣を習ったときの経験がいきているのか、とても綺麗な太刀筋を描ける。グリエルモはそんなアントニオを、とっても上手だといつも褒めてくれている。

 ヤンは、はじめは「初めて剣を扱うなら、出来なくてもしょうがないよ!」と励ましてくれていたが、そうしたグリエルモの溺愛ぶりを見て、次第に、『坊ちゃんは勇者様に手取り足取り教えてもらえていいよな。吟遊詩人だか、何だか知らないが、歌なんか歌って、皆からチヤホヤされて、軟派な野郎だ。俺の方が実力があるのに、誰も俺を見ない!』と妬むようになっていた。

 そして、そうした心理状態が、次第に態度に現れるようになった。はっきりと口にするわけではないが、アントニオが叱られている時は、見下してヘラヘラ笑うようになり、アントニオが丁寧に話しかけても、ぶっきらぼうに返事をするようになったのだ。

 アントニオは、人の心に敏感である。ヤンが粗雑な態度になればなるほど、アントニオは丁寧で親切な応対をする。そんな風にへり下るアントニオを軽くみて、ヤンは余計に横柄な態度になるのだった。

アントニオ
「こんにちは! 今日は飛んで来る物を打ち返す訓練をするそうですよ。木片を貰って来ましたので、こちらに置いておきますね」

ヤン
「ふーん、そう」

アントニオ
「使った木片も燃料として使えるので、捨てないで、また、この箱に戻して欲しいそうです」

ヤン
「あ、そう」

 主従が逆転したような、この関係に気がついたキールは、ヤンを怒鳴って窘(たしな)めたが、それはかえって逆効果で、更なる嫉妬心を煽ることとなった。

 ヤンは、他の子供達の前で「弱虫坊ちゃんに付き合わなくちゃいけなくて怠い」とか、「坊ちゃんは、ちょっとでも出来ることがあると、すぐに褒めて貰える」というような陰口をたたくようになったのだ。

 そして、それは子供達の口からその親へ、親から侍女頭のマリッサへ、ついにはメアリーへと伝わった。

 もちろん、当然の如く闇の帝王と化したメアリーが、剣術の授業に乱入したのは言うまでもない。

メアリー
「決闘よ!トニーとヤンで実戦形式の戦闘試合をするのです!」

 説明もなにもすっ飛ばした、メアリーについていけない一同であったが、ヤンは好都合とばかりに話にのっかって来た。

 自分の実力を見てもらい、評価してもらいたい! ヘタレの坊ちゃんなどではなく、自分の事をもっと見てもらいたいと、ヤンは思った。

ヤン
「いいですよ! 望むところです!」

 しかし、王都での失敗を引きずっているアントニオは、嫌な顔をした。

アントニオ
「実戦形式ですか? 剣術の授業なのに?」

メアリー
「そうよ」

アントニオ
「実戦では、私の武器は剣ではなくて楽器になるのですが...」

グリエルモ
「メアリー、どうしたんだ? 急に」

メアリー
「どうしたも、こうしたもないわ! 私はただ、実際の戦闘を想定した、より本格的な訓練があってもいいと思っただけよ?」

 メアリーは何かを企んでいるような様子だが、そこにいた3人には、その真意は分からなかった。

グリエルモ
「それなら、魔法禁止で、剣術の試合にしたらどうかな? そのほうが、剣術の授業に相応しいだろう? 実戦でも、いつも魔法が使えるとは限らないし、トニーも楽器を手に持っていないときに戦わなくてはいけない時があるかもしれない」

 メアリーは、トニーの歌魔法によって、圧倒的な力でヤンをコテンパンにしようと思っていた。聖女らしからぬ発想だが、そうしたら、ヤンのアントニオに対する態度が改まると思ったのだ。グリエルモの魔法禁止という提案に、メアリーは焦り出す。

メアリー
「え!? 魔法禁止? でも、実際の戦闘では、魔法を使うのですし、魔法がありでも良いでしょう?」

グリエルモ
「それでは、一方的過ぎる。魔法を使ったトニーには、君や私を含む軍隊だって敵わないのだから、子供1人相手に、イジメも同然ではないか?」

 トニーがイジメられているのに、何を言っているんだ! と、メアリーは言いたかったが、確かに、圧倒的な力で一方的に相手を遣り込めたとなると、外聞が悪い。領民を治める立場として、そういう事には配慮しなくてはいけないのだ。

アントニオ
「...はい。魔法禁止の剣術試合ですね...」

 どちらにせよ。アントニオは気が重かった。人を簡単に傷付ける魔法での決闘も、自信のない剣術での決闘も、アントニオにはとても恐ろしかった。

ヤン
「俺も構いません! 魔法も得意ですが、使わないでも勝ってみせます!」

 ヤンは、勇者や聖女が言ったことを半分も理解することは出来なかったが、やっと自分の実力を見てもらえるんだと喜んだ。

 立会人として、キールを呼びに行くと、ユニコーン騎兵部隊の騎士達が一緒について来た。

 弱虫と噂の焦茶の次期領主と、才能があると噂される騎兵長の息子。どちらが、剣術の腕が上か興味深々だった。

「魔法禁止なんだから焦茶の魔力無しであるトニー様の方が強いのでは?」

「いや、剣術もヤンの方が上だと聞く」

「いくら勇者様の息子でも、まだ幼いんだ。2歳年上のヤンの方が有利だろ」

 口々に思い思いの事を言っている。

 アントニオとヤンには、いつも使っている木刀ではなく、軍で使っている真剣が渡される。

 次第に、青ざめるトニーをみて、メアリーも青ざめる。自分が、勝手な提案をした所為でトニーが怯えている。事前にグリエルモに相談すればよかったのだろうか? と後悔しつつ、こんな状況に追い込んだグリエルモを恨めしく睨んだ。だが、グリエルモは何処吹く風で、涼しい顔をしている。

 キールも、どうしてこうなった!?と焦っていた。このままヤンが勝てば、調子づいてヤンの無礼な態度に拍車がかかるだろう。また、仕えるべき次期領主のアントニオ様に弱者のレッテルが貼られてしまう。何としてでも避けたいことだ。だが、キール自身が稽古をみた感じでは、ヤンの方に分があった。このままでは、非常にまずい。

 緊張するアントニオに、グリエルモが近付いて耳打ちする。

グリエルモ 
「魔法は禁止だが、魔力を解放してはいけないとは言っていないよ。トニー、落ち着いて戦えばいい」

 アントニオは、無言で頷いた。
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