元オペラ歌手の転生吟遊詩人

狸田 真 (たぬきだ まこと)

文字の大きさ
128 / 249
第三幕 学生期

126.マナーの授業

しおりを挟む
 午前の授業(能力測定)が終わり、アントニオはお昼御飯の約束をしているヤンとタイラと合流すると、急いで寮の部屋に向かった。

 食事をとる目的もあるが、汗をかいて気持ち悪いからシャワーを浴びたい。

 アントニオはシャワーを浴びると、替えの制服に着替えた。

アントニオ
「リッカルドとヴィクトーもシャワーを使って下さい。ヤン、その間に制服をクリーニング出来るか洗濯室の作業員さんに聞いてきて!」

ヤン
「かしこまりました!」

ヴィクトー
「いえ、私達は護衛ですから、お気になさらず!」

アントニオ
「でも、次の授業はマナーの授業なのです。マナーの授業は社交界を想定して行われるのでしょう? 汗臭いまま行ったら、マナーに反します!」

リッカルド
「トニー様は着替えられたのですから問題ないのでは?」

アントニオ
「実際の社交界を考えて下さい。連れて来た護衛が汚れて汗臭かったら、パーティーのホストやゲストは不愉快に思うでしょう? お願いだから、シャワーを浴びて下さい!」

リッカルド
「はい」

ヴィクトー
「承知致しました。」

 実は、護衛の2人は、在学中のマナーの成績は可しかとったことがなかった。他の多くの学生達もそうだったし、大貴族の御子息、御息女でも良をとることしか出来ていなかったので、どんなに頑張っても優などのいい成績は取れないのだと思っていた。

 誰かがミス・ウェリントンから優をもらったという話をきかない。その上の秀など、とんでもない話だ。

アントニオ
「軍服の洗濯中はガウンを着ていて下さい。」

 アントニオは護衛2人に自分のガウンを一枚ずつ渡した。

ヤン
「マナーの授業って匂いも関係あるのですか? ...知らなかった。」

タイラ
「俺も...」

 護衛の2人も全く同意見であった。

 もしも、知っていて、配慮していたら、成績は変わっていただろうか?

アントニオ
「ヤン、申し訳ありませんが、洗濯を急いでもらってもいいですか?」

ヤン
「もちろんです!」

 ヤンは、リッカルドとヴィクトーの軍服を預かり、洗濯室に持って行った。

 ヴィクトーがシャワーしている間に、アントニオは花瓶にさしていた花で花束を作る。

タイラ
「何をなさっているのですか?」

アントニオ
「だって、社交界のパーティーに行くならホストに手土産が必要でしょう?」

タイラ
「えぇ!?」

リッカルド
「授業でも?」

アントニオ
「さぁ? でも、念のため準備しないと...そういえば、タイラ様はマナーの成績があまりよくないと仰っていませんでした? 手土産が足りなかったのでは? 実際の社交界のパーティーには持って行かれるでしょう?」

タイラ
「うっ...そうかもしれません。」

 アントニオは青紫色の矢車菊で小ぶりなブーケを作った。メッセージカードを添える。

アントニオ
「よし! あとは帽子と手袋と...」

リッカルド
「そんな物が必要なんですか!?」

アントニオ
「えぇ!? 社交界の基本では? ねぇ? タイラ様。」

タイラ
「そうですが、授業では...授業でも必要だったのか...?」

 アントニオは、皆が社交界のマナーを知っていながら、それを授業では無視していることに驚いた。

 ん? もしかして、教科書に書いてある事をちゃんと守れば、いい成績がとれるんじゃないかな? 皆、ミス・ウェリントンはゴルゴーン(見た人を石化させる怪物)みたいに怖いって言ってたけど、皆がマナーを守っていないのでは?

 そんな事を考えながら、アントニオは、クローゼットから、白い手袋、黒い三角帽子(トリコーン)の学生帽を取り出した。

アントニオ
「手袋とポケットチーフはリッカルドやヴィクトーの分も用意していますよ。」

リッカルド
「有難うございます。」

アントニオ
「ポケットチーフは何色がいいですか? リッカルドは金色でいいですか? ヴィクトーは赤がいいかな? 私は黒にして、えっと...ブローチも使います?」

 アントニオが、色取り取りのシルクチーフと宝石箱を抱えてリビングの机に広げる。

 タイラもリッカルドも、目を丸くして見つめた。アントニオが宝石箱を持っている事にも驚いたが、宝石箱には、大きな宝石のついたブローチやカフスなど、国宝級のジュエリーが並ぶ。

 ジーンシャン家に伝わるジュエリーを始め、主にお誕生日にプレゼントされたジュエリーが並んでいるのだが、エミお祖母様がお姫様時代に使っていた品(メアリーが受け継いだ物だが、『ブローチはドレスに穴が空くから私は使わないわ』と言ってアントニオにくれた)、バルドが魔王時代に使っていた品、リンが集めたコレクションの一部など、ド級のジュエリーが並んでいる。

リッカルド
「こんな凄いもの使えませんよ!」

アントニオ
「あ、やっぱり派手ですよね。大きな宝石が付いているものは、ちょっとした規模程度のパーティーでは使えないですものね。私も父上と母上の誕生日や建国記念などのお祭りでしか使っていないし...ですが、こちらの宝石(いし)の付いていない物ならおかしくないのでは?」

 石の付いていない純金や白金のブローチを指差す。

リッカルド
「いえ! こんなに高価な物は使えません!」

アントニオ
「でも、どれも、先程出したお茶の湯呑みよりは安いですよ?」

タイラ、リッカルド
「「え!?」」

 2人は改めて湯呑みを見た。湯呑みにはリンドウの間に隠れている龍が描かれている。

 なかなか個性的で面白い図柄だと思った。

 だが、これが、あの宝石よりも高価なのか??

 そう思った次の瞬間、突然、描かれた龍が動き出して笑った。

 ビックリして2人が湯呑みを落としそうになったのは言うまでもない。

 ヴィクトーがシャワーを浴び終えて戻った時も、ヴィクトーは、2人と同様の反応を見せることとなる。

 ヤンが戻ると、ご飯を皆で急いで食べ、歯を磨き、髪を整えた。靴を磨くのも忘れずに行う。

 洗濯が終わり、部屋に軍服が届けられると、すぐに着替えた。

 そうして、大忙しで準備を終えて、タイラやヤンに別れを告げるとミス・ウェリントンの待つ、社交室へと向かった。
しおりを挟む
感想 230

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

最強お嬢様、王族転生!面倒事は即回避!自由気ままに爆走しますけど何か?

幸之丞
ファンタジー
古武道女子が異世界で王族に転生し、自由な人生を求めて奮闘するファンタジー物語です。 この物語の主人公は、前世で古武道を嗜んでいた女性・結衣。彼女は異世界に転生し、神や精霊、妖精が存在する世界で、王太子の第一子・エリーゼとして生まれます。エリーゼは、聖女の力で守られた王国の名家「ライヒトゥーム」の長女であり、祖母は現女王、母は次期女王という由緒ある血筋。周囲からは将来の女王として期待されます。 しかし、結衣としての記憶を持つエリーゼは、国を統治する器ではないと自覚しており、王位継承を生まれたばかりの妹に押しつけようと画策します。彼女の本当の望みは「自由・気まま」 結婚相手も自分で選びたいという強い意志を持ち、王族としての義務やしがらみに縛られず、自分らしい人生を歩もうと動き出しますが…… 物語の舞台となる世界では、聖女の祈りが精霊や妖精の力となり、防御結界を維持して魔物の侵入を防いでいます。エリーゼはその聖女の家系に生まれ、強力な力を持ちながらも、自由を求めて自らの運命に抗います。 この作品は、異世界転生・王族・聖女・精霊・恋愛・領地改革などの要素が絡み合う、女性主人公による成長と自立の物語です。 2025年10月16日更新

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

処理中です...