Barナインテールへようこそ ~京都酔狂あやかし奇譚

虎戸リア

文字の大きさ
2 / 13
1章:グラスフェアリー編

2話:桜の木の下で

しおりを挟む
「くそ……くそ……なんでだよ……くそっ……おまえがわるいおまえがわるいおまえがわるい」

 ぐちゃぐちゃと肉が抉られる音が響きます。なんて良い音、良い匂い。美味しそうな匂いが、血と臓物の匂いが辺りに漂いはじめました。

「********」
「うるせえ! 耳元でうるせええよ! 殺すぞ!!!」
「****!」

 真っ暗闇の中、一人のニンゲンが叫びました。汚い汚いよだれを垂らしながら、泣きながら両手を振り回しを捕まえようとしている。
 ああ、おかしい。なんて醜い。

「くそ、こんなつもりじゃ、ない」

 息を切らしたニンゲンは項垂れて、地面に倒れている肉の上に汚い汚いよだれと涙を落としました

「真由美……許してくれ……ゆるじでぐれ!」

 ニンゲンは肉に抱きついて、泣き続けました。

「**!**!********!!!」

 ニンゲンが邪魔で肉が食べられません。ぼくたちは、男の頭上を飛び回り、囁き続けました。ぼくたちの透明な羽が闇の中でキラキラと光を反射していました。

「*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。*。」
「ああああああああああ! やめろやめろやめろやめろやめろ!真由美に触れるな!!!」

 ぼくたちは、囁き続けました。
 くすくすと笑いながら。
 ずっと、ずっと、ずっと、囁き続けました。


☆☆☆


 五分咲きの桜の隙間から曇天が見える。空は濁っており、なんだか私の気持が表れているみたいでちょっとだけ親近感が湧いた。
 
 お昼休み。類士社大学のキャンパス内の中庭、桜の木の下のベンチ。ここは私とルナの特等席だった。

「ツグミ、吉原先輩からお花見中止するってLINEで連絡あったぞ」
「ほんと!?」
「なんで、あんた嬉しそうなんだよ……」

 隣に座るルナが呆れた顔をしてこちらを見ていた。胸まで伸びた綺麗な黒髪を無造作に後頭部で括っており、その下には整った柳眉と高い鼻梁。何よりも、意志が強そうでこちらを射抜くような大きな瞳が、私は好きだった。

 よく分からない抽象画のプリントされたTシャツにダメージジーンズ、化粧も最低限といった感じのラフな格好だが、背が高くモデルみたいな体型の彼女の、かっこよさを引き立てていた。首元には欠けた石をペンダントとしてぶら下げており、それだけが何故か違和感を感じさせた。いつぞや聞いた時は小学校の時に、誰かに貰った大切な石と言っていた。だけど、そんなものをオシャレにするルナのセンスに私はついていけていない。

「だって……あの先輩苦手だし……」
「ツグミ、そういえば高校は女子校だったか」
「中学の時もずっとルナの後ろにいたから」
「そうだっけ?」
「そうだよ……ああ中止で良かった」
「花見酒飲みたかったなあ」

 去年、私達は二十歳になり、お酒という物を飲める年齢になった。私のほうが誕生日が遅かったけど、ルナはそれまで待ってくれて、私の誕生日に一緒にお酒で乾杯をした。結局飲みすぎてルナはダウンしたけど。

「サークルの連中もがっかりしてるだろうさ」

 ルナと私は、異邦研究会というよく分からないサークルに所属していた。ルナが面白そうだからと入ったのに私が無理やりくっついていった形だ。そこは神話や伝承、海外文学から、オカルトめいた都市伝説や御伽噺までの研究調査を主旨としていた。だけど普段はBBQやら何やらのイベントを企画してやるだけの、イベントサークル。

「ちぇー。せっかくタダ酒飲めると思ったんだけどなあ」

 ルナがぱくぱくとサンドウィッチを食べて、ペットボトルの麦茶を飲み干した。なぜだろう、その仕草といい、喋り方といい、決して女性らしくなく、褒められたものではないのに、妙な色気を感じる。
 ルナは、一息ついたといった感じで話を続けた。

「ああでも、うちのサークルの雄琴会長には気をつけた方が良い。あいつ相当、女喰ってるって噂だし。別のサークルで手を出しづらいからこっちで集めてるんだろうけど」
「会長、どう見てもルナ狙いだけどね」
「あんな真面目君の面を被ったチャラ男はノーサンキューだ」
「いいなあ、ルナはモテて」
「あんたねえ……」

 さっぱりとした性格で、気は強いけど優しさもあるルナは、昔から男女問わず人気だった。このサークルもルナが入るまではただの暇人の溜まり場だったが、ルナが積極的に本来の主旨であった神話や伝承の調査をし始めると、私も含めみんな徐々にそれに協力するようになった。ルナ本人は国史学科だからレポートのタネ集め、なんて言っていたけど、小学校のいつからか、急にルナがそういう神話とか歴史に興味を持ち始めていたのを、私は知っている。

「あんたも十分モテてるでしょうに。今どきそんな鈍感キャラ流行らないぞ」

 ルナが私の顔を覗き込んでくる。ふわりと香るルナの匂いにドキドキする。こういうことを出来るようになればモテるのだろうか?

「そうかなあ……」
「ツグミも小動物っぽくて可愛いよ?その辺りの化粧厚いだけの馬鹿女子共よりよっぽどね」
「声が大きいよ」

 自分を客観的に見るのは難しい。もちろん、自分だってそんなに不細工じゃないと思っている。だけど、ルナを見ていると自信を無くしてしまう。コンプレックスという物なのだろうか。私は背が低く、高校生と間違われるような童顔だった。化粧をして大人っぽさを出そうとしているが、やっぱり内面が子供のせいかイマイチそのように見られない。

「それに、おっぱい大きいし。うら、揉んだろか!」
「やめい!」

 ルナが胸を掴もうとしてくるので、私はルナの額にチョップした。そして自分の盛り上がった胸を見た。ワンピース越しに膨らんでいる胸は確かに大きいと思うが、正直動く時邪魔だ。何より似合わない服があるので個人的には嬉しくない。まあ確かに男性の視線は良く感じるけど……。

「あたしの慎ましいおっぱいに少し寄越せ!」
「それが出来ればね……」
「うむ……」
「そういえば、なんでお花見は中止なの?」

 私は完全に脱線した話を戻す。このまま永遠喋っていたら昼休みが終わってしまう。ルナが、顔を寄せて少し声のトーンを落とした。

「自粛もあるけど……本当は違う。お花見する予定だった木屋町で……が起きたからよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...