お願い神様っ! どうにかしてッッ!!

むらくも

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【記録2】勝手にしやがれ!

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 潜っていたダンジョンから脱出し、神殿の役務を無事終えて宿屋に戻った。
「なぁなぁリレイ! オレ今日すげぇ元気だ。本調子に戻ったかも」
 そう言いながら相棒のハーファは嬉しそうに笑う。
 調子云々というよりは、左手に装備している腕輪が使い果たした魔力を蓄えるべく、所有者の魔力を掠め取っていたからなのだが……魔術の適正がない相棒はやはり全く気付いていないらしい。 
「腕輪の魔力充填が終わったんだな。もう魔力を分けなくても大丈夫だ」
「え」
「もう元通りだな」
「あ……そ、っか」
 いつも通りベッドの奥に座っていた相棒はキョトンとした顔をする。神殿の役務をこなすようになってから、毎日のように口移しで魔力を分けていたから習慣になっているんだろう。
 
 少し寂しく思いながら外套を脱いでいると、ちらちらとこちらを見るハーファの様子が視界の隅に映る。しかも無意識なのか口寂しそうに指が唇に触れていた。何だその可愛らしい仕草は。
 すぐにでも押し倒したい衝動に駆られるけれど、何とか理性が勝って堪えた。
 しかし、このまま誘えばキスが出来るのではないだろうか。あわよくば――その先も。
 ……誘いをかけるべきか、かけざるべきか。
 一度性急に迫りすぎて蹴りで沈められた記憶がまだ鮮明に残っている。中々出ない答えに自問自答を繰り返している間にハーファは訓練に出てしまい、情けない事に貴重な機会を逃してしまったのだった。
 


「――と、いう事があってな」
 机に頬杖をつきながらパーティの仲間はため息をついた。整ってる見た目のせいで物憂げな表情に悩ましささえ漂ってるのに、話してる中身がどうしようもなく残念すぎて頭が痛い。
「ヘーソレハタイヘンデスネ」
「真面目に聞けよ」
「聞いてましたけど!? ちらちらアンタを気にするハーファが可愛いだの押し倒してスケベしたいだの、最近は着替えを見てるとムラムラしてくるだの聞くに耐えないこと頑張って聞いてましたけど!?」
 堪えていたものをわーっと捲し立てて、げんなりした顔でイチェストは椅子に座り直した。
 人前でも平気でいちゃつくバカップルを押し込めるために二人部屋を二つ取るようにしているのに、結局呼び出されて惚気を聞かされていて本当に解せない。コスパが悪すぎる。
「キスしたいぐらいはハーファに言えば良いのに、何で俺に言うかなぁ」
 ちゃんと要望は伝えるべきだし、恋人なんだから尚更だ。まぁちょっと拗らせてだいぶけしからん欲求もあるみたいだし、程度は考えた方がいいだろうけど。キスくらいは誰も怒らないだろ。
  
「お前はハーファをよく知っているだろ。あれはキスがしたいんだと取って良いと思うか?」
「知らねぇー! だから聞けよ本人に!!」
「求められたら応えなければと無理してしまうかもしれないじゃないか。ハーファが求める事をしてやりたいんだ」
 今更かよと物凄く思いもするけれど、仲間の表情は真剣そうだ。
「すっっげぇ無駄な気遣い……今まで魔力供給にかこつけて散々キスしてたくせに」
「だからこそ恋人としてのファーストキスに慎重なんじゃないか。で、元同僚殿はどう思う?」
 もう大神殿の入口で恋人になってからの初回してたじゃん……とか思ったりもしてたけど、野暮なツッコミはするまい。自分の望みは正しい認識ではなく一刻も早い解放である。
「いやもうしらね……勝手にしてくれ……」
「冷たいな。上司になのに悩める部下を切り捨てるのか?」
「上司に惚気話なんかしないぞ普通は」
「まぁそう言わず。俺達の仲だろ?」
 俺がめちゃくちゃ恩を売ってる仲ですけど?と言いかけて、ずいっと寄ってきた顔に思わず口が閉じた。じっとこっちを覗き込んでくる目はいたずらっ子みたいだ。
 
 どう対処すべきか考え始めた所で部屋のドアが開いた。帰ってきたのは何を隠そう、目の前の魔術師からねっとりした欲望を向けられている恋人サマである。
「……ただいま」
「ああ、お帰り。早かったな」
「っ……悪いか!? 何でイチェストがオレ達の部屋に居るんだ。二人でコソコソ何してたんだよ」
 何かむすっとしてると思ったら、俺が自分抜きで恋人と密談してたのが気に食わないらしい。大いなる誤解にも程がある。
「少し相談事をな」
「何の相談だよ。相談ならオレにすりゃいいだろっ」
「イチェストが適任かと思って」
 やめろよ……俺をがっつり巻き込むなよ。
「そっ、そんなにオレは頼りにならないのかよ!?」
 突然の修羅場に思わず止めに入ろうとしたけれど、当事者の一人がうっとりしながら怒る恋人を見つめているのに気が付いてしまった。
 ……嫉妬されて喜んでるやつだ……たちの悪いやつだコレ……。
 これ以上は巻き込まれてなるものかと頭が迅速な判断を下したイチェストは、これ幸いとばかりに部屋から抜け出した。騒がしい室内の音をドアで封じ込めて、はーっとため息をつく。
 
「……割り増し手当て出ないかなー……」
 
 教会の命令だからどうせこの役目から逃げられないのは分かってるし、せめて給金で報われたい……。
 この流れでさっさとキスくらいしてやってくれよと祈りながら、イチェストは二時間ぶりに自室への道を戻ることが出来たのだった。
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