お願い神様っ! どうにかしてッッ!!

むらくも

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【記録5】きょうだい、ってヤツ

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 一人大荷物を抱えて部屋に戻ってきたイチェストは、どさどさと結構な音を立てて本を机の上に並べていった。
「……思ったより数集まったな……弾いたのも結構あったし、ひょっとして意外と需要あるのかこういうの」
 それらは男同士の指南本的なものから、ちょっと胡散臭いテクニック本、色気方面全振りな煽りを前面に出したアダルト雑誌まで多種多様なジャンルだ。ぱらぱらっと見て易しそうなものを集めてきたつもりだけれど、数を集めるために本当にパラ見しかしていない。
 ハーファに渡すなら内容の精査は必要だろう。
「はー……ほんと何やってんだろうな俺……」
 自分のためには一ミリもならないのだけれど、街の本屋を回って周りの視線に気まずく思いながら買い求めて。中身まで改めようとしている自分は本当に良くできた上司だと思う。
「まーた要らん知識が増えてしまうな……仕方ないけどさぁ」
 少し逃避しかけた意識を引き戻し、椅子に座って一番上の本を開いた。
 同室の仲間が帰ってくる前に精査を終えてしまわなければ。この状況を見られたら間違いなくお楽しみ中だと思われてしまう。
 
 集中して山の半分ほどまで精査が進んだ頃、急にドアが開いた。
 入ってきたのは同室の魔法騎士ワースラウルだ。いつもは暗くなるまで外に居るのに今日に限って随分早い。まだ西日にすらなっていないのに。
「………………邪魔したな」
 テーブルに視線を落としたワースラウルは少しの沈黙の後、それだけ言って部屋を後にしようとした。
 ……完全にこっちの趣味だと思われてるなこれ!?
「待って!? こういう時だけ変に気遣うのやめて貰っていいですかね!? 普段はそんな素振り欠片もないくせに!!」
 いつもズケズケ端的に物申してくるのに、気を遣ってるの丸分かりな行動は余計に恥ずかしくなるからやめて欲しい。せめてからかってくれたらいいのに真顔だし!
「あれはハーファに渡す予定の資料なの! あいつに渡すのに適切かどうか精査してたの!」
「……たかが猥本ごときに大袈裟な。アイツもそこまで子供じゃないだろうに、過保護なことだ」
 しばらく間が空いたけれど言いたいことは伝わったらしい。確かに過保護だとは思うけれど。
「ハーファだとえっぐい変態ジャンルのとんでもねぇやつ見つけてきそうなんだよ」
「……まぁ、確かにろくでもないものを見つけては来そうだが」
 普段距離を置いてるワースラウルにすら伝わってしまう辺り、おかしな偏見だという訳ではないようだ。外に出ようとしていた騎士殿は少し考える仕草をして、そのまま部屋に踵を返した。
 
  
 ぱらぱらと静かにページをめくる音だけが静かに響く昼下がり。ふぅ、と唐突にため息を吐いたのはワースラウルだ。
「量が多い」
「しょうがないだろ、店先で熟読するのは気まずすぎて数稼いできたんだから」
 何故か精査の手伝いを買って出てくれた騎士殿がぽすんと精査済みの山に本を置く。
 前衛だから期待していなかったけれど読む速度が非常に速くて驚いた。しかもきっちり弾いた本の内容について確認してくる辺り、適当にめくっているという訳ではないらしい。
 さすが国に認められた魔法剣士、侮るべからず。
「全く……いちいち手のかかる奴だ」
「そーなんだよなー。昔っからハーファはあんな感じだし、ちょっと引っ掛かると大人に噛みつくし、困った兄貴だよホント」
「……兄貴?」
 きょとんとした顔でワースラウルがイチェストを見てくる。
 そうだ、向こうは俺達の事何も知らないんだった。
 少し考えて、まぁいいかと軽く一人頷いた。ハーファもそこまで気にしてる感じでもないし、何だかんだ仲間として頼ってる所あるし、言ったところで怒ったりはしないだろう。
  
「俺もハーファも孤児だからさ。神殿の皆が家族みたいなもんなんだ」
 神殿は流行り病や天災、戦争等で家族を失った子供を引き取って育てる事業も行っている。
 イチェストは住んでいた村が魔物に襲われ壊滅して、ハーファは大雨が起こした山崩れで家族が流されて神殿にやって来た。二人とも能力を知らずに使って難を逃れたらしいという事は後で聞いて知った。
 そうやって一緒に育った孤児は結構居て、彼らは擬似的にだけれど家族で、兄弟なのだ。
「いや、違う、その事じゃない。兄貴だと? お前より上なのか。あの阿呆が」
 いつも身の上の話をすると気まずい雰囲気になるのに、目の前の仲間はそんな気配を欠片もさせていない。その辺の事情はどうでもいいという雰囲気だ。
 あんまり華麗にスルーするから、面食らったと同時に少しホッとした。
「そーだよ。ハーファの方が俺よりふたつ上なんだよな。よって! 何を隠そう! このパーティでは! ワーラウルが一番年下なのですーっ!!」
 完全にハーファの事を年下だと思っていたらしい。いつも涼しげな雰囲気を崩さない顔が眼を見開いて口を半開きにしたまま固まった。
「ふははは変な顔! そだよな、ハーファは子供っぽいからな!」
 俺も長いこと一緒だったけど、年上だって事をよく忘れる。それくらい不注意で危なっかしい。
「……だから心配してたんだよ。あんななのに神殿出てって、絶対すぐに泣いて戻ってくると思ってたのに何も連絡なくて」
 ハーファは同時期にやってきた孤児で唯一神官兵になった兄弟だったから、居なくなったと聞いた時は少しショックだった。
 大人数の任務が多いイチェストと潜入や僻地の調査任務が多いハーファはさほど接点が無かったけれど。何も言わずに兄弟が消えてしまったのは悲しかったし、どうするつもりなのか心配だったのだ。
「でもちゃんと保護者捕まえてて安心したよ。思った以上にバカ発揮してるけど、それもちゃんと可愛がられてるし」
  
 再会した時に随分明るくなっていて驚いたのは覚えている。神殿だと有名な問題児で周りから警戒されていて、それが分かっていたのか【眼】で常に相手の様子を探っているようだったのに。
 相棒の前だと素直で、いつも頼ってた【眼】は閉じていて。懐いているんだなとすぐに分かる態度だった。
「でも……兄貴取られてちょっと寂しい、かな」
 大事な家族が居場所を見つけたのは喜ばしいけど、ついに完全に置いてかれてしまった。一緒に来た兄弟は皆それぞれ各地の教会に勤めていて、もう神殿へ帰っても誰も残っていない。
「……そうか」
 ぽつりと聞こえた呟きと一緒に、ぽすんと何かが頭に乗っかってきた。それはゆっくりと頭の上を行ったり来たりして。
「なんですかーっ。俺の方が年上なんですけどーっ!」
 頭を撫でられてると気付いて、思わずワースラウルを睨んだ。
 だけどそんな視線に気付いても手は相変わらず頭を撫でる動作を止めない。むしろイチェストを見るワースラウルの顔は薄く微笑みを浮かべていた。
「年上だろうと別に構わないだろう。年齢で制限されるものでもない」
 確かにそれはそうなんだけど。
 頭を撫でられるなんていつぶりだろう。小さい頃はよく褒められる時に頭撫でられていたけれど、大きくなると撫でられるどころか褒められる事もそうそう無い。
  
「んん……何だかなぁ。釈然としないというか、フクザツな気持ち……」
「四の五の言わず素直に撫でられておけ」
 騎士という立場もあるのだろうか。ワースラウルはあまり年下に思えない物言いをする。ハーファとは逆で、まるで年上かと思わされる事が多い。
「むむむ……年下のくせにー」
「そう言ったところでお前も下から2番目だろう、さほど変わらん」
「屁理屈ー! 生意気ーッ!!」
「生意気はよく言われるな。別段そんなつもりはないんだが」
「そういうとこだよ、そういうとこ!!」
 ワースラウルはくつくつと笑う。
 ちょっと恥ずかしいけど撫でられるのは心地いい。何だかこの感触を手離しがたくて、少しの間だけ満喫する事にしたのだった。
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