アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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出会い

05.獲物

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 ――もぞもぞと、足元で何かが動く気配がした。
 
 周りを見回したけれど、魔物の気配は近くに来ていない。森の動物だろうかと視線を動かして。
「んなっ!?」
 自分の右足に得体の知れない蔓がぐるぐると巻き付いているのにようやく気付く。
 驚く間もなく強い力で引っ張られ、転倒して地面を引きずられて。ずるずるとぬかるんだ地面を滑って近くにある木の枝に吊り下げられるような形で止まった。
 すると何本も蔓が木から出てきて体に巻き付いていく。圧迫して締め上げられるという感じではないけれど、蔓が水ではない何かでヌルヌルとしている。植物なのに感触が最悪だ。
「なっ、何だこれ……っひ!?」
 身体を這う蔓の一本が首周りから服の下に入ってきた。軽装ではあるが一応防具をしているせいか、それ以上は入ってこれないみたいだけれど。
 ……入り込んできた蔓がぬめっているものだから、とてつもなく気持ちが悪い。
 しかも諦め悪く首の付け根でぐじゅぐじゅと音を立てながら蠢めいている。息の根を止めようと首を絞める訳でもなく、ただ蠢めいている。あまりの不快さにぎゅうっと目を閉じて歯を食いしばると、近付いてくる足音が聞こえた。

「やれやれ、捕まったのか。死体のふりをしてもこいつは逃がしてくれないぞ」 
 聞こえてきたのは呑気な相棒の声。目を開けるとにやにやした顔がハーファを見上げている。
「り、リレイっ……」
「珍しく色気のある恰好だな」
「変な事言うなっ!」
 こっちは魔物らしき植物に捕まっているというのに、相棒はのんびりとした様子を崩さない。むしろこうなったハーファを観察して楽しんでいる様にも見えてしまう。
 確かにパーティを組む時に観察させろと言ってたけれども。
 それは今じゃないだろ。絶対今じゃない。
「わ、笑ってないでたすけ……っうあ、ちょ……っ」
 急に上下に振られて、防具の重みで上着がずり落ちた。空いた隙間に蔓が入ってきて、防具のない方――下半身の方へ皮膚を滑って進んでくる。
「ひ……ッ!」
 思わぬ所に入り込まれて力が抜けてきてしまった。ぬるついた蔓が動き回る不快感と、毒かもしれない何かが塗りつけられていく焦りと、普段自分以外が触らない場所に触れられる気持ち悪さと。頭がパニックになって、声も出なくて。
 縋る様な気持ちで仲間を見る。けれどその顔は相変わらず平然としたまま。
「口と尻の穴だけは死守するんだぞ。そこに入られると内臓を溶かして吸われるからな」
 にっこりと、そんな物騒な事を笑顔で言ってのけた。
 
「嫌なこと笑顔で言うなぁぁぁぁぁぁ! 助けろ馬鹿ぁぁぁ――――ッッ!!」
 
 ……優しいって、思ってたのに。
 微笑む綺麗な顔と魔術の炎で消し炭になっていく蔓を眺めながら、流石にパーティを組んだ事を後悔したのだった。
 
 
 トルリレイエの放った魔術でハーファに巻き付いてた蔓は全て焼き切れた。力が入らない体を叱咤して何とか着地したけれど、それが精いっぱいで地面に倒れ込む。
 おかしい。
 体がびりびりする。
「っぐ……さっき、の……や、っぱり……ッ」
 思い当たるのは蔓を覆っていたヌルヌルの液体。力が入らないのは全身だけれど、直接肌に塗りつけられた所の違和感が激しい。喉の近くにずっと入り込まれていたせいか息が苦しいのだ。
 蔓がまた木の隙間から姿を見せた。標的にされたのか真っ直ぐにハーファの方へ伸びてくる。
 避けなければと思うのに、体は地面に貼り付いた様に動かない。必死にもがいても横向きに動かすのが精一杯だった。
「完全に目をつけられたな。よほどハーファが美味そうに見えるうようだ」
「う、れしく、ね……ッ」
 向かってくる蔓を焼き払うトルリレイエは余裕綽々といった様子で笑っている。こっちはとんでもない目に遭っているのに。
 けれどもう文句を言う元気も出ない。
 
 痺れて動けない。
 息が苦しい。
 
 このまま死ぬんだろうか。せっかく仲間を見つけたと思ったのに。パーティを組もうって言われて嬉しかったのに。
 まさかこんな所で呼吸困難になって死ぬなんて、情けないにも程がある。薄情な奴に捕まった自分が馬鹿だった。そう思うと悔しさと情けなさがこみ上げてくる。
 目が熱くなってきたけれど、溢れそうになる水を拭う事はおろか、瞬きをする事すらも出来なくなっていた。
「……少し苦しいだろうが、これで我慢してくれ」
 ぽつりと呟くと同時にトルリレイエの手が喉元にそっと置かれた。暖かい光が一瞬だけ肌を撫でて、何かが染み込むような感覚がする。
 すうっとした何かが喉の奥に広がって、さっきまで出来なかった息が少しだけ出来るようになった。
 口元に当てられた手で呼吸を確認したのか、その手がハーファの頭を撫でる。
「まずは人の相棒へちょっかいを出す草に仕置きをしないとな」
 そう言って微笑むトルリレイエの向こう。ガサガサと音を立てる樹の上から巨大な赤黒い花が現れた。
 まるで魔物の口の様に花を開ききったそれは、大人一人程度は飲み込んでしまいそうな大きさだ。低い音が響いたと思えば蔓があちこちから出現して一緒に突撃してくる。
「そろそろ失せろ」
 ぽつりと低い声でそう言ったトルリレイエの周りに、ぽつぽつと光の玉のようなものが現れた。
 赤色と青色のそれは一瞬だけ何かで繋がったように見えたけれど、すぐに見えなくなって炎に変化する。何度もそれを繰り返しながら炎は大きくなっていった。出現した炎は突撃してくる花に向かって伸ばされた指先に流れていく。
 それはあっという間に巨大な火炎球となって、向かってくる花をいとも容易く飲み込んでいった。
 
 動物のような断末魔を上げる巨大花が燃え尽きると、途端に辺りが静かになった。風に揺れる木のささめきと、遠くで流れる水の音だけがこの場に満ちていく。
 トルリレイエの治療術を受けて痺れていた体が動くようになり、何とか上体を起こす。巨大な花が燃え尽きた場所を見ても焦げた地面が残るだけだった。
「な、なぁ。さっきのって一体……」
「人食い花のアブソリアウムだ。蔓で動物を絡め取り、口腔や肛門から粘膜に侵入して臓物を溶かしながら養分にする」
「ひっ」
 とんでもない説明に思わず自分で自分を抱きしめる。
 結構ヤバかった……中々服の奥の方までまさぐられてた。もう少し遅かったら養分にされていたかもしれない。
 今更だけど震えが背筋を駆け抜けていった。そんなハーファの前に、すっとトルリレイエの手が差し出される。
「ひとまず街に戻ろう。あの花の粘液は肉食の魔物を呼び寄せるんだ。早く洗い流さないと」
「え。ここで洗い流せばいいんじゃ」
「水に溶けた匂いを辿って、水中からも追手が来るぞ」
 ……そうだった。ここは水の中にも魔物が居るんだった。
 ただでさえ戦いにくい場所で追われるのは避けたい。水場に引き込まれようものなら勝ち目が格段に薄くなる。
「か、帰る……」
「そうしよう。一度に来られると厄介だ」
 静かに頷き合った二人は、そそくさと東の森から脱出して一目散に街へ逃げ帰った。
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