アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

文字の大きさ
6 / 44
出会い

06.出発

しおりを挟む
 街に戻るとすぐにギルドへ向かって、冒険者用の湯浴み場へ速攻で放り込まれた。依頼品の途中納品はトルリレイエがやっておくからと言われ、渋々服を脱いで体を洗う。
 散々な目に遭った。こんな依頼受けなきゃ良かったのに。
 ……いや、ニヤニヤしながら見てないで助けてくれればそれで済んだのに。
 森で感じた腹立たしさを思い出して、壁から吐出されている打たせ湯に頭を突っ込む。しばらくそうしていると、皮膚に張り付いた粘液の不快感と一緒にムカムカも少しずつ洗い流されていく気がした。
 
 体を洗い終え、ギルドのクリーニング機とかいう魔法の道具に入れておいた装備を取り出す。汚れがすっかり落ちた衣服に袖を通して手早く装備を整えた。
 ギルドの受付へ向かおうと湯浴み場を出てすぐ、手続きを終えたらしいトルリレイエが出入口の前に立っているのが見える。もう手続きが終わったらしい。少し早足で近付くと、どこか気まずそうな顔が口を開いた。
「……その、さっきはすまなかった。本体を呼び寄せるためとはいえ、嫌な思いをさせてしまったな」
 一応、悪かったという頭はあったらしい。
 しかしそれで済めば世の中の揉め事はほぼ消え失せるし、自警団も騎士団も必要ないのだ。多少落ち着いたとはいえ、ちょっと謝られた程度で溜飲が下がりきる訳がない。
「オレが取っ捕まってるの面白そうに見てたくせに」
「それは……うん、返す言葉もない。あの花の補食動作が興味深くて」
 
 そこは肯定する所じゃないだろ。
 
 じとりと無言で睨むとトルリレイエはハッと口を噤んだ。困ったように頭を掻いて、またじっとハーファを見つめてくる。
「いや、すまない。すぐに助けるべきだった」
「息できなくなってメチャクチャ苦しかったんだぞ」
「本当にすまなかった」
 言いたいことはもっとある。実験動物扱いされたまま死ぬのかとすら思ったんだから。
 こんなもんじゃ足りないのに。
 心底申し訳なさそうな表情を浮かべ、眉をハの字に下げて覗き込んでくる顔。そのせいで言いたかった文句が喉の奥へ引っ込んでいく。
 しつこく言って逆ギレされた事なら今までもあったけど、こんなに謝られる事なんてなかったから。
「…………次はすぐに助けろよな」
「ああ。ありがとう、ハーファ」
 絶対許さねぇって、あの森では思ってたのに。
 ホッとした顔で微笑む仲間に耳を撫でられながら、結局許してしまった自分に我ながら呆れるのだった。


 人食い花に遭遇してからは特に何事も起こらなくて、ただひたすら行ったり来たりを繰り返す苦行で終わった。
 トルリレイエは変わらず優しい。あの時のニヤニヤした顔に腹が立って忘れていたけれど、元々ハーファを優先して助けれてくれていたのだ。観察対象だからだろうけど。
「これで依頼は完遂だな」
 何度目かの東の森探索を終え、ギルドに最後の草を納品した。報酬を受け取る相棒の隣に思わずしゃがみ込む。東の森だけで一ヶ月。ようやくこの苦行が終わったのだ。
 ……疲れた。
 草が川の中州にあるなんて思わなかったし。回収したと思ったらすっ転んで魔物の棲み処に落ちるし。デカい魚みたいな魔物の群れにひたすら追い回されるし。
 陸に上がっても手足を出して這いながら追いかけてきた大量の魚型の魔物を思い出し、げんなりと天井を睨む。あれは悪夢だった。しばらく夢に出てきそうなくらいの。
「もう東の森は嫌だぞ……」
 散々暗くて辛気臭いって文句言ってた北の森が懐かしい。もうあそこでいい。東の森以外なら何でもいい。
 それくらいに東の森での探索はキツかった。
 げんなりした顔で訴えかけるハーファを見て、トルリレイエはくすりと笑う。
「そろそろ次の街へ移動しよう。時間を取らせてしまったな」
「次の街……?」
「ハーファの依頼が止まってしまっているだろう?」
「あ」
 東の森に悪戦苦闘しすぎて忘れていた。そういえば長期依頼の最中だったのである。
 間抜けな顔で見つめるハーファに思い切り噴き出したトルリレイエは、まずは食事にしようかと笑いを堪えながら食堂へ向かっていった。

 ハーファが受けている依頼は大陸各地を回って指定の素材を集める長期依頼だ。
 困った様子だったからギルドへ依頼を出して貰ったけれど、ふたを開ければ国を二つもまたぐ壮大な内容だったのだ。助けると言い出した手前断る訳にもいかなくて、あちこち回ってきたけれど。
 一人で行動していると、どうしても一日で潜れるダンジョンの深さが浅くて時間がかかってしまっている。期限はないと言って貰えているのが救いだ。そうでなければ依頼失敗の判定を受けていただろう。
 自分が手引きした話なのだから、完遂しなければ。
 
 食堂に着いて腰を下ろすと、受けている依頼の詳細についてあれこれ質問が始まった。問いに答えつつ、いつもの食事を終えて。
 テーブルに地図を広げたトルリレイエはちらりとハーファを見た。
「残りはの素材は鉱山だったな」
「うん。坑道の奥に居る魔物の牙だって言ってた」
 依頼書を渡すと、相棒は地図と見比べるように視線を滑らせている。ハーファ達の居る街が描かれている場所をトルリレイエが指さして、目的地の鉱山へ向けて動かしていく。
 鉱山への道中には小さな村が一つだけ。
 元の拠点からなら大きな街道があったのに、迷って山を突っ切ってしまったが故に道がなくなってしまっていた。気にせず鉱山に向かって山を突っ切るか、鉱山とは反対方向に向かう道を通って大きな街道に出るかの二択になってしまっている。
「途中に村があるとはいえ、この距離は長旅になるな」
「街道に出るか? 馬車が来るかも」
「いや、そのまま進もう。地図には載っていないが道がある」
 その道は本当に大丈夫なのかと思いもしたけれど、道中にある村にはいくつも冒険者だけが使っているルート――渡り道があるらしい。魔物が出るせいで一般の人は通らないから、普通の地図には載らないんだそうだ。
 情けは人の為ならずだとトルリレイエは笑う。ゆっくりと地図を元の様に折り畳むその顔がにんまりとほくそえんだ、その時だ。

「街を出るのか」
 
 明らかにこちらへ向かってかけられた声。思わず振り向くと、西の森でトルリレイエに絡んできたパーティの魔術師が近付いてきていた。森で仲間とげらげら笑っていた時とは少し違って、何だか神妙な顔をしている。
「ああ、ついに拾ってくれる仲間が見つかったんでな」
 しれっと森で言われた嫌味を返す相棒の横顔を、ハーファは思わずじっと見る。相変わらず【眼】で見ても感情の揺れみたいなものは分からない。鉄壁の感情の読めなさだ。
 けれど腹を立ててたんじゃないかと今は思う。ハーファが先に怒り出してしまったから、そのタイミングを無くしてしまっただけで。
 向こうもそう思ったのか、少し眉を下げながら口を開いた。
「あのアホみたいな数の植物採集、お前達が完了させたんだってな。散々受けろとつつかれて困ってたんだ」
「別にお前の為にやった訳じゃないが」
 けろりとした顔でとりつく島のないトルリレイエに、魔術師は苦笑する。
「でも、あの依頼の消滅とお前が寄贈した植生調査資料には驚かされた。……それで、その」
「受けている依頼もあるんだ。手短に」
「あ、ありが、とう。お前の動機はともかく、助かった」
「そうか」
 言いづらそうにする相手に言わせておいて、短くそれだけ投げて返したトルリレイエは席を立った。
 
 すたすたと歩き出す後ろ姿に慌てて席を立つと、魔術師は懲りずに去っていこうとする背中へ声をかける。結構心臓が強い。 
「受けている依頼が終わったら、この街に戻ってくるのか」
「さあ? 風向き次第だな」
「…………そうか」
 絡んでくる時と違って歯切れの悪い魔術師の様子に、もう良いかと相棒は溜息をつく。早く来いと呼び寄せられて、ハーファは慌てて側へ寄った。
 少し沈黙した魔術師だったけれど、ぱっと顔がトルリレイエを見て。早足でやって来たと思えば手に持った何かを押し付けてきた。 
「これをやる」
 押し付けられたものを横から覗き込むと、少し固そうな表紙のついた冊子だった。相棒が開いたその中身には手書きの地図。結構詳細に書かれていて、ついでに出てくる魔物や要注意な地形みたいなものがメモされていた。
 ……ついでにパーティのメンバーらしい名前と一緒に、こいつはこの場所で落ちたとかバテたとか力尽きたとか事細かに書かれている。植物の記録をしていたトルリレイエといい、知識職は細かい事を記録するのが好きなんだろうか。

「なんだ急に」
「鉱山の方へ渡り道を通った時に作った物だ」
「答えになっていない」
 訝し気な顔のトルリレイエは渡された冊子を押し返すけれど、相手の魔術師もぐいぐいと押し返す。どっちも受け取る気配がない。
 さっさと貰えば良いのに。
 ハーファはそう思いながら、押しつけ合いで変形している哀れな地図を横からかっさらう。
「こら、ハーファ。勝手に」
「良いだろ、くれるって言ってんだから」
 少し眼を丸くしていた魔術師だったけれど、そうだそうだと少しだけ森で会った時みたいなテンションで被せてきた。
「お前の植生調査資料と交換だ。俺は嫌と言うほどアレの世話になりそうだからな」
「だってさ」
「……じゃあ、貰っておく」
 手に持っていた冊子をトルリレイエに差し出すと、どっちの味方なんだと呟きながら物凄く渋々とした顔で受け取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生
BL
「お早うございます!」 「何だ、その斬新な髪型は!」 翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。 慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!? 俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の第二王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

処理中です...