アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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旧知

21.戸惑い

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「しつこいな……抵抗力も高くなっていたか」
 軽く舌打ちをする音と共に剣を構え直す剣士。その動きに反応したのか、大蛇は身を大きくしならせて咆哮と共に飛び掛かる。
 あんなデカい魔物が真正面から突っ込んできたら、いくら剣を使っていても無事でいられるとは思えない。けれど剣士は動かない。じっと向かってくる蛇を見据えている。
「ちょっとは回避しろよ馬鹿ッッ!」
 思わず飛び出し、鱗の剥がれた横っ面へ飛び蹴りを捻じ込む。
 火傷で爛れた場所に当たったからか、地面に倒れ込んでも苦し気な音を立ててのたうち回っている。ぱりぱりと鱗らしきものが更に剥がれて、ただでさえダメージを負った巨体に傷が増えていく。
 いつの間にか子蛇の姿も見えなくなった。倒すなら今しかない。もうこれ以上のチャンスはない。
 ぐらぐらと揺れ始めた視界を何とか抑え、相棒の立つ方を振り返る。
「リレイ! 追撃っ……!」
 けれど相棒は動かない。震えた手で杖を握りしめるその表情は、どこか泣きそうで。
 
 ――様子がおかしい。どうして。あの一瞬の間に何が。

 「何をしている! トール、援護!」
 
 焦りに追い立てられてリレイに駆け寄ろうとした瞬間、剣を構えたままの剣士が叫んだ。その剣先が水平に踊り、その動きを見た相棒の顔から戸惑いが消えていく。その目を強く閉じて、震えていた手が更に杖を握りしめる。
 ぶつぶつと何かを呟く相棒の周囲に、小さな光が点いては消えてを繰り返す。星の様に明滅する光がいくつも筋を描いては消える。
 いつもは迷うことなく道筋が出来上がって魔術になるのに。やっぱり……今日は様子が変だ。
「リレイ、ッ……!」
 ハーファが呼んでも、リレイは応えない。
 届くはずもないのに思わず手を伸ばした瞬間、背後から怒声のような咆哮が響いてきた。
 振り返ると大蛇が大勢を持ち直し、前方へ向かって大口を開けている。けれど剣士は水平に剣を構えたまま動く気配もない。攻撃することも、リレイを庇う事もしない。
 イチェストの聖典魔法の気配がする。けれどハーファはグランヴァイパーの攻撃を全て避けていた。あの巨体からの攻撃を受けて、果たして防ぎきれるものなのか確証が持てない。
 大きく身をしならせて大蛇が動き出し、リレイ達の居る方へ真っ直ぐに向かっていく。
「……やっぱりダメだ! リレイっ!!」
 もしも。もしも防ぎきれなったら。相棒が怪我をしてしまったら。致命傷を負ってしまったら。
 ざわざわと気持ちを蝕む胸騒ぎに耐えきれず駆け出すと、ずっと閉じていた薄い茶色の瞳が大きく開いた。
「腕ごと吹き飛ばされても文句言うんじゃないぞ!!」
「腰の引けたお前の術ごときで負傷させられると貰っては困るな」
 リレイの周囲で明滅していた光が、思い出したように軌跡を描きながら高速で駆け抜けて炎を生み出す。
 その様子を見た剣士は少し笑ったような気がした。生み出された炎を剣が受け、水平に流れて大上段に昇った剣先からぶわりと炎が立ち昇って。
 向かってくる大蛇の口へ向かって垂直に刃が食い込み、魔物の体を割く。勢いがついた巨体はそのまま燃える刃へ向かって押し寄せ、耳をつんざくような絶叫を上げる大蛇は真っ二つに両断されていた。

 魔法を纏った剣――そんなもの、聞いたこともない。


  
 呆然と地面に転がる大蛇を見下ろす。
 事切れた大蛇の断面は火で焼かれ、ぶすぶすと焦げた臭いを立ち上らせていた。赤かった目玉は白く濁り、断面から流れ出した赤黒い血液が血だまりを作って広がっていく。
 あれだけ苦戦していた魔物を、あの二人はあっという間に倒してしまった。ハーファはまともにダメージを与えられなかったのに。
 ……役に立てなかった。リレイの相棒は自分なのに。
 思わず唇を噛むハーファの耳に、後ろからか細い声の様な音が届く。新手かと振り向いた先に居たのは、いつの間にか壁に開いた大穴の前に移動していたらしいイチェストだ。
「ああ……派手……破損がめっちゃくちゃ派手……」
 そう言い終わる否や、昔馴染みはへなへなとその場に座り込んでしまった。

 リレイや謎の剣士と事切れた大蛇の死骸を捌き、手分けをしながら素材になりそうな部分を黙々と袋につめていく。
 生きている時はあれだけ硬かった身体も、命を失った今はナイフで容易く解体する事が出来る。鱗、目玉、牙……焼け焦げていないものを回収しきって振り返ると、青ざめた顔のイチェストは壁の損傷具合をみていた。
 神殿所管の聖地で大型の魔物が出た上に、希少な遺跡の壁をここまで派手に破壊されれば泣きたくもなる。希望していた楽々出張の夢はほぼ間違いなく消え去ったのだから。
 「そろそろ戻ろう。この壊れ具合だ、早急に報告を上げないとな」
 そう言った相棒の顔はいつも通りで、少し前の戦闘で見せていた動揺はもう何処にもない。
 あの時何があったのか聞きたかったけれど……お疲れ様と言いながら頭を撫でてくる顔を見ていると、掘り返していいものか少し迷ってしまって。結局何も問うことは出来なかった。

 
 地上へ戻って門番へ事の次第を説明したものの、何を言っているんだお前らはと鼻先で笑われて終わってしまった。
 まぁ現場はこんなものかと話しながら探索許可を出した教会へ報告に向かう。しかし言うセリフは違えど返ってくる反応は大体同じ。イチェストについてやって来た冒険者がホコリと傷にまみれていたから、何かあっただろうと察してはくれたみたいだけれど。
 まさか聖地の壁をぶち破る大蛇が出るとは夢にも思わないのだろう。半信半疑な表情を浮かべたまま、一応調査隊を差し向けるという回答だけを寄越した。
「んだよ、どいつもこいつも完全に嘘つきを見る目じゃねぇか」
 教会を出て酒場へ戻る途中、我慢できずにハーファは悪態をついた。
 イチェストが結界を張り直したとは言っていたけれど、物理的な壁の破損もあってリスクは高いはずだ。だからきちんと申告をしたというのに。お前らが壊したんじゃないかと言いかけた教会の奴らの顔は、この先も絶対に忘れない。
「聖地にヌシ級の魔物なんて信じられないだろ……はぁ……」
 今の内に大神殿へ帰ったらダメかな、なんて言い出すイチェストは深すぎる溜め息をついた。
 
 そんな事したって、どうせ事態が分かれば引きずり戻される。
 イチェストも分かってはいるんだろうけれど。この先の騒ぎになるであろう展開を考えてか、早くも現実逃避をしないといられない状態になっているらしい。
「ま、諦めろ。さっさと依頼終わらせて、教会が騒ぎ出すまでゆっくりしようぜ」
「騒ぎになる前提じゃないかよぉ……くそぉ、何で俺の時に限ってこうなるんだよぉ……」
 お前が来たからじゃねぇの、とは流石に言わないでおいた。
 もはや半泣きの顔で頭を抱える不運な男の背を軽く叩きながら、ハーファ達はギルドのある酒場へ向かうのだった。
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