アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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旧知

22.誘い

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「グランヴァイパーの鱗!? これが!?」
「でっっか! どんなサイズの奴を倒せば手に入るんだよ、こんなの!」
 
 昨日祝杯をぶち上げていたパーティの一行が大きな声をあげ、周囲の注目が一気に彼らを見た。
 ハーファが昨日しでかした失言のせいで、祝杯パーティとの出合い頭は不穏な空気が流れたけれど。持ち帰った大袋を見たギルドの職員に「素材の鑑定が先だ」と諭され、何故か一緒に手近なテーブルについたのである。
 買い取り依頼のため机に並べているのは、遺跡で倒したグランヴァイパーから回収して来た素材の山。
 ここまでの大きさのものは中々ないと驚くギルド所属の鑑定士。周囲の冒険者――特に魔術師の面々も遠巻きながら興味深そうに素材を眺めている。
「買い取り価格はこれでいかがでしょうか」
「……え? これ桁違ってたりは」
 見たことのない桁に面食らい、恐る恐る鑑定士を見る。そんなハーファに向けられたのはにこやかな微笑みだった。
「しません。大型種の中でも特大サイズの素材ですから、これくらいにはなりますよ」
「ひえぇ」
 何度見ても示された数字の桁が違う。青札向けの戦闘依頼で貰う報酬の何回分だろうか。
 買い取りの同意書へのサインを求められ、おっかなびっくり書類を受け取る。リレイに渡して金額の確認を頼むと、さすがに金額が大きいのか文面をじっと見つめ始めた。
 
 しばらくの間、考える様子を見せた後。
「周りの奴らに少し分けても良いか?」
「あ、うん。鱗でいいのか?」
 言いながらリレイが持っているのは鱗だけ。貴重さでいえば一匹から二つしか取れない目玉だと思うけれど。
「この鱗は魔術師の防具に使える最高級素材なんだ。あいつらに多少握らせておけば、昨日のことも綺麗さっぱり水に流れる」
「な、なるほど」
 昨日の発言について言われると返す言葉もない。
 ハーファはリレイが一番だと思っているけれど、逆に周りの人間から同じ事を言われたらカチンとくる。そう考えれば結構な失言だった。酒場に居た冒険者を一気に敵に回してしまったのも頷ける。
 すぐにリレイが周りで様子見をしていたパーティひとつひとつへ、大きな鱗を詰めた小さな袋を配って回った。袋を受け取った面々、特に魔術師は嬉しそうに何やら話している。
 その間に残った素材の売却金額を計算してもらって、持ち込んだ戦利品は無事全て精算しきったのだった。

 律儀なことに直接依頼をしたとギルドに申請していたイチェストは、依頼完了の手続きを終えてカウンターから戻ってきた。
 ギルドの斡旋を受けない個人の依頼は、冒険者に依頼をしてもギルドへの申請を省略する事が殆どだ。本当はするものらしいけど、別にしなくても何も言われないのに。変に真面目な男である。
「同行ありがとうございました。やっぱり依頼しといて良かったです……ボロ負けして逃げ帰る所だった」
 深々と一つ礼をして、魔物討伐の礼だという小さな袋を取り出す。何だろうと思いつつ受け取って開けると結構な枚数の金貨が入っていた。魔物討伐の追加報酬らしい。
 そういえば単なる遺跡調査の依頼だって聞いて受けた気がする。あんな巨大な魔物が出るなんて、誰も思ってなかったから。
「オレの分はいい。イチェストの支援が無かったら役に立たなかった。トドメさしたのアイツだし」
 思わず、受け取った袋を押し返す。
 ちらりと視線を向けた先にはギルドにまでついてきた謎の剣士。何かをするでもなく、じっと壁の掲示板を見ている。何しにきたんだ一体。
 
 グランヴァイパーと戦えたのは自分の力じゃない。ハーファだけなら攻撃が通らなかった初期の段階で負けてしまっていたはずだ。イチェストの支援があったから渡り合えて、あの剣士とリレイの連携があったから仕留められた。
「そんなことない。俺じゃそもそも渡り合えないから」
 ……そうは言うけれど。
 あの二人なら大蛇と渡り合えていたのかもしれない。ハーファはただリレイの魔術発動を邪魔していただけかもしれないのに。
 一瞬そんな事を考えた間に、押し返していた袋を握らされてしまった。
「仕留めた二人への色はつけてる。ちゃんとした報酬を受け取るのも仕事のうちだろ」
「……じゃあ、受け取っとく」
 にこにこと笑うイチェストの圧に押しきられて、渋々金貨を受け取った。
 即席パーティを組む羽目になった剣士にも謝礼を渡そうとしたみたいだけれど、向こうは絶対に首を縦に振らなかった。聞こえて来た話だと、想定の上で申請をしたから不要だとかそういう感じらしい。
 どっちも譲らずにしばらく応酬してたけれど、諦めたようにイチェストが深々と最敬礼をする。謎の剣士の粘り勝ちのようだった。
 
「じゃ、報告書作んの頑張れよ」
 戻ってきたイチェストにそう声をかけると、笑顔のまま目の前の顔が固まった。ギギギと軋んだ音のしそうな動きで振り向いたと思ったら、恨めしそうな顔がハーファを見る。
「今だけでも忘れようとしてたのに……応援するくらいなら手伝えよぉ……!」
「嫌だ。オレ冒険者だし」
「ちくしょぉぉ……!」
 勢いよく机に両手をついて、夢破れた哀れな神官兵はずるずるとしゃがみこんでいく。
 調査には報告書。神殿に所属する人間の避けられない運命だ。
 大規模な調査なら専門の人員が来るらしいけど、今回はそういう扱いじゃないみたいだし。あれだけ派手に壁が壊れたら簡単な報告じゃ済まないだろう。下手をすれば修復まで付き合わされる可能性が高い。
 本当に運がない奴である。いつもの事だけれど。

 
 待ち構えているであろう現実に戻っていくイチェストを見送りに、ゲンナリした様子の背中を叩きながら酒場の入り口まで一緒に向かう。けれど急に立ち止まったせいで軽くぶつかってしまった。
「……なぁ、ハーファ。やっぱり神殿に帰って来ないか?」
「報告書は手伝わねぇつってんだろ」
 あまりの諦めの悪さに苦笑していると、どことなく深刻そうな顔は首を横に振る。
「違う。お前と一緒に戦うの、凄くやりやすかった。俺は防御専門だし、ハーファと組めたら攻撃も出来て心強い」
「え……」
 とっさに言葉が出なかった。
 お前だから組みたいなんて、言われた事がなかったから。観察したいって言葉ならどっかの魔術師に言われたけれど。
 認められたみたいで正直なところ嬉しい。ずっと役に立たないって言われてきたハーファにとって、それは何よりの言葉。
 でも。
 これに頷いてしまったら、リレイとパーティを解消する事になる。神殿の兄弟以外で、初めて気を許す事ができた唯一の相棒との冒険が終わってしまうのだ。
「そう言って貰えるのは嬉しいけど、オレは冒険者がいい」
 リレイと居たい。時々人でなしになるけれど、いつもハーファを見守ってくれる相棒と。

 何となく照れくさくなって俯くと、イチェストはしばらく黙った後にはーっと溜息をついた。
「やっぱダメか。神殿より外の任務の方が生き生きしてたもんなぁ」
 トホホとわざとらしく口にしながら、その足は酒場の入り口から外へ踏み出していく。
「そんなら、ちょくちょく贔屓にさせて貰うかな。依頼する時に困るから、居場所ぐらいは定期的に教えろよ?」
「……ん。わかった」
 ひとつ頷いたハーファの頭をがしがしと荒く撫でて、昔馴染みは道の向こうへ消えていった。血の繋がりはないけれど、まるで兄みたいだなとボンヤリ思う。年下のくせに。
 少しだけくすぐったく思いながら、リレイの元に戻ろうと振り返ると。
 
「うるさいうるさいッ!! 黙れ!!!」

 聞いた事のない相棒の怒鳴り声が耳に飛び込んできた。
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