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異変
23.想い
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突然の大声に驚いてテーブルを見ると、あの剣士がリレイの腕を掴んでいた。
睨み付けられていても表情ひとつ変えず、じっとその顔を見つめて。その口が何か喋ったと思えば相棒の表情がぐらりと揺らいだ。驚いている様な、泣いている様な、少し幼い雰囲気のする顔が剣士を見る。
あんなに動揺する相棒なんて、ハーファは見た事がないのに。
「っ……離せッ!!」
「トール!」
抵抗するリレイの腕を、剣士はしつこく捉えたまま。その声がどこか親しげに思えて、ハーファの中でもやもやとしたものが再び溜まり始めた。
勧誘?
それにしては手荒だ。まるで無理矢理どこかへ連れて行こうとしているような――。
嫌な展開の予想を頭が広げた瞬間、ハーファの頭へ瞬間的に血が昇っていった。
「おい! 嫌がってんだろ!」
即座に足を動かし、最大限の歩幅で相棒の元へ戻る。リレイの腕を捉える剣士の手を振り解いて、連れていかれてしまわないように相棒の手首をぎゅっと握りしめた。
すると、剣士は眉を顰めてハーファを睨んでくる。
「他人のお前に関係ないだろう」
その物言いでハーファの闘争心へ一気に火がついた。
自分は特別だって言いたいのか。
リレイにこれだけ拒否されてるくせに。
「コイツはオレの相棒なんだ! 勝手に連れてかれたら困るんだよ!!」
リレイの相棒はハーファだ。
一緒に冒険をしている。何度も戦闘を潜り抜けてきた。今回は人数の影響で組み合わせが違ったけれど、ずっと二人で助け合って危険な場面を乗り越えてきたのだ。
そこへ急に出てきて、勝手に誘っておいて。リレイに誘われて相棒になったハーファが関係ない他人だなんて、絶対に言わせない。
互いに一歩も引かずに睨み合っているとリレイがゆっくりと動いた。腰に差していた杖を抜いた切っ先は、ぴたりと剣士に向いている。
「……ハーファの言う通りだ。さっさと帰ってくれ、騎士殿」
その言葉に今度は剣士の表情が少し揺らぐ。何か言いたげにリレイを見つめていたけれど、ただそれだけ。しばらく沈黙したまま視線を向けていたものの、変わらない態度に諦めたのか、この場から立ち去っていった。
フロアに沈黙が下り、揉め事の気配にざわついていた酒場の雰囲気も落ち着きを取り戻していく。
あの剣士が戻って来る気配もない。けれどリレイは杖を下ろして立ち尽くしたまま、酒場のドアを見つめている。
「大丈夫か?」
恐る恐る顔を覗き込むと、ようやくハーファを見た薄い茶色の瞳がほんの少しだけ揺らぐ。変な絡まれ方をしていたからか、どこか強張っている目の前の顔。
それが微かに緩んで、ゆっくりといつもの相棒に戻っていった。
リレイの手がハーファの手にそっと重なって、ふと気づくと反対側の手首を掴んだままだった事に気付く。
「ごっ、ごめん」
感情に任せて結構な力で握りしめていた気がする。痛かっただろうか。
慌てて手を離すと、リレイは軽く首を横に振った。
「ありがとう、助かった」
ふわりと向けられた微笑みに、ぶわりと頰が熱くなる。
あの得体の知れない剣士が去ったからだろうか。相棒を取られてしまうかもしれない不安が晴れたからだろうか。ハーファを選んでくれたからだろうか。どっと噴き出してくる安堵に胸を撫で下ろした。
それでも、意識の端では先程の光景がちらつく。
どうしてあの剣士はあそこまで熱心にリレイを誘っていたんだろう。
最初から知り合いの様な雰囲気だった。
二人で協力攻撃が出来るほど、戦闘で連携が取れていた。
組んでいたパーティの人間だったんだろうか。もしかして昔は仲が良かったんだろうか。
――聞きたい。
アイツが何者なのか。リレイにあそこまで拒絶されるほどの、何をしたのか。あの時何をリレイに囁いていたのか。
なのに文字ひとつ分すら声が出ない。不思議そうな表情の相棒を見つめるほど、せっかく絞り出そうとした言葉が喉の奥へ出戻っていく。
段々と、目の前の顔を見ていられなくなって。
「…………早く、宿に帰ろう」
ようやくそれだけ口から押し出して、逃げる様に酒場を出た。
どうしてあの剣士のことを聞けないのか分からない。以前のハーファなら迷うことなく聞けたはずなのに。
このモヤモヤした気持ちのせいだ。これで色々なものが見えなくなっていく。
理解できない自分自身のもどかしさと戦いながら、宿への道を早足で歩く。少しずつ追いついてくるリレイの気配を感じながら。
「なぁ……神殿には帰らないのか?」
追い付いて早々に掛けられた声で足が止まる。
さっきの今で、どうしてそんな事を聞くんだろう。リレイは帰ってほしかったんだろうか。
そんな思考が一瞬頭を支配したけれど、だとすれば先程の剣士に対する態度と矛盾する。何とか自分にそう言い聞かせて振り返ると、相棒はどこか探るような目でハーファを見ていた。
「冒険者の方が性に合ってる。神官やってるオレなんか想像出来るか?」
「できないな」
「……即答かよ……」
考える素振りもなく言い切ったリレイをじとりと見つめと、少しだけその顔が笑った気がした。
ひとつ溜息を吐き、今度はゆっくりと歩き出す。
「ちょっとは悩めよな」
「すまない、つい」
やはり少し声が笑っている。先程の問いは冗談だったのだろうか。
……そう言えば、伝えていなかった気がする。
最初こそリレイから声をかけられて始まったけれど、ハーファ自身もこのパーティでの活動を望んでいること。何だかんだでリレイを信用していること。
「リレイの近くに居ると心強い。安心して背中を預けられるんだ。戦闘中に【眼】を閉じても怖くなくなった」
ずっと受け身のままだった。最初の頃の、声を掛けられて仕方なしに組んでるって思わせたまま。これじゃあイチェストと一緒に帰らないのかと言われても仕方がない。
意を決してじっと相棒を見る。きちんと言わないといけない。
「リレイが一番の相棒だと思ってる。オレはアンタと一緒がいい」
ようやく絞り出した声は、情けないことに少しだけ震えているように思えた。
けれど相棒は何も言わない。それどころか俯いてしまって、見えなくなってしまった表情にどっと嫌な汗が全身であふれてくる。
「ちょっ、やっぱりさっきの大丈夫じゃなかったんじゃないか!? お、オレひょっとして変な事言ったか!?」
慌てて顔を覗き込むけれど反応はない。
どうしよう、どうしようと頭の中が混乱でぐるぐるとし始めた、そんな時。
「一番、か……それは光栄だ」
不意にハーファを見た相棒の顔が、とろんと蕩けるような笑みを浮かべた。その瞬間、今までにないくらいの強さで心臓が跳ねる。
見たことない……こんな顔、今まで一度も。
どくどくと脈が暴れてうるさい。息が吸えているのか分からない。何か言わなければと思うけれど、言葉どころか単語すら頭に浮かんでこない。
頭が真っ白になって硬直するハーファの手を取り、リレイは何故か額に押し当てた。
しばらくそのまま二人立ち尽くして。その行動の意味を問う事は出来ないまま、無言で宿へ戻ったのだった。
睨み付けられていても表情ひとつ変えず、じっとその顔を見つめて。その口が何か喋ったと思えば相棒の表情がぐらりと揺らいだ。驚いている様な、泣いている様な、少し幼い雰囲気のする顔が剣士を見る。
あんなに動揺する相棒なんて、ハーファは見た事がないのに。
「っ……離せッ!!」
「トール!」
抵抗するリレイの腕を、剣士はしつこく捉えたまま。その声がどこか親しげに思えて、ハーファの中でもやもやとしたものが再び溜まり始めた。
勧誘?
それにしては手荒だ。まるで無理矢理どこかへ連れて行こうとしているような――。
嫌な展開の予想を頭が広げた瞬間、ハーファの頭へ瞬間的に血が昇っていった。
「おい! 嫌がってんだろ!」
即座に足を動かし、最大限の歩幅で相棒の元へ戻る。リレイの腕を捉える剣士の手を振り解いて、連れていかれてしまわないように相棒の手首をぎゅっと握りしめた。
すると、剣士は眉を顰めてハーファを睨んでくる。
「他人のお前に関係ないだろう」
その物言いでハーファの闘争心へ一気に火がついた。
自分は特別だって言いたいのか。
リレイにこれだけ拒否されてるくせに。
「コイツはオレの相棒なんだ! 勝手に連れてかれたら困るんだよ!!」
リレイの相棒はハーファだ。
一緒に冒険をしている。何度も戦闘を潜り抜けてきた。今回は人数の影響で組み合わせが違ったけれど、ずっと二人で助け合って危険な場面を乗り越えてきたのだ。
そこへ急に出てきて、勝手に誘っておいて。リレイに誘われて相棒になったハーファが関係ない他人だなんて、絶対に言わせない。
互いに一歩も引かずに睨み合っているとリレイがゆっくりと動いた。腰に差していた杖を抜いた切っ先は、ぴたりと剣士に向いている。
「……ハーファの言う通りだ。さっさと帰ってくれ、騎士殿」
その言葉に今度は剣士の表情が少し揺らぐ。何か言いたげにリレイを見つめていたけれど、ただそれだけ。しばらく沈黙したまま視線を向けていたものの、変わらない態度に諦めたのか、この場から立ち去っていった。
フロアに沈黙が下り、揉め事の気配にざわついていた酒場の雰囲気も落ち着きを取り戻していく。
あの剣士が戻って来る気配もない。けれどリレイは杖を下ろして立ち尽くしたまま、酒場のドアを見つめている。
「大丈夫か?」
恐る恐る顔を覗き込むと、ようやくハーファを見た薄い茶色の瞳がほんの少しだけ揺らぐ。変な絡まれ方をしていたからか、どこか強張っている目の前の顔。
それが微かに緩んで、ゆっくりといつもの相棒に戻っていった。
リレイの手がハーファの手にそっと重なって、ふと気づくと反対側の手首を掴んだままだった事に気付く。
「ごっ、ごめん」
感情に任せて結構な力で握りしめていた気がする。痛かっただろうか。
慌てて手を離すと、リレイは軽く首を横に振った。
「ありがとう、助かった」
ふわりと向けられた微笑みに、ぶわりと頰が熱くなる。
あの得体の知れない剣士が去ったからだろうか。相棒を取られてしまうかもしれない不安が晴れたからだろうか。ハーファを選んでくれたからだろうか。どっと噴き出してくる安堵に胸を撫で下ろした。
それでも、意識の端では先程の光景がちらつく。
どうしてあの剣士はあそこまで熱心にリレイを誘っていたんだろう。
最初から知り合いの様な雰囲気だった。
二人で協力攻撃が出来るほど、戦闘で連携が取れていた。
組んでいたパーティの人間だったんだろうか。もしかして昔は仲が良かったんだろうか。
――聞きたい。
アイツが何者なのか。リレイにあそこまで拒絶されるほどの、何をしたのか。あの時何をリレイに囁いていたのか。
なのに文字ひとつ分すら声が出ない。不思議そうな表情の相棒を見つめるほど、せっかく絞り出そうとした言葉が喉の奥へ出戻っていく。
段々と、目の前の顔を見ていられなくなって。
「…………早く、宿に帰ろう」
ようやくそれだけ口から押し出して、逃げる様に酒場を出た。
どうしてあの剣士のことを聞けないのか分からない。以前のハーファなら迷うことなく聞けたはずなのに。
このモヤモヤした気持ちのせいだ。これで色々なものが見えなくなっていく。
理解できない自分自身のもどかしさと戦いながら、宿への道を早足で歩く。少しずつ追いついてくるリレイの気配を感じながら。
「なぁ……神殿には帰らないのか?」
追い付いて早々に掛けられた声で足が止まる。
さっきの今で、どうしてそんな事を聞くんだろう。リレイは帰ってほしかったんだろうか。
そんな思考が一瞬頭を支配したけれど、だとすれば先程の剣士に対する態度と矛盾する。何とか自分にそう言い聞かせて振り返ると、相棒はどこか探るような目でハーファを見ていた。
「冒険者の方が性に合ってる。神官やってるオレなんか想像出来るか?」
「できないな」
「……即答かよ……」
考える素振りもなく言い切ったリレイをじとりと見つめと、少しだけその顔が笑った気がした。
ひとつ溜息を吐き、今度はゆっくりと歩き出す。
「ちょっとは悩めよな」
「すまない、つい」
やはり少し声が笑っている。先程の問いは冗談だったのだろうか。
……そう言えば、伝えていなかった気がする。
最初こそリレイから声をかけられて始まったけれど、ハーファ自身もこのパーティでの活動を望んでいること。何だかんだでリレイを信用していること。
「リレイの近くに居ると心強い。安心して背中を預けられるんだ。戦闘中に【眼】を閉じても怖くなくなった」
ずっと受け身のままだった。最初の頃の、声を掛けられて仕方なしに組んでるって思わせたまま。これじゃあイチェストと一緒に帰らないのかと言われても仕方がない。
意を決してじっと相棒を見る。きちんと言わないといけない。
「リレイが一番の相棒だと思ってる。オレはアンタと一緒がいい」
ようやく絞り出した声は、情けないことに少しだけ震えているように思えた。
けれど相棒は何も言わない。それどころか俯いてしまって、見えなくなってしまった表情にどっと嫌な汗が全身であふれてくる。
「ちょっ、やっぱりさっきの大丈夫じゃなかったんじゃないか!? お、オレひょっとして変な事言ったか!?」
慌てて顔を覗き込むけれど反応はない。
どうしよう、どうしようと頭の中が混乱でぐるぐるとし始めた、そんな時。
「一番、か……それは光栄だ」
不意にハーファを見た相棒の顔が、とろんと蕩けるような笑みを浮かべた。その瞬間、今までにないくらいの強さで心臓が跳ねる。
見たことない……こんな顔、今まで一度も。
どくどくと脈が暴れてうるさい。息が吸えているのか分からない。何か言わなければと思うけれど、言葉どころか単語すら頭に浮かんでこない。
頭が真っ白になって硬直するハーファの手を取り、リレイは何故か額に押し当てた。
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