アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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異変

25.返り討ち

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 急に後ろから引っ張ったからか、バランスを崩したリレイはあっさりとハーファの元に倒れ込んできた。
「おっと! ……ハーファ?」
 ベッドに引っ張り込んだ相棒を後ろから抱き込み、腰に回した腕に力を込める。何度か立ち上がろうとしたみたいだけれど、諦めたのかその動作はいつの間にかなくなった。
 少しだけ、抱きしめた温度に安心する。けれどまた寂しさと同時にあの剣士の姿がゆらゆらと浮かんできて。
「リレイは、本当はトールなのか……? なぁ、アンタ誰なんだよ……」
 知らないリレイの顔をあの剣士は知っている。相棒であるはずのハーファを差し置いて、物知り顔で睨んできた。
 それが何だかくやしい。
 ふてくされながら頭をぐりぐりと押し付けると、リレイの手がそっとハーファの頭を撫でる。
「もう忘れたのか? 俺はトルリレイエだ」
「えっ? ……あ」
 そういえば、リレイはちょっと長い名前だった。いつの間にか周りがしていたように、勝手に短くして呼んでいたけれど。
「リレイも、トールも、どっちも俺だ。ワースは出てきた家の弟だから、昔の呼び名で呼ぶ」
 ……弟。ずいぶんデカい弟だけれど。
 
 それならまだ納得がいく。あちこち動き回る冒険者になった兄を、何とか家に連れて帰ろうとしていたんじゃないかって思えるから。
 あの剣士がリレイの特別って訳じゃない。相棒が取られる訳じゃない。
 そう理解したハーファの顔から一気に力が抜けていった。
「そ、っか……よかった……アイツのトールになっちまうのかと思った……」
 ホッとして思わず力一杯抱きつくと、抱きしめた体が僅かに揺れた。振り返った顔がハーファを見る。珍しく笑みのない、真剣な顔。どこか自信のなさげな瞳がじっと見つめている。
「ハーファ……」
 ぽつりと名を呼ばれて腕を離すと、向かい合うようにリレイが膝の上に座り直した。その両手がそっと頬を包んで。
「ん、っ……リレイ……」
 また顔が近付いてきたと思えば、そのまま唇が触れる。触れては離れてみたり、重ねて撫でるように動いてみたり――口の中を、また撫でてきたり。
 魔力はもう十分に貰ったはずなのに。
 いつもと違う相棒の様子に少し戸惑いつつも、触れてくる温度が手放し難くて。気持ち良さに流され、されるがまま。 
「……とるりれいえ……」
 ふわふわと夢見心地でリレイを呼ぶと、一瞬目を見開いた相棒がガバリと覆いかぶさってきた。

 
 いつもと違う。
 かといって人でなしの顔をしている様子でもない。気を抜けば飲まれてしまいそうな視線を向けてくる顔は、頬が赤い以外は至って真面目な時のそれ。
「ハー、ファ……もっとしたい……キスよりも深い事を、もっと……」
 どこかぎこちない声がハーファの鼓膜を揺する。耳に柔らかい感触がして。しばらくするとヌルリとした、普段耳に触れる事のない感触がした。
 ……舌だ。水っぽい音を微かにさせて、ハーファの耳をリレイの舌が撫でている。
 流石にこれには我に返って、身を閉じ込める体を押し返した。
「な、なに……何言ってんだよ馬ッッ鹿!!!」
 
 これは違う。
 おかしい。
 こんなこと、仲間同士ではしない。

 だってこれは、恋人同士だって奴らがやってたこと。人前ではするなって、調子に乗って酒場でした奴が怒られてたこと。いくら相棒でもここまではしない。それ以上に深い事、とは……一体何をするつもりなのか。
「しっ、仕方ないだろ。最後までしたくなったんだ……」
「さ、っ……!? お、男同士だぞ!?」
 そういう話じゃないのに。たとえ男女でも特別な相手以外に普通はしない。そう頭では分かっていても、ピントのズレた間抜けな反応しかできなかった。
「男同士でも口付けしてるだろ」
「そ、それは魔力を貰……っ」
 途切れそうになる声を何とか絞り出しながら睨む。けれどリレイが少し近付いてきただけで簡単に喉の奥へ引っ込んだ。
 顔が熱くて、それが無性に恥ずかしくて。じっと見ていられずに目をぎゅっと閉じる。きっと変な顔をしているだろうけれど、なりふり構っていられない。
「行為の意味は違っていても、する行為そのものは変わらない。口付けしただろ。軽いのも、深いのも……初めてのも」
 するりと指先が唇に触れて、ゆっくりと表面を滑る。何度もリレイと触れたそれ。リレイにしか触れられてない、それ。
 
 やんわりと皮膚を撫でられているだけなのに、ぞくぞくと背筋に重だるい刺激が走る。 
「へ、へりくつ……」
 恐る恐る目を開くと、リレイが目を細めた。
「一回だけでもいい……なぁ」
 耳元に寄せられた口は、少し低い囁きを流し込んでくる。そのせいでどくどくと心臓がやけに速く走る。
 動揺を必死に宥めすかしながら睨み返してみるけれど、効果はいまいち感じられない。むしろこっちが追い込まれていっているような気がする。
 また覆い被さってくるリレイを押し返すことも出来ないまま、その手がゆっくりとハーファの体を撫で始めた。時々軽く触れる唇の感触がくすぐったい。くすぐったくて、ムズムズする。
「んん……っ!」
 するすると動く手が太腿を滑って、思わず体が震えた。どことなく触り方がすけべだ。もったいぶった動きをする指先が、内側の柔らかい所に移動していって。
 脚の付け根に、そっと触れた。

「あっ、あっ、こっ、このっ……ドスケベ魔術師ぃぃ――っ!!」

 ここまでくれば、どこを触るつもりかなんて流石に分かる。相棒の言う「深い事」の意味をようやく悟り、恥ずかしさに耐えきれず膝蹴りを放っていた。
 かつてないほど綺麗に鳩尾へ決まったそれは、戦闘中なら会心の一撃に相当すると言っても過言ではない。
 ……リレイはハーファよりも防御が脆い。腕力ほどではないが、魔術師らしく守備が低い。そして格闘家という職業は、会心の一撃が出ると攻撃の威力が底上げされる傾向にある。
「り、リレイ……?」
 
 はっと我に返って声をかけるが、返事はやはりない。
 
「リレイ――――っっ!?」

 
 助走のないゼロ距離とはいえ、綺麗に決まってしまった蹴り。
 最大ダメージになっているであろう一撃をまともに食らった相棒は、一言も発さないまま頭から崩れ落ちた。
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