アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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異変

27.再来

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 遺跡の探索から一週間。ハーファとリレイは未だ同じ宿屋に滞在していた。
 と、いうのも。
 
「先日の遺跡調査について、協力を要請します」
 
 突然宿を訪ねてきた神官が言い放った一言。
 これが全ての元凶だった。
 ……要請と言ってはいるけれど、この場合は強制参加だ。頷くまで部屋に居座られたし、逃げようものなら神官兵の集団に追われる羽目になる。
 
 とはいえ神殿の依頼は制約が多くても、普通は一週間も拘束されたりはしない。
 今回は秘匿調査――あのワースとかいう剣士と遭遇してしまったのがまずかったらしい。本当にろくなことをしない奴だ。
 教会に呼び出されたと思えば鍵のかかった懺悔室に閉じ込められて。遺跡で見聞きした事を口外しないと約束する箝口令かんこうれい承諾の誓約書にサインさせられ、遭遇した出来事について根掘り葉掘り問われた。
 それもまぁ、一日で終わらせてくれれば文句はないけれど。
 最悪なことに、向こうの調査に合わせて追加で呼び出されるのだ。遺跡の様子だったり、グランヴァイパーとの戦闘の様子だったり……どうでもいいだろと言いたくなるくらい細かいことまで、いちいち呼び出しては聞いてくる。
 それが一週間続いてるせいで、受けられる依頼は街の周りのアイテム回収や街中のお使いくらいしかない。何とか次の目的地について話したりして気を紛らわせているけれど。冒険者に冒険をするなと言うのは無茶にもほどがある。
 ……ただでさえ、リレイを蹴り飛ばして昏倒させてしまってから気まずいのに。この拘束状態への愚痴を言い合ってしのいでいるけれど。

 
 不満をこぼしながらも調査に付き合い、神官が訪ねてきてから八日目が訪れた頃。ここにきてようやく呼び出しの終了を告げられた。
「はー、やっと終わった……秘匿調査って大変なんだなぁ……」
 もう二度と関わりたくない。面倒すぎる。
 ぶつくさ言いながら道を行き、宿ではなく酒場へ足を向けた。今日は放免記念と出発前の景気付けだ。また追加調査だとか教会が言い出す前に、さっさとこの街からおさらばしたい。
 酒場の入り口をくぐって、空いていたテーブルに着くと同時に飲み物と軽食を注文する。まだ昼に近いからだろうか。そこまでドンチャン騒ぎしてる奴らは見当たらない。
 
 視界の端でぐっと伸びをしたリレイが、ひとつ小さく溜め息をついた。
「イチェストが仮面のような顔だったな……」
 不気味な笑顔を張り付けていた不運の男を思い出しているのか、その口元には苦笑が浮かんでいる。
 秘匿調査との遭遇に加えて遺跡の破損にまで立ち会ってしまったイチェストは、やっぱり楽々出張の夢が潰えたらしい。途中まではハーファ達と同じくゲンナリした顔で聞き取りに参加していたけれど。
 三日目くらいから笑顔のまま表情が動かなくなったのだ。
「あんな不気味な笑顔そうそう見ねぇよな。めちゃくちゃ可哀想」
 もう諦めを通り越して悟りでも開いてたんだろう。あそこまで巻き込まれ体質が発揮されると、可哀想だなと思いつつも笑えてくる。

 ふと感じる視線。それを辿ると、薄い茶色の瞳がじっとハーファの方を見つめていた。
 何だろう、次の行き先についてだろうか。
 そんなことを思いながらリレイを見つめ返すと、タイミング良く料理が運ばれてきた。本題に入る前に皿を受け取って店員を見送る。
 するとその向こう側、入り口のドアが開くのが見えて。
「あ……」
 入ってきたのは剣士。冒険者らしくない服装に、上等なものだってすぐに分かる装備。改めて見た顔はリレイほどじゃないけれど、綺麗に整っていて目を引く。
 ワースラウル――リレイの弟だっていう、いけ好かない奴。

 
「……何しに来た」
 出現した奴に気が付いたリレイの顔がひきつった。
 やっぱり相棒が目的で来たんだろう。二人の居るテーブルに近付いてきたそいつは、真っ直ぐにリレイだけを見つめている。まるでハーファの存在なんか無いみたいに。
「トール……家に帰ろう」
 まだ諦めていない様子に身構えたけれど、相棒は以前みたいな動揺を見せない。気持ちがもやもやするハーファをよそに、眉を潜めて剣士を睨み返す目は涼やかで、真っ直ぐだ。
 対照的に剣士の方は一週間前とは違い、少し弱々しい声。どこか甘えるような表情がリレイを見つめている。
 あまりの気配の変わりぶりに、思わず【眼】を開いた。
「しつこい。さっさと失せ――」
 イライラした様子で杖を構えるリレイの腕を咄嗟に引っ張る。
 
 すぐに不服そうな顔がハーファを見た。けれど引く気にはなれなかった。ここで引いてはダメだと、何故かは分からないけれど頭のどこかが主張していたのだ。
「リレイ。何かアイツ変だ」
「……変?」
「えーと、何か、焦ってる、っていうか悲しそう……? とりあえず話聞いてやってほしい」
 剣士の纏う雰囲気が見覚えのあるものと全然違う。本当に同一人物なのかと思ってしまうほど弱々しくて、どこかこの間のリレイと似ている。
 そう感じてしまったせいだろうか。何だか放っておけなかった。
「聞くだけならいいだろ。な?」
 袖を引いて訴えると、渋々といった様子で杖を下ろす。
「…………聞くだけだからな」
 小さく頷いた相棒は、少し乱暴にどかりと椅子へ座り直す。少しホッとした表情を浮かべた剣士は、初めてハーファを見てひとつ会釈をした。

 
 ひとまず全員席について、リレイが飲み物を口にする。それを合図にする様に俯いて黙りこくっていた剣士が顔を上げた。
「もう……ダメそうだ」
「……お前、伝える気はあるのか?」
 じろりとワースラウルを睨んだリレイは、指で机をコンコンと叩きながらジョッキを置く。いつも余裕綽々の顔をしているのに。こんなにイライラした様子の相棒を見るのは初めてだ。
 この間はしつこく迫ってたから腹を立てていたけれど、ここまで邪険にされている姿を見ると今度は可哀想になってくる。
 
 けれど、当の本人は特に気にしていないようだった。
「ティレニア様の様態が急速に悪化している」
 知らない誰かの名前に、サンドイッチをつまみかけたリレイの手が止まる。
「母の治療術も受け付けなくなってきているんだ。もう、長くはもたない……」
 たぶん女の人の名前だ。それが聞こえた途端、イライラした様子を引っ込めた相棒が話にじっと耳を傾けている。
 ……たぶん、大切な人なんだろう。
 話の内容から、病気か何かで慌てて知らせに来たのだと理解できる。それでも正体不明のティレニアという人物相手に、もやもやとした気持ちが膨らんでいく。
 己はこんなに酷い人間だっただろうかと、ハーファは少し悲しくなってしまった。
 
 しばらく何か考えていた様子だったけれど、次に視線を上げたリレイの表情はどこか冷たさを感じるものだった。
「分かっていた事だろう。自分が生きるので精いっぱいのくせに……無理をして俺を産むからだ」
 そんな言葉と共に、低く笑う声。
 ハーファの耳がおかしくなければ、ティレニアという人はリレイの母親のはずだ。その人が長くもたないと言われているのに、相棒は平然とした顔で机に頬杖をついている。
 感情がいつにも増して分からない。【眼】を開いてみても、何かがリレイを包んでいるようなモヤがかかって何も読み取れない。 
 かける言葉を見つけ出せずにいると、代わりにワースラウルが口を開いた。
 
「それで本当に後悔しないのか」
 
 こっちは無表情に見えても、【眼】を通すと奥にしまい込んだ怒りの感情がよく見える。来た時から打って変わって、睨みつける様な視線が相棒を見つめていたけれど。
「あの人が会いたいとでも言ったのか? 違うだろ」
 それを見ても、リレイの表情は……あまり変わらない。
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