アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

文字の大きさ
30 / 44
孤独

30.悪意

しおりを挟む
 黙り込んでしまったハーファに、何か感じ取ったのだろう。
 リレイの父親の手がそっと伸びてきてハーファの頭を撫でた。相棒がするような優しい手つき。けれど少し大きくて、記憶の中に残っていたハーファの父親とも少しだけ被る。
「君は友人なのだろう? 共に来てくれないだろうか」
 くしゃりと表情を歪めたハーファを宥める様に、大きな手が雫の伝う頬を撫でた。
「……だったら……置いったり、しない。連れて行きたくなかった、んだと……思う」
「そんな事はないさ」
 そうは言っても、あの嘘つき魔術師はどう考えても置いていくつもりだったのだ。破り捨てるつもりの約束をしてまでハーファの同行を拒んだ。そんな相手の元に押し掛けたところで、余計に嫌われる以外の未来は見えない。
 嫌われたくない――これ以上、相棒に嫌われる事はしたくない。
 溢れてくる寂しさに気を取られていたハーファは、この時リレイの父親が浮かべていた表情に気付くことが出来なかった。

 
 ぼろぼろと零れて止まらない涙の粒と格闘していると、大きな手がまた頭を撫でてくる。
 そういえば親父も泣いてたら頭撫でてくれたな、なんて。昔の記憶と混ざり合って少しだけ気持ちが落ち着き始めた。
「大切な君に、疎外されている自分を見せたくなかったんだろうね」
「え……」
 戸惑うハーファを見つめる顔は穏やかな笑みを浮かべている。
 本人には内緒だよと言いながら人差し指を口元に当てて、今度は人でなしになった時の相棒のような笑みを浮かべた。
「我々の家系は代々、剣と共に魔法を扱う騎士の家でね。トルリレイエはその家の長男だったんだ」
 
 騎士。
 神殿の騎士団は別だけれど、どの国でも大概は平民以上の地位を得ることが出来る。それが代々続いているということは、貴族に近い立ち位置の家のはず。
 
 そんなこと、相棒は一言も言ってなかった。ハーファは身の上を話したけれど、リレイは何も教えてくれなかった。
 釈然としないハーファを置いて、リレイの父親の話は続く。
「私の跡を継ぐのは魔法騎士でなければらない。彼は幼い頃から魔術の才が突出していたから、将来の期待も大きかった」
「でも、リレイは剣なんて」
 相棒は魔力や技術はずば抜けて優れているけれど、その分腕力や防御力が極端に低い。バランスで言えばいかにも魔術師らしい能力の持ち主だ。
 剣なんて持っても振り回せるかどうか、ハーファの贔屓目から見ても危うい。
「君の言うとおり、剣を扱う才は持っていなかった。長年期待を一身に受けていただけに、ワースが後継者になった時は肩身が狭かっただろうね」
 ワースラウルはリレイのなりたかった姿なのだろう。
 なのに挫折した目標を達成した弟の姿を見せつけられるのは、きっと辛い。
 
 相棒にとって生まれた家は、思い出したくないものだったのだ。
 魔術師としての腕は負けないのに、騎士になれないというだけで認められなかった。そんな残酷な現実を見ざるをえない場所。
「見かねた彼の母親が家から出したら、それっきり戻って来なくなってしまってね。今回は縛り上げてでもと思っていたが」
 ようやく抜け出せたはずの場所に帰れと、馬鹿な自分は無神経な事を言ってしまった。あの時のリレイは一体どんな思いでハーファを見ていたのだろう。
 どんな気持ちで、また明日と微笑んだんだろう。
「頑固な彼が帰る決心をしたのは、きっと君のお陰なのだろうね。是非礼をさせてほしい」
「でも、オレ……無神経なこと……」
「我々家族への誤解が解ければ、きっと喜ぶよ」
「…………そう、なの、かな」
 本当に、許してもらえるのだろうか。
 でもこの人はリレイの親だ。ハーファの知らない、子供だった頃のリレイを知っている家族。そんな人間が言うのなら、もしかするかもしれない。

 何より……この人に着いていけば、リレイの向かった先に辿り着ける。街で待っているより再会できる可能性が高い。
 藁にもすがる気持ちだった。それ以外に何も考えられなくて。
 恐る恐る差し出された手を取ると、にこりと目の前の顔が笑う。
「間違いないさ。自分の魔力で満たすほど……お前ごときに熱く入れ込んでいるのだから」
「い、ッ!?」
 低くなっていく声と一緒にぎりりと痛いほど手を握りしめられて、何かが体の中を駆け抜けた。リレイがするように微笑んでいた顔がゆっくりと歪んでいって、その顔にハッキリと悪意が浮かぶ。
 
 ダメだ、ちがう、間違えた。
 コイツだ。
 リレイが避けてたのは、きっとこの男だ。
 
 本能は逃げろと告げているのに体が動かない。覗き込んできた瞳と目が合うと、頭の中に手を突っ込まれるような違和感が身の内側を走る。
 出会った頃に相棒から目を覗き込まれた時と同じような――けれどもっと力ずくで、無遠慮な感触。
「っ、ぐ!」
 どうにか振り切ろうと【眼】を開いた瞬間、ガツンと目の奥に衝撃が走った。頭を締め付けられるような痛みがチリチリと走る
「なん、だ……これ……ッ!」
 それでも何とか捕まれた腕を振り払い、距離を取る。
 コイツに着いていっても、きっとリレイにとって良いことは何もない。むしろ嫌な思いをさせる。それを疑う余地がない程に、ハーファを見る目は冷たい怒りを滲ませている。
 
 もっと早く【眼】を開けておくべきだった。
 リレイの家族だって申告だけで警戒を解いてしまった。こんなに悪意を持っていたのに、ちっとも気付けないなんて。
「君には何としても来てもらう。でなければトルリルイエは言うことを聞かないだろうからね」
 剣を抜き放った目の前の男は構えの姿勢を取った。その周りには魔力が陽炎のように揺らいでいる。
 剣士のくせに、体の外に滲み出て見えるほどの魔力を持っているのか。ワースラウルも魔術を使っていたけれど、魔力はここまでじゃなかった。剣の構えも隙がない。この騎士との力量が違いすぎる。まともに相手にするのは分が悪い。

 ――逃げないと。何としても。
 
 捕まる訳にはいかない。何とかやり過ごして撤退するのが最優先だ。【眼】を再び開いて何とか突破口を探る――が。
「ぅ、あっ!」
 ギチリと締め上げられたみたいに、頭の痛みが強くなる。
 同時に振り下ろされた剣をギリギリのところで避けて地面に転がった。すぐに身を起こして次の攻撃を避ける。何とか【眼】を駆使して攻撃をかわし続けるけれど、その度に頭を締め付ける痛みが強くなっていって。
 ダメージを食らっている訳ではないのに、段々と覚束なくなる足。狭くなる視界。打開策を練ろうにも、ずくずくと脈打つ様な痛みのせいで思考がまともに働かない。
「っ、く、そっ……ぅあ゛ぁッ!」
 強くなっていく痛みがひときわ強烈に頭を締め付け、たまらずハーファは膝をついてしまった。
 
 痛みが強すぎて息が苦しい。体の震えが止まらない。
 ゆっくりとあの男の足音が近付いてくる。逃げないと。捕まるわけには、いかないのに。
「よく耐えたね。だが……そろそろ大人しくして貰おうか」
 伸びてきた手が無遠慮にハーファの視界を覆う。一瞬だけ視界が白い光で塗りつぶされて。
「っあぁァあぁぁぁぁッッ!!!」
 頭を握りつぶされるような痛みが全身を駆け巡る。脳みそを潰されるんじゃないかと思えるほどの激しい痛み。その衝撃で視界が一気に塞がり、暗転した。
「…………れ、ぃ……やく……に、げ……」
 どうかこの間に、相棒が目的を果たしていますように。
 この男が戻るまでに家から立ち去っていますように。
 ただそれだけを願いながら、ハーファは意識を手放して地面へ倒れ込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生
BL
「お早うございます!」 「何だ、その斬新な髪型は!」 翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。 慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!? 俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の第二王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

処理中です...