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孤独
31.守護
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目を覚ますと、視界は真っ黒だった。
薄暗いとか、日が暮れたとか、そういったものじゃない。
真っ黒に塗りつぶされた世界。自分自身の輪郭ですら、すぐ近くに持ってこないと見えない程に濃い闇が満ちている空間。
かすかに誰かの声が聞こえるけれど、それが誰のものなのか、何を言っているのかは分からない。
この状況が、あの男にされた何かのせいだという事はすぐに分かった。気を失っている間にどこかへ閉じ込められたのかもしれない。出口を探そうと【眼】をこらすけれど、濃度の高い暗闇で見えてくるものは何もない。
――と。
「っあッ!?」
突然何かに斬りつけられたような衝撃が全身に走る。その勢いで吹き飛ばされて、結構な勢いで地面に全身を打ちつけてしまった。
よく自分の体を観察しても、裂傷も血も見える範囲にはない。なのにずくずくと脈打つような痛みが、肩から腰にかけて斜めに広がっては押し寄せてくる。どうにも普通の状況には思えない。
「……ぅ……っ、てぇ……」
戦闘中なら結構な量の出血をしていてもおかしくはないと思う。なのに物理的には何もなくて、痛みだけが波のように襲ってくる。
これも何かの魔術なんだろうか。騎士のくせに嫌な技ばっかり使いやがる。
相棒に【眼】の訓練をつけてもらってよかった。何も無かったら混乱して我を見失っていたかもしれない。
「……リレイ……」
姿を消した後ろ姿を思い出して、少しだけ心細くなってしまった。
そんな場合じゃない。早くここを抜け出さないと、アイツがリレイに何をするのか分からない。ろくでもない企みに利用される訳にはいかない。
何とか自分を奮い立たせて前を向いた、その時だ。
「ぅあっ!! っ……ぐ……ゥっ……!」
左腕を鋭い痛みが貫いた。ぐるりと抉るような感触が襲ってきて、意味もないのに痛みのする場所を思わず押さえる。
脂汗が止まらない。痛みの響く範囲が広くて息が苦しい。
前衛を張っているとはいえ、パーティを組んでからはリレイがすぐに傷を治してくれていた。こんなに痛みが続くほど戦闘をしたのは、一体いつが最後だったか。
声が聞こえる。
ただただハーファを呼ぶ声。
リレイの声。相棒がずっとハーファを呼んでいる、声。
「……たぃ…………りれ、い……」
――助けて。
上手く出なくなってしまった言葉は、音にしてもすぐに宙へ溶けていく。ずくずくと増していく痛みに耐えられなくなって、ハーファの意識はプツリと途絶えてしまった。
泣いてる。
誰かが泣いてる。
声は怒っているのに、震える音が泣いてる。
ふわりと意識が浮かんで、また暗闇の中で目を覚ました。気絶するほどだった痛みはずいぶん和らいでいる。完全に消えてはいないけれど、息もできないほどのものではなくなっていた。
未だ微かに響いてくる声の主を探そうと、重だるい体を起こす。
「……リレイ!?」
立ち上がった先には穏やかな表情をした相棒が立っていた。思わずその頬に手を伸ばすけれど、指先が触れる事はなくて。
伸ばした手をすり抜けて、相棒はすいっとすぐ近くにやってくる。微笑みを浮かべたまま、その手がゆっくりと頭を撫でた。自分からは触れられないのに、向こうから撫でられる感触だけはボンヤリとだけれど伝わってくる。
「アンタは一体……」
あの男のタチが悪い魔術なのか。
それとも会いたい気持ちが作り出した幻なのか。
正体不明の存在を見定めようと【眼】を開く。けれどすぐにその手が視界を塞いで、触れてもいないのに開けたはずのそれが勝手に閉じてしまった。
相棒の姿の何かは黙ったまま目の前に佇んでいる。困惑するハーファの左手を取って、手首にある銀の腕輪に触れた。
『ちゃんと肌身離さず着けておけよ』
目の前のリレイは微動だにしていない。
なのに頭の中で相棒の声がやけにはっきりと響く。
『俺の魔術がお前を護るから』
疑問の答えが出た気がした。
――魔術だ。
他でもない相棒の。ハーファのための、魔術。
「リレイ……っ」
姿を消してしまっても助けてくれた。置いて行かれたと、見捨てられてしまったと思っていたけれど。
もしかしたら、あの騎士のせいかもしれない。
何の根拠もないけれど、そう思うと居ても立っても居られない。探さなければ。あの怒りながら泣く声がリレイだとしたら、きっと良くない事が起きている。助けなければ。
『……かえせ………………の……っ』
遠くから伝わってくる声が、今度は少しだけはっきりと聞こえた。
リレイの声だ。けれど途中から低く歪んで、相棒のそれとは思えないものに変わっていく。
『――かえせかえせカエセかえせぇぇぇェェぇぇェェェェェッッッ!!!!』
まるで呪いのような叫び声が辺りに響き渡った。
リレイの声に色々な音が重なって、混ざって、本人の言葉を覆い隠して。魔物の咆哮の様な低い音に、ハーファは思わず両手で耳を覆う。
リレイだけど、リレイじゃない。
このままにしてはいけない。
直感的にそう感じて、相変わらず微笑みを浮かべたまま佇んでいるリレイの分身に詰め寄った。
「なあ! どうしたらここから出られるんだ!?」
目の前の顔は、何も答えない。
「きっとリレイに何かあったんだ! 助けにいかないと!」
触れられない魔術の幻影に詰め寄ると、その手がまたハーファに触れた。
指先が頬を撫でて、唇をなぞって。微かに唇が重なる感触がしたと思えば、ゆっくりと抱きしめられた。そのままハーファを抱きしめた幻が溶けていく。
消えようとする最中でも微笑んだ顔がじっと覗き込んでくる。最後にひとつキスを残して、目の前の相棒は完全に姿を消してしまった。
視界が黒から白に反転して、今度は真っ白な世界に変わる。けれどすぐに色とりどりのシミができて、それが景色に変わっていく。
見慣れない部屋だ。じゃらじゃらと透明な飾りを沢山つけた照明がぶら下がる天井が目の前にある。
すっかり呆けてしまって、揺れる飾りをぼんやりと見つめていたけれど。リレイを探さなければと我に返り、体を起こした。
「……え?」
ベッドのすぐそこに、人がいた。
肩のあたりで柔らかく波打った栗色の髪に、明るい緑の大きな目。神官みたいな服を着た女性だ。そしてハーファを見て目を丸くしているその人物の腕は、くたりと脱力した様子の相棒を抱えている。
一体誰だと疑問が湧くと同時に、力なく横たわるリレイの姿で頭に血が昇っていった。
目の前の人間も強い魔力の揺らぎが見える。魔術師かその類の何かだ。あの騎士の仲間だろうか。ハーファがアイツの罠にハマってしまったせいで、相棒にとばっちりがいったんだろうか。
答えが出るはずもないのに、ぐるぐると頭が思考を回す。
「はな、れろ…………リレイから離れろッッッ!!」
相手に飛びかかろうとするけれど足に力が入らない。勢いで押し切って立ち上がったものの、がくんとバランスを崩して顔面から倒れ込んだ。
「いけません。まだ回復しきっていないのに、無理は厳禁ですよ」
女性の腕なのに簡単にくるりと体を仰向けにされて、温かい手の平が目を覆う。すると強い眠気がハーファを襲ってきて。
相手の正体も分からないのに、睡魔にのまれたハーファは眠りの底に落ちていく。
「り、れぃ……」
あそこに居るのに。もう少しだったのに。
くやしい。
伸ばした手が届くはずもなく、何とかこじ開けていた目蓋に眼が覆われてしまって。目の前の景色が暗転すると同時に、ハーファの意識もそこで途切れてしまった。
薄暗いとか、日が暮れたとか、そういったものじゃない。
真っ黒に塗りつぶされた世界。自分自身の輪郭ですら、すぐ近くに持ってこないと見えない程に濃い闇が満ちている空間。
かすかに誰かの声が聞こえるけれど、それが誰のものなのか、何を言っているのかは分からない。
この状況が、あの男にされた何かのせいだという事はすぐに分かった。気を失っている間にどこかへ閉じ込められたのかもしれない。出口を探そうと【眼】をこらすけれど、濃度の高い暗闇で見えてくるものは何もない。
――と。
「っあッ!?」
突然何かに斬りつけられたような衝撃が全身に走る。その勢いで吹き飛ばされて、結構な勢いで地面に全身を打ちつけてしまった。
よく自分の体を観察しても、裂傷も血も見える範囲にはない。なのにずくずくと脈打つような痛みが、肩から腰にかけて斜めに広がっては押し寄せてくる。どうにも普通の状況には思えない。
「……ぅ……っ、てぇ……」
戦闘中なら結構な量の出血をしていてもおかしくはないと思う。なのに物理的には何もなくて、痛みだけが波のように襲ってくる。
これも何かの魔術なんだろうか。騎士のくせに嫌な技ばっかり使いやがる。
相棒に【眼】の訓練をつけてもらってよかった。何も無かったら混乱して我を見失っていたかもしれない。
「……リレイ……」
姿を消した後ろ姿を思い出して、少しだけ心細くなってしまった。
そんな場合じゃない。早くここを抜け出さないと、アイツがリレイに何をするのか分からない。ろくでもない企みに利用される訳にはいかない。
何とか自分を奮い立たせて前を向いた、その時だ。
「ぅあっ!! っ……ぐ……ゥっ……!」
左腕を鋭い痛みが貫いた。ぐるりと抉るような感触が襲ってきて、意味もないのに痛みのする場所を思わず押さえる。
脂汗が止まらない。痛みの響く範囲が広くて息が苦しい。
前衛を張っているとはいえ、パーティを組んでからはリレイがすぐに傷を治してくれていた。こんなに痛みが続くほど戦闘をしたのは、一体いつが最後だったか。
声が聞こえる。
ただただハーファを呼ぶ声。
リレイの声。相棒がずっとハーファを呼んでいる、声。
「……たぃ…………りれ、い……」
――助けて。
上手く出なくなってしまった言葉は、音にしてもすぐに宙へ溶けていく。ずくずくと増していく痛みに耐えられなくなって、ハーファの意識はプツリと途絶えてしまった。
泣いてる。
誰かが泣いてる。
声は怒っているのに、震える音が泣いてる。
ふわりと意識が浮かんで、また暗闇の中で目を覚ました。気絶するほどだった痛みはずいぶん和らいでいる。完全に消えてはいないけれど、息もできないほどのものではなくなっていた。
未だ微かに響いてくる声の主を探そうと、重だるい体を起こす。
「……リレイ!?」
立ち上がった先には穏やかな表情をした相棒が立っていた。思わずその頬に手を伸ばすけれど、指先が触れる事はなくて。
伸ばした手をすり抜けて、相棒はすいっとすぐ近くにやってくる。微笑みを浮かべたまま、その手がゆっくりと頭を撫でた。自分からは触れられないのに、向こうから撫でられる感触だけはボンヤリとだけれど伝わってくる。
「アンタは一体……」
あの男のタチが悪い魔術なのか。
それとも会いたい気持ちが作り出した幻なのか。
正体不明の存在を見定めようと【眼】を開く。けれどすぐにその手が視界を塞いで、触れてもいないのに開けたはずのそれが勝手に閉じてしまった。
相棒の姿の何かは黙ったまま目の前に佇んでいる。困惑するハーファの左手を取って、手首にある銀の腕輪に触れた。
『ちゃんと肌身離さず着けておけよ』
目の前のリレイは微動だにしていない。
なのに頭の中で相棒の声がやけにはっきりと響く。
『俺の魔術がお前を護るから』
疑問の答えが出た気がした。
――魔術だ。
他でもない相棒の。ハーファのための、魔術。
「リレイ……っ」
姿を消してしまっても助けてくれた。置いて行かれたと、見捨てられてしまったと思っていたけれど。
もしかしたら、あの騎士のせいかもしれない。
何の根拠もないけれど、そう思うと居ても立っても居られない。探さなければ。あの怒りながら泣く声がリレイだとしたら、きっと良くない事が起きている。助けなければ。
『……かえせ………………の……っ』
遠くから伝わってくる声が、今度は少しだけはっきりと聞こえた。
リレイの声だ。けれど途中から低く歪んで、相棒のそれとは思えないものに変わっていく。
『――かえせかえせカエセかえせぇぇぇェェぇぇェェェェェッッッ!!!!』
まるで呪いのような叫び声が辺りに響き渡った。
リレイの声に色々な音が重なって、混ざって、本人の言葉を覆い隠して。魔物の咆哮の様な低い音に、ハーファは思わず両手で耳を覆う。
リレイだけど、リレイじゃない。
このままにしてはいけない。
直感的にそう感じて、相変わらず微笑みを浮かべたまま佇んでいるリレイの分身に詰め寄った。
「なあ! どうしたらここから出られるんだ!?」
目の前の顔は、何も答えない。
「きっとリレイに何かあったんだ! 助けにいかないと!」
触れられない魔術の幻影に詰め寄ると、その手がまたハーファに触れた。
指先が頬を撫でて、唇をなぞって。微かに唇が重なる感触がしたと思えば、ゆっくりと抱きしめられた。そのままハーファを抱きしめた幻が溶けていく。
消えようとする最中でも微笑んだ顔がじっと覗き込んでくる。最後にひとつキスを残して、目の前の相棒は完全に姿を消してしまった。
視界が黒から白に反転して、今度は真っ白な世界に変わる。けれどすぐに色とりどりのシミができて、それが景色に変わっていく。
見慣れない部屋だ。じゃらじゃらと透明な飾りを沢山つけた照明がぶら下がる天井が目の前にある。
すっかり呆けてしまって、揺れる飾りをぼんやりと見つめていたけれど。リレイを探さなければと我に返り、体を起こした。
「……え?」
ベッドのすぐそこに、人がいた。
肩のあたりで柔らかく波打った栗色の髪に、明るい緑の大きな目。神官みたいな服を着た女性だ。そしてハーファを見て目を丸くしているその人物の腕は、くたりと脱力した様子の相棒を抱えている。
一体誰だと疑問が湧くと同時に、力なく横たわるリレイの姿で頭に血が昇っていった。
目の前の人間も強い魔力の揺らぎが見える。魔術師かその類の何かだ。あの騎士の仲間だろうか。ハーファがアイツの罠にハマってしまったせいで、相棒にとばっちりがいったんだろうか。
答えが出るはずもないのに、ぐるぐると頭が思考を回す。
「はな、れろ…………リレイから離れろッッッ!!」
相手に飛びかかろうとするけれど足に力が入らない。勢いで押し切って立ち上がったものの、がくんとバランスを崩して顔面から倒れ込んだ。
「いけません。まだ回復しきっていないのに、無理は厳禁ですよ」
女性の腕なのに簡単にくるりと体を仰向けにされて、温かい手の平が目を覆う。すると強い眠気がハーファを襲ってきて。
相手の正体も分からないのに、睡魔にのまれたハーファは眠りの底に落ちていく。
「り、れぃ……」
あそこに居るのに。もう少しだったのに。
くやしい。
伸ばした手が届くはずもなく、何とかこじ開けていた目蓋に眼が覆われてしまって。目の前の景色が暗転すると同時に、ハーファの意識もそこで途切れてしまった。
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