アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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孤独

32.再会

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 どれくらい寝ていたんだろう。
 ふと目を覚ますと、また同じ天井が視界に広がった。まだ少しくらくらする頭でぼんやりとした記憶を手繰り寄せる。
 港街で突然現れた騎士に負けて、気がついたらこの部屋に居て。起きてみてら神官みたいな女性が相棒を抱えてて。
 
 ――そうだ。リレイは……気を失っていた相棒はどうなった。

 一気に頭が働き出して、周囲の気配を窺う。
 すぐ隣に人の気配。それも、よく知った相棒のものに似ている。けれど。
「……リレイ?」
 聞こえてくるのは小さく抑え込んだような声。少し頭を動かした先には丸くなった背中。向けられた背中は小刻みに震えていて。
 ――泣いてる。相棒が、泣いている。
「どうした!? どっか痛いのか!?」
 やっぱり何かされたんだろうか。あのリレイが泣かされるなんて想像がつかないけれど。
 焦った頭は言葉をかけるよりも先に手を動かした。
 勢いに任せて肩を掴み、横向きの姿勢で寝転がっていた相棒を仰向けに引っくり返す。ようやくハーファを見た目は水気に覆われていて、その縁からポロポロと涙が数滴流れていった。
「大丈夫か!? オレが寝てる間に何があった!?」
 呑気に寝てる場合じゃなかった。
 綺麗な顔は少し疲れているように見える。瞼が少し腫れていて目も赤い。
 怪我はしていないように見えるけれど、あの騎士の事だから嫌な術を使ったのかもしれない。ハーファにしたみたいに、痛みだけを与えて潰しにかかるような。

 泣いている相棒への動揺と、ようやく見つけた安堵で言葉に詰まる。
 するとリレイの手がゆっくりと伸びてきてハーファの頬を撫でた。そのまま滑っていく指先は、何かを確かめるみたいに口元を少しだけ覆って、左胸を押さえて。
 相変わらず少し震えた声が、ハーファの名前を呼ぶ。
「起き、たのか……」
「ん、ちょっと前に。そしたらリレイが横で寝てるからビックリした」
 本当はもう一回起きていたけれど。そんな事はどうでもいい。ぐったりとしていた相棒が変わりなく動いている。それだけで十分だ。
 起き上がってきたリレイの手がまたハーファの頬に触れる。今度は両手が大切な物を持つみたいに優しく包んで、その温度に思わず頬をすり寄せた。
「あの術で……やられてしまったのかと思った」
 さすが魔術師、ハーファが騎士にかけられた術の事を知っていたらしい。深刻そうな物言いからすると結構やばい術だったのかもしれない。
 
 ふと見ると、シーツの上に銀色の輪が転がっていた。リレイに貰った腕輪だ。どれだけ戦闘で動いても外れなかったのに。 
「リレイの腕輪が助けてくれた。体は動かなかったけど、リレイがずっと呼んでくれてる声は聞こえてたんだ」
 あのリレイの姿をした魔術が消えてしまったからだろうか。いつもぼんやり光っているように見えていた模様が、今はもうただの溝になっている。
 腕に通してみても変化はない。思い立ってその腕輪をリレイに握らせて、指先にそっと口付けた。
 いつだったか、リレイがしたみたいに。
 けれど相棒は変わった反応をしなかった。ハーファはまんまと動揺して慌てふためいたというのに。
「でも腕輪、力使いすぎて外れちまったみたいなんだ。不便だからまた外れないようにして欲しい」
「……そう、か……」
 小さく呟いて、相棒はじっと手に持った腕輪を見つめている。

 ……と、またその瞳からぼろぼろと光る粒が落ち始めた。
「うわっ、ちょっ、なんで泣くんだよ!」
 人でなしの顔には慣れたけれど、泣き顔になんて慣れてない。
 何か変な事を言ったのか。あたふたしながら次から次へ落ちていく涙を拭っていると、伸びてきた腕が首の周りに回った。
 なかなかの力で抱きつかれて少し苦しい。けれどようやく見つけた相棒から離れる気になれなくて、そっと腕を背中に回す。
「よかった……無事で……本当に……」
 ぽそぽそと震える声が聞こえてくる。もしかして相棒を泣かせていたのはハーファ自身だったんだろうか。あの騎士に負けて、知らない間に上手く使われて心配をかけてしまったのかもしれない。
 抱きついたまま離れないリレイの背中をさすりながら、取り戻した温度にひとつ息を吐いた。
 うれしい。
 今こんな事を思うのは場違いだと分かっているけれど。泣くほど心配して貰えたのだとしたら……とても嬉しい。
「あ、あのな。オレ……置いてかれて悲しくて、めちゃくちゃ腹立って」
 自分で言っておきながら、思わず背をさする手に力が入ってしまった。
 
 リレイが居なくなった朝の事はまだ強く覚えている。
 頼りにしていた相棒が消えた動揺と、約束を破られた怒りと、嫌だ離れたくないって泣きそうになった、悲しさと。
 
「あのオッサン、オレにすげぇ悪意あったのに全然見抜けなかった……ごめん。足引っ張って」
 感じたことのない焦りに目が曇ってしまった。昔なら知らない人間相手に【眼】を閉じたりしなかったのに。
 リレイの家族かもって思った瞬間、本人が家に帰りたがらなかった事も忘れてすがって。結局大事な相棒を泣かせるのに加担してしまった。
「ちがう! 俺が悪い……黙って置いていった俺が悪い!」
 ぽろぽろと涙を流す顔がハーファを見つめる。
「ごめん……ごめん、ハーファ……!」
 
 どうしよう。
 嬉しい。

 相棒が泣いてるのに。それがうれしい。
 
「……そうだよ。リレイが悪い。もう置いてくなよな」
 気付けば両手がリレイの頬を包んでいた。目尻に溜まっている涙を親指で拭うと、長い睫毛のついた瞳が瞬く。
 それに引き寄せられるように、顔を近付けた。
「っ……ん……!? んん、っ……」
 キスがしたい――あの時みたいに。
 そう思った頃には相棒のくぐもった声が重ねた唇の縁からこぼれていた。衝動的に何度も重ねて、少し開いた隙間に舌を差し込む。
 前にリレイからされた事を思い出しながら、相棒の口の中を舌で撫でる。ビックリしたのか少し体が強ばっていたけれど、しばらくすると向こうも舌が撫で返してきて。
 二人の舌が互いに撫で合って、自分の心臓の音がとくとくと大きくなっていく。

 したい。もっと。

 こんな風に思ったことなんてなかったのに。
 改めて相棒を見つめて、少しとろんとした瞳が潤んでいる顔に心臓がどくどくと大きく脈打つ。顔が熱い。火が出そうなくらいに。
 自分がこの人間に揺さぶられる理由が、ようやく府に落ちた気がした。
「オレ……アンタの事好き、なんだと思う。前に言ってたキスより深いことも……その、いつかしてみたい」
 今まではパーティを解散しても悲しいだけだったのに。リレイ相手じゃそれだけで済まない。
 ……居なくなるなんて、考えたくない。
「ずっと一緒に居て欲しいんだ、トルリレイエ」
 何でもする。だから置いていかないで欲しい。
 ねだるような気持ちでリレイに抱きついたはいいけれど、今度は恥ずかしくて仕方がない。誤魔化すように頭を肩へぐりぐりと押し付ける。
 
 けれど……相棒の腕が抱き返してくれることはなかった。
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