アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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孤独

33.交わる想いと離れる距離

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 ゆっくりと押し返された肩。離れていく体。
 再び視界に映ったその顔は、少し暗い。
「……ありがとう、ハーファ……でも」
「リレイ……?」
 変な様子の相棒に思わず顔を覗き込むけれど、その目は伏せられたままで視線が合わなかった。
 物憂げな表情はとても綺麗だ。なのにざわざわと妙な胸騒ぎがして、滲み出してくる不安がハーファを包み込む。
「きっともう、それは出来ない……」
 ぽつりと聞こえた声。
 ようやくハーファを見た相棒はくしゃりと笑う。それに被せるように、入り口のドアがけたたましく開いた。
 廊下から銀の鎧をつけた騎士みたいな奴らがドカドカと無遠慮に入ってきて、真っ直ぐに二人の居るベッドへ向かってくる。軽く十人は居るだろうか。広い部屋だとはいえ、物々しい連中が一部屋に入ってくるような人数ではない。
「っ、な!? な、何だよお前ら!!」
 咄嗟にベッドから降りて、戦う時の構えを取る。
 けれど……気付いてしまった。その鎧についている、見覚えのある紋章に。
 
 聖典の光十字。
 かつて神官兵をしていたハーファも身に付けていた、神殿の関係者がつける紋章。
 それを着けた全身鎧を纏うのは聖騎士のみ。彼らの主な役割は治安の維持と、神殿が審判を下す必要がある人間の捕縛。
 
 リレイの言葉と表情がよみがえってきて、心臓が嫌な走り方を始めた。理由は分からないけれど勝手に繋がってしまう。
 コイツらが何をしに来たのか。
 誰を連れていこうとしているのか。
「魔力の暴発はご法度だ、沢山の人間を傷つける」
 ハーファが浮かべた嫌な想像を肯定するように、後ろからリレイの声が聞こえる。
 一度だけ、暗闇の中で聞こえていたリレイの声がおかしくなった。返せと叫ぶ声が魔物の咆哮みたいになっていた。
 まさか、あの時に。
「でも! あれはあのオッサンが……!」
 魔力の暴発がこの状況の原因だというのなら、そのきっかけは絶対にあの騎士だ。何としても連れ戻そうと執着していたリレイを、卑怯な手で追い詰めたに違いない。相棒が神殿から文句をつけられるなんておかしい。
 けれど当の本人はベッドを降り、ハーファの隣を通り過ぎて聖騎士の元へ行ってしまった。
「どんな事情があっても、壊して傷付けたのは俺だ」
 冷静な声と共にガチンと大きな音がした。呆然とするハーファを置いて、聖騎士が開けた道をそのまま歩いていこうとする。
 
 リレイの名を呼んで引き留めようとした。けれど言葉が喉の奥でつっかえて上手く出てこない。
 息が苦しい。
 それでも何とか一歩踏み出そうとした時、リレイがちらりとハーファを振り返った。その手には手錠がかけられている。
 罪人の拘束に使うものだ。魔術を使う対象者用の装飾がついている、ひときわ物々しい手錠。
「……最後に好きだって言って貰えて、嬉しかった。俺も……ハーファが好きだった」
「さい、ご……? リレイ……まって……」
 夢のような言葉が聞こえてくるのに、沸いて出てくるのは恐怖しかない。
 また消えてしまう。
 居なくなってしまう。
 相棒が取り上げられてしまう。
 ふらふらとリレイに近付くハーファを聖騎士の何人かが押し返した。その向こうに立っている相棒は、こんな状況なのに穏やかな表情を浮かべてその様子を見ている。
「俺の冒険はここまでだ。俺の事は忘れて、自分の思うままに、自由に生きてくれ」

 笑いながら、なんて事を言うのか。
 明るい声で言い放つ相棒に一瞬で頭に血が昇っていった。

「なんで……っ! 何でだよ! やっと、やっと会えたのにまた置いてくのかよ!! ふざけんなよ!!!」
 
 やっと取り戻したのに。
 一緒に居たいって、ちゃんと気持ちを伝えたのに。
 そんな晴れやかな顔でサヨナラを言うのか。忘れろなんて残酷な事を言うのか。出来るはずないのに。そんなこと、分かってるくせに。
「何で黙ってんだよ……何か言え! なあ!」
「もうお前は大丈夫だ。ちゃんとパーティ組む相手探すんだぞ……ずっと元気でな、ハーファ」
「そんな事言えなんて言ってない!」
 大丈夫なんかじゃない。
 大切な相棒から、初めて好きだと伝えた相手から引き剥がされて、大丈夫な訳がない。
 兄弟同然のイチェストの誘いと天秤にかけても、他人のリレイに傾いたのだ。そんな相棒を差し置いて他の奴とパーティを組むなんて考えられる訳がない。
 けれど困ったように笑ったのを最後に、ハーファを見ていた瞳は見えなくなってしまった。向けられた背がドアをくぐって、聖騎士がその後に続いていく。
「嫌だ! 置いてくなよリレイ! 待っ……リレイっ……トルリレイエぇ――っっ!!」
 力一杯叫んでも、離れていく背中は応えない。立ち止まる事なく廊下へ出て、その姿がハーファの視界から消えてしまった。追いかけようとしても聖騎士が邪魔をする。
 
 神殿の関係者に逆らうのは良くないとは思いつつも、焦る頭にはそんな事を気にしている余裕なんて残っていなくて。気付けば目の前の障害物を乗り越えようと聖騎士に殴りかかっていた。
 リレイを渡すわけにはいかない。
 あんな手錠を用意してくるくらいだ、ただで帰すつもりなんかないのは分かりきっている。連れ戻さないと。これ以上相棒を辛い目に遭わせたくない。
 何とか【眼】を使って聖騎士の隙を突こうとするけれど、向こうも能力者が居るのか上手く突破できなくて。しばらく泥試合をしながらも食い下がっていたものの、無我夢中で能力を使いすぎた疲労がじわじわと顔を出す。
 実力も上の騎士が、そんな状況を見逃してくれるはずもなく。鳩尾に一撃を食らって吹き飛ばされてしまった。
「く、そっ……どけ……っ、どけよぉぉぉッ!!」
 動きの鈍い体を無理矢理動かして立ち上がる。姿勢を低くして、再び飛びかかろうと走り出した――その時。
 
「うわっ、聖騎士相手に何やってんだバカっ!」
 
 そんな声が聞こえたと同時に、見えない壁にぶつかって後ろへ弾き飛ばされた。廊下から現れたのは、兄弟同然に育った神官兵。
「イ、チェスト……なんで……」
 どうしてこんな所に。ハーファですら知らなかったリレイの家を、どうして一瞬関わっただけのイチェストが知っているのか。
「お前が一人で街中を駆け回ってるって聞いて」
 そう言った昔馴染みは腕を組み、首をかしげながら溜め息をひとつついた。
「何事かと思ったら、ワースラウルが慌てて街で聞き込みしてるし。そしたらハーファが見慣れない騎士と二人連れ立って街出たって証言出るし」
「オレ、が……?」
「そ」
 騎士というと、ハーファに変な術をかけたあの騎士だろうか。そんな奴と一緒に街を出た覚えはない。リレイ以外と行動するなんてありえない。
 ……気絶していた時に荷物よろしく運ばれたのなら、まだ分かるけれど。
「その話したらワースラウルにここまで連行された。挙げ句の果てに魔力暴走に巻き込まれるし」
 止めるの大変だったんだからなと、少し疲れた様子でイチェストは言う。
 
 魔力暴走。
 魔術師だけじゃない。聖典魔法の使用者も起こしてはいけない事象として教わる、術者の禁忌だ。
 魔力量の少ないハーファですら誓約させられた、禁を決して犯さないという誓い。
 耳にタコが出来るほどに言い聞かされた、暴走させてしまった術者の末路。
 
「リ、レイは……」
 もしも本当に、リレイが引き起こしてしまったのだとしたら。
「大神殿に送致された」
 いつの間にか姿を現したワースラウルの言葉に、頭の中が真っ白になる。
 もしリレイに大神殿の審判が下りてしまったら。
 本当に……もう二度と会えなくなってしまう。
「そん、なのおかしい……あの変な騎士が悪いんだ! なのに何でリレイが……っ!」
 リレイが後先考えずに暴走する訳がない。
 ハーファの無茶を嗜めてくれる相棒が。ずっと冷静な相棒が。術の精度を上げるのに努力を惜しまなかった魔術師が。
「……来い」
 ひとつ溜め息をついたワースラウルが廊下へ出る。それどころじゃないのに、イチェストに腕を掴まれて部屋から引きずり出された。
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