アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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希求

35.大神殿

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 グレイズ教総本山、大神殿。
 各地の教会を取りまとめる本拠地で、最大の礼拝施設。すべての関係者の教育も担う巨大な家。かつて住んでいた村を無くしたハーファも引き取られて育った、巨大だけれど窮屈な箱。
 ……二度と戻らないつもりで飛び出した、第二の故郷。
 リレイの家からしばらくはワースラウルの後について歩いていたけれど、懐かしい景色が見えれば話は別だ。神官兵時代にこっそり使っていた道――参道から逸れた獣道へ入って最短距離を取る。
 イチェストが後ろで何か文句を叫んでいたけれど、知ったこっちゃない。ただ行く先に聳え立つ建物へ向かって、険しい獣道を無我夢中で進み続けた。

 
 久しぶりに立った入り口は記憶と大して変わらず、今日も礼拝にやってきた熱心な信徒が手続きのために窓口で列を作っている。
 それを横目に大神殿の入り口へ向かった。当然、列を無視して突っ込んできたハーファを遮るように門番が立ち塞がる。
「こら、列にきちんと………………えっ、お前!?」
 目の前に居たのはかつての同僚だ。
 イチェストみたく守備へ極端に特化した奴が多い盾の神官兵の中で、珍しく攻守両方の素質があるって言われてた奴。
 
 脱走する直前の、最後の任務でも確か一緒だったはずだ。【眼】で見るといつもハーファへの警戒心が透けて見えていて、何となく近付きづらかったけれど。 
「審判官に会わせろ」
「は? 何なんだ急に」
 昔の影を振り切るみたいにして、つっけんどんに用件だけを伝える。そんなハーファに向こうは怪訝そうな顔をした。
 睨み合いが始まってすぐに後ろから手が伸びてきて。羽交い締めの状態で後ろに引きずられてしまった。
「こら! 喧嘩売るなこんな所で!!」
「話してる時間が勿体ねぇだろ!」
「揉めてる時間の方が勿体ないだろバカ!」
 一気に後ろへ追いやられて、何故かイチェストも代わりに事情を話し始める。来るのにあれだけ反対してたくせに。

 他人のワースラウルは当然だけれど、兄弟同然の存在であっても何を考えているのかサッパリ分からない。
 そして門番の奴もイチェストの話はちゃんと相槌を打ちながら聞いている。
 この態度の差は一体何なのかと不服に思いつつ、渋々話の流れを見守った。けれど門番の首は横に動くばかりで一度も縦には動かない。
 平行線のまま、時間ばかりが過ぎていく。
「大神殿まで送致された罪人に会える訳ないだろ。どうしたんだよイチェスト、お前らしくもない」
 
 ――罪人。
 焦りが積もる中でそんな単語が聞こえ、あっという間にハーファの我慢の限界がきた。目の前の人間の胸ぐらを掴んで、力任せに大神殿の扉へ叩きつける。
「勝手な事言うなッ! リレイは罪人なんかじゃない!」
「ハーファ! だから止めろつってんだろうが!」 
 張り上げた大声に周りがざわついた。
 それでも血が昇った頭はなかなか落ち着かない。イチェストに後ろへ引っ張られるけれど、湧いてくる怒りのまま振り切って門番と殴り合いになってしまった。

「リレイは悪くない! 勝手にお前らが罪人にして連れてったんだろうが!!」 
 現場だけを見て、リレイを連れていった。
 魔力暴走が御法度なのは確かにそうだ。けれどどうしてこんな事になったのか、どうすれば助かるのか、その部分は置き去りのまま。
 機械的に相棒の命を奪う前提で物事が進んでいる。こんな状況に、今のハーファが納得できるはずもない。
「返せよ!! オレの相棒を返せ――ッッ!!!」
 夢中で開いた【眼】の向こうに相手の微かな動揺が見える。力一杯握り込んだ拳が、ほんの少しだけ揺らいだ盾の守護魔法を突き破った。
 
 ハーファは腕力こそ他の前衛ほどないが、隙をついて攻撃を通す事に特化したタイプだ。盾とはいえバランスを取った能力の相手ならば、【眼】の能力もあってそこそこの力業が通る。
 押し切れば中へ入れるかもしれない。
 その後の事など考える余裕もなく、ただその一心でイチェストを完全に振り切って。
 あと少しで攻撃が入る――そう思った瞬間。
 
「全く。戻ったと思えば、相変わらずの騒がしさだね」
 
 そんな声と同時に、ついさっきまで影も形もなかった壁が目の前に現れて。ついた勢いは簡単に殺せず、全身で突っ込んで弾き飛ばされてしまった。
 床に打ち付けた体は痺れ、思うように動かない。それでも何とか引きずり、動かして、体勢を立て直す。
「私に殴りかかるつもりかな? 果たして威勢だけで勝てるだろうか」
 門番より前に出てきたのは、法服の上に仰々しい刺繍が施されたローブを羽織っている神官。
 
 ノリューア・カルジス・ミルストル。
 鈍い青の瞳を細めて睨むような視線を向けてくるその人は、かつて孤児達の親代わりを務めていた。そしてハーファと同じ、けれどそれ以上の強さの【眼】を持った能力者。
 おまけにリレイの黒札よりも上の階級である金札を持つ、大神官と呼ばれる上位の神官だ。かつて反抗しては完膚なきまでに叩きのめされた事が何度もある。
 普通に考えて、まともにやり合ったところで敵う相手ではない。
 そんな事、分かってはいるけれど。
「だから止めろってハーファ! 師匠に勝てる訳ないだろうが!!」
「うっせぇ! 絶対審判官に会うんだ!」
 怯んでいる場合じゃない。勝てずともすり抜けられればいいのだ。逃げ足はハーファの方が絶対的に速いのだから、すり抜けられればチャンスはある。

 身を低くして突っ込むハーファの前に障壁が現れた。
 けれど育ての親は適性が極端に攻撃に寄っていて、守護の術を苦手としているのを知っている。咄嗟に張られた障壁には、盾の神官兵ほどの範囲や強固さはない。
 ハーファの進行方向にだけ現れる障壁を前後左右に動いてかわしながら、入り口に立ち塞がるノリューア目掛けて突っ込んだ。
「おや? お前は審判官に会おうとしていたのではなかったか」
 直前で進路を変えて脇をすり抜けるその瞬間、そんな言葉が耳に届いて。
「た、だから何だよ!」
 反射的に身構えながら振り返るけれど、もう障壁は出てこなかった。
 行く先を邪魔しようとする気はないらしい。ただただ、薄ら笑いを浮かべながらハーファを見ている。
 
「会わせろと言うから、こうして出てきたというのに」
「え……」
 言われた言葉の意味が分からず、身構えるのも忘れて大神官を見つめると。
「件の魔術師の審判官は私なんだがね。一体何処にいくつもりなのかな?」
 鈍い青色の目を細めて、目の前の顔がにんまりと意地悪く笑った。
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