アンタじゃないとダメなんだ

むらくも

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希求

36.訴え

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 大神殿の内部には、その名のとおり宗教画や神仏の像が整然と並んでいる。その最たる部分である大回廊を抜け、相棒の審判官を務めているというノリューアの執務室に入った。
 
 広い部屋には青い生地を金の糸で縁取った絨毯が一枚広げられ、磨き込まれた木の執務机と椅子がどっしりと置かれている。
 そして壁に埋め込まれた硝子の向こう、景色に同化してパッと見ただけでは目視できない格子の向こう側に、探していた姿を見つけた。
「リレイっ!」
 相棒の姿に向かって声をかけても、聞こえていないのか返事はない。背筋を伸ばしたまま、何か考えているのか天井に視線を向けて座っている。
 硝子を叩いて声を大きくしてみたけれど、それは変わらなくて。いっそぶち破れないかと拳に力を込めた瞬間、頭を思い切り引っ叩かれた。
「馬鹿者。そう簡単に破壊できる訳がないだろう」
 座りなさいと執務机の前にあるソファを示され、先に座っていたイチェストとワースラウルの間に渋々座る。向かいのソファにノリューアが座り、少し考える仕草をしてから口を開いた。

 リレイの起こした魔力暴走については、規模の大きさから何かしらの処罰を逃れられないこと。しかし同時に治癒術の発動も確認されており、ただの魔力暴走と結論づけるべきか意見が割れていること。 
 そんな話を聞き流していると、鈍い青色がハーファを見る。
「ハーファ。あの魔術師は悪くないと言っていたね。その根拠を聞かせてもらおうか」
「リレイは何もないのに魔力暴走させたりしない。親父だって名乗ってた騎士が何かしたに決まってる」
「何か、とは。具体的に」
 そう改めて問われても、咄嗟に答えられなかった。
 
 真っ暗な空間放り込まれて、気が付いたら全て終わっていた。リレイが魔力暴走を起こした瞬間も、あの騎士に負けた自分へ何が起きたのかすらも、ハーファは知らない。
 知っているのは、あの騎士がリレイを連れ戻そうとしていたことと、最後に見せた悪意に満ちた顔だけだ。
「わ、わかんねぇけど……オレがアイツに変な術かけられた時、怪我もしてないのに痛みだけ食らった。そういう術のせいだと思う」
 同じ術で徐々に追い詰められて、正気を失ってしまった結果が暴走ではないか。そう考えてはいるけれど。
 証拠を出せと言われてしまうと――確たるものは何もない。

 どう伝えたものかと頭を悩ませるハーファを横目に、ノリューアは立ち上がってすぐ隣までやってきていた。
「術をかけられた? お前が?」
「ん。リレイに言う事を聞かせるとか言ってたけど……おわっ!」
 答えきる前に頭を両手で掴まれ、勢いよく上に向かせられる。真っ直ぐに覗き込んでくる目の鈍い青色に混じって、明るい水色の光が光彩を走るのが見えた。
 相手を見通す【眼】の力。ハーファよりもずっと多くのものを視る力は、不快なほどの魔力の圧を流し込んでくる。抵抗する術もなく、頭の中を探られるような違和感に顔をしかめた。
 
「……本当に、術をかけられて何もなかったのか」
 もがいてはみたけれど振り切れず、向こうが視線を外してようやく解放される。ホッと安堵しているところへ妙に神妙な声がして、その様子に驚きつつも首を縦に振った。 
「何か暗い所に閉じ込められてた。リレイの魔術が助けてくれたけど」
 暗闇の中で出会ったリレイの姿の幻は相棒が腕輪に隠した魔術で間違いない。
 腕輪が外れて感じられなくなった気配が、幻の消える瞬間に感じたものと同じだったから。
「ふむ。それは?」
「え……あっ! 返せ!!」
 無意識に触れた腕輪に目ざとく気付いたノリューアの手が、あっという間にハーファの手首から腕輪を抜いて持って行ってしまった。
 
 相棒がくれた大切な腕輪。
 慌てて取り返そうと手を伸ばすけれど、興味を持たれてしまったのか障壁が腕輪の周りに張られて触れられない。
 まじまじと【眼】を通して何かを見ているらしい。鈍い青の瞳に水色がちらちらとチラついている。
「これはまた……えげつのない術数だな」
「もういいだろ! 返せよ!」
 小さな溜息をひとつ吐いた隙を狙って腕輪をひったくった。ノリューアから取り戻した腕輪を隠すようにして睨みつけるけれど、早くも興味を失ったのかブツブツと何か一人で呟いている。
「なるほどね、精神掌握をかけられていてもピンピンしている理由は理解した」
「せいしんしょうあく……?」
「お前がかけられた、相手を操る禁術だ。その腕輪が無ければ廃人にでもなっていたと思うよ」
 何だかとんでもない単語が聞こえてきた気がする。嫌な術を使ってきてるって思っていたけれど、想像以上にろくでもないものだったらしい。
 
 そんな術から守ってくれた、優しい相棒。なのに。
 今はあんな牢屋みたいな部屋で、ただただ佇んでいる。すぐそこに居るのに声をかける事すらできやしない。
「どうしても……助けられないのか?」
「魔力暴走を引き起こした術者はもれなく極刑だね。制御の利かない魔力の塊になられると危険極まりない」
 異口同音で出てくる結論に、ぐらぐらと奮い立たせた気持ちが揺らぐ。
 本当に、どうしても助けられないのか……と。 
「……だっ、たら、オレも……」
「うん?」
「リレイが、死ななきゃいけないなら……オレも一緒に殺してくれ」
 言い終わると同時にイチェストの平手が後頭部に降ってきた。全く容赦が無くてかなり痛い。

 平手の主を睨むハーファの何が面白いのか、ノリューアはくつくつと笑い始めた。
「随分と過激な冗談だ」
「冗談なんて言ってない! リレイと居たいんだ……もっと、ずっと……」
 少し離れた所からイチェストのため息が聞こえる。ホントに何言ってんだと、呆れるような声と一緒に。
 ハーファとて、ここまで相棒と居たいと思うなんて想像もしていなかった。人に実験動物を見るような目を向ける、変人で意地悪な魔術師だったのに。人でなしだって何度も思ったのに。
 けれどいつの間にかその視線に慣れてしまった。むしろ安心するようにすらなってしまった。何だかんだ大切にされてるって、ふとした時に感じられるようになったから。
 
 うまく言葉が出てこない。どうすれば伝わるのかと回らない頭を回す。他人との意思疎通を避けて周りに頼ってきたツケが、まさかここで出てくるとは思わなかった。 
 うーうー唸りながら視線を向けるハーファを育ての親はじっと見つめ、また小さく笑う。
「珍しく入れ込んでいるね。そんなにあの魔術師を助けたいのか」
 ぽつりと聞こえた言葉に思考が止まった。目の前の人間は無闇に期待を持たせるような事はしない。ダメな時は徹底的に叩き落とす。
 それを知っているハーファには、今の言葉が希望の光に見えて。
「た、助けられるのか!?」
「確率は限りなく低いが、ね。もっとも、お前が本気で命を賭けられるかによるが」
「出来る!」
 
 示された可能性に食いつかずにはいられなかった。けれど勢いよく立ち上がるハーファの襟をイチェストの手が勢い良く掴む。力一杯後ろに引き戻されて、首が絞まると同時にたたらを踏んでしまった。
「だから安請け合いすんな! 確率低いって言ったんだぞ!」
「可能性があるなら何でもいい。 命でも何でも賭けてやる!」
 イチェストを振り切って大声で叫ぶと、笑みを浮かべていた顔がすっと真面目なものに変わる。
 真っ直ぐにハーファを見据える顔は、どこか重々しく口を開いて。
「この先、その答えは撤回できなくなる。本当に二言はないね?」
「ない」
 問いかけに即答する様子を見たノリューアは、眉を僅かに下げて苦笑した。 
「そうか……本当にお前は愚か者だね」
 何故だろう。
 ぽつりと言葉をこぼす顔は、何だか寂しそうにも見えた。
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